第二話 写真
「もしもし、松岡だけど、最近の情報は?」
「えーっとね、政治家と新人女優の不倫かな……決定的な写真が欲しいのだけど……」
電話の相手は、とある週刊誌の編集者、池田。俺がスキャンダル写真を撮るようになってから関係するようになり、高値で写真を買ってくれる商売相手だ。
「行動傾向は?」
「不規則だが週末に高級料亭へ行き、そのままホテルへ行く感じかな……時間差で店に入るからどちらにせよ、一緒にいるところを撮るのは難しい」
淡々と話す電話の声はいつも通りだ。
「政治家を徹底マークするとして、政治家の名前は?」
「松岡 勝、最近注目されるようになった政治家だが、知ってるか?」
「ああ……わかる……」
松岡勝は俺の親父だ。家族のことを省みずに政治の世界に全てを捧げた男。日本を良くしようなどとは考えずに、政治の裏側に隠れる汚れた金を手にし、自分の私利私欲に生きる男。俺は良く知っている。
俺は翌日から政治家が通いそうな料亭を徹底的に調べ上げた。店に聞いたところでプライバシーのこともあり、教えてくれないため骨が折れる作業だった。松岡の普段の行動パターンも把握しつつある。
松岡の後をつけ、その日が来るのを待った……。
一旦、家へ戻ると机の上に無造作に置かれた手紙が目に入った。『家族の命は保障できません』と書かれた手紙が届いてから十日ほど経っていたが、俺の周りは何の変化もない。知らないだけなのかもしれないのだが、何かあれば姉から電話がかかってくるだろうと、俺は軽い気持ちでいた。
松岡の尾行を続けていると数日後、料亭にて変化があった。
松岡が行きつけの料亭に松岡が入ったあと、タクシーで現れた若い女性が後を追うように入亭していった。その姿を見るやいなや、カメラを取り出し数回シャッターを切る。
「一緒にいるところを撮らないと意味が無いな……」
結局、会員制のその料亭に入ることはできず、ここでは一緒にいるところの写真を撮ることがでなかった。気を取り直して料亭を出る松岡の車をタクシーで追う。車は都内のプリンスホテルへ着き、松岡は一人でホテルへ入っていく。その姿を尻目に、俺はロビーで女が現れるのを待った。
女は帽子にサングラス姿で現れると、スタスタと歩いていきエレベーターに乗る。俺はその姿を隠し撮りして尾行した。この手の尾行は慣れているため、なんの問題も無い。
女は、二十七階の二七〇三号室へ姿を消した。そっとドアへ近づき様子を伺う。ドアへ耳を着けと話し声が聞こえた。俺はドアノブへ手をかけると、幸いなことに鍵を掛け忘れたのか、鍵が掛かっていない。
「よし……」
自分の幸運を神に感謝した。
息を整えると俺は大胆にドアを開け、素早く中へ侵入した。
「なんだ君は!」
松岡の怒号が響く。
俺は、二人を確認すると連写で写真を撮り、走ってその場を逃げる。そそくさとエレベーターに乗ると少し落ち着けた。松岡にしろ、女にしろ、あまりの出来事に呆然として俺の後を追うことはできないだろう。
予想以上に上手くいき、薄ら笑いを顔に浮かべていた。周りの人が見たら、気持ち悪い顔をしていたかもしれない。
俺は一仕事終えた開放感からまっすぐ家に帰らず、街を彷徨う様にうろついていた。酒も何杯か飲み、家に着く頃には夜中になっていた。家に着くと早速、慣れた手つきで写真を現像し始める。
一時間ほどで現像が終わり、俺は出来上がった写真を見て予期せぬことに驚愕した……。
「大山 愛子……」
ほろ酔いの俺の目にもはっきりと分かった。松岡の隣に写る女性は大山愛子だ……。俺は慌てて以前、盗撮した愛子の写真を引き出しから乱暴に取り出すと現像した写真と見比べる……。
「間違いない……」
「はぁー……」
部屋は薄暗く、窓からは街灯の光が所々差し込んでいる。そんな部屋の天井を俺は無意識に薄目で見上げていた。
「どうなってんだ……偶然か?……」
返答の無い独り言……。遣り切れない思いが心に生まれ困惑する。
『トゥルルルルル……トゥルルルルル……』
唐突に電話が鳴り始めた。いつもと変わらないはずのその電話の音は、まるで早く出てくれと俺に訴えるように、泣き叫んでいるように必死に鳴っているように俺は錯覚した。その音がうっとうしいとも思えたが、俺は急がずにゆっくりと電話に近づき無感情に受話器を取った。
「松岡か!? テレビ見たか? 松岡 勝が襲われたぞ!」
電話の声は池田だった。慌てた様子で冷静さを欠いている。
「どう言う事だ?」
「なんでも若い女にナイフで刺されて、重傷だそうだ……命には別状は無い」
俺の口元は微かに緩み、鼻で笑った。自業自得とでも言うところだろうか。今まで恨みを買う事ばかりしてきたであろう松岡に罰が下ったのだ。ざまぁ見やがれ。
「犯人は大山愛子か?」
「大山愛子? どういう事だ」
俺は池田に、数時間前の出来事の一部始終を話した。池田は俺の話に聞き入り、すぐに写真の受け渡しを求めたが俺は軽く断った。親のスキャンダルが公になる事になんら抵抗はないが、今はしばらく自分の手元に置いておきたい衝動に駆られていたからだ。
池田からの電話をそそくさと切ると、デスクに無造作に置かれたウイスキーをコップに半分ほど乱暴に入れ、一気に飲み干した。自分の周りで何かが起り始めている現状に苛立ちや遣り切れない思い、混乱し始めている自分の内情を何かから振り切るように……。
俺はベッドへ飛び入ると、今日起きた出来事を全て頭の奥へ押し入れるようにしてゆっくりと眠りについた
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