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底なし
作:森かえで


 喧騒が煩わしかった。人の波を抜け、木々の乱立した暗闇へと向かう。綿飴を持った子供や家族連れが少なくなって、カップルだけがやたらと目につくようになる。
 やはり浴衣なんて着るものではないな、なんてため息をついてみるが、私は一人きりだった。
 一人きりで花火を見に来るというのも、初めての経験だった。ついでにいうと祭の日に浴衣を来たのも初めてだった。子供の時分にさえ断固として着なかった。妙にすかすかした着心地が女という役を強要しているようで、苦手だったのである。
 まだ就職もしてらっしゃらないでしょう、あなた程の年齢なら、これなんていかがでしょうか。肌が白いし、よくお似合いになると思いますよ。
 桜の色が、闇の中にかすかに浮かぶ。私の目の中にゆっくりと、しかし確実に迫ってくる。
 迫ってくる、現実世界の記憶とともに。
那須貴子はいなくなってしまった。 いや、実際にはいつでも会えるし、毎日会いに来てくれているのだ。十八時の地下鉄を待つ私のもとへ。かつかつ、ヒールの音を響かせて。
 彼女と顔を合わせたくない私にとって、それは限り無く重たい音に聞こえた。そして、そんな音さえ愛しく思う自分に反吐が出そうだった。眠りにつくまで、近付く足音を反芻していた。彼女の足音だけが世界を動かしているようだった。
 振り切りたくてここへ来た。JRを一駅先に降りてバスでひたすら北へ向かい、ふと見た先に祭の明りがあった。持ち合わせた金を全てはたいて浴衣を買った。
 やはり、浴衣など着るべきではなかった。
 女という自覚を促してみても、そしてそれを認識したとしても、この感情はどこまでもまとわりついてくるのがわかったのだ。
 むしろ祭の熱が私の恋情に影響し、ほてった気持ちが体の隅々まで渦巻くようだった。現実から逃げられても、この精神世界だけにはずっと囚われているしかないのだ。
 耳鳴りのように、ヒールが響く。熱がじんじん目鼻に響く。
 なんて馬鹿なのだろう。現実はどうにも出来ないのに、彼女からだってちゃんと言葉にされたし、自分でもわかっているというのに。
 しばらく涙を垂れた後に、祭が周りに戻ってきた。盆踊りの音楽や迷子のアナウンス、ソースの匂い。徐々にカップルのささやき声や、私の様子を心配する女の子の声も感じるようになった。
 やぶ蚊が耳の周りでうなっている。叩くと、浴衣の上だった。桜色に赤がにじんだ。歩き始めると花火が鳴って、木々の間にまた赤がにじんだ。
 赤い世界。そのあと闇が静かに戻ってくる。
 くらくらする。足が草の中に深くどこまでも沈んでいく。
 戻るべき場所はわかった、あの地下鉄二番ホームである。彼女の望むぬるく柔らかい関係にはなれない。しかし私は私で、こんな赤と黒の世界を生きていよう。
 でもはっきり覚えたのはそれだけで、あとは赤と黒に明滅する世界で意識すら定まることはなかった。


暗ぃなぁ…; ょろしければ評価をしてぃって下さぃ☆













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