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殺人命令書
作:YJ



第四話 大山愛子


 大山愛子……。俺のもとへ届いた手紙に書かれたその名前は俺の頭から離れる事はなくなっていた。大山愛子を殺さないと近いうちに俺の命は奪われる。これは警告ではなく、自分の命の危うさをひしひしと感じ始めていた。

 テレビのニュースでは、連日のように親父が襲われた事件の様子が報道されていた。最近注目されていた政治家が襲われたとなれば無理もない事だろう。だが事件の内容はお粗末な物でその犯人に迫るものは報道されていない。姉の事件と同様に、目撃者はいるのに犯人を特定されるものは無かった。ただ違っていた事は、親父を襲った犯人は若い女であると報道されている事だ。

 俺の脳裏を掠めるのは、親父を刺したのは大山愛子ではないだろうかと言う、俺の憶測だ。憶測であって決め付ける事はしたくはない。

 連日のニュースと共に、頻繁に池田から写真の買い取り電話がかかっていたが、俺は無愛想に断った。自分の持っている写真一枚でも世間に流れれば犯人は大山愛子と断定されてしまうだろう。俺の見る限り、愛子の見た目からは犯行を起こす事は想像できず、それどころか俺は違和感すら感じていた。なにか違う…… 俺のある感覚が感じている。

 一連の事件の鍵を握る人物。それは大山愛子。俺はそう感じていた。

 なにかしら愛子と話す機会は持てないだろうか? 今日の夜から愛子の監視を始めた。

 俺はレンタカーを借り、愛子の部屋が見える位置に車を止め、双眼鏡で様子を眺めていた。昼間は人目に映るために、監視は夜だけ行った。彼女の様子に変化は見られずに毎日、平和は日常を描いている。淡々と悪戯に時間だけが過ぎていたが、監視を始めてから一週間目にそのチャンスは訪れた。このチャンスを逃せば手紙の期限を過ぎる事にも繋がっている。この機会を逃がすわけにはいかなくなっていた。

 誰もが寝静まった夜中の二時頃、彼女は家を出た。小柄な彼女は小さな歩幅でトコトコと歩き始める。身長は百五十数センチ、髪は肩ほどの長さで軽く茶色に染められていた。茶色の上着にジーンズ姿。

 俺は車から降りると、気付かれないように彼女の尾行を開始した。五分ほど後を追うと、彼女はひと気の無い道へ入っていった。俺はチャンスだと思い愛子に接触することにした。夜中に声をかけられるのはどうしても警戒心が生まれるのは当たり前だろう。なるべく優しい口調で声をかけることにした。

「すいませーん」

 小さな声でも周りに反響するほど辺りは静まり返っていた。

「なんですか?」

 彼女は俺の声に反応して振り向いた。俺の予想外に警戒心、不信感などの訝しさを感じられない。

「大山愛子さんですよね?」

「はい…… あなたってー、もしかして救世主さん? 私の救世主さんでしょ?」

 彼女は丸く大きな目で俺を直視している。彼女は明るいアニメ声で返答したが、それは俺の理解に及ばない言葉だった。『救世主』その言葉を耳にして俺は困惑していた。この子は何を言っているんだ……。
 
「救世主?」

「私……命を狙われてるの。あなたが助けてくれるんでしょ。私を安全なところへ連れて行って」

 天然なのか? 夢ごこちなのか?……。だがこんな道端で人目に付かれる事よりも安全なところへとか言って自分の家に連れて行った方がなにかと都合がいい。事態は意外と好都合に流れていた。

「俺は君の救世主、君を助けに来たよ」

 自分の台詞に照れ臭く笑いを堪えたが、今は彼女の言葉に乗っかる事にした。この子にとって救世主と思わせておいた方が都合がいい。どちらかと言えば救世主と言うよりも俺はこの子にとっては死神だろう。

「ここは危険だから、こっちへ」

 愛子は無言で頷き、俺は彼女を車へ誘導した。

「さっき命を狙われてるって言ってたけど……」

「最近ね、変な男に後を付けられてたりするの。ほんと恐いんだから…… 何でもっと早く助けに来てくれなかったの」

 彼女は悪戯に俺の肩を右こぶしでポコッと軽く叩いた。

「変な男?……」

「そうなの、きっと私のストーカーさん。夜なんかすごい恐いんだから」

 言葉とは裏腹に軽い口調で彼女は話す。

 俺は彼女を車へ促すと、車を走らせた。何の躊躇(ちゅうちょ)も無く知らない男の車へ乗るとは不思議な子だ。どこへ連れて行かれるとも分らないのに……。ストーカーを恐がるのに俺の事を怖がる事も無くむしろ愛子の方から俺の家へ向かわせているような、そんな感じさえ錯覚させた。

 車が大通りに入ると、俺は話を切り出した。

「松岡 勝って知ってる?」

「もちろん知ってるわよ、すっごくいい人! でも刺されちゃったんでしょ? ニュースで見たんだけど……」

 愛子は声を荒げたがすぐにしょんぼりとそのボリュームを絞っていった。

「会って話したことはある?」

 俺は彼女の様子を察したが、その表情に変化を感じることはない。

「一回ね、番組で一緒になった事があってね、それから相談とか乗ってもらってたの。何回か会ってたのよ。でも……それからかな……」

 愛子は思い出しながらゆっくりと話すと言葉を途切れさせた。『それからかな……』。

「それからかな?……なにが?」

「……なんでもない」

 明らかに愛子の姿容は変化した。俺は少し追及しすぎたのだろうか…… 愛子は言葉を詰まらせると殻にこもる様に俯いた。聞いてはいけなかったのだろうか。こんな時、ふと女の扱いが下手な自分が嫌になる。だが俺には『それからかな……』と言う言葉が頭で繰り返し再生されていた。曲でも聴いているかのように再生し、巻き戻し、再生し、巻き戻し……。それから何があったのだろうか気になって仕方が無かったのだがこれ以上聞くのは野暮だ…… やめておこう……。

 三十分ほど車を走らせると自宅へ到着した。お世辞にも綺麗とは言えないアパートの階段を上り、愛子を部屋へ招き入れる。

「しばらくの間は、ここに居れば安全だから」

「はい!」

 愛子の純真な明るい返事に俺は呆気に取られてしまった。これだから女ってのは訳が分らない。さっきは俯いていたと思ったらすぐ明るい表情を見せる……。

「わたし、もう眠いから寝るね」

「そのベッド使っていいよ」

 その夜、俺は愛子にベッドを譲り、これからどうするべきかを考え始めた……。

 俺はソファに座るとタバコに火を点け吹かし始めた。時間は静かに流れて行った。置時計の秒針がカチッカチッと時を刻み、その音が時折、耳につく。

 俺はある結論に辿り着いた。

 ここで愛子を殺してしまおう……。
 
 ベッドに近づいて愛子を覗き込むと、その愛らしい寝顔がいとおしく思えていた。












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