第1話 僕、女になりました
……なんて事だ。
冷蔵庫の中からジュースを取り、それを飲んだらこうなってしまった。
なんで、こんな事に……。
はぁ〜。
神様、僕……何かしましたか?
こんな体になっちゃって……。
腰にまで届くほどに髪が長くなって……、胸も凄く大きく膨らんで……。
そして、男にとって、大切な部分がなくなった。
「ああ、なんでこんな事になったんだろ……」
ストンと肩を落としながら、僕は親友の……海斗の顔を見る。
海斗は目を大きく開いて、こちらを凝視していた。
それはそうだろう。
この状況で凝視してしまうのは仕方のない事だ。
はぁ〜……。
本当に困った事になってしまった。
どうやら、僕は……。
僕は、女の子になったみたいです……。
明るい日差しに照らされて、僕は夢からゆっくりと目覚めていく。
目をこすりながら、カーテンを開いてみると、太陽の光が部屋に入りこんだ。
ま、眩しい……。
それはもう、朝起きたばかりの人にとっては脅威的な攻撃だ。
眩しい光で完全に目が開き、僕は自分の体を見てみた。
……やっぱり、昨日の出来事は夢じゃなかったんだね……。
ああ、神様……!
本当に僕は何か悪い事をしましたか?
もし僕が何かしていたのなら、その罪はきちんと謝ります。
だから……、だから――!
どうか、男に戻してください!
言っては悪いのだが、そこらの女性よりも膨らんでいる胸。
いつの間にこんなに伸びたのやら、腰にまで掛かったさらさらな長い髪。
そして、……男の証がついていない。
そう……。昨日の一件で僕はどうやら“女の子”になってしまったのだ。
……これは悪い悪夢だ。
今でも、そう信じていたい。
だが、頬をつねると痛みが湧き上がる。
まぎれもなく現実の証拠だ。
「……どうしよう、本当に」
声のトーンも上がっていて、これが自分から発している声だとは到底信じたくない。
僕はうなだれるように、頭を抱え込んだ。
こうなっては、もう現実から目を剃らしたくもなる。
そもそも、昨日なんであんなジュースが家にあったのか、不思議に思う。
ジュースで性別を変えるなんて聞いた事がない。
……もはや、世界規模のニュースだ。
というか、前代未聞の出来事になるな……。
「……僕、なんであんなジュース飲んだんだろ……」
後悔というのは本当に後から、じわじわと来るものなのだと、改めて実感する。
僕は、昨日に起こった大惨事を思い返した。
本当に人生に一度しかないほどの厄日を……。
それは入学式が済んで、学校から帰宅する所から始まった。
いつものように、僕は親友である海斗と一緒に帰り道を歩いていた。
椿 海斗
僕の幼なじみであり、頼りがいのある相棒。
家が隣同士で昔から仲がよく、幼稚園から現在まで全て同じ学校ときている。
……しかも、そのほとんどが同じクラスだ。
ここまでくると、腐れ縁のレベルを越えていると思える。
まぁ、今の僕にとって海斗は体の一部みたいな物で、本当に一心同体のようなものだ。
「なぁ、蛍! 今日さ、帰りにお前の家に寄っていっていいか?」
「別にいいよ」
「やったっ! いつも、お前にチェスのゲーム負けてばかりだから、今日こそは勝ちにいくからな」
「まぁ、それなりにかかっておいで。……手加減はしてあげるからさ」
「うっせーっ! その減らず口も今日で終わりにするからな。で、話は変わるけどさ……――」
海斗と他愛のない会話をしながら、我が家へと帰っていく。
学校の話とか、勉強の事とか、恋愛についてとか……。
やはり、幼い頃からの友達だからだろうか?
本当に他愛のない話だが、海斗が相手だとその全てがおもしろく感じた。
そんな話が続く事、20分。
その20分間はあっという間に過ぎて、僕の家へと着いた。
僕達はすぐに家の中へと上がりこんだ。
「ただいまー」
僕は帰ってきた事を家中に知らせたが、返事は返ってこなかった。
お父さんは仕事で忙しいから、まだ帰ってきていないとして……。
兄さんもまだ帰ってないのか……。
一応、説明を入れておくが僕の家族は3人で成り立っている。
お父さんに兄さん、そして僕の全員男家族だ。
お母さんは僕がまだ幼い頃に病気で他界している。
だから、僕はお父さんと兄さんに育てられてきた。
お父さんは僕が小さい頃から、仕事に追われていたので、主に兄さんが僕の面倒をみていてくれていたらしい。
僕はその時の記憶が曖昧でよく憶えていないのだが、兄さんにはちゃんと感謝している。
……お母さんがいない事は確かに寂しいけど、でも僕にはお父さんと兄さんがいるから。
だから……、大丈夫だ。
……なんだか、しんみりした話になってきているので、この話はここで止めておこう。
話が脱線してきている。
この時間帯は、普段は僕よりも兄さんが早く帰ってきているのだが、今日は生徒会が長引いているのか、家にいなかった。
「喉乾いたぁ〜。海斗、何かジュースでも飲む?」
「いや、俺は喉乾いてないし、遠慮しておくわ」
「おっけー」
海斗がチェスの準備をしている中、僕は冷蔵庫から何か喉が潤う飲み物がないか探した。
冷蔵庫を開いた手前に一本の赤いビンがあり、僕はそれを手にする。
……赤色のビンの中には、美味しそうな色のジュースが入っていた。
お茶もないし、まぁこれで我慢しようかな。
僕はそれを手にして、椅子に座って待っている海斗の方へと向かった。
「へぇ〜、なんか珍しいな。今時、ビンって……」
海斗が僕の持っているビンを見て、言う。
……言われてみれば、確かに珍しい。
「……まぁ、確かにそうだね。……ゴクッ…ゴクッ……ん〜、何だか変わった味だけど、美味しいよ、これ」
「そっか。……それじゃあ、始めようぜ。今日は絶対に勝ちにいくからな!」
「はいはい」
僕は笑い半分呆れ半分な顔で第一手目を打とうとする。
そして、ポーンを動かそうと手を伸ばした瞬間、体に違和感が走った。
「……ッ!」
胸が苦しい……。
妙に全身が熱くなっていくのが自分でも分かるほど感じる。
……なんだ、こ…レッ?
「……蛍?」
僕の様子に異変を感じたのか、海斗が心配げな目でこちらを伺っている。
「おい、大丈夫か? 顔色悪いぞ?」
「ご、ごめん……。ちょっとだけ気分が悪くなっただけだよ。……少し、顔洗ってくる」
「お、おう……」
そう言って、海斗をその場に残したまま、僕は洗面所へと向かった。
熱い……。
本当になんだろう、この感じは……。
自分でも表現できないくらい、おかしな症状が発生している。
「一体どうしたんだろ……僕」
鏡に移った僕は本当に顔色が悪そうに見えた。
蛇口をひねって、水を出す。
出てきた冷たい水で僕は顔を洗い流した。
ドクンッ! ドクンッ!
「ッ!!」
まただ……!
体中を電気が迸っていくような感覚に再び襲われる。
凄く……熱い……ッ! さっきの何倍も体中が熱い……ッ!!
僕はとうとう立ち続ける事が維持できなくなり、思わず床に座ってしまった。
どうなって…る…ん…だ……? ま、まさ……ッ…さっきの…ジュー……スに……何か……。
全身に何かが駆け巡り、心臓が今にも飛び出しそうな勢いで鼓動する。
ドクンッ!! ドクンッ!!
「う、うわぁあああー……ッ!!!」
僕は奇妙な感覚に体を襲われていく中で、無意識に大声で叫んでいた。
その僕の叫び声を聞いて、海斗が洗面所へと向かってくる。
「お、おい! 何だ、どうしたんだ! 返事をしろ、蛍!!」
「ッ……あ、うん。だ、大丈夫……みたいだ」
奇妙な感覚がおさまっていく。
あ、あれ……?
さっきまで、あんなに体が熱かったのに……。
不思議に思いながらも、僕は床から起き上がって、洗面所のドアを開けた。
バンッ!!
「痛ッ!!」
「あ、ごめんっ!」
洗面所のドアを開けた際に、ドアの前にいた海斗に勢いよくぶつけてしまう。
「……だ、大丈夫か?」
頭を押さえながら、床にしりもちをついた海斗に手を伸ばした。
「あ、ああ。平気、平気! 大丈夫………え――?」
海斗が驚いた顔で僕を見つめる。
なんだ、その変なものを見るような目は……。
僕の顔に何かついているのか……?
「どうしたんだ? 海斗」
僕は海斗の手を引っ張って、体を起こしてあげようと……――
……ん? あれ……?
力が……入らない……。
「んん〜〜〜ッ!!」
いつもなら、片手で引っ張っても起こせるのに……。
あれ? なんで……?
「んん〜〜〜〜〜〜ッ!! う、うわっ……!!」
思いっきり手を引っ張っても起こせないどころか、僕が海斗の方へと倒れこんでしまった。
ムニュッ!
……え? ムニュッ……?
異様な感覚が体中からする。
というか、ムニュッ……ってなんだ?
それに胸の辺りが妙に重く感じる。
これは一体……。
「えーと、キミは蛍……なのか?」
海斗が意味不明な事を言いだす。
なんだか、顔が赤くなっているが……。
はぁ〜……。
こいつは親友の顔を忘れたのだろうか?
「そうだけど……。海斗、僕の顔を忘れたの?」
「え、いや……。本当に……蛍…なんだよな?」
……だから、なんでそこでまた聞き返すんだ?
「はぁ〜……本当だよ。僕は正真正銘、伊藤蛍だ」
「…………」
依然として、疑った顔で僕を見る海斗。
……こいつは僕をからかっているのだろうか?
そうなのか? ……いや、そうだ!
きっと、僕をからかっているんだな!
そうだ、そうに違いない!!
「なぁ、えーと……蛍。……一回、鏡見て来い」
「……? 別にいいけど」
洗面所にいく前に僕は海斗の思考を読んでみた。
海斗の事だ。
実は顔には何もついてなくて、僕を騙して大笑いするつもりだろう。
……うん。きっと、そんなところだ。
はぁ〜……、仕方ない。
ワザと引っかかったふりをして、海斗の言うとおり、自分の顔を見てくるか。
僕は起き上がって、再び洗面所に入る。
そして、呆れながら、洗面所の鏡の前に立った。
「さぁーて、どんなゴミがついているのか……な…」
…………………。
……………。
………。
「な、なんだこりゃぁあああーッ!!?」
鏡に映ったのは芸能界のそこらのアイドルにも負けないくらいの美少女だった。
な、なに……、これ……?
僕は唇をブルブルと震わせて、自分の目を疑った。
と、とりあえず、落ち着かなきゃ……。
鏡に映っている女の子は僕……なのか?
鏡に映った少女の姿をよく見てみる。
胸が大きく膨らんで、いつの間にか髪の毛も腰ぐらいまで伸びていた。
……とてもこれが僕自身とは思えない。
しかし……、どことなくだが僕の顔となる原型はあった。
「な、なんだよ……これ……。一体なんなんだ……」
どうなっているんだ。なんで、僕が女の子の姿に……。
これは、……さっき飲んだジュースのせいなのか?
「……け、蛍」
いつの間にか、海斗も洗面所に入っていた。
「か、海斗、僕……女の子になっちゃった」
「え、え、えっと! と、とりあえず、落ち着こうな! こ、こういう時はだな……――」
海斗も僕の姿に戸惑いを隠せずに、かなりパニクっていた。
はぁ〜、……まず海斗が落ち着こうか。
当の僕はまだ驚きはあったものの、海斗よりかは落ち着いていた。
ああ、……なんでこんな事になったんだ。
僕、本当に女の子になってしまったのか。
……お父さん達にはどう説明すればいいんだろ?
というか、これって治るのか……?
はぁ〜……、厄日だ。
この後、「とりあえず、僕は大丈夫だから」と海斗に話して、家に帰した。
海斗は「何か手伝える事があったら言ってくれ」って、帰る間際に言っていたけど……。
うん、まぁ……こればかりはさすがに……ね。
それよりも、一番大変だったのは兄さんだ。
学校から帰ってきて、僕の顔を見たときの第一声が「一目惚れしましたぁああーッ!! 付き合ってください!!」って……。
……普通はまず、見慣れない女の子が家にいる事に怪しいと思うだろう。先にどなたか名前を聞くだろう。
はぁ〜……。
前に言ったが、兄さんは確かに面倒見がよくて優しい良い兄なんです。
……ある一つの事を除いては。
「うぉおおおーッ!! ビバ! 美少女!! 誰だかわからないけど、とにかく好きだぁあああーッ!!!」
……そう。
兄さんは「ド」がつくほどのスケベで変態なのです。
最近は収まっていたので、もう大丈夫だと思っていたのに……。
はぁ〜……。
兄さんに僕が弟の「蛍」である事を理解してもらうのに、だいたい一時間くらいかかった。
兄さんは僕が「蛍」だという事に初めは戸惑ってはいたものの、すっかりと納得してくれた。
後、僕を女の子の姿に変えたジュースの事も兄さんに話したが、ジュースの事については兄さんは知らなかった。
となると……手がかりとして残っているのはお父さんだけになる。
……まさか、お父さんが?
僕はお父さんに直接聞こうと、家でじっと待っていたのだが、なかなかお父さんの帰ってくる気配はなかった。
「お父さん……何かあったのかな……」
時計は既に11時を回っていた。
いつもなら、遅くても9時までには必ず帰っているのに……。
あまりにお父さんの帰りが遅いので心配になっていた所に、兄さんがやってきて僕に話しかける。
「あれ? 蛍、知らないのか?」
「え……?」
「父さんは今日から出張で海外に行ってるから、帰ってくるのいつだかわかんないぞ?」
「……うそ、だよね?」
「本当だよ。俺が今まで蛍に嘘を言った事なんて一度もないだろ?」
……となるとなんだ?
あれか……、えーと、つまりは……。
僕って……当分は女の子のままなの?
い、いや……もしかしたら、ジュースの効力が切れるかもしれない。
と、とにかく!
とりあえずは今後の様子を見て、行動しなきゃ……。
僕は自室に戻って、ベッドへと倒れこんだ。
今は色々考えても仕方ない。
……今日はもう寝よう。なんだか、考えすぎて疲れてしまった。
ああ……これが悪夢なら、夢から醒めた時に何も起きなかった事にして欲しい。
……神様、是非お願いします。
僕を災難に振り回さないでください。
「はぁ〜……」
ベッドの隣にある少テーブルには、若い頃のお母さんの写真が置いてあり、僕はその写真へと目を向ける。
写真に写っていたお母さんは、僕の姿にどことなく似ていた。
いや……、この場合、僕の方が似ているのか。
「……おやすみ、お母さん」
母への就眠の言葉を済ませた後、僕は深い眠りへと落ちていった。
で、現在だ。
「はぁ〜……」
もう、昨日と今日合わせて何回ため息が出たのだろう。
やっぱり、ジュースの効力は切れていなくて、少女の姿のままだった。
これが現実……か。
「おーい! 蛍、入るぞぉーッ!」
ドアの向こうから、兄さんの呼ぶ声が聞こえてくる。
僕が「どうぞ」と言うと、兄さんはすこい勢いで扉を開けた。
「な、なに? どうしたの? 兄さん」
「いや、なぁーに! 女の子に変わった蛍の姿が拝みたくてなっ!」
「…………」
呆れて思わず、黙ってしまった。
兄さんは僕が女の子になって、嬉しいのだろうか?
「ホント、若い頃の母さんにそっくりだなぁ〜!」
「そ、そうかな〜……」
「いや、ホントにそっくりだ! 美人だ! 可愛すぎる!! つーか、もう一生その姿でいてくれぇー!」
どうやら、兄さんは僕が男に戻る事を毛頭望んでいないらしい……。
そればかりか、ここにきて重度のマザコンである事が判明した。
はぁ〜……朝から、うっとおしい事この上ない。
「兄さん、部屋から出て行ってくれない? 着替えるから」
「え、別に男同士なんだし、今着替えても……」
「今の僕は女だけど? ……下心丸見えだよ、兄さん。早く出て行ってくれる?」
「……うーん、女の子となった蛍の体を見れないのは残念だ。……仕方ない。まぁ、この先見る機会なんていつでもあるしなっ!」
そう言い残して、兄さんは僕の部屋から早々と出て行った。
……兄さん。そんな機会、この先絶対にないから。
はぁ〜……。
これから先、前途多難な事が起きるような気がしてきた……。
「――はぁ〜、早く……男に戻りたい」
ボソッと呟いた僕の本音は、写真の中にいる母さんだけが聞いていてくれた。
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