第三話 姉
小鳥のさえずり、窓から差し込む光……。眩しすぎる太陽の光が俺の顔を照らし、太陽に起こされるようにして俺は目覚めた。置時計へ目を移すと、時計は十時と無言で示していた。
「あぁ……うぅ……ん……」
俺は重い体をゆっくりと起こして活動を開始する。いつも通りに一階に下り、郵便受けに手を入れると新聞を手に取った。なにか気になって中を覗くと封筒が入っていた。
「またか……」
俺は半ば呆れていた。最早嫌がらせに他ならない。今となっては家族がどうなろうと俺の知った事ではなかった。部屋へ戻ると茶封筒の封を切り、中身へ目を通した。
『あなたのお姉様の事は誠に残念でした。それと言うのも、あなた様が実行されなかったためです。』
「お姉様の事は誠に残念でした?……」
俺の知らないところで姉の身に何か起きたのは安易に想像できる。どうせ馬鹿親父の事でも書かれているのではないかと予想していた俺の想像を見事に裏切った。そう思うと俺は急に姉の事が心配になっていた。
姉はいつでも俺の味方をしてくれた。瞬時に幼い頃の思い出が頭を過ぎる……。
学生の頃、姉と同じぐらい勉強の成績は悪くは無かったが、なぜか俺だけ両親に叱られた。もしかして姉とは違い俺は本当の子供ではないのではないか、なんて考えた事もある。そんな俺をいつでも優しく支え、慰めてくれたのは姉だけだった。姉の事を疎ましくも思った事もあったが、姉はそれ以上の優しさで包んでくれた。今、仕事にしているカメラマンの仕事も元々は姉が俺の撮った写真を褒めてくれたことがきっかけでもある。掛け替えの無い人は居なくなってから気付くなんて事はあるが、姉が今いなくなったら俺は自分のことをきっと責め、猛省することだろう。なぜもっと手紙の事を気にかけなかったのかと……。
俺はどこかで安心していたのかもしれない。嫁いで行った姉は大丈夫なのだと。
俺は自分の財布から姉の携帯電話の番号が書かれたメモを取り出し、自覚無く震える手でデスクの上に置かれた固定電話のボタンを押した。受話器からコール音が何度も聞こえるが、一向に電話に出る様子はない……。
一旦、電話を切ると続けて自宅へ電話をかけることにした。少しながらの姉への不安を隠しきれずに動揺する胸を抑え、落ち着き無くコール音を耳に入れた。
「はい、もしもし岡田です」
岡田は今の姉の名字。受話器からは男の声がした。旦那さんだろうか?実のことを言うと俺は姉の旦那さんに会ったことも話した事も無い。少し気まずい感じがした。
「真奈さん居ますか?」
俺は姉の名前を告げると、返答を待った。
「もしかして……隆君か?」
落ち着いたその声は俺の予想外に俺の名前を口に出した。そのことに俺は少し、はっと驚いていた。
「はい……あなたは?」
「夫の健太です。隆君と話すのは始めてだね…… 葬式も終わってやっと落ち着けてきたところだよ……」
葬式……確かに彼は葬式と……。その言葉を聞いた瞬間、矢に射抜かれたように俺の胸に衝撃が突き抜け、鼓動を早くした。その葬式とは、姉の葬式なのではないかと……。俺の脳裏には嫌な予感が離れようとしない。
俺は言葉を失い無言で思考に更けていると、彼は言葉を重くした。
「隆君……真奈は……真奈は……」
閑散とした部屋には受話器の声が大きく感じ耳に残像を残す。
健太は、さっきまで抑えていた感情が内側から溢れ、噎び泣きながら言葉を続けて発する事が出来ないでいる。だが、『真奈は……』の次の言葉は聞かずとも自ずと理解できた。もう姉はこの世にはいないのだと……。
俺が自覚することなく、俺の左頬には一粒の涙が音も無く流れていた。
「俺のせいなんだ……」
俺は倒れるようにその場に両膝を着き、噛み締めるように目をつぶって堪えた。
「隆君のせいじゃないよ……ごめんな、真奈を守ってやれなくて……僕が守らなきゃいけなかったんだ……」
俺は良心が咎め猛省した。姉を救える事が出来たのは自分に他ならないからだ。今、後悔してもあまりにも遅すぎていた……。
「姉はどうして……」
「そうか……隆君は何も知らないんだね……真奈は駅のホームで突き落とされて、そのまま電車に……」
彼の声は先程よりも平常を取り戻し始めていたが、その声の表情は暗いままだった。
「は……犯人は?」
「わかってないんだ……目撃者もいるのに……犯人の情報はなにも……」
姉は命を奪われた。どこのどいつかもわからない人間に。
俺は手紙の事が頭に浮かび口にしそうになったが意識的に抑えた。手紙の事を知ると彼がどんな行動を起こすのか分らないし、予期せぬ危険が及ぶと思ったからだ。手紙の事を知らなくても、既に彼も危険な状況なのだが故意に不安がらせる事もないと俺は判断した。 何かあったら連絡するように告げると、この電話番号を教えて受話器を電話へ戻した。
受話器を電話へ戻すと、さっき読みかけだった手紙が目に入り、続きに目を通した。
『大山 愛子 を殺しなさい 年齢二十歳、住所――』
同じ文面が顔を覗かせた。この犯人はどうしても俺に大山愛子を殺して欲しいらしい。何度も見てきた文に愕然とした。
「はぁー……」
俺の悪い癖か、無意識に溜め息が出る。
今までとは違うのはこの後の文だった。
『一週間以内に実行されない場合は、あなたの家族の命がどうなっても知りませんよ。そしてあなたの命も』
両親の命を奪われたところでなんとも思わないが、自分も犯人の的にされたことで愈々かと覚悟した。心の何処かでいつかこうなるのではないかと予測していたことだ。それに、危険なのは俺だけではなく健太にも向けられているであろう。姉の死によって、俺の中でこれ以上の犠牲者は防がなければいけない感情が生まれていた。
犯人の目的は知るところではないが、近い内に犯人と対峙する事も考えられる。
自分が犯人に気付いた時は、命を奪われているのかもしれない……。
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