意外と凄いラウルさん
「さてと。じゃあ改めて紹介させてもらいます」
言いたいことだけ言って自分の部屋にヌアラが引き上げていったので、気を取り直してエルナたちに皆を紹介する。
「こちらがルーグ家のご息女レイミア姫様だ。隣にいるのは家宰殿。内向きのことはすべてこの人が取り仕切っている。先ほど料理の説明を居ていたのが姫様のチチキョウダイのシンシア。侍女長をやってもらっている。さっきいた小さいのがヌアラだ。一応はうちのお抱えの魔術師ということになるのかな? ただ、すこし頭が温かい奴なので無礼なことをするかも……するだろうが大目にみてやってくれ」
俺の紹介に姫様たち3人が会釈をする。
続いてエルナたちの紹介だ。
「そこの獣人がエルナ。黒髪の人形がシルクだ。大迷宮に潜っていた時の仲間です。ああ、エルナには一の騎士になってもらうつもりなんですが……。問題ありませんよね?」
「ええ。一の騎士の選定はシノノメ様の自由でございます。それに深層冒険者であり、メリルの恩人でもありますエルナ殿でしたら反対などあろうはずもございません」
家宰さんの言葉に胸をなでおろす。
いや、貴族ともなると建前は自由でも現実には色々制約がありそうだったしね。
「それでそちらが東雲様のご子息、ケイ殿ですね?」
おおっ。何で知ってるんだ家宰さん。俺ですらさっき知ったというのに。
正直なところこの人ちょっと怖い。
シンシアさんも姫様も何の反応も見せないから知ってたんだろうな。
「ご存知でしたか」
「ええ。失礼ながら王家より打診があったときにシノノメ様の身辺調査はしておりますので」
あーなるほどなあ。
貴族ともなれば相手の素行調査ぐらいはするか。
「いえいえいえ、ちょっとお待ちください! ケイ様はエルナ様とシノノメ様のお子様なのですか?」
「えっ、ええ」
「爺! 私は何も聞いておりませんよ? まさか隠していたのですか」
なぜか姫様だけが驚いている。
……さっきは驚きすぎて固まってただけなのか。
家宰さん姫様に教えてなかったのかよ……。確信がなかったのかねえ。
「これは心外です。爺がひい様に隠し事などするはずもございません。ひい様が『シノノメ様にご子息がいるのか』とお聞きになれば『おります』と答えておりますよ」
「……」
人をくった家宰さんの言葉に思いっきり腹を立てたのか、頬を膨らませる姫様。
そのほっぺが見る見る綺麗な赤色に染まっていった。相当怒ってるっぽい。
つーかすげーなこの爺さん。姫様を子供扱いしてるよ。いや、まあ子供なんだけどさ。
「あの、姫様……」
「レイミアです!」
「あっはい。レイミア。その……」
なんとなく浮気した亭主のような居たたまれなさがある。
姫様と出会う前のことだし、そもそもまだ結婚しているわけじゃないんだけど……。
どう考えても俺は悪くはない。きっと裁判官だってそういうはずだ。うん。悪いはずないんだけどさ。……それでもこういう場合は謝るべきなんだろうな。
「いえ、何も仰らないでください。少し驚いただけですから。こ、子供の一人や二人どうと言う事もございませんし。ただ、もう少し早くに教えていただきたかっただけです」
「俺もたった今知ったというか、初めてあったんですよ……あのスイマセン」
「ですから怒ってませんよ!」
怒ってるじゃないですか。
姫様は感情を沈めるようにちょっと目をつぶると、ツカツカとケイ君に近寄っていった。
「ケイ様でしたね? シノノメ様のご子息であれば私の子供でもあります。これからよろしくお願いいたしますね」
「あ、いえ、あの僕のほうこそよろしくお願いします」
姫様に声をかけられたケイ君は傍目にもテレているのが分かる。そういうと凄い勢いで頭を下げた。
考えてみれば、俺はもうなれたけどさ、姫様ってばものすごい美少女なんだよな。ラミアの魅了もあるし。ケイ君の反応は至極当然だな。
そんなことを俺が考えていると、姫様が俺のほうに向き直ると指をアゴにあててなにやら思案しているような表情を浮かべた。
「それで、シノノメ様。ケイ様たちはどちらにお住まいになるのですか? この客間ですと少々手狭でございますけど」
「それはまだ決めていませんでした。城内の適当な空室にと思っていたんですが」
俺がそういうと、家宰さんがわざとらしく手をポンと叩いた。
「でしたら、シノノメ様。ケイ殿は我が屋敷にご逗留いただけませんか? 私は息子夫婦をなくし孫娘と2人ですんでおりますから。一の騎士たるエルナ殿には城内に部屋をご用意させましょう」
「いいんですか家宰殿? ご迷惑であれば無理をしていただかなくても」
「いやいや息子夫婦がいなくなってすっかり家の中が寂しくなっておりますから。孫娘も喜ぶでしょう」
うーん。大丈夫だろうか。
まさかとは思うが、家宰さん毒もったりとかしないだろうな?
ルーグの血が入っていない俺の子供はさ、家宰さんにとって好ましい存在じゃない気がするんだよなあ。
「どうだろうケイさん」
「僕はご迷惑でなければ……」
どうしたもんかねえ。
ケイ君の返事を聞いてしばし迷う。家宰さんの思惑がなんとなく怖いんだけど。
ただまあ、家宰さんが本気でエルナたちを排除しようとすればどこに住んでようが関係ないか。むしろ家宰さんの家に住んでいたほうが逆に何かあったときに言い訳できないからな。
「うん。じゃあ家宰殿のご好意に甘えさせていただきます」
「では後ほど我が家にケイ殿を案内させましょう。エルナ殿の部屋も今日中にはシンシアに手配させておきますので」
「はいスイマセンがお願いいたします。シンシアもご苦労だけどお願いしますね」
「ええ。以前父が、先代の一の騎士が使っていた部屋が城内にありますから、そちらの方を清掃しておきますわ。それで、あの、シルク様はどのようにいたしましょうか? さすがに他の人形の様に人形工房というわけには参りませんよね」
参りませんね。
いや、人形なんでシルクに手を出す心配はないけどさ。ノクウェルたちと雑魚寝ってのはシルクがかわいそうだ。
「じゃあシルクは、そうだな俺の部屋で一緒に……」
「シルク様は姫様の護衛の任についていただいたらどうですかな? かねがねひい様に護衛をと思っておりましたので。人形師殿が護衛の人形を作るまでお願いできませんかな? シルク殿は腕もたちますし見た目も少女のようですからね。うってつけでは?」
「それはいいですね。はい。ではそのように。姫様もよろしいですよね?」
「ええかまいません。シノノメ様の昔のお話も聞きたいですし。よろしくお願いしますねシルク」
「マスター。いいですか?」
「あ、ああ。かまわないよシルク。ただ姫様、たまにはお休みもやってくださいね」
断腸の思いでそう答える。
うーん家宰さんめ。
ちょっと恨みがましい目で家宰さんをにらんでいると扉が叩かれた。
室内にはいってきたのは事務をやってる家宰の部下だ。俺たちに一礼する。
「シノノメ様。王宮よりご使者が。調査のために大学の研究者も同行しているようです」
「分かりました。ではすぐに参ります」
早いなー。まだ使者を出してから半日なのに。
さすがにモンスターなんぞがいる世界だとお役所仕事も効率化されるのかもな。
「ほう王立魔法大学院の研究者も一緒ですか。王国の方でもこたびの魔物の侵攻は災厄がらみであると判断したのでしょうな」
「あの……王立魔法大学院というのは?」
「ああ、王国が魔法ですとか魔物の生態を研究するために設立した大学院ですね。特に付与魔法の研究で成果を上げているようですな」
へえそんなとこまであんだな。大学とはいっても俺たちの世界の大学とはだいぶ毛色が違う感じだ。研究機関的なものなんだろう。
意外と進んでるぞ異世界。そういや、この世界の人ってば普通に読み書きとかできるんだよな。今まで気にも留めなかったけど。中世の西洋だと愚民統治な印象があるんだけどな。
「そういえば。メリルにはそういったところはないですけど、読み書きとかはどこで教えているんですかね?」
「なにぶん田舎ですので町の長老や引退した騎士が何日かに一度、子供達を集めて教えておりますね。予算から多少そちらの方に援助もしておりますし。教えるのは読み書きと簡単な計算程度ですが、特に優秀な者は王都に留学させてメリルの内政官として雇い入れておりました。たしか、ラウルもそうです。のうシンシア」
「はい。私の祖父の教え子でしたのでよく覚えております。祖父の推薦で留学した王都でもラウル殿は非常に優秀な成績を収めていたという話です」
へえ。人は見かけによらねえな。
ラウルさんは子供の時から相当に優秀なんだ。王都に留学させるってことは幹部候補生なんだろう。
かなりシステム的に完成されてんのな。江戸時代の寺小屋みたいなもんなんかねえ。
「ではシノノメ様参りましょうか。王国からの使者をあまり待たせるのもよろしくないでしょうし」
「ええ分かりました。じゃあシンシア、エルナたちのことはお任せします」
「あら? シノノメ様。エルナ様たちのことは私にお任せくださいまし。シンシアは忙しいでしょうからこれ以上仕事を押し付けるのはかわいそうです」
「あ、ああ。そうですね。それじゃあレイミアお願いします。城内の案内などをしていただけると助かります」
俺の言葉に笑顔で一つ首を振る姫様。
エルナたちに近寄るとドレスの裾をちょっと持ち上げて軽く頭を下げた。
「では皆様。私の部屋にどうぞ。まずは食後のお茶でもいかがですか? エルナ様とはちょっとお話したいこともありますし」
うん。まあ、アレだ。仲良くしてくださいねと。
姫様はちょっとわがままなところがあるし、エルナはエルナでそれほど人付き合いが好きってタイプでもないからな。どうか、どうか上手いこと仲良くなります様に。
3Pとか死ぬまでに一度はしてみたい。