新たな道
肩口を思いっきり強く縛ったが、それでも左手からポタポタと血が滴り落ちる。
すでに服やズボンはぐっしょりと血を含み肌にベッタリと張り付いていた。
脳内物質がでまくりーなのか痛みはないが、ドクンドクンという心臓の鼓動にあわせてしびれる様な感覚がする。
一刻も早く傷薬で止血すべきだが……その前にやらねばならないことがある。
女王アリの生死を確認するのだ。
もしも息があるのであれば止めを刺さなくてはならない。
傷薬をかけたらきっとすっごい痛みだろう。
俺は痛みを我慢することは苦手なんでもしかすると気絶してしまうかもしれない。
ならば、痛みがない今のうちにきっちりと殺しておくべきだと判断したのだ。
刀を杖にして、地面に倒れ伏しピクリとも動かない女王アリの上半身にゆっくりと近づいていく。
この女王アリは狡猾だから離れたまま神器銃を撃ち込みたいところだけど……銃はさっき地面に投げ捨てちゃったからな。
あたり一面女王アリの肉片や外装骨格の欠片が散乱しているから、すぐには見つかりそうもないのだ。
女王アリは自分自身の緑の血を全身に浴びて地面に転がっていた。
なにが起きたのか理解できなかったのか驚いたような表情を浮かべ……死んでいた。
開いたままの両目を閉じてやりながら、正直ちょっとホッとする。
コイツに恨みがないといえば嘘になるが、それでも決着がついてから改めて止めを刺すのは気が重かったのだ。
ただ、王さんが死亡確認したけど実は生きていました!
みたいな一昔前の漫画的な展開はゴメンこうむりたいから、念には念を入れる。
首筋に突きをいれ、心臓のあたりに神器刀をつきたてた。
カキンとちょっと手ごたえを感じたのでさらに心臓を抉ると、青い大きな宝石のようなものがあった。
迷宮の心臓だ。
女王アリの心臓と融合していたみたいだな。すぐさま迷宮の心臓を取り出し割った。
これでこの迷宮も徐々に小さくなりしばらくすれば消え去るだろう。
「フウ」
大きく安堵の息をつくと、やることはやったという達成感から緊張が解けたのかめまいがした。
そのまま地面に座り込んだ。
血が足りないのか吐き気がひどいが、気力を振り絞って服の腰の辺りをまさぐりペッポをつまみあげた。
本当に限界まで体力を使ったのかペッポはピクリとも動かない。一瞬、死んでしまったのかと心配したが、呼吸に合わせて胸が動いているから気絶しているだけのようだ。
「よくやってくれたなペッポ」
コイツ意外と胸があるんだなとこっそり驚きながら、そう声をかけ、殊勲者のペッポを丁重に地面に敷いたタオルの上に寝かせる。ついでに腰袋から布を取り出し口にくわえた。
傷薬のふたを開ける。
「フッーフッーフッー」
赤ん坊を生む瞬間の女性のように息を整え……。
目をつぶって左腕に傷薬をかけた。
「ガァァ」
獣のようなうめき声を上げて転げまわる。
覚悟を決めてかけたんだけど、それでも死ぬほど痛い。
まるで傷口に塩とカラシをぬりこんで焼きゴテを当てたように熱いのだ。布を噛んだ口から唾液に混じって血が滴り落ちた。あまりに強く噛みすぎて歯茎から出血したらしい。
どれぐらいそうやって転げまわっていただろうか。
精も根も尽き果ててうめき声すら立てられなくなったころ、傷薬は効果を発揮したようでなんとか血は止まった。
痛みも治まってきたので恐る恐る左腕に目をやってみる。
肘から手首のちょうど中間辺りで切断されていた左腕の断面には、綺麗なピンク色の肉が盛り上がっていた。妙に現実感のない光景だ。
(この世界に肉体を再生させる魔法があるといいんだけどな)
片腕がなくなるという現実から逃避するためなのか、自分でも不思議なぐらい他人事のようにそんなことを考えていると一瞬視野がかすんだ。
やっぱり血を流しすぎていたのだろう。続いて俺の意識がスーッと遠のいていく。元々薄暗い迷宮だが、俺の視界がさらにドンドン暗くなっていくのだ。
ペッポの寝ているところに倒れると潰してしまうから、それだけは避けるように体を倒す。
ゴツンと頬にかたい地面の感触がした。
☆★☆★☆★☆★
「……東雲! 東雲ってば。ねー起きてよ。寝ちゃったらダメだって。凍死しちゃうよ!」
言葉と共にほっぺにペチペチと何かが当たる。
雪山じゃねーんだから凍死はしないだろ。
そう突っ込みを入れつつ薄目を開けるとペッポがうれしそうに跳ね上がった。
「よかった。生きてたんだ。ボクてっきり死んじゃったんじゃないかって心配したんだ」
「……おかげさまでなんとか生きてはいるよ。お前もよく頑張ってくれたな」
首筋に抱きついてきたペッポを右手でトントンとたたいて労わる。
「疲れてたのにいいタイミングで転移してくれてありがとな」
「うん。でもゴメンね東雲。ボクにもうちょっと体力があればよかったのに……手なくなっちゃったね」
「まー仕方がないわな。もしかすると再生の魔法とかあるかもしれないし……お前は気にすんな。よくやってくれたよ。やっぱり妖精の中じゃペッポが一番だ」
「エヘヘヘ。でしょでしょ。もしかしたらヌーちゃんかイヴちゃんが腕を生やしたり出来るかも? ボクも頼んであげるね」
ペッポはうれしそーな顔をして、まくしたてるようにそう言った。
どうやら普段ヌアラやイヴグウレにミソッカス扱いされているから照れてるみたいだ。
「あっ! そうだ。東雲東雲!」
「なんだ?」
突然大声を上げたペッポはパシパシと俺をたたきながら女王アリが最初にいた壁の辺りを指差した。
「ねえねえ。アレなんだと思う。さっき見つけたんだけど……」
女王アリが巨大すぎて見えなかったのだが、ペッポの指差す方向に今まではなかった通路が見えた。
入り口は緑の血でペイントされたように染まっているから、どうやら女王アリの胴体の一部があの通路に入っていたらしいね。
「いや、なんだろう?」
みた感じはアリの迷宮とは造りがちがうっぽいのだが。
なんというか天然の洞窟のように見えるな。
「……調べてみるか」
「大丈夫なの東雲? なんだか顔色が悪いよ?」
「なんとかな。もしかするとあの通路が外に通じてるかもしれないし……てゆーか、奥にアリがいるんなら通路を崩さないといけないしな。調べてみなくちゃダメだろ?」
ここで待っていてもエルナやシルクが助けに来るとは思う。
だが、万が一爆裂石で崩した通路の土砂を片付けた兵隊アリに襲われたら確実に死ぬ。
俺は囚われのお姫様じゃねーんだし、出来ることはしておくべきだろう。
そう決心して壁に手をつきながらなんとか立ち上がった。
ペッポと手分けして神器銃をさがして回収し、ついでに迷宮の心臓の欠片を袋に突っ込んで、俺たちは新しい通路に入っていった。
☆★☆★☆★☆★
「きれーだねー」
キョロキョロと辺りを見渡しペッポは柄でもなくうっとりとした表情を浮かべてそういった。
「たしかにな。これはちょっと凄いな」
俺も思わず感嘆の声を漏らした。
洞窟の中をしばらく進んでいくとごつごつとした岩に茸のように黒い水晶が生えている場所に行き着いた。
水晶とはいっても大きさは俺の背丈ほどもある巨大なものだ。
しかも、その黒い水晶が自ら淡い輝きを放っている。
ライトアップされた鍾乳洞のような感じだな。幻想的でこの世のものとも思えないぐらい美しい。
「この水晶なんだろな? めちゃくちゃ綺麗だけど」
恐る恐る水晶に触りながら話しかけるとペッポは考え込むように首をかしげた。
「さあ? でも、ちょっと魔石に似てるかも」
「魔石か……確かに似てるな。んでもアレって迷宮の魔物の体内にしかないんじゃなかったか?」
「そんなことボクに聞かれても知らないよ」
「……だよな」
ペッポは素直で温かい性格をした可愛い妖精だが、残念ながら頭もちょっと温かいからな。
聞いた俺が悪い。ペッポには頭脳労働はさせてはいけないのだ。
ただ、これが魔石であるんならちょっと凄いことだ。
魔石はその大きさによって右肩上がりに値段が高くなる。この人ほどの大きさの水晶が魔石かそれに近いものであれば……
あたり一面水晶だらけだから凄まじい金額になるだろう。
「そういや、宮廷魔術師のマグナースのヤロウが女王アリが大地震を起こした魔力をどこから調達したのか不思議がってやがったな」
一人ごちる。
500なんとかって常識外れの魔力が必要とかでフシギだーフシギだーって言ってたんだよな。
女王アリのスキルにはあの異常な魔力を調達できそうなものはなかった。ステータスも高かったのは間違いないがそれでも常識の範囲内の魔力だったように思う。
とすればだ。
何らかの外付けのバッテリー的なものがあったと考えれば辻褄があう。
「……これはあとで調査したほうがいいな」
「うん。綺麗だもんねこの水晶。あっ、東雲! こっちから光が見えるよ。ちょっと風も来る!」
「おっ! 出口があったか」
ペッポが手招きする方角に行くと、確かにはるか先ではあるが日の光のような明かりが通路の先から漏れていた。
なんとなくペッポと俺は顔を見合わせ一つうなずくと、その光の見える通路をゆっくりと進んでいった。
通路の先はありがたい事に出口だった。出口というか入り口というべきか。
小高い丘のふもとにある天然の洞窟だったのだ。
女王アリが魔法を使ってふさいでいたらしく、出口は不自然に隆起した岩で塞がれていたが、隙間に体をねじ込むようにして洞窟の外へと這い出る。
もしかすると迷宮が偶然この洞窟と重なる形で成長したのかもしれないな。
そして、元々この洞窟にすんでいた女王アリが迷宮の心臓と融合した。こんな感じだろうかね。
まっ、今となっては真相は分からないし分かったところでさほど意味はない。大学院の教授がそのあたりの事は言われずとも喜んで調査するだろう。
風によって運ばれてくる緑のにおいのする空気を胸いっぱいに吸い込みながら、そんなことを考える。
すでに夕暮れ間近といった時間らしく、大湿地はオレンジ色に染まりつつあった。
近くの小高い丘から辺りを見渡すと、かなり離れてはいるがアリの迷宮とその近くの大きな穴を見つけることが出来た。
俺は腰袋からクラッカーのように紐が出た筒を取り出す。
「ペッポ。スマンがこの紐を引っ張ってくれ。エルナたちに成功の合図をするから」
「うん」
ペッポが紐を引っ張るとシュッと一筋の光が空中に放たれ大きな音と共に虹のような軌跡を描いた。
しばし待つと迷宮のほうから同じように光が空中にあがった。
「エルナたちも無事みたいだな。うっし。これでエルナたちも気がついたろうし、行き違いになるのも面白くないからここで待とうか? ヌアラの探知があるから向こうが見つけてくれるだろ」
「じゃあ東雲は横になってなよ。すっごく顔色が悪いよ? ボク見張りしてるからさ」
「……悪いなペッポ。実のとこちょっと熱っぽいんだ。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうぞ」
「うん。任せといてよ」
近くの大きな木に背を預け俺は目をつぶった。
ペッポはその木の小枝に腰をかけ辺りを見回している。
うつらうつらと疲れている俺が眠りに落ちようとするまさにその瞬間、ポトッと膝の上に何かが落ちてきた。
眠気に逆らい薄目を開けると……ペッポが爆睡していた。
(おい見張り……)
何で俺よか早くお前が寝てるんだ。
そう突っ込みを入れながら、眠気に勝てず俺もすっと眠りに落ちていった。