永久の想い(1/25)縦書き表示RDF


BLが入るので、嫌いなかたは読まないでくださいm(__)m
永久の想い
作:兎羽



プロローグ


風が戸を叩く――…

キン、と張りつめたような冷気が床を冷やして、裸足のまま座っていた男の体を容赦なく冷やしていく。男は、酔いを冷ますために離れの倉まで来たのだが、あまりの寒さに体は震えが止まらない有り様だった。仕方がないので、体温を取り戻すべく、再び男は盃に口をつけていた。


何十メートルと離れた本家からは、同胞たちの愉快な笑い声や唄が絶え間なく聞こえてきていた。
きっと向こうでは、騒がしくしているのだろう…。
そう、思った時だった――…。

――リン、

戸が揺れる音に混じり、聞き慣れた鈴の音を、男の耳は捕えた。

月明かりで障子には、影となって竹の笹が写し出されている。その影に混じり、一つの人影もが写し出されている。
それを見つけた男は、嬉しそうに微笑した。

「いるんだろう?空也…」

障子の向こうにいるであろう、その人物に男は話しかけた。
すぐに返事をする様子はない。
きっと、入っていくべきかどうかを迷っているのだろう。その影はバツの悪そうに頭をかいていた。
意を決したか、影は障子に手をかけて音もなく、それをスライドさせた。

月明かりに照らされた人物が、男の目にうつる。

黒髪を後頭部より少し上で一つに結い、小さい体に似使わない刀を腰に下げている。
武士の間では【時守の空也】と広く知られている少年だった。

「向こうで飲んでたんじゃないのか?」

本家のある方を指差し、男は空也に問いた。
空也はというと、あからさまにウンザリしたような表情をつくり、ドカッ、と男の隣に腰を下ろした。

「あっちはうるさすぎ…」

はぁ…、と溜め息をついているところを見ると余程絡まれたのだろう。
仕方がないことだ。
どんなに強い実力の持ち主だろうと、所詮16のまだ若さだ。さらには、16にも見えない童顔、背丈と見れば、空也を子供のように扱う同胞は少なくなかった。

男は空也の横顔を見つめた。

艶のある黒髪が隙間風になびき、白い肌を柔らかく叩く。大きい瞳はまさに漆黒。その眼に睨まれれば、仲のいい男でさえ動けなくなるほど、まっすぐで綺麗な目をしていた。
無論、睨まれたことなどないが。
軽装備に身を包んでいる。その姿は戦でしか見ることが出来る空也の特攻服姿だ。
明日に控えた戦のため、男と空也を含む武士たちがこうして集まっていた。

「いよいよ明日、か…」

男は独り言のように呟いた。
それを聞いた空也は、からかうような口調で問いた。

「【先駆の秀前】ともあろうお方が、戦前に随分と弱気だなぁ。もしかして、怖気ついたのか?」

ニヤリ、と右の口端をつりあげる、意地の悪い笑顔が、秀前の顔をのぞきこんでくる。
秀前は目をそらすように顔を背けると、苦笑いを浮かべた。

「ハハ、まさか。違うよ」

フーン、と興味無さそうに空也は秀前の盃を奪って、酒を口に流し込んでいく。
そんな空也を見つめながら、秀前は思った。

(やっぱ…言えないよなぁ……)

空也がいなくなるのが怖い、なんて…。

言えば空也は怒るだろう。
俺はそんな弱くない!!と…。

しかし、秀前は今回の戦に嫌な予感を抱いていた。
それは何の根拠もない予感なのだろうけど、あってもおかしくない。そんな予感だ。

なぜなら、つい3日前にも、秀前たちは大きな戦を終わらせたばかりだった。勝敗はいわずとも、勝ちを拾った。
しかし、余裕があったわけではない。
その戦で何人もの仲間を失った。
いくつもの武器をへし折られた。

それらはたった3日間で修復できるようなものではない。

だから、今回の戦はいつもより武士の人数も武器の数も少ない。
相手は、今まで何回も引き分けを繰り返してきた、なかなかの相手だ。

「……………」

嫌だ。
空也がいなくなるのだけは、嫌だ。

秀前にとって空也は幼い頃から憧れの人だった。
どんなに年や体格が違っていても、何時だって空也は弱音など吐かずに向かっていっていた。
そして、秀前に本物の強さというものを教えてくれた。
何時だって、空也を見て育ってきた。

そんな憧れはいつしか、愛しさに変わっていた。

――守りたい。

その小さな少年を守りたかった。
秀前が目指す強さの向こうには、いつも空也がいた。
空也を守るため、そのためだけに、ここまで強くなった。

なのに…なんでだ?

弱気な自分。

守れる自信がない。

強くなったのに。

ただ、空也を守るためだけに…。



「勝つよ」

空也が言った。

「え…?」

「絶対に勝つ」

真っ直ぐと前を見据えて、ハッキリと言い切った。
まるでその目には、明日の戦績が見えているかのように――…。

その表情はいつもとは違う、子供っぽい空也とは違う、頼りがいのある青年の顔付きになっていた。
そんな表情を秀前は微笑ましく見つめていた…。

「だ〜いじょうぶだって!!だって俺がいるんだよ?」

しかし、そんな表情も一瞬でいつもの子供らしい表情に変わり、明るい口調に戻った。
そんな空也に、秀前はもう笑うしかなかった。

「あ〜!!その顔は信じてないな?絶対ったら絶対なんだぞ!!」

「わかってるよ。俺が空也を疑うわけないだろ?」

頬を膨らましている空也の頬を軽くつねり、微笑んで見せる。
子供扱いするな!!と言われるのを承知の行動だったが、空也の反応は秀前の思っていたのとは違っていた。

「っっ〜…!!?」

顔を真っ赤にさせて、一瞬で後退して秀前から距離をとった。
よく分からない空也の行動に、秀前は首を傾げる。

「…どうした?」

「どうした…って…。だってお前が…あんまり素直だった、から……」

その口調はだんだんと弱くなっていく。しかし、口調は弱くなっていくにつれて空也の顔の朱みは増していっていた。

「???」

「だって…俺……」

うつむく空也。
首を傾げる秀前。
「俺、秀前が…す、す…」

「空也、秀前!!のんでるかぁ〜?」

空也の声をかき消すかのような、野太い声が部屋に響き渡った。
ほぼ同時に二人は振り返ると、そこには、本家の方で飲んでいたはずの同胞たちが倉に侵入してきていた。

「な〜に二人して辛気臭く飲んでんだよ。俺たちも混ぜろ♪」

完全にできあがっていた。
あっという間に倉は人でいっぱいになり、騒がしくなった。
秀前も空也も同胞たちにつかまり、しぶしぶと仲間と盃を酌み交すしかなかった。

((…ま、いっか))

二人の青年の複雑な想いを残したまま、夜は更けていった…。








翌朝――…
深夜に繰り広げられた戦は、日が上るとともに終わった。
乱戦ともいえる戦いで、戦場となったそこは、多くの屍や折れた刀などが落ちている。
異臭が立ち込めるそこは、酸化した血で茶色く染められていた。

そんな中、一人の武士が屍の中から立ち上がる。

まるで何かに取り憑かれたかのように虚ろな目、おぼつかない足取りで、彼は何かに導かれるかのように歩きだした。

「……や…くう、や……」

小さく開かれたその口から漏れたかすれた声は、戦場を駆け抜ける風に一就されてしまう。
それでも彼は、その名を呟きながら戦場を歩いた。

彼は大きな岩の前に立つと、足から力が抜けたかのように、その場に膝をつく。

その岩に力尽きた体を預けていたのは、小柄な少年だった。

漆黒のその瞳は見開かれたまま。

「あ…あぁ……」

彼は少年を抱き締めた。

いつもなら、抱き締めれば暖かく、心を和ませてくれていたその体も今では、冷たい感触しか感じることができない。

いつもなら、抱き締めれば照れたように腕の中で暴れていたのに、今では自己意思すら持たぬ屍となっていた。

「くう、や……」

彼のおえつだけが、戦場に聞こえる。

「くうや…ごめっ……ごめん…」

それは何の謝罪か…。

ただ、彼の頭の中には、笑っている少年と、最期に聞いた声だけがぐるぐると駆け回っていた。

『秀前…っ!!』

手を伸ばし、助けを求めた必死な声。
初めて少年が、彼に助けを求めた瞬間だった。

「ごめ、ん…空也……守れなくて、ごめんな…」

彼は少年の亡骸を胸に、永遠の眠りについたのだった――…。












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