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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:誇りと漆黒のインペリアル・トルテ
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第十三話:まったく新しく、最高のコース

 食事会が始まった。俺は料理を作った責任者として、そして四大公爵への料理の解説のために四大公爵の卓に控えている。


 四大公爵はその名のとおり四人。

 東を司るレナリール公爵。一〇代後半の鋭利な印象を受ける美少女。今の俺の雇い主でもある。戦争を回避しようとしている王族派。


 西を司るヘルトリング公爵。二〇代半ばの柔らかな印象を受ける貴公子。先日ひと悶着あり、その甘い仮面の裏にある狂気を見せつけてきた。戦争を望む貴族派だ。


 南を司るアイヒホルン公爵。四〇代の人のよさそうな恰幅のいい男性。貴族派と聞いている。


 北を司るオルトレップ公爵。五〇代に差し掛かった初老の細身で厳めしい顔をした男性。王族派。


 特に注意すべきは、西のヘルトリング公爵だろう。

 レナリール公爵が目線で挨拶するように告げてきたので、口を開く。


「本日のコースを取り仕切らせていただきました。クルト・アルノルトと申します。前菜として出させていただいたのは二品、マグロのタルタルステーキと鹿のレバーの叩きでございます」


 前菜は二品。

 一つは、マグロの骨にこびり付いた一番うまい肉をスプーンでこそぎ落し包丁で叩いてミンチにする。そこにマグロの骨でとった特上のコンソメスープをゼラチンで固めたものと、ハーブ、各種調味料を練りこんで固めたタルタルステーキ。そこには酢を基調にした鮮やかな緑のソースをかけてある


 もう一つは、今日の早朝獲れたばかりの鹿。そのレバーの表面を焼いてから冷やしたものに特性のソースをかけた鹿のレバーのたたき。


 どちらも油を一滴も使わず、極限の旨みを秘めた最上の前菜だ。コースの入り口として申し分ない。


「これは美しい。このようなマグロ料理は初めてだ。鮮やかな赤に、エメラルド色のソース」


 西の貴公子ヘルトリング公爵がやや大げさに俺の料理をほめる。


「見た目は美しいが、味のほうはどうかな。……いやはや、驚いた。ここまで旨みの強いマグロは初めて食べたよ。それに、くどくなく前菜として域を踏み外していない。感心するね……もう一つ、鹿のレバーの叩きといったね。こっちはどうかな」


 ヘルトリング公爵は楽しそうにレバーの叩きを口に運ぶ。


「これは、なんと!? 君、お代わりをもらえるかな。一瞬、我を忘れてしまった。このほどよい噛みごたえ、噛み切った瞬間のぷっつりとした快感。何より、素晴らしくミルキーな甘味。素晴らしい! 最高の前菜だ。火加減と付け合わせのソースが味の決め手かな。前菜だけで感動させるなんて、君はなんて料理人だ」


 彼は、レナリール公爵と敵対し食事会の成功を望んでいないはずなのに、俺の料理を手放しに誉めていた。


「申し訳ございません。この鹿のレバーの叩きは特別な材料が必要なので、今提供した分しか存在しません。この後も、腕をよりをかけた料理が続きますのでご容赦を」

「それは残念。だけど、次の料理にいっそう期待が高まったよ。ふふふ、どんなものが飛び出すのかな」


 ヘルトリング公爵は、おとなしく引き下がり口を拭う。

 ほかの四大公爵たちは特にヘルトリング公爵の不可思議な態度を警戒した様子は見せていない。


 ただ、彼が絶賛した料理は気になるようで、次々に料理に手を付け始める。


「ほほう、これはヘルトリング公爵が絶賛するのも納得じゃのう」

「そうですな。レナリール公爵の、まったく新しく最上のコースという口上もあながち、自信過剰というわけではなさそうだ……続きで馬脚を現すかもしれんがな」


 北の厳めしい老紳士と、南の恰幅のいい中年も、俺の料理を絶賛する。

 鹿のレバーという、世界で一番うまい刺身という飛び道具を使ったんだ。これぐらいは驚いてもらわないと困る。


 ふと、一般貴族卓を見ると、四大公爵が絶賛した鹿の料理が気になったようで使用人たちにこちらにも用意しろとごねている様子が見えた。


 少し悪いことをしたと反省する。数が用意できず四大公爵以外には振る舞えなかった。そのしわ寄せが使用人たちに行ってしまった。

 だが、反省してばかりもいられない。


 今回の食事会では料理を提供してからしばらく解説し、四大公爵たちが食べ終わる前に、調理場に戻って仕上げをして戻ってくるという慌ただしい作業が必要になる。

 さて、次の料理だ。

 

 ◇


 次に提供した、ホタテ貝のサラダも好評だった。

 貝の蒸し加減と、ドレッシングに気を使った一品。


 ドレッシングにはブドウに似た果実のパプルを使っている。エルフが育てただけあって極上の果実だ。その良さを引き出したドレッシングはホタテのたんぱくな旨さを引き出し、新鮮な生野菜とも相性が抜群。


 そして、これから提供されるのはスープだ。

 野菜だけを長時間煮込んでとったスープに、澄まし汁の要領で、鹿節をごく短時間だけ泳がせることで出来た特製スープ。


 野菜の甘味と鹿の肉の旨みをたっぷり味わってもらう。

 そして、各種ハーブと野菜の効能で、口の中を洗い流し、さらに胃の調子を整え、食欲を刺激する。


「透明感のあるきれいなスープだね、うん美味しい。ほっとする味だ。体に染みわたるよ」 


 相変わらず、西のヘルトリング公爵は俺の料理をべた褒めだ。


「ふん、これでは物足りんな。前菜とサラダは素晴らしかったが、スープは前回、我がアイヒホルン家の食事会で出した、特産豚のポタージュのほうが上のようだ。あの豚の脂の甘味、バターたっぷりのポタージュの濃厚さ。思い出しただけで涎がでる」


 南の恰幅のいい中年アイヒホルンがスープを一気に飲み干して悪態をつく。


「それはどうかな?」


 北の老紳士オルトレップがスープをうまそうにすすり口を開いた。


「反論がおありかな? オルトレップ公爵」

「わしは、コースのスープ料理としてはこちらのほうが圧倒的に上だと思う。お主が出した特産豚のポタージュは確かにうまい。じゃが、重すぎた。脂で胃がもたれ、舌がマヒしてのう。そのあとの魚料理も、肉料理も、ろくに味わえなくなった。第一、あんなもの一口食べれば十分だ」

「それは、味とは」

「関係あるよ。わしは今、次の魚料理が楽しみで仕方ない。スープはのう。あくまで引き立て役じゃ。……それにのう。味でもこのスープが劣っているとは思わぬ。野菜の優しい甘味、肉のしっかりとした旨みをこれほど引き出しておきながら、臭みがまったくない。胃がもたれるどころか、飲めば飲むほど腹が減る。魔法のスープじゃ。このようなスープ、初めてじゃのう。思わず飲み干してしまったわ」

「僕も同感だね。レナリール公爵。すごいじゃないか。スープまで最高だよ。もう、脱帽だね。さすがは、文化の最先端と言われる東だ。今日は驚きの連続だよ」


 レナリール公爵の表情が一瞬だけ崩れた。

 なにか、思うところがあったらしい。


「褒めていただき光栄だわ。ですが、ここまでは前座。このあとにメインの魚料理と肉料理、そしてデザートが控えております。この程度で驚いていると体がもちませんわよ?」

「それは楽しみだ。このスープのせいで余計にお腹がすいたよ。さあ、次の料理をもってきてくれたまえ」


 彼の言う通り、スープはすでにすべて空。スープに文句をつけた南のアイヒホルン公爵ですら。

 会話が長引き、仕上げに戻る機会を失った。今から調理場に戻れば客を待たせることになるだろう。 


 だが、問題ない。こうなることは予測した。次のメニューであるウナギのパイ包みは、スープをこちらに運ぶときに既に焼成段階に入っていた。


 その調理はティナに任せてある。こと、炎を使う調理については彼女は信頼していい。完璧に仕上げてくれるはずだ。


「かしこまりました。すぐに」


 俺が指を鳴らす。

 すると使用人たちが一斉に料理を運んでくる。

 その料理は、大きめのティーカップで提供された。


 そして、そのティーカップは良く焼けたパイ生地で蓋をされている。


「ウナギのパイ包みでございます」

「これはまた面妖な料理だね。ティーカップに入れた魚料理なんて初めてだよ。何かありそうだ」

「随分と貧乏くさい見た目じゃないか。期待していたのにがっかりだ」


 貴族派である西と南がそれぞれに正反対の感想を漏らす。

 確かに、今のままじゃ、見た目は地味で匂いもしない。

 だが、これは爆弾だ。爆発させてこそ意味がある。


「この料理はお客様の手で完成する料理です。カップを蓋しているパイ生地を砕いて、カップの中に落としてください。できれば、みなさん同時に」


 俺がそう言うと四人の公爵は同時にスプーンをつかみ、パイ生地を破った。

 その瞬間だった。


「おおう、なんてすばらしい香りだ」

「食欲をそそる」

「おおう、胃袋を直接つかまれているようだ」

「赤いスープ、初めて見るわね」


 パイ生地で閉じ込められていた香りが一斉に噴き出す。

 そう、このパイ生地は蓋の役目を果たし、香りを閉じ込めていたのだ。


 パイの中には肉厚なウナギを多種多様な香辛料を調合してできたスープカレーで煮込んである。


 スパイシーな香りは食欲を一気に引き出す。

 この料理は香辛料とウナギ以外は何も使っていない。だからこそ、曇りのないまっすぐな味になる。


「これは、ぷりっぷりで脂の乗ったウナギがたまらないよ。この辛いスープと合わさると、最高だね」

「はふ、はふ、この辛さが心地いい。いくらでも食べられそうだ。おう、汗をかくのがここまで気持ちいいものとは」

「サクサクのパイ生地との相性も抜群ね」


 四人は夢中になってウナギの煮込みを食べる。

 ウナギは脂がのっていて、普通に食べればしつこく感じる。だが、特製のスープカレーは、そのしつこさを感じさせない。辛さは舌を麻痺させないぎりぎりに抑えてあった。


 さらに、香辛料は味だけではなく、人を高揚させ、食欲を引き出す効果がある。

 まったくの未知の味。感動と化学反応。その両方を経験し、平静で居られるはずがない。


 本来、こんなものはフレンチとしては失格だ。だが、ここでは許される。


「あはは、まったく。もう驚かないと決めていたのに、またしてやられたよ。おいしいだけじゃない。こんなに楽しい食事は初めてだ」


 西のヘルトリングが声を上げて笑う。


「次はいよいよメインディッシュです。最後の仕上げを目の前で行うので、ご覧ください」


 使用人たちがドラム缶を運んできた。ドラム缶の中には今日のメインディッシュが隠されている。

 さあ、度肝を抜いてやろう。


「では、皆さま注目してください」


 ここまではうまくいった。

 残りはメインの肉料理と、デザート。ここで失敗すれば今まで積み上げてきたものが台無しになる。

 この勢いのまま、いや今まで以上の勢いで最後まで駆け抜けてみせよう。

 俺はそんなことを考えながらドラム缶から、とあるものを取り出した。

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