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いまひとたびの
作:桜華蒼


 「ひとはワガママですね」
 ふぅ、と片眼鏡の端に少女をとらえて、白い怪盗は唇を上げた。
「幾千の想いを向けられても満たされない」
 そして続ける。
「私が望むものは、あなた」
 ベランダで迎えた、緋色の髪の少女は、透き通る青い瞳で冷たく微笑う。
「下手な誘い文句ね」


 少女ーー灰原哀が、白い怪盗ーー怪盗キッドに会ったのは、月の明るい公園だった。ひとり、肩を震わせてベンチに掛ける哀の傍らに何処からか現れて
「泣かないでください」と白いバラを差し出したのだ。
「あなたの涙は、このバラにさえ哀しみを移してしまうから」と。
 驚き、涙を拭うのも忘れ哀が顔を上げた拍子に、つっと一滴落ちた涙が、バラに触れると、バラは紺色に染まっていく。
「だから、笑ってください」
 そう笑ったキッドは、少し寂しげで。
「こうやって」
 それも一瞬。頬をトンと指で弾き綺麗に笑うキッドにつられて、柄にもなく笑顔らしきものを作ってみた。けれど。
「キャラじゃないわ。……あなたの笑顔、綺麗ね」
 すぐさま俯いた哀は、自分のぎこちない笑顔を浮かべて、苦笑する。
「目を逸らすクセがあるのですね」
 そっと顎を持ち上げる手を振り払わずされるがまま、哀はキッドを見据える。
「あなたと目が合ったのは、今だけ。私はあなたからただの一度も目を逸らしていないのに」
「……子供を慰めてるような言葉には聞こえないわ」
「まさか」
 キッドは、大げさに言って顔を近付ける。
 互いの息がかかりそうな程に近く。
「口説いてますから」
 目を見開く哀の髪に触れると、顎から手を離し、
「あなたの笑顔も綺麗でしたよ」
 そう言って、哀の目の前で握り拳を開く。
 手のなかには真白のバラ。
「笑顔とはこういうものです」
 ふふ、と出し惜しみのない笑顔でキッドは楽しげに、ポンポンとバラを出してみせる。白、ピンク、オレンジ、黄色、まだら。
「最後に残るのが私の気持ちです」
 パチンとキッドは指をならす。
 哀の膝を埋めていたバラは掻き消えた。
「ではまた」
 とうやうやしく一礼し、キッドは哀の背中に回った。
 その背を哀は目で追わなかった。
 哀は、髪に手を伸ばし、触れたものを取り上げる。
 それは、息を飲むような色を称えたバラ。これ以上ないくらいの紅。


 「今日は何の日かご存知でしょう?」
「あなたにチョコレートをあげた覚えはないわ」
 ええ、とキッドは笑う。
「あなたと交わす言葉が私には甘さそのもの。欲しいとすら思いません」
「用件は何よ」
「お別れを」
 静かに告げるキッドに、哀はきゅっと唇を結んだ。
「最後に言葉を頂きたいと訪れました」
「あいしてる、とでも?」
 挑むような目をして、自分を見る哀にキッドは、その小さな手を取り口付ける。
「これからは日のもとであなたに会いたい」
 そう言って、片眼鏡を外した。
「黒羽快斗です。以後お見知りおきを」
 哀は、かっと赤く頬を染めた。
 自分の僅かな動揺にキッドは気付いたという証に、口元を隠してくすくす笑っている。
「よろしくね、哀ちゃん」
 片眼鏡を外した青年は哀の良く知る人物だった。
 小泉紅子を通じて、多少なりとも会話をしたことがある。会うなり、握手を求められ、変な人として哀の中に存在していた。
「とんだ、お返しね」
「ほら、ホワイトデーは三倍返しが相場だから」
 義理チョコの一つを渡していたことを思い出した哀は
「だったら……」
 と言いかけた。
「ん? ね、怒った?」
「呆れただけ」
「でも、今なにか……」
「何でもないわよ」
 バレンタインデーに教えてくれたら良かったのに。
 そんな言葉が出そうになった。
 1人顔を赤くした哀を快斗は不思議そうに、優しく見つめていた。

END














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