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殺人命令書
作:YJ



第八話 警察


 太陽は西に傾き、オレンジ色の光を放ち始めていた。俺の脚は疲れ、その光をうっとうしく感じさせていた。

「さすが私の救世主様だね、タ、カ、シ、さん」

 自転車の後ろに乗っている愛子が俺のお腹の辺りに回している腕をギュっと強く抱きしめた。自転車の軽い揺れが背中にあたる愛子の胸を強調させて、俺は動揺を隠せないでいた。鼓動が早くなり、自分が男であることを再認識させられる。

 俺の漕ぐ自転車は街中に入り、人ごみにまみれた。ざわつく繁華街に自販機を見つけると、その横に自転車を止めた。普段、運動していない俺の足は限界を感じていた。一旦は、危険を回避して落ち着ける状態になったであろう。自販機で二つ飲み物を買うと、一つを愛子に無言で手渡した。

「はぁー……」

 俺は車避けに腰を掛けると、溜め息を漏らした。先程買ったスポーツドリンクを軽く口にすると、ポケットに手を突っ込んでタバコを手にした。愛子は大人しく俺の隣に腰掛けてジュースをゴクゴクと飲んでいる。
 この子が人に恨みを買うような事をしたのだろうか……。

 俺は波止場でのことを振り返った。京子は勝が危険だから逃げてと……。勝は京子が犯人だと……。少なくとも京子は俺の身を案じて逃がそうとしていた。京子の狙いは愛子だけだとして手紙のことはどうなるのであろうか。犯人は俺の住所を知っていた。同様に手紙の文面からも愛子の住所も知っていたことになる。犯人は住まいを知っていながら自分では行動せずに俺に愛子を殺させようとしていたことになる。そうなると犯人の狙いはなんなのだろうか?……。
 考えれば考えるほど俺の思考は迷い込んでいった。もしかしたら、こうしている間にも俺と愛子は監視され、隙をうかがわれているのかもしれない……。
 もう、俺一人ではどうにもならないような気がしていた。

「愛子……警察へ行こうか?」

 俺の口から言葉がこぼれた。俺も愛子もどこにいても危険な気がしたからだ。今考えられる一番安全な場所は警察ではないかと思える。

「私を救えるのは警察じゃなくてタカシさんだけだよ……」

 俯きながら愛子は、ぼそりと呟いた。
「なに言ってるんだ。俺だけって……。もう俺の手に負えないところまで来ている。今こうしている間も危険にさらされているのかもしれないんだ……俺も……愛子も……警察に保護してもらう事が安全だとは思わないのか?」

 俺は愛子を説得するように問いた。

「救世主様がそう言うんならしかたないね。どうなっても知らないからね」

 愛子は俯いていた顔をこちらに向けると開き直るようににこやかな笑顔を見せた。愛子は耳に引っ掛かる台詞を口にする。俺は間違ってないと心の中で自分に言い聞かせていた。
 自転車の後ろに愛子を乗せて再び自転車を走らせた。しばらく走らせると市の警察署に着いた。二階建てのそれなりに大きな建物。警察署の中に入って、事情を説明すると小部屋へ案内されて事情聴取が始まった。身元確認が終わり、愛子の母親へ連絡された。愛子の母親の奈保さんは心配していたらしく、警察へ捜索願を出そうか迷っていたそうだ。愛子は家へ帰されて、保護監視を付けるように手配された。俺はその後、執拗に質問攻めに合い、あれやこれやと説明を重ねる。波止場の事を話すと警察官が二人、足早に現場へ向かって行った。

 これで良かったんだよな……。
『私を救えるのはタカシさんだけだよ』……。
『どうなっても知らないからね』……。

 愛子の言った言葉が何度も俺の心を惑わしていた。爪楊枝で刺されているようにチクチクと心を痛める。事件は警察が解決してくれる。これで良かったんだと自分に言い聞かせるように願った。

『ガチャ!』
 乱暴に部屋のドアが開かれた。四十代のスーツ姿の男が姿を見せた。その男の厳しい表情をひと目見れば、なにかしらのトラブルを予感させた。

「ちょっといいか?」

 俺の話を聞いてくれていた警官が呼び寄せられて、ドア際で慌ただしく話し始めた。ごちゃごちゃと話し始めると警官の表情は曇り始め、眉間にしわを寄せた。

「君は……松岡さんの息子さん?」

 スーツ姿の男が話しかけてきた。男は警官をよけるようにして俺に近づき、腰掛ける俺の隣に立った。

「はい……」

 俺がうなずきながら答えると男は話を続けた。

「波止場へ行ってきたよ……君の親父さんが倒れていた。すぐに病院へ運んだから命には別状はないから安心したまえ。それと……君の母親を傷害罪、殺人未遂などの罪で逮捕した。君の証言の前にも目撃者がいてね。警察は動いていたんだよ。君たちが現場から逃げるところを目撃した人もいるから、今から君たちの証言と照らし合わせてみる。えっと……そうだ、自己紹介がまだだったね。私はこう言う者だ」

 そう言って、男は名刺を俺に手渡した。それを見ると……高田(たかだ)竜二(りゅうじ)、県警本部の警視とされていた。

「ああっとそうだ! 忘れるところだった。君の親父さんが君に会いたがっている。これから君の親父さんのところへ行くが一緒に行くかね? ん?」

 高田は、俺の反応を見るようにして顔を覗き込んだ。俺はためらいつつも返事を済ませた。事件は確実に解決の方向へ向かっているように思えるが、その一方で家族がバラバラになっている現状に俺の中で複雑な感情が生まれていた。今まで嫌いだったはずの家族だったが、どことなく寂しい気持ちに捕らわれていた。ここまでの事件になるとは正直思ってなかったし、もう後戻りはできないのであろう。

 高田に連れられて廊下を歩いていくと、夜になっている事に気付いた。外へ出ると警察署の前に車がまわされていた。高田は運転手に軽く挨拶を終えると助手席に乗り込む。俺は促されるままに後部座席に腰を下ろした。座席に座ると、今までの疲れがどっと押し寄せて俺の体を重くした。

「はぁー……」

 今日はとても長い一日だ……。心身ともに疲れていた。車の揺れが心地よく、俺を眠りにつかせていった……。















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