とりあえずお疲れ!
「よう。久しぶり」
家宰さんたちとの打ち合わせを手早く済ませ俺は酒瓶片手に客室に顔を出していた。
右手に酒瓶、小脇には以前親切な吸血鬼から貰った黒い外套を風呂敷みたいなちょっと綺麗な布で包んで抱えている。
ノックして部屋にはいってみれば、まだ食事は出来ていないようで手持ち無沙汰な様子の3人が思い思いの場所に腰を下ろしていた。
3人とも鎧を脱ぎ、ちょっとゆったりとした浴衣のような服を着ている。
おそらくシンシアさんが用意してくれたんだろう。
「マスター!」
部屋にはいると同時にシルクが子犬のようにかけよってきた。
ちょうど湯から上がったばかりのようで、石鹸のいい香りが俺の鼻をくすぐる。
「おうシルク元気そうだな」
俺の言葉に答えもしないでギュッと腰にしがみついてくるシルク。
いくぶん涙ぐんでも居るようだ。
なんか一段と人間らしい感情を表すようになったもんだな。
そういえばちょっと身長も伸びたような気がするんだが……。
こっそりと脳裏で鑑定と呟いてみる。
名前 シルク
職業 人形
主人 エルナ
ステータス
HP 1998/1998
MP 1099/1099
筋力 999
体力 999
器用 999
知力 999
敏捷 999
精神 100
運勢 100
装備
右手
左手
頭部
胴体 レイミアのお古の浴衣
脚部
装飾 願いの指輪
装飾
スキル
<第三世代人形>・・・能力値上限999にアップ 常に情報を集め自己進化する
<名匠キューブ>・・・最高の人形師に作られた人形
<自動修復>・・・体内の回復器官が故障しない限り自動的にHPの回復を行う
心芽・・・発芽せし心の種 愛情を注いで自分好みに染めあげましょう
赤い瞳・・・暗視可能
おおっ! 心の種とやらが発芽しているじゃないか。
メガネが書いたに違いないスキル説明の文章は、相変わらず脳みそにウジがわいてるクズらしい文章だが。
だけど本当に良かった。ちゃんと発芽したんだ。
シルクの頭をポンポンとなでる。
「しばらく会わないうちに成長したんだなシルク」
その様子を見てちょっと口元に笑みを浮かべるエルナ。
俺の手に持った酒瓶を目ざとく見つけたのか、室内のテーブルにガラス製っぽいグラスを4つ並べている。
「シルクちゃんは20年、ずっとお帰りを待っていましたからね」
「……そうか。ゴメンなシルク。もっと早く帰れればよかったんだけど。心配かけたな」
「大丈夫ですマスター。指輪ずっと持ってましたから。エルナさんが持ってればきっとまた会えるって」
もうシルクがいじらしくていじらしくてちょっと半泣きになる俺。
多分部屋にエルナとシルクしか居なければ号泣してるわ。
こちらをちょっと戸惑いながらも珍しい物でも見ているかのようなケモ耳君の視線に気がついてなんとか涙をこらえる。
「シルクにもエルナにも心配をかけたんだな」
「ご主人様は腕も口もたちますから私はさほど心配はしていませんでしたけど。でもホントの所、またお会いできるとも思っていませんでしたよ。ですから、帰ってくるなり貴族になってるなんて本当に驚きました。ご主人様ちゃんと領主なさってるんですね。心配していたんですけど」
「ちゃんとかどうかは分からないけどな。まあ、ボチボチかな」
「ご主人様は面倒なことはお嫌いだと思ってたんですけどねえ。……まあ、奥方様を拝見してなんとなく理由は分かりましたけど」
おおっ!
いかん。いかんですぞ。この話の流れは不味い。
「いや、帰ってくるなり無理やり騎士に叙任されてさ。大変だったよ」
そう言いながら、少しでもエルナの気をそらすために酒瓶を手渡す。
「断ろうにも、王室付の神官長だとか言う人に断ったら殺されるとか脅されたしね。ホントは少しでも早くエルナに顔を見せようと思ったんだけどな。でも、ほら、あの時に冒険者カードをさ、エルナに渡してたろ? 身分証が無くて身動き取れなかったんだよ」
全力で不可抗力であったことをアピールする俺。
だがグラスにお酒を注いでいるエルナはなんとなく不満顔だ。
こうなれば仕方がない。話題を変えよう。
「そんなことよりも、結構な長旅だったけど大変だったろ?」
「……まあ、多少は。でも、シルクちゃんもケイもいましたからね。水浴びぐらいでお風呂にはいれないのは難儀しましたけど。そうそう、温泉というものは初めて入りましたけど、臭いに慣れれば気持ちがいいものですね。浴場も広かったですし」
「だろ? 田舎だけど、これだけは自慢できるものだな」
話題がそれたことにこっそりと安堵しながら、俺はちょっと緊張気味な様子のケモ耳君に視線を移した。
まあ、確認しとかなくてはいけないよなあ。
「さて。えっとケイさんでしたよね?」
「えっ、ええ」
初対面の時とは違い、ガチガチに緊張している様子のケモ耳君。
目線を俺に一瞬合わせるが、すぐにうつむいてしまった。
「若いのに凄い腕前ですね。驚きました。おいくつですか?」
「はい。あの、今年で20になりました」
20歳か。
やっぱアレだよなあ……。
「20歳か。その若さであの腕前とは……さすがに俺の息子なだけはあるのかな?」
「あっ!」
俺の言葉に思わずといった感じで声をあげるケモ耳君。
物音に驚いた犬のように耳をピコンとたてて、エルナに困ったような視線を向けた。
「……気づいてらしたんですか」
「あーまーなんとなくな」
そりゃあなあ。これだけ符合すれば気がつかないほうがどうかしてる。
20歳で名前が俺と同じケイだろ? これで他人の子だったら立ち直れないです。
しかし、俺も子持ちか……。
うーん。全然実感がわかないや。そもそも年も10歳程度しか違わないしなあ。
「やっぱりそうなんだな。あの、ケイさん。なんかゴメンな」
「いえ。母から事情は聞いておりますから」
「そうか」
そのまま会話が途切れてしまった。
いや、正直なんと言葉をかければいいのか分からないんですけど……。
「ああそうだ。これ、良かったら使ってくれ」
そう言ってあらかじめ持ってきていた黒の外套を手渡す。
「あら? よろしいんですか? ご主人様が大切にしていたものだと思うんですけど」
「うん。いいんだ。ホントはもっと良い物あげたいんだけど、あいにくこれぐらいしか持ってなくてさ」
「いえ、あの、嬉しいです。大切にします」
ペコリと一つ頭を下げるケモ耳君。
愛嬌のある顔にちょっとぎこちないものの笑みを浮かべているようだ。
いい子なんだろうなこの子。エルナはいい教育してたらしい。
「喜んでもらえたなら俺も嬉しいよ。黒い外套だから、ケイさんの黒い鎧にも合うと思うから使ってください」
俺の言葉にまた頭を下げてくれる。
喜んでもらえたようでほっと胸をなでおろしながら、俺は俺達の様子を満足そうに見ていたエルナを見据えて言った。
「お前このこと工房のおっちゃんたちに口止めしてたろ? なにか理由があるのか?」
「……」
「なんだ? 言えないのか?」
「すいません。ご主人様の遺言を実行する時に、ある貴族とトラブルになってしまって。ですから、もしかするとご迷惑がかかるかもしれないかなと思って……」
貴族とトラブル?
なぜだろうか。以前は貴族なんぞとの接触はほとんどなかったはずだが……。
いくら考えても心当たりがまるでない。
「いや、別に迷惑なんてことはないんだけど……トラブルってどこの貴族とさ?」
「すいません言えません。もう終わったことですし」
「……」
頑固だな。こうなるとエルナは話さないな。
「いや、まあ言いたくないんなら無理には聞かないけどさ。……まさかウルドじゃないよな?」
「ウルド? ああ、あの大貴族様の。いえ、違います。あのごめんなさい。ほんとにもう終わりましたから大丈夫です」
この感じだとホントに違うのか。
まあ考えてみればウルドみたいな大貴族が一般市民とそうそうそんなトラブルを起こすわけもないか。ありうるのはもう少し格が落ちる貴族なんだろうな。遺言の時ってことはお金目当てだろうし。
「分かったよ。じゃあ聞くのはやめる。ホントにもうケリはついたんだな?」
俺の言葉に明らかにホッとした様子を見せるエルナ。
「はい大丈夫です。書面で言質を頂きましたから。……それで、お手紙には手助けして欲しいとありましたけど、私はなにをすればいいのでしょうか?」
エルナめ、話題を露骨に変えたな。
まあいいけどさ。
「うん。とりあえずは、うちの兵士の鍛錬を頼みたい。ほら、新規に雇用した奴ばっかだから腕のほうがからっきしなんだよ」
「ですね。ちょっとひどかったですから。あのカエル人たちは悪くない腕前でしたけど。特に族長は中々ですね」
「あー彼らはうちの兵士じゃねーんだ。客分とか同盟相手とかそんな感じだしな。でだ! あのさ、貴族ってのになるとさ一人だけ自分の片腕になる騎士を選ぶんだそうなんだ」
そう言って俺はエルナの目を見つめた。
「ああ、一の騎士ですか」
「そうそうそれそれ。……なってくれないかな?」
断られたらどうしようと思いながらもちょっと上目使いにエルナを見る。
小心者が人に物を頼む時に浮かべる、ちょっと引きつった笑顔を浮かべているんだろうな俺。
「私が一の騎士ですか」
「うん。ダメだろうか?」
「いえ、嬉しいですけど……いいんですか? 私なんかで?」
「いい。いいに決まってる。てゆーかエルナに断られたら俺の一の騎士は誰も選ばないよ」
脈アリ! そんな手ごたえを感じ語気を強める俺。
「では喜んでお引き受けいたします。いたらないとは思いますけど、これからもよろしくお願いしますご主人様」
「うん。ありがとうな」
そう言いながら俺はエルナの手をとった。
握り締めたエルナのお風呂上りの暖かい手の温度が心地いい。
「あのさ。ありがとな。今回も20年前もさ。エルナには苦労をかけっぱなしだよな。ホントにありがとう」
「水臭いですね。そんなこといわないでくださいよ。20年前も今も、ちっとも苦労なんてしてませんよ」
さらっとそんな恥ずかしいことを言うエルナの手を握りしめ、不覚にも本気で涙が出てくる俺。
あー、本当に幸せだわ。
メガネの誘いでこの世界に来てホントによかった。それだけはメガネに感謝だ。今度あいつに出会うことがあったら半殺しで許してやろうと思う。
「うん。……じゃあ一の騎士の就任の儀式をするからご飯を食べ終わったら俺の部屋に来てくれな。傷薬も用意してあるからさ」
「……いや良いんですけど……もう少し雰囲気をよんで欲しいとか思うわけなんですけど……」
「うん。雰囲気は後でよむから来てくれな」
「……」
ツイツイ
うん? 幸せをかみ締める俺の袖が引かれた。
「お、おお。どうしたシルク」
「マスター。私もお手伝いします」
「うん。ありがとうシルク。もちろんシルクも頼りにしてるよ」
「はい」
「……」
「……」
ん? なんだろう?
シルクがじっと何かを期待するように俺を見つめているんだけども。
「私は二の騎士ですか?」
「えっ!」
「エルナさんが一の騎士なら私は二の騎士ですか?」
あるのか二の騎士なんて……。
「い、いや。……そうだな。じゃあ俺の一の人形になってくれないかなシルク。エルナが俺の右腕ならシルクは俺の左腕だし」
「はい」
元気のいい声で返事をするシルク。よほど嬉しかったのか満面の笑みを浮かべている。
やべえ。もだえ死にそうなぐらい可愛いわ。
「えっと、ケイさんはどうかな? 出来ればこの地に留まって俺に協力して欲しいんだ。俺の子供だと公表しますから、それなりの地位は用意できると思いますが……」
「はい。僕でできることは協力しますけど……でも、いいんですか公表なんてして?」
なんてできた息子なんだろうか……。
20年ほっといて今日はじめて会った俺を心配してくれるとは。
ほんとに俺の子供かという疑いを持つぐらいいい子だ。
「大丈夫だと思うんだけど……。でも、まっダメなら冒険者でもして暮らすさ」
「ちょっとごしゅじん……」
俺の言葉に何か言いかけたエルナを遮るように、扉がコンコンとノックされた。
同時にエルナが鼻をヒクヒクとさせる。
ケモ耳君もにたような動作をしているのな。
「失礼致します。お料理の方が出来ましたのでお持ちしました」
扉の向こうから聞こえてくるシンシアさんの言葉に物凄く勢いよく振られる二つの尻尾。
親子だねえ。