難攻不落のメリル城
メリル城。
堅城として名高いそのお城は、王都アルマリルでも知られた有名なお城らしい。
俺と色男が大見得を切った宴会から一夜明けて、ちょっと二日酔い気味の俺がそのお城を見たいというと、家宰さんは一人の騎士を案内役に付けてくれた。
いや、さすがにアレだけの大見得切ったからな。少しはやる気を見せないとまずかろうと思ったのだ。現状の俺はニート、あるいはヒモといった状況だし。
それになんか色々とさ、災厄と言う名の定期イベントがあるらしいからな。早期にお城は奪還しないと詰むんじゃないかな?
案内役の騎士さんは40ぐらいのくたびれた中年騎士。ラウルさんというらしい。
5年前のメリル城落城の折、最後まで城に残って戦った数少ない生き残りだという話だ。
スウォンジーという魔物と実際に剣を交えているので、うってつけの案内役ということで選ばれたみたいだ。
ただ、鑑定で見てみるとレベルは12。お世辞にも手練の騎士ではない。
というか、この人は本来は事務方らしいね。かつては塩山の管理全般を任されていた、そこそこ偉い幹部さんだと紹介された。塩山はメリルの最も大きな資金源だからこの人は内政的な手腕はあるのだろう。てゆーか、ないのであればリストラ候補だ。
その中年騎士に案内されて町外れにある小高い丘に登る。
ここからメリル城が見えるらしいのだ。
草花の香りと時折吹きおろす風が気持ちよく俺の髪をなでる。
ほとんどピクニックみたいだ。むさい男二人組みだけど……。
お城を奪還して落ち着いたら姫様と二人っきりで来たいところだ。シルクやエルナをつれてきても喜ぶだろうな。
と、そんなほとんど物見遊山の俺だったが、小高い丘の頂上から眼下にお城を見て思わず声が漏れた。
「……すげえ」
シンシアさんや色男が攻めにくいだの名城だのと、おもいっきりハードルあげてたけど、実際に目にするお城はまさに堅城。難攻不落っぽい。
まず三方を深い谷に囲まれている。さしずめ天然の堀といったところ。
正面の谷には橋の残骸があるから、本来はそれで町と行き来していたのだろう。
残りの一方も岩で出来た切り立ったガケ。
ぱっと見は、ガケに生えた平らな岩の上にお城が乗っかっている感じだ。
ただ、お城自体はちょっと小さい。アルマリルの町で見た王城に比べてぶっちゃけかなりみすぼらしい。
「凄い。コレは本当に堅城ですね」
さすがに地元の人を目の前にして「ショボ!」とか言えないからな。良い所だけ取り出して褒めるべきだろう。空気を読むことにかけては俺は定評があるのだ。我が妹は「兄貴は主体性がない!」とか言ってたが……。
そんな俺の言葉に案内役の騎士ラウルさんはちょっと自慢げだ。
まるで自分が褒められたかのように謙遜までしている。
「いえいえ、ここから見えるメリル城など本来のものではございませんよ」
「……? どういうことですか?」
「シノノメ様はメリル城の正式な名前をご存知ですかな?」
おうおう、学校でダメだと習わなかったのかな? 質問に質問で返すとは……。
というか、多分このラウルという人タメてるんだろうな。
ここはのっておこうか。ラウルとか言う騎士さん凄く楽しげだしな。
「いえ。知りませんね」
「洞窟城。メリルの洞窟城というのが正式な名前です」
なんか凄い秘密を打ち明けるように、少し声のトーンまで落とすラウルさん。
「洞窟……城? えーっと? つまりどういうことなのでしょうか?」
俺がそういうと、得たりとばかりに出来の悪い生徒に教える教師のように、身振り手振りを交えて嬉しそうに説明し始めるラウルさん。
それだけこのお城はメリルに住む人にとって誇りなのだろう。特に騎士である彼にとってはなおさらだ。
「そもそも人間相手ではこの立地であればそれこそ鉄壁。いかなる大軍に襲われましても、おそらくは兵糧がなくなるまでは篭城できることでしょう」
だよな。
俺自身もこのお城を攻めるのにどうすればいいのか見当がつかない。
三方の谷は幅20メートル程度だから弓矢が届きはするだろうけど、占拠要員を送りこむのが至難だろうと思う。大きなはしごを使うにしても谷のこちら側はかなり狭い。事前に土木工事なりから行なわないといけないんじゃないかな? ただ、ここいらは岩山だ。相当の難工事になるはずだ。
ガケの方には山道のような小道があるけど、有事の際には簡単に遮断できるだろうし。
「ですが魔物相手ですと事情が変わります。奴らの中には飛行するものもおりますゆえ」
たしかに、以前アルマリルの町に侵攻してきた魔物も飛行している奴がいたな。
しかも生意気に落下傘部隊まで登場していたし。
「そこで! ルーグの開祖。偉大なるメルビック・ルーグ様は空中を飛ぶ魔物にも強い居城としてこの地にメリル城を建築されたのです。この地、メリルの大洞窟のあったこの地にです!」
「……つまりアレですか? あの崖には洞窟があって、それをお城の一部として利用していると」
「一部ではございませんよ。むしろ洞窟こそが本丸。ここから見える建造物など付録と申してもいいでしょう」
はー洞窟城ねえ。
思いっきり居住性が悪そうなんだけど……。
そんな感想を持ったのだが、こんなに自慢してるこの人にそんなことは言えない。
だが、洞窟か。そりゃこの立地であれば色男が5年かけても落とせないのは納得だ。問題は俺もこのお城を奪還しないといけないことだよな。
「あっ! シノノメ様!」
考え込む俺に鋭い注意の声。
ラウルさんの指差す方向にはお城から出てくる5体ばかりの魔物が見えた。
お猿さんの様に剛毛につつまれた体に豚の頭を乗っけた姿だ。
「スウォンジーです。おそらくは見張りの交代の時間なのでしょう」
見つからないためなのか、地面にへばりつくように伏せながら説明するラウルさん。
これが200ぐらいでこのお城に篭っている魔物か。
交代制で見張りまで立てているとは、魔物のくせに組織だって行動してんのな。
距離が離れているのでダメで元々。鑑定と呟いてみる。
【名前】 スウォンジー
【職業】 ロー・スウォンジー
【レベル】 15
【ステータス】
HP 100/100
MP 80/80
筋力 50
体力 50
器用 50
知力 30
敏捷 50
精神 50
運勢 50
【装備】
右手 黒曜石の槍
左手 硬皮の小盾
頭部 硬皮の兜
胴体 硬皮の胸当て
脚部
装飾 ボウボウ鳥の羽
装飾
【スキル】
<繁殖>・・・異種族間での交配にボーナス
俊敏・・・回避に補正
野生・・・森などでの戦闘時に若干の補正
暗視・・・暗視可能
ふむ。最低限の武装こそしているけど、たいしたことないな。
多分こいつらは最下級の雑兵なんだろうけど。
これならメリル城奪還に希望が見えてきた。要は城内に入りさえすればなんとかなるんじゃないかな? そんなことを考えながら、俺はラウルさんに眼で合図を送り、魔物に見つからないようにゆっくりとその場を後にした。
☆★☆★☆★☆★
家宰さんの家の居間っぽい部屋には現在のメリルの幹部っぽい人々が集合していた。
メリル城奪還の作戦会議というやつだ。
最も幹部といっても俺と姫様主従。家宰さん。そして事務方というか書記としてラウルさん他数名がいるだけだけど……。
もともとたいして大きくはない地方領主なのでこじんまりとしていたし、5年前の侵攻でシンシアさんのお父さんをはじめとする、名の有る騎士は尽く討ち死にしているそうなのだ。
生き残っている兵士もこのラウルという騎士を除けば半農のものばかり。
いや、今は良いんだけどさ、お城奪還したら内政的なものがちゃんと回るのか凄く不安なんですけど……。
ミューズちゃんとヌアラの姿はこの場にはない。ちょっと思いついたことがあるので、その用意をしてもらっているのだ。
「じゃあ城内に入る方法はあるんですね?」
俺の城内に進入できればなんとかなるかもしれない。という言葉を受けて、家宰さんは「有る」と言ったのだ。
「ございます。5年前の侵攻の折、姫様をはじめとする領民達が城内より退避した隠し通路がまだ使えるはずです」
そう言いながら、テーブルに広げられたお城周辺の地図の一点を指差す家宰さん。
お城につきものの隠し通路か。
たいていは、なぜか井戸とかに通じてるんだよな。
ちょっと気配を感じたので姫様に顔を向けると、落城のときのことを思い出したのか悲しげな表情を浮かべている。
ホントはこんな場に呼びたくはなかったんだけど、家宰さんが当主は参加しなくてはダメだと姫様を連れてきたのだ。
この人は田舎の好々爺つー感じだけど甘いだけの人ではないらしい。
「城内の戦力は把握していますか? あの騎士団長殿は200程度だと言ってましたが」
「いや、申し訳ない。見張りは立ててはいますがさすがに正確な数は分かりかねますな。なにせやつらの顔なぞ皆同じに見えますから」
言われてみればそりゃそうだ。
「あの騎士団長の言うことを真に受けるのは危険ではないでしょうか? ウルドの影響下にある騎士団ですし素直に情報を渡すとは思えません」
騎士団長さんが嫌いなシンシアさんがそう口を挟むと、家宰さんがちょっと嫌な顔をした。
「これシンシア……ガルド殿がそういわれるのであればそうなのだと思います。以前も200~300程度だと話しておりましたし、スウォンジーは部族単位で行動しますから。一部族が300を超えるというのは聞いたことがございません」
「最低200ですか……。城内のどこに集まっているのか? というのは分かりませんよね?」
「それは……分かりませんな。おそらくは謁見の間だとは思いますが。ただ、以前ガルド殿の騎士団が城内に突入した時には通路の要所要所に簡単な陣地が設けてあり、少なくない犠牲を出したようです」
おっ!
分散してくれているのか。それはいい情報だ。
つーか色男よく城内に攻め込めたもんだ。どうやったのか後で聞きたいところだな。
「なるほど……」
そう呟いた俺は腕を組み、軽く目をつぶって考えてみる。
正直、普通に戦えば凄い大群に囲まれでもしない限りスウォンジー程度なら余裕だとは思う。
ただ、以前大迷宮に潜った時とは違い、エルナもシルクもいないのだ。
代わりに4体の下級人形と1体の高級人形か……。
人形に重装備をさせて盾にすれば早々引けはとらないとは思うのだが、それだとどうしても音がするから隠密行動は出来ない。
強襲と言う形になるだろう。
進入がばれて大勢でかかってこられる間にどれだけの魔物を殺せるのかがかぎになるだろう。
あるいはボス。つまり指揮官的な魔物を討ち取るかだな。
その点では城内という環境は都合がいい。
相手にどれほどの人数がいようと一度に相手にするのは少数ですむからだ。
いけそうな気はする。だけどやっぱり少し怖い。ゲームと違って死んだらそれっきりだし。
もう少し情報を集めてみるべきだろうか?
あるいはエルナとシルクの合流を待つべきだろうか?
そんなことを考えていた俺の耳に扉の開く音が聞こえた。
目を開いてそちらを見やると、皆にいっせいに視線を注がれて少し居心地が悪そうなミューズちゃんの姿。肩にはヌアラがちょこんと腰掛けていた。
手には50センチ四方の木で出来た小箱を持っている。
「あっ! もう出来た?」
どうやら俺の頼んでいた仕事をやってくれたらしい。
「はい。試作ですけどこんな感じで良いですか?」
ほっとしたようにそういって、ミューズちゃんは木箱をテーブルに置きパカッと中を開いてみせる。
中には金属の破片がごっちゃりと詰め込まれていた。
「なんですかなコレは?」
金属片を一つ手に取り不思議そうに俺に聞いてくる家宰さん。
シンシアさんも姫様も困惑顔だ。
「実は先の暗殺者が爆裂石を持っていましてね。それを幾つか回収したんですが……」
「爆裂石ですか。……しかしアレを城内で使うと崩落の危険があるのでは?」
「ええ、そのまま爆発させれば確かにその危険はあります。ですが……」
ちょっともったい付けて言葉を切ってみる俺。
皆が興味津々と言う感じで顔を寄せてくるのに満足して言葉を続けた。
「ようは爆発を抑えてやれば崩落の危険が減るわけですよね? つまりこの金属片の入った箱に爆裂石をいれ密封してやれば……」
「爆発は抑えられ、しかも四方に散らばる金属片で魔物に傷を負わせるわけです」
俺のとっておきの見せ場を奪うようにネタバラシするミューズちゃん。
なんか凄いげんなりとした顔をしている。
「よくこんなこと思いつきましたね。室内みたいな空間だとかなりの威力だと思いますけど……」
あー多分ミューズちゃんミンチ状の魔物を想像して気持ち悪くなったんだな。
手榴弾の原理の応用だから酷いスプラッターな状況になりそうだけど、仕方がないじゃないか。
こちらに被害が出るよりもグロイのは我慢できる。
「まあ、実験しないとダメだけどな。ただ、コレが使えるんならかなり攻略は楽になるな」
俺はなぜか先ほどからおとなしいヌアラに顔を向ける。
「ヌアラもご苦労様。キーワードの再設定してくれたんだよな。キーワードはなんていうんだ?」
「……あのねシノノメ」
なぜかちょっといいにくそうなヌアラ。
「あれ? もしかして再設定にミスった?」
「ちがうの。再設定は簡単だけど……シノノメに協力するのってさ、もしかするとミュ……女王様に怒られないかな?」
そういやコイツはマニュアルだったな。
なし崩し的に俺を助けてもくれたけど、ここにいたって俺に協力するとメガネに怒られるんじゃないかと気をもみ始めたらしい。
意外と小役人的な性格なんだな。
「あー大丈夫だろ? 賢く美しいミュ……女王様はきっとこうなることを見越してお前を俺に付けたんだと思うぞ?」
ンなわけねえとは思うが、ここでこいつの協力を得られないのは厳しい。
なんとか丸めこまなくては。
「そうかなー? 帰ったら物凄く怒られたりしそうなんだけど」
「いや、そもそも帰れねーじゃんお前」
「……」
あっ! しまった。ヌアラがなんかうじうじとしだした。
声がかけづらいなーと思っていると、意外な人がヌアラを慰めるように語りかけた。
「あの……ヌアラさん。事情はよく分かりませんが、シノノメ様に協力していただけませんか? 私は何も出来ないですけど、もしよければあのドールハウスも差し上げますから」
姫様がそんな提案をしてくれる。
ピクッと一瞬肩が揺れるヌアラ。どうやら姫様の提案はヌアラの心を捉えたらしい。
つーか、姫様ホントにいい子だな。大事にしていたドールハウスだろうに。
結局、現金なヌアラはその言葉で折れた。
直接戦闘に加わらなければきっと大丈夫ですよね。などと自分自身に言い聞かせるように言いながらキーワードを教えてくれた。
「爆裂石の安全装置をはずしてね『ヌアラ様ありがとう』って言えば爆発するように再設定しました」
……あれだな。ここいら辺のセンスはやっぱりメガネの眷属だな。
まあ、ちゃんと動いてくれれば合言葉なんぞはどうでもいいけどさ。