挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
フェバル保管庫2 作者:レスト

剣と魔法の町『サークリス』 後編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

94/279

63「たとえ時が止まっても」

 私は速度特化の風刃魔法《ラファルスディット》を、アーガスは光弾魔法の《アールリオン》を、それぞれクラムに向けて同時に放つ。
 いずれも相当な高速魔法であり、ほんのわずかな時間で奴に届くのだが――


 !


 どうやら、時間停止を使われたようだ。身体がぴくりとも動かない。
 だが、確かにミリアの言う通り、《アールカンバー》によって、止まった時間の中でも奴の動きを認識することが出来た。

 0.5秒 クラムが、静止した魔法の軌道上から外れる。光魔法であるアーガスの《アールリオン》も、私の《ラファルスディット》と一緒にぴたりと動きを止めていた。
 1.0秒 奴が剣を構えて、私に向かって猛然と走り出す。
 1.5秒 そのまま懐まで迫り、さらに一歩踏み込んで
 2.0秒 私を斬りつける体勢に入る――

 2.1秒!

 時が動き出すと同時に、私は即座に身を捻った。剣を振り下ろす奴の脇をすり抜けるようにして、辛うじて身をかわす。
 そのまま、奴から目を離さずに王宮の階段の方へ飛び退きながら、奴の背に向けて《ボルケット》を放った。

「でやっ!」

 すぐにこちらへ振り返ったクラムが、剣をさっと振り払う。それに当たった火球は、簡単に弾かれてあらぬ方向へ飛んでいった。
 この位置はまだ奴の射程圏内だ。ここにいては死ぬ。
 さらに牽制で、小風刃を連射する魔法《ファルレンサー》を撃ち込む。奴がその対応に追われているうちに、急いで奴から十二メートル以上離れる。
 アーガスも、私のいるところへ向かいながら、雷槍魔法《デルヴェンド》を合わせてくれた。
 しかし、いずれも、奴が構えている剣を振り回すことで、魔法は全て綺麗に弾かれてしまった。どうやらあの剣には、魔法を弾く力があるようだ。

「今の身のこなし――なるほど。貴様ら、イネアから私の魔法について聞いたのだな。だが、知ったところでどうしようもあるまい」

 剣を構え直したクラムが、再びこちらへと襲い掛かる。
 と、そのとき、アーガスが驚きの声を上げた。

「重力魔法が効かないだと!?」
「なっ!?」

 私も驚愕した。
 頼みの綱にしていた重力魔法が、まさか効かないなんて!?

「ふん。私とて、このエデルに来て何もしていなかったわけではない。目指すのはさらなる高み。今の私に、生半可な重力魔法は効かんぞ」
「ちっ……。そいつは厄介だな」

 きっとエデルに存在している何かで、重力魔法を軽減するか無効化でもする手段を手に入れたのだろう。厄介なことこの上ない。
 内心舌打ちした私は、男に変身して気力強化をかけると、アーガスに声をかけた。

「行くぞ!」
「ああ!」

 二人で示し合わせたように、王宮の入口に向かってひた走る。
 見通しの良いこの場所で戦っても、隙を作るのは至難の業だ。このままでは勝ち目が薄い。
 王宮内部に入り込んで、死角からワンチャンスを狙った方がまだいい。
 なるべく見晴らしの悪い場所で戦う。アーガスと話し合っていた作戦の一つだった。
 それに王宮内部からは、トールの気配を強く感じる。放っておけば彼が討たれる危険がある以上、奴も追ってくるしかない。


 !


 また、時間停止か――
 一切身動きが出来ないまま、奴の気が背後からどんどん近寄って来るのを感じた。なまじ認識出来るからこそ、死が迫る恐怖と正面から向き合わなければならなかった。
 来るのがわかっていても何も出来ないというのは、これほど恐ろしいものなのか。
 途中、狙いが俺から外れて、横にいるアーガスへ向かったのがわかった。

 2.1秒。時が動き出す。

「アーガス! 後ろだ!」
「ちっ!」

 当たれば確実に命を刈り取る横薙ぎを、彼は間一髪しゃがんでよける。
 でも、まだ危険な位置だ。接近戦では、圧倒的に奴の方に分がある。
 俺は女に変身して目を瞑り、アシストの魔法を放つことにした。アーガスはこちらを向いていないから、何も問題はない。

《フラッシュ》

 閃光魔法が炸裂する。これで少しは足止めになってくれるはずだ。
 だが、その認識は甘かった。
 次に目を開けたとき、なんと奴は、もう私のすぐそこまで迫っていたのだ。

「そんな下らん魔法が、この私に効くと思うのか」

 なに!? 効かなかった!?
 奴は突きを繰り出した。今からでは、とても回避が間に合わない。
 やられる!

「ちいっ!」

 死を覚悟したそのとき、クラムが突然大きく飛び退いて距離を取った。
 直後、目の前を闇の刃が横切っていく。

「そう簡単にはやらせねえよ」

 横からアーガスの挑発的な声が聞こえた。
《キルバッシュ》で援護してくれたのか。助かった。

 邪魔をされたことで、クラムの意識はアーガスへ向いていた。
 今のうちに、今度こそ魔法を上手いこと成功させてやろう。

 霧よ。覆い隠せ。

《ティルフォッグ》

 辺りから濃霧が漂い、視界を覆っていく。これで見通しが一気に悪くなった。《アールカンバー》をかけている私たちには周りがよく見えるが、普通の魔法を使わないクラムには、おそらくほぼ何も見えていないだろう。
 私は再度男に変身すると、ウェストポーチからスローイングナイフを三本取り出して、思い切り気を込めた。そいつをいっぺんに、奴の急所目掛けて投げつける。 時間操作魔法を使わせるために。


 !


 一瞬だけ、意識が途切れたような気がする。おそらく奴が時間を消し飛ばしたのだろう。
 そこで間髪入れず、追加でナイフを五本一気に投擲する。もちろん全て急所狙いだ。
 それから、アーガスと目配せを交わして、一緒に王宮まで、脇目も振らず駆け出した。

「あまりこの私を、舐めるなよ……!」

 背後から、奴が鋭い殺気を放ちながら、そう憤るのが聞こえた。
 ぞっと寒気がした。


 王宮殿に入ると、床から天井まで突き抜けた白い柱がいくつも立ち並ぶ、広大なエントランスに出た。青い石で出来た床には、血のように真っ赤な絨毯が敷かれ、両脇には上へと続く階段がある。柱も床も、宝石のように美しい艶を放っており、どれもこれも見たこともないような素材で出来ているようだった。
 どうやら俺たちの他には、誰もいなかった。
 俺たちは頷き合うと、エントランスの両サイドへそれぞれ別れて向かう。俺は入口から見て左側、アーガスは右側へ。
 入口の手前からは俺たちの姿が映らず、かつ時間停止の射程外の位置につけた。
 俺は男のままで、奴の気の動きを注意深く読む。
 段々こちらへ近づいてきている。否応なしに緊張は高まった。
 手汗をかいているのに気付き、上着の裾で軽く拭った。
 俺は、奴が入口に飛び込むタイミングを見計らって、アーガスに手で合図を送るつもりだった。
 その瞬間が、勝負となる。
 アーガスでも発動に時間がかかるレベルの、強力な重力魔法をかける。さすがにそれほど強力なものなら、少しは効いてくれるはずだ。
 そこで動きが鈍ったところに、《アールリバイン》をぶつける。

 奴の気が、いよいよすぐそこまで来ていた。あとほんの少しでここに到達する。
 心臓が飛び出しそうな心地だった。
 おそらく、一瞬の攻防で勝負は決まるだろう。
 するとなぜか、奴の反応が急に逸れた。入り口の方にそのまま向かうのではなく、その横の何もない城壁へと向かっている。アーガスがいる方向だ。
 なぜそっちへ行く? そう思ったとき――


 !


 時間が、止まった。

 0.25秒 俺は見た。
 0.5秒 一体何をしたのか、クラムが壁をすり抜けて
 0.75秒 アーガスに向かって、恐ろしい速さで迫るのを。
 1.0秒 射程限界距離を、明らかに超えていた。
 1.2秒 このままじゃ、アーガスが――
 1.3秒 助けないと!
 1.4秒 動け!
 1.5秒 動けよ!
 1.6秒 ちくしょう!
 1.7秒 魔法じゃないと――
 1.8秒 間に合わない!

 ――絶望に身をもがれそうになったそのとき、俺は気付いた。

 2.0秒 私の魔法――

 2.1秒!

 届け!

《ファルバレット》!

 時間停止解除と同時に放った風の魔弾が、既にアーガスの胸部を捉える寸前だったクラムの剣の軌道を、少しだけ反らしてくれた。
 それにより、辛うじて致命傷は避ける形となったが、奴の剣はそのままアーガスの右腕を斬り落としてしまった。
 私は思わず目を覆いそうになる。
 彼の肘から先が、くるくると宙を舞い――
 右腕から鮮血を噴き出したアーガスは、苦痛に顔を歪めて、その場にうずくまった。

「アーガスッ!」
「少々邪魔が入ったが、これで止めだ」

 クラムが再び、剣を振り上げる。
 アーガスが、殺されてしまう!
 もう躊躇している時間はなかった。
 私は、光の矢を発動させた。奴の注意を、こちらに引き付けるために。
 異常な魔力の高まりを感じ取ったのか、奴の剣がぴたりと止まる。

「なんだ、それは――」

 私は右手に弓を構え、左手から矢を出現させて、いっぱいに引き絞る。
 もう後戻りは出来ない。これを当てなければ、負ける。

「見たこともない魔法だ――だが遅い」


 !


 ――お前が時を止めることは、わかっていた。
 私がおそらく、どういうわけか広がった奴の射程内にいることも。
 そして、私の異常に強力な魔法を警戒したお前が、その性格ならば、避けるより先に、止めを刺そうとこちらに向かってくることも。
 ついさっき気付いた、ある事実。
 お前の虚を突ける可能性。それにはまさに、この命を賭ける必要がある。
 お前は、私より強い。
 普通にやっていれば、絶対に勝てない。命を張らなければ、お前には勝てない。
 だったら私は命を賭けよう。アーガスを助けて、お前に打ち勝つために。
 身動きの取れない私に、剣が迫る。まともに当たれば確実に命を刈り取るであろう、死の一撃が。


 たとえ時が止まっても――


 変身だけは、出来るみたいだ。


 私は、俺に変身する。
 直後、俺の胸に奴の剣が突き刺さった。 
 その剣は――

 俺の胸先数センチのところで、急所には至らず、止まっていた。
 賭けに勝ったのだ。

 そう。お前は止めを刺すとき、心臓を狙う癖がある。
 普通なら、攻撃は防げない。
 だが、ただ一点。
 それだけなら、今の俺でも、全力で気を集中させれば、どうにか防ぐことが出来る。
 お前は、俺が心臓だけをひたすら守っていることに気付けなかった。
 まともな修行を積み重ねていたなら、簡単に気付けただろうに。
 時間操作魔法を手に入れたお前は、それにかまけて修行を怠っていた。気を読めないままでいたことが、仇となったんだ。

 そして――時間だ!

 俺は私になると、既に心の世界の中で発動直前の状態にして、待機させておいたその魔法を、奴の目の前で放つ。

 光の矢よ! 時を貫け!

《アールリバイン》!

 放たれた光の矢は――


 !


 間を置かず連続で時間消去を発動させたクラムの腹部を、綺麗に貫通して、取り返しのつかないほど大きな風穴を開けた。
 奴は、信じられないという顔をしていた。
 そうだろう。時を消し飛ばしたのに、当たったのだから。
 避け切れない攻撃を受けたとき、お前はまず時を飛ばそうとする。
 普通に避けようとしていたならば、もしかしたら致命傷だけは避けられたかもしれないのに。
 お前はいつもの癖で、反射的に時間消去を使ってしまった。
 お前は、時間操作能力に頼り過ぎたんだ。
 だから負けた。

 魔法の反動で力なくぺたんと座り込んだ私に、最後の執念とばかりにクラムが迫る。せめて私を道連れにするつもりのようだ。
 でも、無駄だ。お前はもう負けている。

「アーガス! 止めを!」
「おう……!」

 片腕を失ったアーガスは、残る左手だけで、彼の持つ最強の重力魔法を唱える。

「これで終わりだ! 《グランセルレギド》!」

 超重力の黒い球が、奴の頭上に現れた。


 !


 いくら時間を止めたところで、無駄な足掻きだった。私の攻撃で体力を失っている奴は、もはやあの魔法から逃れる力など残っていない。
 重力球は容赦なく奴を引き込むと、奴の全身を粉々に砕いた。
 やがて魔法が消えたとき、奴はもう動くことすらままならない状態で、ずたずたになったその身を地に横たえていた。
 そっと近寄ると、奴は力ない声で搾り出すように言った。

「まさか、本当に足元を掬われることになるとはな……」

 そして、満足したようにふっと笑う。

「だがまあ、お前のような者に負けたのは、悪くない気分だ……」

 英雄クラム・セレンバーグは、静かに息を引き取った。

 安らかに眠る彼の亡骸を見つめると、彼を倒したことを素直に喜ぶ気には、とてもなれなかった。
 イネア先生は、彼に剣士としての誇りはないと言っていた。
 確かにそれは、そうかもしれない。
 でも、時間操作こそ使ったけど、彼はあくまでも最後まで武人ではあり続けたのではないかと、私はそう思う。
 彼は持たざる者だった。だからこそ、手を伸ばせば届くものならば、それがどんな力でも欲しかったのだろう。
 その気持ちはよくわかる。私もきっと、似たようなものだから。
 ただ彼は、やり方を間違えた。彼は他の全てを踏みにじってまでも、力だけに走ってしまった。彼は、道を踏み外してしまったんだ。
 私は目を瞑り、少しの間だけ静かに手を合わせて、彼の冥福を祈ることにした。

「仇は討ったぜ」

 目を開けて前を見ると、空を見上げたアーガスは、まるで憑き物が落ちたように、晴れやかな表情をしていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ