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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942シチリア海峡海戦7

 ボンディーノ大佐は、ボルツァーノの対空捜索レーダーが、接近してくる多数の小型機の反応を探知したとの報告を聞いた直後に、間髪を容れずによく通る声で、待機中のアストーレ全機の出撃を命じていた。
 だが、接敵までに全機が発進できるかどうかは微妙な所だった。二式飛行艇に接触した、先行して射出された一機を除いても、航空巡洋艦として改装されたボルツァーノには十機ものアストーレが搭載されていた。
 その一方で改装前と同じく、搭載機を射出するカタパルトは一基しか搭載されていないから、ボルツァーノの連続射出能力は搭載機数に見合っているとは言えなかったのだ。

 しかも、前進を続けるボルツァーノから発進するには、合成風力を利用するために、艦首方向に射出するのが最も効率が良いが、前後の煙突間の艦首尾線上に備えられたカタパルトは、前部上部構造物が邪魔となって、構造上艦首を向いたままでは搭載機を射出することは出来ないから、前進中の艦から射出された機体は、発艦と同時に横風を受ける為に不安定な飛行姿勢を余儀なくされることになった。
 間延びした間隔で、艦橋のすぐ横をかすめるようにしながら次々と射出されていくアストーレを、ルティーニ中佐は不安そうな目で見つめていた。大型の射出機は失速限界を超えた飛行速度をアストーレに与えているはずだが、燃料や弾薬を満載した上に巨大なフロートを抱えたアストーレは、はたからみるとよたよたと危なっかしい様子でゆっくりと上昇していった。


 ボルツァーノが装備した対空捜索レーダーは、この分野ではイタリアの遥か先を行くドイツから輸入された最新のものだった。初期故障が多く、艦載レーダーとしての信頼性は決して高いとはいえないが、状態が良ければ大型機や、編隊であれば百キロ程度の探知距離を有していた。
 この探知距離は、それまでの目視による監視に比べれば、恐ろしく遠距離から敵機を探知することが可能であったが、高速機を相手にするには、それでも不足していると言えた。
 最近の軍用機は高速化が進んでいるから、最高速度が毎時五百キロ程度の機体は珍しくもないし、速度と機動性に特化した戦闘機であれば六百キロを余裕で超える機体も続々と出現していた。

 仮に探知距離ぎりぎりの百キロ先で敵機を発見したとして、最高速度で接近された場合は、接触まで十分程度の余裕しか無いということになる。
 その程度の時間では、転舵して船団が敵機からの目視圏外に逃れるのは難しいから、対空捜索レーダーに探知された時点で戦闘は免れなかった。
 敵機がこちらを発見していない場合は、視界外を気が付かないままそのまま航過してくれる幸運も期待できるのだが、未だ二式飛行艇が接触機として、船団から付かず離れずの距離を旋回飛行している状況ではそれも出来なかった。


 レーダー室からの報告では、敵機らしき編隊は航法に迷う気配もなく、まっすぐに船団に向かっているようだったから、間違いなく上空の二式飛行艇が敵編隊を誘導しているはずだった。
 二式飛行艇は、今のところは視界外を飛行しているようだが、国際連盟軍はある程度の精度を持つ機載型対水上レーダーを戦線に投入しているらしいから、直接目視出来ない状況でも、こちらの現在位置や針路を確認することぐらいは出来るのだろう。
 船団の航行速度は二式飛行艇と比べて圧倒的に劣るのだから、一時的に探知圏外に逃れられたとしても、再発見は容易なはずだった。だから、二式飛行艇は安全な距離と高度を保って接触を続けることができているのだろう。
 現在も貴重なアストーレの一機を二式飛行艇の監視に回していたが、自分よりも鈍足の水上機であるアストーレを恐れて、積極的な行動を控えているとは思えなかった。

 ふと、ルティーニ中佐は思い当たって、ボンディーノ大佐に伺うような視線を向けながら言った。
「接触機の監視にあたっているアストーレを呼び戻しますか。二式飛行艇の監視のために高度を上げているはずですから、後から発艦する機体よりもは、先に接敵できるかもしれません」
 ボンディーノ大佐は、射出されていくアストーレがまるで見えないかのように、進路方向の水平線の先を真っ直ぐに見つめていたが、じろりとルティーニ中佐に視線を向けた。
「駄目だ。二式飛行艇は対艦攻撃用に雷爆装出来る機体だ。大型機だから、偵察飛行でも数量を控えれば魚雷は無理でも、爆弾程度なら搭載は可能だろう。元が巡洋艦の本艦ならともかく、鈍足の貨物船ならば水上艇の爆撃でも致命傷となりかねん。監視の機体を抜いて、二式飛行艇を好き勝手に飛行できる状態にするわけにはいかん」
 そう言いながらも、ボンディーノ大佐の顔は苦渋に満ちていた。大佐も、出来ることならば一機でも多くのアストーレを接近してくる編隊の迎撃に向かわせたかったはずだ。
 だが、二式飛行艇を自由な状態にすれば、攻撃隊を船団まで誘導することに成功して、接触任務を終えたその敵機がどのような行動を取るのかが分からなかった。
 大人しく撤退するかも知れないし、攻撃隊の戦果を確認するまで上空に居座り続ける事もありえるだろう。もちろんボンディーノ大佐の言うとおりに、接近してくる編隊と呼応して船団攻撃に踏み切る可能性も少なくなかった。
 だから、アストーレでは二式飛行艇を撃墜するのは難しいだろうが、監視の戦闘機がついた状態では大型の飛行艇が対艦攻撃を強行するとは思えないから、監視任務をとくわけには行かなかった。

 あるいは、ボンディーノ大佐はこの段階でアストーレが一機増えたところで、大した違いはないと判断したのかもしれなかった。現在のアストーレの能力では予想される敵攻撃機に対して有効な戦力とはなりえなかった。おそらく足止め程度の成果しか得られないはずだ。
 だから、一機や二機が増えたところで、大勢には影響がない。そう考えているのかもしれなかった。
 それに気がついたルティーニ中佐は、無言で頷いていた。


 ボンディーノ大佐とルティーニ中佐は、しばらくの間、押し黙っていた。艦橋要員達は次々と報告や復唱の声を上げながら慌ただしく動いていたが、二人がやるべき仕事は今のところ無かった。
 アストーレ隊は射出された順からさみだれ的に接敵する他無いし、船団も前進を続けるほかなかった。中途半端な退避行動をとることは最初から考えていなかった。
 接触機がへばりついた状態で退避しても、いつものように地中海に広がる青空のもとでは、新たな航路を上空から隠しおおすことは出来ないはずだ。それに一度ジェーラ港で燃料補給を行っているとはいえ、航続距離の短い小型艦では、長時間の欺瞞航路をとって余計な燃料を消費するのは危険だった。
 最近では、船団護衛艦には、戦前の想定以上に対空対潜兵器を過剰に搭載する傾向があったから、燃料を消費した状態では、機動性の高い小型艦の場合重心が上がりすぎて、急な転舵も危険となるかもしれなかった。

 あとは、アストーレ隊からの報告を待つほか無かった。この後は、アストーレ隊の防衛網が突破されて、敵機が射程に入り次第対空射撃を命じるだけだった。
 ルティーニ中佐はそう考えていたのだが、予想に反して、報告は同時に2つ聞こえていた。
 声を上げたのは、艦内電話に取り付いていた伝令だった。ただし、片方は通信室に直通する電話を握りしめており、もう一人の伝令はレーダー室からの電話をとっていた。
 報告の声は、ほんの僅かにレーダー室からのほうが早かった。ただし、最後の方は、通信室からの報告にかき消されていた。
「レーダー室より報告、敵機らしき編隊の後方に反応を探知するも、短時間でロストコンタクトした。おそらく低空に降下したためレーダー覆域から外れた模様。正確な探知方位は……」
「一番機、グンパ軍曹機が敵編隊と接敵、機種は日本軍の二式複座、機数は10機以上、これよりグンパ軍曹機は戦闘に入る、以上」
 ボンディーノ大佐と、ルティーニ中佐は思わず顔を合わせていた。2つの異なる情報をどう処理するのか、二人共迷っていたのだ。


 日本軍の二式複座戦闘機は、今年の初め頃、日本軍が北アフリカに姿を現し始めた当初から、前線から出現が報告され始めた機体だった。他国の双発他座戦闘機と概ね同程度の性能を有しており、重武装の割には機動性が低く、より軽快な単発戦闘機には対抗できないようだった。
 ただし、単発戦闘機との戦闘が不利なのは確かだが、それは相手が同程度の技術水準で作られた機体であった場合だった。
 最高速度で言えば水上戦闘機であるアストーレどころか、原型機であるRe.2000、ファルコよりも二式複座戦闘機は高速なのだから、一撃離脱に徹すれば同程度の数しかないアストーレなど一蹴されてしまうのではないのか。
 それに、やはり他国の双発戦闘機同様に、二式複座戦闘機は、双発ならではの搭載能力を活かして、爆装した状態で攻撃機として運用されることも多いようだった。機首に集中装備された銃砲兵装も強力だから、爆撃だけではなく、対地、対水上銃撃も可能だった。
 ある意味で、水平飛行しながら爆撃するほかない爆撃機などよりも、無防備に近い貨物船からなる船団にとって剣呑な存在かもしれなかった。

 また、詳細は不明だが、二式複座戦闘機にはいくつかのサブタイプがあるらしい。しかも、どちらかが発展型というわけではなく、同時並行で生産が行われているようだった。
 戦闘時の目撃証言によれば、同じ二式複座戦闘機でもエンジンが空冷の機体と、水冷の機体がある上に、細部の構造も少しづつ違うらしい。そのうえ、エンジン方式の異なる機体は、同じような戦闘を行うこともないようだ。
 これまでの証言をまとめれば、空冷エンジン搭載機は攻撃任務を行うことが多く、逆に水冷エンジンを搭載した機体は高速で長距離飛行の可能な護衛戦闘機としてもっぱら運用されているようだった。
 銃砲火力や爆装能力の面では、どちらも遜色ないようだが、日本軍の中では、両者には明確な差があるらしい。
 おそらく空冷エンジン搭載機は、二式複座戦闘機を攻撃機として運用する部隊、水冷エンジン搭載機は戦闘機隊に配備されているのだろう。機体自体には異なる任務を同時に遂行出来るだけの能力があったとしても、搭乗員に全く異なる任務を強いるのは難しかった。
 訓練期間は長くなるし、現実には爆装した状態の機体が同時に対戦闘機戦闘をこなすことは出来ないのだから、攻撃機として運用する場合は、戦闘機搭乗員の訓練は無駄になるし、逆もしかりだった。
 もちろんある程度はどちらの訓練も受けるのだろうが、実際には部隊によって搭乗員の訓練が、戦闘機寄りとなるのか、攻撃機寄りになるのかが分かれているはずだった。

 この局面では、これは重要な意味を持っているのではないのか。ルティーニ中佐はそう考え始めていた。根拠となるのはアストーレからの報告と同時に入ったレーダー室からの報告だった。
 もしかすると、低空に降下したらしい機体というのは、実際に船団を攻撃するために飛来した攻撃機なのではないのか、つまりこれみよがしに中高度を飛来して遠距離から対空レーダーに探知された二式複座戦闘機は囮ということになる。
 本命となる攻撃機は、レーダー覆域圏外で低空に降下して、こちらに向かっているのではないのか。そして、その攻撃隊を撃破することは出来なくとも、足止めするはずだった貴重なアストーレ隊は、誘蛾灯に引き寄せられる害虫のように、二式複座戦闘機の部隊との戦闘に巻き込まれているのではないのか、ルティーニ中佐はそう考えていた。
 もちろん、その場合は、囮となる二式複座戦闘機は、攻撃機型ではなくて、純粋な戦闘機型としての訓練を受けた部隊で構成されているはずだった。
 ルティーニ中佐は、青ざめた顔で、ボンディーノ大佐に自分の想定を説明しようとした。

 だがルティーニ中佐が口を開くよりも早く、艦橋見張り員が敵機発見を告げる報告が上がった。
 絶望に駆られながら、ルティーニ中佐は半ば機械的な動作で報告のあった方位に双眼鏡を向けた。ボンディーノ大佐がボルツァーノの砲術長に何かを命じている声が聞こえたが、内容は頭に入らなかった。
 新たに肉眼でも発見された敵機は、ルティーニ中佐の予想通りに海面すれすれの超低空を飛行していた。これでは近距離まで接近されたとしても、対空レーダーでは、波頭による電波の乱反射であるシークラッターに紛れて発見は困難となるはずだった。
 国際連盟軍は、やはり独伊枢軸側と比べて電波兵器の開発で進んでいる分だけ、レーダー対策を考慮した戦術も実戦や訓練に取り入れられているようだった。
 低空からでは、自機からの視界も悪く、船団を発見するのは困難なはずだが、それは接触機や、囮として上空を飛行する二式複座戦闘機からの通信で補っているのだろう。


 急速に海面を接近してくる敵機は、双発の機体だった。ただし、機動は俊敏で、搭乗員も十分な訓練を受けているのか、海面に接触しそうな超低空を飛行しているのにも関わらず、姿勢は安定していた。
 やはり攻撃機として飛来してきたのも双発の戦闘機であるようだった。ただし、識別帳で何度も見た日本軍の二式複座戦闘機とは異なり、機首がどん詰まりのように見えた。

 ――英国軍のボーファイターか……
 ルティーニ中佐はそう見当をつけていた。英国軍のボーファイターは、概ね日本軍の二式複座戦闘機と同等の機体で、これまでは主に夜間戦闘機として使用されていたようだが、最近では対艦攻撃を実施する姿も確認されるようになっていた。
 二式複座戦闘機よりも鈍足ではあるが、エンジン出力は大きく、より重量のある機体だから、搭載能力は優れているらしい。だから、攻撃機役がボーファイターで、囮となる戦闘機には二式複座戦闘機が使用されたのだろう。
 どちらの機体も、搭載能力に余裕のある双発複座機だから航続距離や航法能力を買われて、北アフリカから前線上空を突破しての船団攻撃任務についたのだろう。


 ふとルティーニ中佐は、あることに気がついて愕然としていた。
 戦闘機として囮となっているのは、日本陸軍の二式複座戦闘機であるはずだった。そして、これと対を成すように攻撃機となっているのは、英国空軍のボーファイター隊で、これら攻撃隊の誘導を行っているのは日本海軍の二式飛行艇だった。
 つまり、国際連盟軍は、2国籍、3つもの異なる軍に所属する部隊であっても有機的な運用を行うことが出来るということを示しているはずだった。それに船団が発見された経緯を考えれば、部隊間で十分な連絡を行うことも出来なかったのではないのか。
 これに対して、イタリア海軍の場合には、ドイツ空軍どころか、国籍は同じはずなのに、イタリア空軍との連携すら難しかった。彼我のあまりの差異に、ルティーニ中佐は、思わず泣きたくなってしまっていた。

 悲嘆にくれるルティーニ中佐の視界が唐突に赤く染まると共に、轟音と衝撃が艦橋の開口部から押し寄せてきた。慌てて中佐が振り返ると、ボンディーノ大佐の命令でボルツァーノの主砲が対空射撃を開始したところだった。
 まだ対空砲の射程には入っていないから、護衛艦隊で射撃を開始したのは、ボルツァーノ一隻だけだった。

 ただし、ボルツァーノの主砲はあくまでも対水上砲撃を行うためのものだから、対空射撃の効果は限定的だった。主砲の射撃指揮装置も対空戦闘向けではないから、榴弾を用いても一機も撃墜できないかもしれない。
 実際には景気付けのようなものだが、攻撃隊を牽制する程度の効果はあるかもしれなかった。


 だが、ボルツァーノの主砲による対空射撃の反応は、意外なところから現れていた。実際に声を出したのは、通信室からの報告をあげた伝令だった。彼は要領を得ない様子でいった。
 おそらく伝令兵がとっている電話の相手である通信室でも、内容がよくわかっていないのだろう。
「上空を飛行しているらしき機体から通信が入ってきています。護衛艦隊は直ちに対空射撃を中止せよ。発信者は……フォルゴーレ」
「主砲対空射撃中止、敵機接近まで対空砲も撃つな」
 ボンディーノ大佐は、伝令が言い終わる前に大声で命令していた。そしてにやりと笑みを見せた。
「間に合ってくれたか」
 ルティーニ中佐は、呆気にとられながら敵機後方を双眼鏡で見つめていた。そこには、鋭い機動でボーファイターにせまる単発機の姿が新たに見えていた。その尾翼は赤く塗装されているような気がしたが、気のせいかもしれなかった。
ボルツァーノ級航空重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cabolzano.html
レッジアーネ Re2000、Re2000Pの設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/re2000.html
二式複座戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2tf.html
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