ペッポの桜花作戦
王都のウルドさんちでアリ討伐を命じられた日の夜遅く。俺は遠征軍の証言を基に作られた詳細な魔物の資料をもってメリルに戻った。
どんな作戦を立てるにせよ妖精たちの協力は不可欠だからさ、その承諾を取り付けるためだ。特にペッポの助けがなければまず女王討伐は不可能だろう。
まあ、形の上では妖精どもは俺の部下というか家臣だが、実質的にはいわゆる客分に近い。
あいつらが断固として協力を拒んだら強制することは難しいだろう。
そんな訳で、メリルに戻ると姫様やエルナにすら会わないですぐに俺の部屋に3匹の妖精を集める。王様から10日を目処にといわれているのだ。少しの時間も無駄には出来ない。
「忙しいところ呼び集めてすまなかったね」
めんどくさそうな表情をしたヌアラ。
なぜか嬉しそうに俺の頭に乗っかっるペッポ。
出納帳のようなものをもってきてそれに何か数字を書き込んでいるイヴグウレ。
部屋に集めた妖精たちの前に、俺はそう言いながら王都で買った綺麗な包装に包まれたお土産をドンと置いた。
買収工作のため王都をかけまわり、大枚はたいて色々と購入してきたのだ。
「ねえねえ東雲。これなーに?」
頭の上に乗っかったペッポが身を乗り出すように聞いてくる。
「王都のお土産だ。ペッポとイヴグウレは家がなかったろ? ドールハウスを買ってきたんだけどどうかな? 一応高級品らしいから内部の家具もそのまま使えると思うけど」
本心から言えばこいつらなんぞは巣箱でいいと思うのだが、機嫌を損ねないように下手に下手にでる。
このドールハウスにしても本当にかなりの高級品で、値段もけっこうしたのだ。
「うわー東雲ありがとー。ヌーちゃんだけちゃんとした家があったから、ボクうらやましかったんだ。ねえねえ中に入ってもいいの?」
「もちろん。これはお前の家なんだからな。気に入ってもらえればの話だけど」
俺の言葉を聞くや否や、目を輝かせ、ビリビリと乱暴に包装を破るとドールハウスのなかに飛び込むようにして入るペッポ。
ベッドやお風呂といった家具を嬉しそうに見ながら歓声をあげている。
イヴグウレもクールな感じを装ってはいるが、包装を丁寧にはがして折りたたむと熱心に内部を品定めしている。
「ねーねー東雲。アタシのは?」
「もちろん買ってきているよ」
羨ましそうに二人を見ながら袖をクイクイと引っ張るヌアラの目の前に、そういって俺はやや小ぶりの包装された箱をおく。
「王都で評判だっていうケーキだ。ペッポとイヴグウレの分もあるから皆、良ければ食べてくれ」
そう話しながらケーキの包装を解くとすぐに体ごとケーキに取り付き食べ始めるヌアラ。
クリームで顔中真っ白になりながら今まで見せたこともない幸せそうな表情を浮かべている。
フッ。ちょろい。
「ああそうだ。以前約束した銅像。姫様は忙しくて作れないようだし、アレも王都の有名な名工に注文してきたからな。あとでお前の姿を写すために画工さんがくるからよろしくな」
「おおっ! レイミアに新品の洋服作ってもらーお」
そう歓声を上げたヌアラはしかしハッと何かに気がついたように疑わしげに俺をみる。
「……なんか妙にやさしいよね東雲」
チッ。カンのいいやつだ。
「ちょっと気味が悪い。言っとくけど……東雲は生理的に無理だからね」
俺だってお前は無理だ。サイズ的に。
「いやいや、いつも妖精のお前達には世話になっているからな。これぐらいは当然だよ。本当にありがとうな。これからもよろしく頼むよ」
ヌアラは何かふに落ちないような顔をしながらも、またケーキを食べる作業に戻った。
ペッポとイヴグウレもドールハウスは堪能したのかケーキに取り付き食べ始めている。
こいつら体小さいからこういうときはいいよな。食いでがあるだろう。
正直食べきれないだろーなと思っていたのだが、妖精たちはみな食欲旺盛で俺の手のひらサイズのショートケーキっぽいケーキが見る見る減っていく。
と、先に食べ始めたので自分の分を完食したヌアラがペッポのケーキの上にのっていた赤い果物をひょいと持ち上げた。
「ねえペッポ。あんたのケーキに乗ってるこのイチゴみたいなの頂戴。代わりに銀紙あげるから」
「やめてよヌーちゃん。返してよう。ボク最後の楽しみに取ってるんだから」
……ひどい取引持ち掛けてんなー。
どうやらペッポは妖精ヒエラルキーの最下層らしい。
「ケンカすんな。ケンカを。大丈夫。たくさん買ってきたから満足できるまで食べていいから。ワインも買ってきたから飲みたければ飲んでいいぞ」
「まぢで!」
「まじ、まじ……ところでさ」
頃はよし!
ケーキが好評のようなので、何気ない風をよそおい本題を切り出す。
「今度アリの迷宮に潜るんだけど、お前達一緒に来てくれないかな?」
俺がそういうと、一心不乱にケーキに取り付いていた妖精どもの動きがピタッととまった。
「どうも気前がいいと思いました。おおかた何か頼みごとがあるだろうとは思っていましたけれど……」
「ねー。こんなケーキでアタシが買収されると思ってるの? ハッ! 安く見られたものねアタシも!」
「ボクは手伝うよ。シノノメは助けてくれたし」
顔を見合わせ口々に勝手なことを言いくさるヌアラとイヴグウレ。
ペッポはいい子だ。
「そもそも潜るとおっしゃいますが、あのアリの迷宮に東雲だけで潜っても無駄死にするだけだと思いますが……何か策がおありなのかしら?」
「いや、お前らと俺とエルナ、シルクだけで潜ってさ。女王アリを見つけたらペッポの瞬間移動で殺せるかなーと」
俺の返事にわざとらしいため息を一つつくイヴグウレ。
その様子を見て、新しいケーキにかじりついていたヌアラがちょっと食べる手を止めた。
「んじゃーペッポに爆裂石持たせて行かせればいいじゃん。姿消せるんだし。最悪、ペッポごと自爆すればなんとかなるっしょ」
鬼かお前は。
「ヌーちゃんヒドイ。ボクだけじゃあ無理だよ。そんなに重たいものもてないし」
「じゃあ、東雲を連れてけば? ペッポの能力なら一緒に姿消せるでしょ? 一緒に自爆すればいいじゃん」
自爆はしなくちゃいけないのか?
……いや待て!
今ヌアラ君がいい事言ったぞ!
「ペッポ! いや、ペッポさん! お前、俺ごと姿を消せるのか?」
「うん。できるよ。人間と一緒に消えるのはやったことないから分からないけど、瞬間移動よりも楽だから1時間ぐらいなら出来ると思うな」
素晴らしい。素晴らしい能力だペッポ君。
俺はお前にあえて本当に良かったよ。
命がけだと思っていた迷宮探索が一気にヌルゲーに変わった。
「あーでもミュー様怒らないかな? 仕様情報だけ教えて、東雲をあまり手伝うなって言われたんだけど……」
喜ぶ俺に冷水をぶっかけるようなことをヌアラが言う。
……余計なことを思い出しやがって。
「そんなこといわないで手伝ってくれよヌアラ。お前【探知】の魔法使えるからさ。索敵して欲しいんだよ。それにあまり手伝うなってことはさ、少しは手伝ってもいいってことだろ?」
「そうかなー? 以前東雲にミンチにされたって物凄く機嫌が悪かった時があったんだよね。恩知らずには苦しんで死んでもらわなくちゃって口癖みたいに話してたんだけど……」
メガネめ。執念深いヤツだ。
「ま、まあ、ミュー様一流のハイセンスジョークだろ? きっと。なあ、ちょっとでいいから手伝ってくれよ。手伝ってくれないとさ。お前を監禁して両手の指を一本一本折っていかなくちゃいけなくなるだろ?」
「や、やれるもんならやってみれば。アタシがそんな脅しに屈すると思ってるの?」
「……ほう。やっていいのか?」
俺がそういうと、ヌアラはすっととびあがり、俺の目の位置でファイティングポーズを取った。
「かかってきなよ。やられる前にアタシのデンプシーロールでぶっ殺してやる」
そういってシュシュとパンチを空中に繰り出す。
「本当に仲がよろしいですわねえ貴方達は……」
ヌアラの態度にイラッときた俺と、生意気に空中で両手をあごの下に構えるピーカブースタイルをとったヌアラがにらみ合っていると、呆れたようにイヴグウレが口を挟んだ。
「ミュー様のことでしたら心配する必要はありませんわヌアラ。事情が変わりましたから。リュミスといつまで東雲が生き残るのか賭けをしたんですって。ワタクシたちは『第二の災厄までは絶対に死なせるな』と申し付かりましたから、むしろ手伝うべきでしょうね」
クズどもめ!
人の命で賭けすんじゃねーよ。
……つーか、メガネは俺が第二の災厄で死ぬのに賭けてんだな。用心しねーと。
「ですから不本意ではありますが、お手伝いは致しますけど……。無能な指揮官のおろかな行動で怪我をするのは遠慮いたしたいですわねえ。机の上においてあるのが資料でございますね」
「ああ。アリ討伐の作戦を考えているんだけどさ。イヴグウレは頭いいし、何か作戦思いつかない?」
何気なくそう聞いたのだが、イヴグウレはひどく熱心に資料を読み始めた。
速読の心得でもあるのか、辞書のような書類をまるでパラパラ漫画を読むように読んでいる。
性格に問題はあるがコイツは非常に仕事熱心なんだよな。ここの部屋にまできて仕事をしていたぐらいなのだ。ちょっと中毒気味ですらある。
同じく仕事中毒のシンシアさんとは馬があうのか仲がいいらしいね。
「この資料から考えますと、迷宮に潜るのはペッポと東雲だけの方がよろしいでしょう。むしろそれ以外は邪魔でしかありませね。姿を消せば問題なく女王アリのところまではたどり着けると思いますわ。……ホントは東雲ではなく息子さんの方が腕前も顔も性格も上ですから成功率は高いでしょうけど……」
……顔は関係ないだろ。
「ですが、東雲が討伐せよというのが王の命令ですからねえ。失敗したときのことを考えれば東雲がいくべきでしょう。問題は女王アリの居場所ですけど、この資料によれば遠征軍の魔法使いが【探知の法】で迷宮の西下層に大きな魔力を感知していますから、女王アリはそこでしょうね」
「なるほど。さすがイヴグウレだ。そんなことは思いもつかなかったよ」
正直その程度のことは俺も考えてはいたのだが、イヴは褒めて伸びる妖精さんなので大げさに讃える。
俺の言葉に自尊心をくすぐられたようで満足そうに続けてしゃべるイヴ。
「くわえて、迷宮外で陽動を行なえば成功の確率も上がるでしょうね」
「陽動? それは危険すぎないか?」
「あらあら。おばかさんですねえ。何も馬鹿正直に戦う必要はありませんわ。アリを迷宮の外に引っ張り出せばその分だけ内部が手薄になりますでしょ? 陽動する部隊は軽装にして逃げ回ればよろしいじゃないですか。周辺の地形に詳しいカエルを主軸にすれば犠牲はでないのでは?」
「あーなるほど。……確かにそれは検討してもいいな」
今度は素直に感心したのだが、イヴは気にいらないようだ。
「検討する? なに偉そうに言ってるのかしら」ってな不満げな表情だ。
面倒な妖精ではある。
「どうしても戦死者を出したくなければシルクとかいう人形に率いさせて人形だけで部隊を構成すればよろしいじゃないですか。これなら絶対に戦死者は出ません。……ですが、ワタクシとしてはこの陽動にはウルド家の兵士も使うべきだと思いますね」
「なぜだ? いや、ウルドの兵士が精鋭なのは分かるが……」
「そういう意味で言ったのではありません。本当に頭の回転が鈍い人ですね」
「……」
いいですか!
と、そんな感じの前置きをして、幼い子供に懇々と言い聞かせるような口調で話し始めるイヴ。
「死んだ英雄だけが良い英雄と申しますが、メリルだけでアリを討伐すれば、東雲の功績が大きすぎますでしょ? 妬みや恨みをかいますよ。そうでなくとも遠征軍を主導したのがウルドなのですから、汚名返上の機会にうえているはずです。喜んで死兵を出すと思いますね。彼らだったら死んでもよろしいでしょ?」
よろしいわけねーだろ。
内心ちょっと怒りを覚えるが、イヴの発言の正しさだけは認めないといけないな。
死んだ英雄だけが良い英雄……か。
たしかに冒険者から貴族まで上り詰めた俺を目ざわりだって思う貴族もいるだろう。
メリルの領主の座を狙っていたウルド家だが、ここで恩を売っておくというのは確かにいいアイデアように思える。まっ、ここいら辺は家宰さんと相談してから決めた方がいいな。
「まあ死兵はともかく。随分と参考になったよイヴグウレ」
「ワタクシが協力する以上、無様な失敗はごめんですから。……それでは東雲。私のドールハウスをシンシアの家まで運んでくださいまし。我慢すれば住めないこともないようですから」
「うん? お前シンシアの家に住んでんの?」
「ええ。そのほうが仕事上都合がいいですから。ああ、ラウルとかいう男と交尾する時は気を利かしますからご心配なく」
交尾ゆーなよ……。
優秀なのは間違いないのだが、こいつと話しているとヌアラとは違うベクトルで疲れるので、俺は妖精唯一の良心に話しかけることにした。
「ペッポ。お前はどこに運ぶ? ヌアラと同じで姫様の部屋でいいか?」
「ボクはここでいいよ」
「ここって俺の部屋だけど?」
「うん。姫様のところは大きな犬がいるからちょっと怖いの。ヌーちゃんなんて3回も食べられてたし。だからここでいいよボク」
俺が良くないんだけど……。
だがこの作戦の要はペッポだ。機嫌は損ねられないか。
ペッポもイヴグウレのように交尾の時には気を利かせてくれるといいんだが……。