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フェバル保管庫2 作者:レスト

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前編

 俺には両親がいない。幼いときに二人とも事故で死んでしまった。
 一応親戚が引き取ってはくれたが、彼らは俺のことを鬱陶しく思っていたようで、何かと辛く当たられた。
 あまり迷惑はかけたくないからと言って、中学卒業を機に一人暮らしをすることにした。彼らも喜んでくれたし、こちらとしてもせいせいした。
 高校はというと、学力はあったから学費免除で入れるところが見つかったのが幸いだった。お金はないので、部屋は学校の近くにある安いボロアパートを借りた。
 生活費を稼ぐために夜遅くまでバイトをして、帰ってきたら勉強。それで一日が終わる。ほとんど友達とも遊べないけれど、別にそれで不幸だと思ったことはなかった。何のことはない平穏な毎日を過ごしていた。
 それだけの、至って普通の高校生だった。けれどそうだった日々は、今は遠いことのように思える。

 事の発端から始めよう。
 俺は最近、よく変な夢を見ていた。
 夢の中で、俺は真っ暗な空間に立っている。目の前には、女の子が立っている。肩の少し上まで伸びた流れるような黒髪を持つ、可愛らしい女の子だ。
 俺は彼女と見つめ合っている。
 俺は彼女のことなんて全く知らない。だが、不思議と赤の他人のような気はしなかった。それよりも、むしろ――
 常識的に考えれば、おかしな感覚だった。
 俺は声も高めで、顔つきも割と中性的だけど、それでも体つきはそこそこがっしりしているし、背も平均的にはある。間違いなくれっきとした男だ。
 なのに目の前の少女に対して、あり得ないはずなのに、まるで彼女が俺自身であるかのような、まるでもう一人の自分がそこにいるかのような、そんな不思議な感覚を覚えてしまっていた。
 彼女は俺と違って、柔らかな体つきをしている。背も俺より少し低いし、程良く膨らんでいて形の整った胸が、女性であることをはっきりと主張している。どう考えても別人に違いないはずなのに。
 ところが、彼女の綺麗で可愛らしい顔にはどういうわけか、確かに俺の面影があった。しかも、全身から放たれる雰囲気が俺とよく似ていた。彼女の目つきはどことなく凛々しく挑戦的であり、それが少々男勝りな印象を与えている。だがよく見れば、それは全く俺の目つきそのものだった。
 夢の中の俺は、彼女に向けて手を伸ばす。同時に彼女も俺に向けて手を伸ばす。それは鏡合わせのように対称的な動きだった。
 そして俺の手と彼女の手が触れた瞬間、不思議なことが起こった。
 なんと二人の手が境界を無くし、互いにすり抜けるようにして入り込んでいったのだ。そこを始めとして、少しずつ俺の体が彼女に融け込んでいく。俺と彼女が混ざり合うようにして、段々一つになっていく。自分という存在をまるっきり作り変えられていくような、妙な感覚が全身を包み込む。
 俺は身体中に蕩けるような快楽と、燃えるような熱さを感じて――
 いつもそこで目が覚めるんだ。
 これと同じような夢を何度も見た。内容が内容だけに、少し頭がおかしくなったんじゃないかとも思った。でも、このおかしな夢以外は何も異常はなかったし、所詮夢は夢だと思っていた。
 だけど、違ったんだ。

 十六歳の誕生日を迎えた夜。その日も夜遅くまでバイトだった。
 帰り道の途中で、異様な人物が目の前の電柱にもたれて立っているのを見かけた。
 金髪の女性だった。一体何のコスプレだろうかと思ってしまうような、現代日本にあるまじき変わった服を彼女は纏っていた。そして右手には、何やら装飾された黒い杖のようなものを持っている。まるで中世の魔女みたいな恰好だった。
 深夜のこの辺りは人通りが全くない。見るからに怪しい雰囲気の彼女は、誰かを待っているにしても不気味だった。もしも絡まれたら怖いなと思わせるには、十分な佇まいだった。というか普通にやばいよね。あれ。
 そこで、出来るだけ何気無い振りをして、さっと彼女の横を通り抜けようとした。だがそのとき、

星海(ほしみ) ユウね」
「えっ!?」

 彼女はなんと俺の名前を呼んできたのだ。あまりのことに動揺して、変な声が出てしまった。
 どうしてこの人は、俺の名前を知っているんだ!?
 そんな俺の混乱をよそに、彼女は妖しげに頬を緩め、クスリと小さく笑った。

「その反応。当たりね。やっと見つけた」

 見つけた? 見つけたってどういうことだ。

《バルシエル》

 その言葉の意味するところを考える暇もなく、彼女は動いた。何か意味不明な言葉を唱えつつ、勢い良く杖を振るってきた。俺は思わずびくっと身じろいだ。
 な、なんだ急に!?
 何かしたのかと思って辺りをきょろきょろしてみたが、しかし何も起こらなかったようだ。
 落ち着かないまま視線を戻すと、彼女は少し表情が曇っていた。

「この星の自然現象である、風に関わる魔法ならギリギリ使えるかと思ったけど。どうやらここは異常に許容性が低いらしいわね……」

 小声で何かぶつぶつ言っているようだが、俺にはさっぱり意味がわからない。
 何なんだ。いったい。この人は。
 すっかり混乱してしまい、どうすべきなのかわからない。俺はその場に固まってしまっていた。
 なんか危ない人みたいだし、さっさと逃げた方がいいかな。でも俺に用があるみたいだから、一応話を聞いてみるべきだろうか。どうしたものか。

「仕方ないわ。時間もないし」

 結論が固まらないうちに、彼女は次の行動に出た。
 彼女は手に持っていた杖を何やら弄り始めた。すると間もなく、杖の先が鋭い刃物のように尖った。
 俺はぎょっとした。
 キラリと光る尖端は、明らかに危険な匂いを放っている。
 え……なに。ちょっと待って。まさか。
 そいつで何をする気なのか。正直、嫌な予感しかしなかった。
 その予感は、そのまま的中する。
 あろうことか、彼女は凶器と化した杖を、いきなり俺の胸元に向けて突き刺してきたのだ!
 うわあっ!
 俺は咄嗟に身を捻った。よく動いた。奇跡的に素晴らしく身体が動いてくれた。
 当たれば間違いなく致命傷となるであろう彼女の一撃は、脇のすぐ横を掠めていった。
 だが助かったと思う暇もない。彼女は杖を突き出したままの体勢から黙って元に戻ると、すぐに凶器の杖を構え直した。
 ただどういうわけだろうか。その動きだけを見れば心の乱れを一切全く感じさせないものだったが、彼女の顔は明らかに困惑を隠し切れていない様子だった。

「おかしい。あなたに私の攻撃をかわせるはずは――まさか、身体能力も落ちるというの? この星は」

 俺は相変わらず彼女が言っていることの意味がわからなかったが、向けられた殺意にだけは理解が追いついていた。
 殺されるかもしれない。
 そのことをはっきり認識したとき、ありふれた日常は一瞬にして極限の非日常へと転化した。この身を襲う未曽有の危機に戦慄した。
 足が震える。
 彼女から背を向けられない。
 彼女を視界から見失うのが、怖い。
 辛うじて振り絞った声は、自分でも情けなくなるくらいに弱々しかった。

「なんで、俺を……?」

 その問いを向けられた彼女は、なぜかひどくもの悲しげな顔をした。

「ユウ。あなた、最近自分のことでおかしなこと、あるいは不思議なことはなかった?」
「それは……」

 あると言えばあるが、あの夢はそれに当たるのだろうか。
 彼女は沈黙を肯定とみなしたようだった。

「どうやら心当たりがあるようね。それは、兆候よ」
「どういうことだ?」
「あなたは、間もなく特異な能力に目覚めるわ」
「え?」

 急に何を言ってるんだ。わけがわからない。

「そのとき、あなたもまた星々を渡り歩く者になるのよ。私がそうであるようにね……」

 彼女はまるで、全てに絶望してただ笑うしかない者が浮かべるような、そんな酷く暗い笑みを浮かべた。
 能力だとか、星々を渡り歩くだとか。一体何を言ってるんだよ。こいつは……。
 俺は唖然としてしまっていた。
 すると彼女は、そんな俺にずいと詰め寄ってきた。戸惑う暇もなく、俺の頬に彼女の手が触れてきて、そのまま顔を引き寄せられてしまう。
 互いに息がかかるほど近い距離で、俺の顔をじっと見つめる緑色の瞳が、哀しげな光を湛えている。どうしてそんなに悲しそうなのだろうか。
 彼女は口を俺の耳元に寄せて、囁くように言った。

「つまりね、ユウ。あなたはもう、この星には居られないのよ?」

 電撃が走るような衝撃だった。
 この星には居られないだって!?
 彼女は顔を耳元から離して、しかし身体は離れなかった。突然の宣告に驚く俺に改めて向き直る。

「あなたは流されるまま星から星へと、この宇宙を永遠に彷徨うことになるの。そう、永遠にね……」

 そう言う彼女自身も、まるで自分の言葉を噛み締めるように、心底嫌な顔をしていた。
 何が宇宙を彷徨うだ。ふざけた冗談を言うな!
 そう言い飛ばしてやりたかったのに、からからに乾いた口からは何も言葉が出てこなかった。
 だって有無を言わせぬくらい、彼女が真剣な顔をしていたからだ。それに、心底俺の身を案ずるような顔をしていたからだ――まるで全て、本当のことみたいに。
 俺はその場に影を縫い付けられてしまったかのごとく、彼女から目を背けることが出来なかった。
 そんな俺を伏し目がちに見据えながら、彼女は言葉を続けた。その言葉には、彼女なりの切実な思いが込められているように思えた。

「もう時間がないの。今のあなたには、まだわからないでしょう。けれど、今ここで死ななければ、あなたはきっと生きてしまったことを後悔する。それだけは確かよ」

 そして彼女は、懇願するようにこう言ったんだ。

「今ならまだ間に合うわ。だから、お願い。手遅れになる前に、私にあなたの命を終わらせて」

 俺は、何も答えられなかった。
 いくらなんでも滅茶苦茶な話だと、理性ははっきりと告げている。絵空事のようなことのために、どうして死ななくちゃならないのか。でも……。
 彼女の真剣な目を見ると、どうしても下らない嘘だと笑い飛ばすことは出来なかった。それに下手にそんなことをして彼女を刺激すれば、またすぐにでも刃を向けてくるかもしれない。
 もしも。万が一彼女の話が真実だとするなら。星々を渡り歩くなんて、全く想像を絶することだった。彼女の言う通り、本当のところなんて経験してみなければわからないほど壮絶なことなのだろう。けど、死んだ方がましなんてことがあるのだろうか。
 いきなり殺されそうになって。こんなわけのわからない話をされて。
 何だか悪い夢でも見てるような気分だ。くらくらしてきた。
 嫌な汗が流れる。動悸がする。
 最初は具合が悪くなったのだと思った。
 でもなんか、変だ。
 心臓の鼓動が、どんどん激しくなっていく。明らかに異常なほどに。
 身体の様子が、おかしい。
 胸がどんどん苦しくなる。急激に体中が熱くなっていく。
 どう、なってるんだ! 熱い! 苦しい!
 俺はとうとう立っていられなくなり、倒れ込んで喘ぎ声を上げた。

「あっ、ううっ!」
「どうしたの? まさか!? いや、そんなはずはっ! 覚醒はまだあと少し先のはずなのに!」

 身体中が融けるような感覚は、まるであの夢のようだった。
 どうして。
 どうして今、現実にこれが起こっている!?
 肉体が急激に変化していくのを感じた。あり得ないことが我が身に起こっていた。
 自分でも自分がどうなっていくのかわからない。怖い。
 全身を包む熱気と、脳内物質が異常分泌されているのか、蕩けるような気持ち良さが同時に俺を襲ってくる。
 とても動けない状況で、会話だけが耳に入ってきた。金髪の彼女ともう一人、どこから現れたのか、少年らしき者の声が聞こえてきた。

「ごきげんよう。エーナ」
「はっ!? ウィル!? あなた、どうしてここに!? 一体ユウに何をしたのっ!?」
「能力の覚醒を少しばかり早めてやっただけだ。それより、お前こそ何をしていた。フェバルを眺めるのが僕の趣味なんだ。せっかくの暇潰しを失くすような下らないことはやめろよな」
「あなた……なんてことを! せっかく忌まわしい運命から救えるはずだった人を!」
「もう遅い。そんなことよりだ。調べたらこいつの能力、面白いぜ」
「何が面白いのよ」
「通常フェバルの能力は、エーナ、お前の【星占い】や僕の【干渉】のように、この世の条理を覆してしまうような力ばかりだよな」
「ええ。それが?」
「だがこいつは――ははははは! 確かに条理は覆るさ。何せこいつは、性別の垣根を越えられるんだからな!」
「なんですって!?」
「くっくっく。男女がスイッチのように瞬時に切り替わる。何ともおかしな能力さ」

 男女がスイッチのように、切り替わる!? なら、この身体の蠢きは、まさか!?
 ウィルと呼ばれる少年の声が、まるで一人演説のように弾む。

「聞けばこの星の神とやらは雌雄同体で、自らの写し身として人の男女を作り出したという話があるそうじゃないか。だとすれば、男女を兼ね備えたこいつはある意味で神の器と言っても良いかもなあ? そうだな。ならこいつの能力は【神の器】とでも呼ぼうか! ははは、こりゃあいい! 随分と大層な名前じゃないか! 僕は見たいね。この新入りが、そのふざけた能力でどうやって生きていくのかを! 見ろよ! 胸が張ってきてるぜ!」

 嫌な視線を感じる。俺はひどく恥ずかしかった。
 やめろ! 見ないでくれ! 
 俺は、見世物じゃない!

「んあ、あああっ!」

 出したくないのに嬌声が漏れる。
 その声が、おかしい。いつもよりずっと高い。

「おかしい。あなた、さっき男女は瞬時に切り替わるって言ったじゃない! 【干渉】でわざと変化を遅らせているわね!」
「なあに。反応が面白いんで、ちょっと遊んでいるだけさ」

 な、んだって!? ウィルとか、いうやつ、め!

「う、ううんっ……!」
「やめなさい! 苦しんでいるじゃないの!」
「そうか? 僕にはむしろよがっているように見えるがな」

 悔しいけど、彼の言う通りだった。苦しいのに、同時におかしくなっちゃいそうなくらい気持ち良くて、仕方がないんだ!

「くっくっく。まだ喘いでやがる。そうだな。ぼちぼち変化も終わらせて少しばかり挨拶してやるか」
「ユウに何をする気!? これ以上勝手なことは――」
「お前、うるさいな。ちょっと黙れよ」

 エーナと呼ばれていた女性の悲鳴が聞こえた。それを最後に、彼女の声はもう聞こえなくなった。

 そのうち身体の変化が落ち着いてきたのか、ようやく苦しみと快楽の渦から解放されてきた。
 まだ、身体中が火照っている。
 一体、俺は――
 あれ?
 自分のことを俺と呼ぶのに違和感があった。
 俺、じゃない。
 私だ。
 自分を私と呼ぶ方がしっくりくると思った。
 なぜそう思ったのか。
 それを教えてくれたのは他でもない、変化を終えつつある私の肉体だった。
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