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フェバル保管庫2 作者:レスト

人工生命の星『エルンティア』

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4「ナトゥラの首都 ディースナトゥラ 1」

 情報を集めると言えば、まず向かうべき場所は図書館辺りだろう。フェバルには、その世界の文字が勝手に翻訳されて読めるという能力が、どういうわけか備わっているから、書物は重大な情報源になる。
 そこで早速、この町で一番大きな図書館までの道のりを近くにいた男性に尋ねてみた。かなり接近したので、さすがに生身の人間だとばれないかとひやひやしてしまったが(まあリルナに触られてもばれなかったから大丈夫だろうとは予測してたけど)、どうやらばれることはなかった。彼は快く教えてくれた。
 彼によれば、中央区にある中央図書館が、この町で最も大きなところらしい。ついでに話の流れで、偶然この町の名前もわかった。さすがに「この町はなんという名前ですか」なんてここで聞いたら絶対おかしいと思われるから、聞けなかったので助かった。ディースナトゥラというのか。
 彼にお礼を言ってから、すぐに中央図書館に向かうことにした。中央区へは、今いる第四街区からも繋がっていて、素直に円周状の道に対して垂直に内側へと進んでいけば辿り着く。

 中央区の近くに差し掛かると、そこまでも建物の立派さに十分驚かされていたのだが、腰を抜かしてしまいそうになるほど桁違いに巨大な建物が、いくつも視界に現れた。
 工場のような建物が数棟、そして既に遠くからも見えていたのだが、天を突くようにそびえ立つ、塔のような白と黒の対照的な超高層ビルが、二つ左右に位置している。
 普通に考えれば、中央区は都市の中枢だろうから、ここに重要施設が集結しているのは想像に難くない。
 とりあえず図書館は後回しにしても、ここにどんなものがあるのか確認しておきたいと思った。
 出来れば詳しいことが知りたかったのだが、やはりというか、一般人は重要施設にはすべからく立ち入り禁止のようだ。どこもかなり厳重に警備されていて、常に複数の警備員が目を光らせている。なので、せいぜい建物の形と名前くらいしかわからなかった。
 歩き回って目に付いた重要そうな建物を列挙していくと、まず左に見えていた白い塔のような建物は「中央管理塔」、右の黒い塔は「中央政府本部」。この二つが、家庭用コンセントのプラグの双先端のように、都市にあるその他の建物に比べて著しく突出している。両者の間には、上下二か所ほど、空中に浮かぶ巨大な通路が渡っており、互いに連絡が取れるようになっていた。
 さらに中央政府本部の近くを取り囲むように、各省庁や役所系の建物が配置されていた。
 そして中央管理塔と中央政府本部との間に挟まれた、まさに都市の中心には、「中央工場」と「中央処理場」が隣接して建っていた。いずれもドーム型の、規格外に巨大な施設であり、この二つだけで中央区のかなりの面積を占めている。近くで見れば、視界が全てそれだけで塗りつぶされそうになるほど圧倒的だった。
 私はかつて、これほどまでに巨大な建物を見たことがない。背の何倍も高いゲートと分厚い門で外部と完全に仕切られていて、特に厳戒態勢で警備が敷かれているようだった。外からは内部がどうなっているのか、全く窺い知ることは出来ない。

 それから、これらの最重要らしき施設よりはやや大きさと格は落ちるように思われたが、私にとっては決して見過ごせない建物を見つけた。

「ディークラン本部」

 確か「ディークラン」というのは、「俺」のことをいきなり銃で撃ってきた連中のことだ。見れば、あのときサイレンを鳴らしていた車と同じようなものがいくつも並んでいる。察するに、警察組織といったところだろうか。
 まあ女だから大丈夫だと思うけど、ここに長居するのはあまり精神衛生上良くない気がした。また急に襲い掛かられるんじゃないかって気がしてくるし。
 そう思って、踵を返し立ち去ろうとしたとき、上空の彼方より、こちらの方角へ水色のオープンカーが飛んでくるのが見えた。
 あの特徴的な車体は、間違いない。リルナの乗っていた車だ!
 彼女の乗った車は、私のほぼ頭上を通り過ぎて、本部の屋上に止まった。その場でゆっくりと下降し、やがて角度の関係で、建物に隠れて見えなくなった。
 そうか。彼女はここの所属だったのか。おそらく「俺」が見つからなかったので、一旦戻ってくることにしたのだろう。
 彼女が来たとき、民衆は「ディーレバッツ」だと言っていた。とすると「ディーレバッツ」とは、「ディークラン」の一部を指すのだろうか。それもわざわざ特別な名前で呼ばれるってことは、並みの連中じゃない気がする。
 実際、彼女だけは恐ろしく強かった。今の私じゃ歯が立たないくらいに。
 もしまた彼女に見つかったら、なぜこんなところにいるのか尋ねられて面倒なことになるかもしれない。さっさといなくなった方がいいな。
 私はその場から逃げるように、足早に立ち去った。


 さて。ちょっと寄り道したけど、中央図書館までやって来たよ。
 うん。思いの外、そこまで大きくないね。
 それが正直な感想だった。
 いや、目の前に映る、鼠色を基調とした簡素な見た目の建物は、これでも見上げるほどには十分大きい。のだが、ここまで馬鹿みたいに巨大な施設ばかり眺めてきた身としては、どうもこじんまりしているように見えてしまうのは仕方ないだろう。
 でも、大量の本を収めているのなら、普通はもっと大きくてしかるべきなんじゃないだろうか。
 そんな疑問を抱きつつ、入ってみたら驚いた。いや、驚いたなんてものじゃなかった。
 だって、本が一冊もないのだ。そこには本の代わりに、たくさんのコンピューターのような端末が整然と並んでいた。
 もしかして、電子図書館ってやつだろうか。なるほどね。だからこの大きさで十分だったのか。それにしても、オール電子というのは初めてだけど。
 利用者たちは、それらの端末を使って何やら検索をかけているようだ。画面をタッチしたり、横にある箱型の機械に手を伸ばしている姿が見えた。
 とりあえず利用は自由に出来るみたいだし、やってみようか。私は空いているところを探して、端末の画面をタッチしてみた。
 パッと付いたディスプレイには、検索画面が映っていた。タッチパネルの操作なんて、地球にいたとき以来だなと懐かしい気持ちになる。
 何を入力しようかな。とりあえずディースナトゥラで検索してみようか。たぶんこの都市について書いてある本が出てくるはずだ。ディースナトゥラ、と。
 入力し終わると、検索結果一覧が出てきた。上からずらりとタイトルが並んでいる。指を画面の上でスライドさせてスクロールしていくと、良さげなタイトルを見つけた。

「ディースナトゥラの成立と発展、そして現状とこれから」

 うん。これなんかいいんじゃないかな。タイトルをタッチして、次の画面に行く。
 ちなみに私は、この電子書籍というのがあまり好きではない。手元でぱらぱらとページをめくって、必要な情報に素早く辿り着くことが出来ないし、気になる部分があったとき、時々戻りながら読み進めるだとか、気軽に書き込んだりといったことがしにくいからだ。
 それに、紙の書物の方が一目に映るから、頭の中に情報が整理されて入ってくるような気がする。電子書籍だと、軽く読み流してしまう分にはいいけど、きちんとしたものを読むのには不向きな印象がある。
 なんだかんだで紙の書物って便利だと思うんだけど、どうしてこの世界では廃れちゃったんだろうか。まあ今の私には完全記憶能力があるから、紙だろうと電子だろうと目を通せれば関係ないんだけど。
 その理由は、すぐに明らかになった。非常に納得のいく形で。

「差込口に右手の人さし指を差し込むと、内容をインストール出来ます」

 ディスプレイには、そう表示されていた。
 いや、無理無理!
 私は心の中で、全力で突っ込みを入れた。
 そうか。そういうことか……
 そうだよね。だって、機械人だもんね。そりゃあ端末に接続すれば、情報はインストール出来るよね。
 頭の中に直接情報を保存出来るのか。道理で紙の書物なんていらないわけだ。
 はあ。まいったな。これじゃ何もわからないよ。
 露骨に肩を落としたのが目に付いてしまったのか、図書員のお姉さんが近づいて声をかけてきた。

「どうされましたか」
「あ、いや。これってどんな本も、こんな風にインストールするようになってるんですか?」

 私の質問に対し、彼女は業務ライクな笑顔で答えた。

「はい。全て必要な情報を検索して、インストールして頂く形になっております」
「そうですか。あの」
「なんでしょう」
「それが、ちょっと身体の調子が悪くて。データを読み込めないんですよ」

 まるっきり嘘ではないが、本当のことも言ってない。彼女は業務的な態度は崩さず、だがやや親身な口調で心配してくれた。

「まあ。それは大変でございますね。お早めに最寄りの工場へメンテナンスに行かれた方がよろしいですよ」

 工場へメンテナンスか。人間の感覚で言うと、病院に行くみたいな感じかな。最寄りってことは、中央工場のような場所が他にもいくつかあるのだろうか。

「そうですよね。それで、すみませんが」
「はい」
「紙の書物でも電子書籍でも何でも良いのですが、直接目に通せるものはないでしょうか」

 一縷の望みをかけて尋ねてみたが、返ってきたのはやはり否定の言葉だった。

「申し訳ありませんが、ございません。そのような時代遅れの、ヒュミテに則った様式のものなど」

 受付のお姉さんに、にっこり笑ってそう言われた。ヒュミテと言う辺りで笑顔が怖くなったのは、きっと気のせいではないだろう。

「なるほど。わかりました。では、直してからまた来ますね……」
「お力になれず、申し訳ありません。またのご利用をお待ちしております」


 がっくりして外に出た私は、溜息を吐いた。
 正直、機械社会に対する認識が甘かったよ。なんなのあの人間お断りな図書館。というかもはや図書館って言っていいのかあれ。
 頼みの綱だった図書館が事実上使えないとなると、情報集めはちょっと難航しそうだった。どうしようか。
 そのとき、不意にぐーっとお腹がなった。はっとして周りをきょろきょろするが、運良く誰にも聞かれなかったみたいだ。
 ……そろそろ、お腹も空いてきたし。結局食べ物は見つからないし、あまり悠長なことしてると、いつかみたいに飢えでぶっ倒れるかもね。
 誰もいないとはいえ、気恥ずかしさから若干顔に火照りを感じた私は、図書館入口の前からそそくさと立ち去った。

 ちょっと、もう一人の「私」と一緒にどうするか考えてみるか。
 そう考えた私は、目立たないところまで移動してから目を瞑り、心の世界に向かうことにした。

 そこは、私が経験したあらゆる物事がそのまま蓄積されていく場所であり、外界とは独立して時間が流れている。
 私は、そこと現実世界とをいつでも自由に行き来することが出来るのだった。
 心の世界は、普段は真っ暗で、宇宙のように果てしなく広がっている。単なる精神世界というには、あまりに広く謎が多いこの不思議な空間を、私は小さいときから呼んでいたままに「心の世界」と呼ぶことにしている。この心の世界こそが、私が持つフェバルとしての能力の本質であり、普段使っている変身能力は、話すと長い事情があって偶然的に生まれた、ごく一部の力に過ぎない。
 経験から蓄積したものは全て、漏れなくこの暗黒の空間のどこかに保管されており、求めれば淡く白い光を放つ記憶のかけら、あるいはもっと大きな記憶の流れとして呼び出すことが出来る。
 そして私は、呼び出した記憶にある内容を、原理上そのままそっくり自分の力として利用することが出来る。例えば、一度でも食らった技などはそのまま使える。
 これだけならとてつもないチート能力なのだが、実際は能力を使おうとすると、そのあまりの強さに振り回されてしまう。心の世界が、私という一個人に対してあまりにも大きく、またどんな経験でも馬鹿正直に全て蓄積されるため、膨大な内容量が、私が扱える限界を遥かに超えてしまっているのが原因だ。
 能力を使うことは、心の世界を刺激することになる。使うものが凄ければ凄いほど、より大きな刺激を与えてしまうらしい。
 ある程度ならば自力で沈めることも出来るけど、あまりに活性化した心の世界では、普段は真っ暗なこの世界を白い光で埋め尽くすほどの、記憶の激流が巻き起こる。そこまでになると、もう私自身の力だけでは抑えることが出来ない。
 この俗に言う能力の暴走状態に陥ると、心の世界は途端に私に牙を向く。秩序を失った莫大な力は、精神・肉体双方の面に取り返しのつかないダメージを与えてくるのだ。
 そういうわけで、結局はほとんどまともに力を使えないのが現状だ。今は、デフォルトで無理なく使える変身能力や、経験したことは何でも溜め込む性質を、そのまま完全記憶能力として主に活用している。宝の持ち腐れのようだが、安全に使えるのがこれだけだから仕方ない。
 レンクスに補助してもらえば、多少能力を使っても平気だけど、あいつはいつも側にいるわけじゃないからね。
 まあこの能力については、自分でもよくわかってないことが多くて。前にサークリスでウィルと対峙したときに、なぜかはわからないけど、一度だけ自分でも信じられないような力を発揮出来たことがあった。
 そのときの記憶はどうもはっきりしないけど、この心の世界にある全ての力を無理なく使えたことをぼんやりとは覚えている。

 それで、なぜ心の世界に向かうのかというと。外の世界では、二つの性別に対し、動かせる身体は一つしかない。なので、一々肉体を変化させて男女を切り替えて使っている。
 だけど、こっちでは、男女の身体はそれぞれ別個のものとして肉体を伴って存在している。そして人格も本当は男女別にあり、この女の身体の本来の持ち主がいる。その彼女こそが、私とは別の女性人格である「私」であり、私が女でいる間は、男の「俺」の精神と融和して、この私という人格を作り上げてくれている。
 つまり、彼女のおかげで、私は女として違和感を持たずに行動することが出来ているというわけ。
 私は一人で暇なときや困ったときなど、よく「俺」と「私」の二人で話し合っていた。自分同士で話し合うというのは何か変だし、その気になればお互い一切喋らずとも全ての心が通じ合ってしまうけど、あえて二人に分かれて話し合うことが楽しかったりするのだ。
 また、並列思考みたいな感じで、一人では出せなかったアイデアや意見を思いつくことがある。

 真っ暗な空間に辿り着くと、目の前に、今は心がからっぽになっている男の肉体が見えた。
 私が彼に手を触れると、いつものように、俺の精神は「私」の精神と分離して、女の身体から抜け出た。そのままするりと男の身体へと入り込んでいく。
 間もなく、胸もなく力強い身体の感覚が戻った。やっぱり男になると、こっちの身体の方がしっくり来るな。
 伸びをした俺の目の前には、直前までその身体だったもう一人の自分、いつも俺のことを一番近くで支えてくれるパートナーの「私」がいた。

「さて。いきなり行き詰まったけど、どうする?」

 元々一つだったから、事情は分かり合っている。すぐに本題に入ることが出来た。「私」は、いつものちょっぴり勝ち気で優しい笑みを浮かべていた。

「まいったね。まさか図書館があんな風になってるなんて」
「全くだよ。次はどこ行こうか。ぱっと思いつかないんだよな」

 主要な施設はどこも立ち入り禁止だし、図書館も事実上使えない。となると、次は一体どこへ向かえばいいのか見当もつかなかった。
 当てもなくふらふらするには、この大都市は広過ぎる。第四街区からここまで歩いてみた感触では、東京並みかそれ以上の広さがあるのではないかと思われた。

「だね。というか私たちって、基本は同じ人間だから、結局二人で考えても中々違うアイデア浮かばないよね」
「それはあるね。でもやらないよりはましだ。一緒に考えよう」
「オッケー」

 早速二人で頭を捻って考える。どこに行けば情報が集まりそうか。食べ物はあるのか。
 効率のためにも、まずはどこに何があるのか。この町の全体像が知りたかった。地図はどこかにないのだろうか。もちろんデータじゃなくて、ちゃんと読めるやつで。
 そうだ。女として、何食わぬ顔でディークランに行って道でも聞くか。いや、すると彼女に会うリスクが高まるか……
 何が何でも俺を殺すと言わんばかりの、彼女の恐ろしく冷たい表情が、脳裏にちらついた。

「リルナ、超怖かったな。死ぬかと思った」

 すると、それを聞いた「私」が軽く笑った。

「あはは。あなたの恐怖が、手に取るようによく伝わってきたよ。確かにあの人は怖いね」
「あれ、絶対しつこいタイプだと思う」
「うんうん。執念深そうだったよね」

 しみじみと共感してくれる「私」。やっぱり思うところも似たようなものか。

「もしまた襲われたらどうしようか。正直いつまでも逃げ切れる自信がない」
「極力見つからないようにするしかないんじゃないの。あなたが私でいる限りは、安全みたいだし。見つかちゃったら、その都度気合で逃げるしかないよ」
「はあ。やっぱりそれしかないか。ほんといきなり襲ってくるんだもんな。マジで心臓に悪かった。君に気力がなくて、本当に助かったよ」
「この体質がここまで役に立つなんてね。運が良かった」
「ああ。ラッキーだった」

 二人で自分の幸運を喜び合う。それから「私」は、ほんの少しだけ憂いの顔を見せて言った。

「魔法が使えないのは、ほんとにきついよね。手持ちで安全に使える力の中に、彼女の強力なバリアを打ち破れそうなものが、一つもないというのがまたね……」
「そこなんだよな。あのバリアさえなければ、まだ少しは何とかなりそうなんだけど。あれが致命的にどうしようもないからな。動きだけなら、俺だったらどうにか張り合えるとみたが」

 速さだけなら、互角に戦えていた。手数は断然向こうの方が上だったけど。ただ彼女は、まだまだ全然余力がありそうな様子だったから、この予想も少し怪しい部分があるかもしれない。
 特に、前にいたと思ったら、いきなり背後から斬りかかられた最初の一撃の正体が分からなかった。あれは超スピードで動いたというわけではなく、本当に消えているようにしか思えなかった。
 これは勘だけど。どうもサークリスで散々苦戦した、時空系の匂いがするな。

「うん。たぶんそっちの身体なら、何とか大丈夫かな。私じゃどう足掻いても無理だけど」
「やっぱり女のままだと辛いか」
「そうね。魔法が使えないこの身体なんて、一般人と大差ないから、仮に正体がばれてこのままでいたら、きっと一瞬で殺されるよ。気をつけてね」
「そうだね。気をつけよう。まあ最悪いざとなったら、【反逆】を使えば何とかなりそうだけど。ただ、心身への負荷がなあ……」

 レンクスの【反逆】。自他共に認める彼のチート能力さえ使えれば、たとえリルナであろうと敵ではない気がするのだが。どうも世の中そう上手くは出来ていないらしい。よりによって許容性が低い世界に来てしまったから、【反逆】はあまりに毒が強過ぎる。
「私」も同じことを思っていたようで、心配するようなきつい口調でお灸を据えてきた。

「絶対ダメだよ。ここの住人として経験上言わせてもらうと、この世界で気力にしろ魔力にしろ《許容性限界突破》を使ったら、負荷が大き過ぎてほぼ百パーセント何も出来ないまま頭がいかれるよ。リスクが高過ぎるうちは、絶対に使わせないから」
「わかってるよ。そんなにきつく言わなくても」

 まるで母親にでも叱られているような気分になって、俺は肩をすくめた。「私」の心配性はまだ収まらないようで、身振り手振りを使って俺に訴えかけてきた。

「過去にやらかしたことがあるから、私は心配なの。あのときレンクスがいなかったら、私たち、おしまいだったでしょ?」
「う。それ言われると弱いな」

 俺はまだ小さいときに、「私」の制止を無視して能力を使ったことがある。そのときは能力が完全に暴走して、危うく心が壊れてしまうところだった。レンクスが助けてくれなかったら、間違いなく今の俺はいなかっただろう。

「私はあなたのサポート役として、万全を尽くしていくからね。もうあんな思いはしたくないから」

 凛とした「私」の表情と、俺にそっくりな力強い瞳の奥から決意が伝わってきた。半身である「私」の心はよくわかっている。
 まだ小さかった俺が無理に力を使い、壊れてしまいそうだったときの「私」の身が引き裂かれそうな思い。ウィルに眠らされてしまったために、サークリスでも「私」はあまり力になることが出来なかった。
 何度俺が窮地に陥って無茶をしても、それを知ることすら出来ず眠り続けていたことへの申し訳なさと、自分への憤り。そして何より俺の身を案じ、まさに自分のように愛する気持ち。全て痛いほどよく伝わっている。
 もう二度と俺一人だけで無茶はさせない。するなら絶対に自分と一緒に。そう思っているんだ。だから君は、能力の管理にうるさいんだよね。
 心配性で、一度こうと決めたら頑なで本当に聞かないところがある。まったく誰に似たんだろう。俺か。

「わかったよ。これからもよろしく頼む」
「任せて」

「私」はにっと笑って、胸を張った。
 出会いと別れを繰り返す異世界の旅で、いつも「私」だけは必ず横にいて、力になってくれる。それがどれほど心強いことか。
 俺たちはこれからも、互いを頼りにしつつ、二人三脚でやっていくつもりだ。
 ともあれ、今回は「私」の言う通り、許容性を弄るのは止めた方が良いだろう。ただ、せっかく原理上は色んなものが使える能力だ。暴走を恐れて何もかも縛るというのは、小心に過ぎる。この世界で何か使えるものはないだろうか。
 そう考えたとき、とりあえず一つ思い当たるものがあった。

「そうだ。同じ【反逆】でも、《反重力作用》ならいけるんじゃないか。ほら、この世界って動いた感じ、重力は地球とそんなに変わらなさそうだから、負荷も同じくらいだろう。八歳だったあのときでも少しは保ったんだし、今なら何とか耐えられると思うけど」

「私」は腕を組んで考え込み始めた。審議中といったところだろうか。間もなく「私」は頷いた。

「うん。まあたぶんほんの少しだけなら大丈夫だと思う。でも、軽々しくは使わないでね」
「もちろん。それにどうせ、使うときは間違いなく君の協力がいるんだし」
「それもそうか」

「私」がいることで、能力使用時の安定性はかなり増した。外界で俺が能力を行使している間、「私」は心の世界をコントロールする役目を果たしてくれる。
 この能力は、俺たち二人が揃って始めて十全に扱うことが出来る。「私」が眠っていたサークリスでは、俺の能力はその真価をほとんど発揮することが出来なかったと言ってもいい。
 第一、こんな心の世界があることすら気付かないようにウィルに仕向けられていた。何も知らずにただあいつを恐れていた自分が情けない。
 ――あいつがエデルで言っていた諸々のことが、まだ少し気にはなっているんだけど。
 それから少し考えたところで、「私」に良い案が浮かんだらしい。そんな顔をしている。

「そうだ。駅なんかいいんじゃないかな。場所の繋がりを把握出来るし。もしかしたら、この町の大きな地図が置いてあるかもしれないよ」
「駅か。行ってみる価値はありそうだな」
「よし。決まりね」
「うん。決まりだ」

 方針が決まったところで、「私」は俺をぎゅっと抱き締めてくれた。現実世界では、女で行動しなければまた追い掛け回される羽目になる。また女として一つに戻るためだ。
 普段身体を動かす権限は、サポート役である「私」にはない。だから、俺が私にならないといけなかった。
 俺の精神が、男の身体から出て女の身体の中に入り込んでいく。その内側で待っていた「私」の精神は、俺を包み込むように受け入れてくれた。心が繋がるときは、いつも温かくて心地良い感覚がある。
 やがてすっかり融和して私になると、再び抜け殻になった「俺」の身体を残して、心の世界から抜け出した。

 酷く濁った鼠色の空を見上げる。徐々に日が傾き始めていた。
 私が持っている一日の感覚からすると、どうも日の動きが多少遅く感じる。この星は、一日が地球よりも少し長いのだろうか。
 私は、駅を探すために歩き始めた。まだまだこの大都市の探索には、時間がかかりそうだ。
+注意+
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