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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942エル・アラメイン砲撃戦16

 機動歩兵中隊の一角に慌ただしい動きが見えた。正確には、中隊長が乗り込む一式半装軌装甲兵車の周辺の兵たちだった。中隊長車の一式半装軌装甲兵車は、指揮通信車仕様の三型ではなく、中隊所属の他の車輌と同一型式である一式半装軌装甲兵車一型だった。
 一型は一式半装軌装甲兵車の原形とも言える車両で、砲や噴進弾などの追加機材を装備せずに、兵員輸送用に用途を絞った型式だったが、中隊長車には上級司令部との連絡を取るために、乗車人数を減らして、中隊用の大型無線機とアンテナが増設してあった。
 その指揮車内で、側壁に身を任せていた中隊長が、通信兵らしき兵と盛んに何かをやりとりしていたが、しばらくしてから要領を得ないと言った表情で周囲を見渡した。
 中隊長は、池部中尉と目が合うと、首を傾げながら手招きした。
 どうやら上級司令部から何か通信が入ったようだった。この場の指揮は、各隊指揮官の中でも最先任となる機動歩兵中隊の中隊長に任されていた。だから、機動歩兵中隊の指揮車両にのみ通信があったのだろう。
 池部中尉は、一式砲戦車小隊の小隊長と連れ立って、怪訝そうな顔で一式半装軌装甲兵車に近寄っていった。何らかの動きがあったのは確かなようだが、中隊長の動きは不可解だった。

 中隊長は、二人を指揮車の車上に誘うと、一式半装軌装甲兵車の左右側壁に設けられたシートにどっかりと腰を下ろすと、迷ったような顔でいった。
「どうやら、もう増援部隊がこっちに向かっているらしい。ただ、大隊本部でも詳細はよくわからんらしいが、どうやら来るのは戦車だというのだが、貴様らは何か聞いていないか」
 池部中尉は、砲戦車小隊の小隊長と顔を見合わせた。
「連隊所属の戦車隊は、ほとんど他の陣地と対峙していたはずです。急に予備部隊をここに投入するというのも変な話ですね。ただ、これまでの戦闘で撃破された戦車でも、中には修理可能な状態のものもあったでしょうから、もしかすると段列で修理を終えた車両か、予備車両で再編した隊なのかもしれません……車種については何かいっていませんでしたか」
 池部中尉の質問に、中隊長は首をかしげた。
「はて、特に何も言っていなかったな。というよりも、大隊本部でも増援の部隊に関して詳細がつかめていないのかもしれん。どうも、この増援部隊の派遣はもっと上の部隊で決まったことらしい」

 それまで押し黙っていた砲戦車小隊の小隊長が、何かに思い当たったのか、顔を上げていった。
「もしかして、増援部隊は我が軍に所属するものではなくて、英国軍かどこかから派遣されてくるということはありえませんか。彼らの行軍速度は、平均すれば機械化された我が師団などよりもずっと遅いと聞きますが、先遣部隊が到着していてもおかしくはないのでは」
 意表を突かれたような顔で中隊長と池部中尉は小隊長を見つめた。小隊長は居心地悪そうに身動ぎしながら続けた。
「別に確証があるわけではないのですが、我々の編成は戦車、砲戦車の合計1個中隊規模で機動歩兵1個中隊を支援する形です。師団の上層部であれば、戦車、歩兵の戦力の釣り合いからしても、これ以上の戦車部隊を投入するとは思えませんし、その余裕も無いでしょう。それくらいならば、他隊の歩兵部隊の支援に抽出されるのではないでしょうか。ですが、増援に来る部隊が英国軍であれば、我々の編成にお構いなしに投入されるかもしれない、そう考えたものですから」
 中隊長は複雑そうな表情になっていた。小隊長の言うとおりに、増援が英国軍であれば、扱いが厄介なことになるかもしれなかった。
 増援部隊の車種も規模も分からないが、指揮系統が全く異なるのだから、この場で指揮をとる先任指揮官の中隊長におとなしく従うかどうかは分からなかった。それに、もしかすると増援の相手部隊のほうが規模も大きく、指揮官も先任であるかもしれないのだ。
 それ以前に、言語体系の異なる部隊をうまく指揮統率することが出来るのかさえよく分からなかった。


 指揮車の中で、事情がわからずに顔を見合わせている三人の耳に、甲高い機関音と連続して履帯が地面を叩く音が僅かに聞こえてきた。中隊長は、増援の到着かとつぶやいて身を乗り出していたが、池部中尉と小隊長は、また怪訝そうな顔を見合わせていた。
 走行音が聞こえ始めてきたばかりなのに、ここまで重厚な音響を上げるということは、接近してくる車両は半装軌車両などではなく、やはり完全履帯の戦車に間違いなかった。
 だが、聞こえ始めてきた音は、これまで二人が聞いたことのないものだった。少なくとも一式中戦車や一式砲戦車などの現用日本陸軍戦車とは全く異なっていた。
 それに、これまでの戦闘などからドイツ軍やイタリア軍の戦車の音も聞いていたが、それとは重厚さが全く違っているような気がした。英国軍のクルセーダー巡航戦車やバレンタイン歩兵戦車よりも、さらに重々しい音に聞こえていた。

 いち早く指揮車を降り立った中隊長に釣られるように、二人も車外に出たが、音源である戦車の姿が見えたのは、それからしばらくしてからだった。やはり走行音が他の戦車よりも大きいものだから、距離感を誤ったようだ。それとも阻害物の無い砂漠地帯だから、音も遠くまで聞こえていたのかもしれない。
 これでは直接視認できない敵陣地からでも、増援部隊の到着が確認されているはずだった。池部中尉は、気になって敵陣地のある方向を見たが、今のところ、枢軸軍に動きは見られなかった。

 轟音と砂塵を盛大に巻き上げながら到着した戦車は、指揮車のすぐ近くで停車した。増援として到着したのはやはり英国軍の戦車で、数は一個小隊3両に過ぎなかった。
 異様な戦車の姿に、中隊長と小隊長は呆けた様子だったが、池部中尉は複雑な表情でその戦車を見つめていた。戦車に描かれた標識に見覚えがあったからだ。
 やたらと角ばった小振りな砲塔と、巨大な履帯が左右に大きく張り出した巨大な車体を持つその戦車は、アレクサンドリアで見たあのチャーチル戦車に間違いなかった。

 あの時は見えなかったが、チャーチル戦車の車体よりも大きく前に張り出した履帯前方には、何故か前掛けのような形状の頑丈そうな帆布が、車体前方を覆うようにして吊るされていた。
 一体何のためのものか分からなかったが、チャーチル戦車が停止すると、その理由はすぐに判明した。車体が停車すると同時に、エンジン冷却用らしい強力なファンが盛大に砂塵を巻き上げ始めたのだ。
 おそらく前進している間は、行進速度によって巻き上がった砂塵が後方に取り残されるから目立たないのだろう。だが、停止した時は、車体前方からも大きく上部に巻き上がろうとしていた。
 おそらくこの前掛けは、その巻き上がった砂塵の流れをせき止めて、再び冷却ファンによって吸収されるのを防ぐためのものだった。

 現場での創意工夫ということなのかもしれないが、池部中尉はその装備に訝しんでいた。どう見ても砂漠地帯での運用で見つかった不具合に急遽でっち上げたようにしか見えなかったからだ。
 おそらくここまで乾いた地面の少ない英国本土での試験運用では、強力な強制冷却ファンによる風の流れがもたらす悪影響まで確認されていなかったのだろう。
 このチャーチル戦車の開発がいつから始められたのかは分からないが、十分な完成度に達していないままで実戦に投入されているのではないのか。
 英国軍は、フランス戦終盤のダンケルク撤退において、重装備を多数失っていた。その結果、兵器不足に陥ったために、戦車などの開発、量産が急がれたというが、今頃になってその当時の拙速のつけが回ってきているのではないのか、そう考えてしまっていた。

 チャーチル戦車の巨大な車体からすると、奇妙なほど小さく見える砲塔上部のハッチが勢い良く開くと、やはりアレクサンドリアで飯を食っていたあのカナダ軍カルガリー連隊のオータム中尉と、ガスケ軍曹が姿を表していた。
「やあご同輩、約束通り鍋を返しに来たぞ」
 何故か、やけに嬉しそうに車内から鍋を取り出してから、にこにこと笑みを見せるオータム中尉の調子の良さそうな顔に、池部中尉は理由もなくため息をついていた。
 中隊長と小隊長の問いただすような視線に答えるのが、ひどく億劫だった。


 増援部隊を含めた指揮権の問題はあっさりと解決していた。チャーチル戦車部隊は一個小隊に過ぎなかったし、指揮官であるオータム中尉の階級や軍歴からしても、この場の指揮権を要求するのは無理があった。
 常識的に考えれば、中隊長がオータム中尉が指揮する小隊に要請するという形にするか、戦車中隊を指揮する池部中尉が同じく要請するという形で指揮系統を一本化するのが自然だった。所属軍が違うのだから、池部中尉や砲戦車小隊のようにある程度明確な指揮系統を構築するとは行かないが、勝手に動かれては困るのだから、要請という形で実質上の命令とするのが一番無難だった。

 ただし、通訳代わりの三保木一等兵が説明した内容に何度もオータム中尉は満足そうに頷いてはいたが、実際にその内容を理解していたかどうかは分からなかった。
 中隊長達の打ち合わせが終わると同時に、オータム中尉は皆を急かしながら、直接敵陣地を確認できる場所へと偵察に向かっていたからだ。

 速成の英会話教育程度では、さっぱり意味が分からない恐ろしく早口の英語の勢いと、強引な仕草に流されて、池部中尉達はオータム中尉に引き摺られるようにして、敵陣地からの射線を遮る盾としていた砂丘の頂上に登っていた。
 三保木一等兵によれば、オータム中尉がしゃべっているのは、同じ英語でも、フランス語圏の影響を受けたのか、カナダ独特の訛りが強いものらしい。もっともカナダ訛りで言えば同行するガスケ軍曹も同じはずだが、彼の英語は池部中尉たちにもよく理解できるものだった。
 おそらく池部中尉達にはさっぱり理解できないのは、オータム中尉個人に起因する問題なのだろう。戦闘前の興奮で急に訛りがひどくなったのかもしれない。


 砂丘の頂上に登った池部中尉達は、狙撃を警戒して慎重に伏せながら、手にした双眼鏡を敵陣地に向けていた。やはり、敵陣地は砂漠地帯に設定された割には頑強なものだった。
 敵兵士や機材は完全に隠蔽され、こちらを警戒しているはずの兵の姿は殆ど見つからなかった。
 対戦車砲らしき影もあったが、直接こちらからの射界に入らないよう隠蔽されていたし、実物ではなく偽装である可能性も高かった。だが、これまでの戦闘からして有力な砲が複数配置されているのは間違いなかった。

 池部中尉は、その敵対戦車砲に撃ち据えられた一式中戦車の残骸を険しい目で見つめた。それは敵陣地への最初の攻撃時に犠牲となったものだった。一式中戦車は、傾斜した50ミリ厚という、これまでの日本軍の戦車よりも格段に強力な装甲を有していたはずだったが、大口径の対戦車砲を1000メートルにもみたない零距離射撃で撃ち込まれたのには耐え切れなかったようだ。
 その一式中戦車は、もっとも分厚いはずの車体正面装甲を貫通されていた。砲塔は一見無事のようだったが、実際には貫通した徹甲榴弾の炸裂によって内部はかなり破壊されているらしい。

 乗員の中で脱出することが出来たのは、砲手と装填手の二人だけだったが、その二人も脱出する際に負傷していた。結局、戦線に復帰出来たのは装填手の一人だけで、彼に抱えられて脱出した砲手は、機動歩兵中隊の負傷兵達とともに後送するしか無かった。
 池部中尉は、負傷兵を輸送するために蚕棚のように担架を重ねて配置された戦場救急車型の一式半装軌装甲兵車の車体から、ぶらりと腕を垂れ下げた砲手が恨めしそうな顔でこちらを見ていたのを思い出していた。

 緊張した表情を崩さない日本軍の指揮官たちに対して、オータム中尉は楽しげにも思える表情を浮かべながら、隣のガスケ軍曹と何事かを声高に話し合っていた。それにオータム中尉が見ている方向は、日本軍の指揮官たちとは微妙に食い違っているような気がしていた。
 池部中尉は、眉をしかめて敵陣地の正しい方向を指示しようとしたが、それよりも早く、オータム中尉は興奮したのか、不用意に立ち上がろうとした。
 他の誰もが一瞬呆気にとられたが、次の瞬間ガスケ軍曹が慌ててオータム中尉を引き釣り下ろすようにして砂丘の陰へと連れ込んでいた。慌てて池部中尉達も後方に下がっていた。
 中隊長などは、軽率な行動をするオータム中尉を、怒りのあまり問答無用で殴りつけそうな勢いだったが、当のオータム中尉は笑みさえ浮かべながらいった。
「あれなら敵陣地への接近は可能だと思う。それで、いつから攻撃を開始するのか教えてくれないか」
 今にも拳を上げそうだった中隊長の顔に、代わって困惑した表情が浮かんでいた。それを見守っていた池部中尉と小隊長も顔を見合わせていた。どうやら自分たちとオータム中尉との間には、何か状況の理解に関して、根本的な意味で認識の違いがあるのではないのか、そう考えていた。
一式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01tkm.html
一式砲戦車の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01td.html
一式半装軌装甲兵車の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01ht.html
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