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永久の想い
作:兎羽



暗黒の手


人…っていうものは何て脆いのだろう…。

空也を突き刺したときの槍から伝わってきた肉の感触は今でも鮮明に思い出せる。
いまでは、多くの罪無き者たちの血でドス黒く染まってしまったこの手は、かつて空也、秀前、たくさんの信頼できる仲間たちと共に組んだ手だったのに――…。




「……秀前?」

とりあえず、全てを話してみたものの、その後の自分は何をしたらいいのかなんてコウは全く考えていなかった。
土下座でもして謝るべきなんだろうか…。
とてもそんなもので償える罪だとは思ってもいないが。

「じゃなかった…。今の名前は秀秋だったな」

無意識に秀前、と昔の名前で呼んでしまっていたことに気づき、訂正をいれる。
しかし、秀前は思いもよらない言葉を発した。

『秀前、だよ。コウ…』

雑音が入り混じるような不思議な声。
それは頭に直接響いてくるような、不気味なボイス。

「………え?」

コウは反応に困った。

次の瞬間、首筋にヒヤリとした感触が身体中に走る。
秀秋はテーブルに設置されていたフォークをコウの細い首に押し当てていた。その力はどんどん強くなっていく。今の秀秋から感じられるのは憎悪。

冷たい汗が背中を伝う。

「ほ、本当に秀前…?」

確かに、感じが先ほどまでの秀秋とは違っていた。しかし、今感じている気は、コウの知っている以前の幼くて頼りない秀前とも違っている。時はこれほどまでに人格を変えてしまうものなのだろうか…。

フォークにさらに強い力が込められた。途端、コウの首から冷たい感触は消えた。

「…………?」

コウの首から離れたフォークを持てあそぶ秀秋に、コウは戸惑う。
先端を指でつついたり、軽くふってみたりと、コウには意味不明な行動としてしかその目には映らなかった。

『これでは…殺せないな』

「!」

無表情にコウを見つめる秀秋…もとい秀前のその瞳には光がない。虚ろな目で、何かを隠しているような、そんな感じがする。
そしてそのまま手を伸ばすと秀前はその手をコウの首にあてる。

「ぐっ………」

息苦しさが肺を圧迫し、口から苦しげな声がもれる。秀前は右手に力をいれて、コウの首を絞めていた。

「やめ…ろ、秀ぜ…」

ドタッ…

そんな音と共に息苦しさがなくなり、秀前の体から力が抜けたように、テーブルに伏せるようにして倒れた。よくよく見てみれば、秀前の隣には人影があり、その拳は見事腹部にねじこまれていた。

「ったく…」

ふぅ、と一仕事終えたようなため息をもらしたのは空也もとい空だった。
コウは状況についていけずにただ空を見つめる。一方空は、心配そうに秀秋をつついたりとしていた。

「…力、いれすぎた?」

全く動かない秀秋を心配しつつも、呼吸を確認すると安堵のため息をついてコウに目を向ける。

「場所…移動しようか」

その姿にコウは、空也の面影を見た気がした――…。








二人で秀秋の体を引きずりやって来たのは、個室のある居酒屋だった。
畳の敷いてある個室に秀秋を寝かせるようにすると、コウと空は向かい合わせに席に座る。沈黙が流れるなか、空はポケットに入っていた音楽プレーヤーを取り出してイヤホンを片耳だけにセットする。

「なんで片耳だけ?」

沈黙をどうにかしようと、焦って口からでた言葉がそれだった。

「ん、あぁ。だって話しできないだろ?」

そう言うと、空は人懐っこい笑みを浮かべた。そんな空の表情にコウはドキリとする。

「やっぱ…そっくり」

「え?」

「あ!いや、さっき話してただろ?空に似たやつがいるって…」

無意識のうちに呟いてしまっていた言葉を誤魔化すように弁解する。
確かに似ているのだ。
まぁ、生まれ変わりなのだから当たり前かもしれないけど、トモヤとか例外もいるのだ。

あの頃の鬼畜なオーラは感じられないものの、時々見せる空也の微笑みと空の笑い方はコウの脳裏でぴったりと一致していた。よくよく見れば、仕草や癖もあのときのまま。
漆黒の髪と瞳はどこまでも澄んでいるようで、昔はよく空也の髪をいじらせてもらっていたものだ。

「そいや、さっきごめんな。移動しないとスッゲェ視線集めてたからさ〜」

「あ、いや。コッチは助けてもらったんだし。ありがとな」

さっきまでいた喫茶店では、店中の客プラス店員までの視線をすべて集めてしまっていたから、コウとしてはありがたかった。
まぁ、あの騒動だけの問題じゃないと思うが。
女性客プラス女性店員は色目でこちらをみてきていたから。

自分も美形と言われる方だが、この二人と比べると、とてつもなく地味な顔付きに見えてくる。昔から人並み以上の才能を持つのは運命みたいなものなのだろうか?
そんなことを思いながら、コウは一人微笑んだ。

「あ、あと秀秋が傷つけちゃってるな。首大丈夫?」

「平気平気。浅いし、俺の自業自得みたいなもんだから」

首には赤い血の跡と、手の跡が残っている。

でも、そう。
これは自業自得なのだ。

空はもちろん、秀秋も悪くない。秀前も、だ。

悪いのは全て俺。

「だからさ、気にしないでよ。これからも仲良くしたいからさ」

若干、上目使いで空を見ると驚いたように目を丸くしていたが、それはすぐに笑顔に変わり「俺もだよ」といってくれた。

「よろしくな!」

手をさしのべられて、コウはその手を握ろうと手を伸ばしたが反射的に手を引っ込めた。びくっ、と体が震えて表情が険しくなる。

「…?どうした?」

空が不思議そうに首を傾げる。その手はさしのべられたまま。

「あ…今、手…汚れてるから……」

コウは言い訳をつくり、目線をそらす。空は納得したのかそのまま手を引っ込めて笑った。

それから二人はたわいもない会話をした。空が本当に楽しそうに話をしているのを見て、コウは心が締め付けられるような感覚に捕われていた。

コウは空に見えないテーブルの下で、痣ができるほどに自分の腕を力強く握っていた。


血に染まった手で空に触れてはいけないと思った。

俺にはもう、空也の手を取る資格なんてないんだから――…。












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