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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942エル・アラメイン砲撃戦14

 呆然として、アルフォンソ伍長がドイツ兵達が乗ったサハリアーナが走り去った方向を見つめていると、ヴィオーラ一等兵が、呆けたような顔で言った。
「あいつら味方を放って逃げちまったぜ」
 ロッソ上等兵も、唸り声を上げてAB40の方を見ながら、続けた。
「結局重傷者も放っていきやがった。少尉殿を撃った野郎が死んだのは自業自得だが、迷惑な奴等だぜ。装甲車の方は駄目だな、乗ってた奴等は全員死んじまったみたいだ……それで、これからどうするんだ、伍長」
 急に聞かれてアルフォンソ伍長が戸惑ったような顔をすると、ロッソ上等兵は苛立たしげな様子で続けた。
「先任の軍曹も陣地で戦死してるんだ。ボッツァ少尉が指揮をとれないんなら、伍長がこの隊の最上級指揮官だぜ。まぁ隊と言っても、だいぶ兵隊の数は減っちまったようだが」
 二人が周囲を見渡すと、確かにいつの間にか行動を共にしていた兵達の姿が減っていた。先ほどの戦闘で一目散に逃げ出してしまったのかもしれない。幸いなことに戦死者は、AB40の近くにいたドイツ兵達に集中していたから、小隊員の中で行動できない程の負傷をしたものは少なかったようだ。

 一旦、航空攻撃から逃れて退避した兵達も、次第に恐る恐るといった様子で街道に戻ってきていたが、再び合流した兵たちは元の小隊のものばかりで、他隊の兵は大部分が離散してしまったようだった。
 逃げ出した兵たちもボッツァ少尉が撃たれて人事不省におちいったところは見ていたはずだから、指揮官の居なくなった小隊を見放したのかもしれない。
 残ったのか、逃げそびれただけなのかはよくわからないが、戻ってきた数少ない他隊の兵であるアリエテ戦車師団の戦車兵が、アルフォンソ伍長達の様子をうかがいながら、ただ一人所在なげに、立っていた。

 アルフォンソ伍長は、一度彼らの表情を確認してから、ひどく冷めた表情でいった。
「俺は指揮はとらない。少尉ももう指揮はとれないだろう。お前らは各自で後方に移動して本隊と合流しろ」
 それを聞いた兵たちは呆然として、顔を見合わせていた。ロッソ上等兵は、何故か苛立たしげな様子が消えて、面白そうな顔になっていたが、他の兵たちを代表するように、ヴィオーラ一等兵が憮然とした表情で言った。
「指揮をとらないってどういうことだよ。伍長は俺たちを放り出してどうするつもりだ」
 ヴィオーラ一等兵は食って掛かったが、アルフォンソ伍長は、何も聞こえなかったかのように顔を背けた。

 アルフォンソ伍長は、しばらく答えずに無言で日本軍の九八式直協機が墜落した方向を見ていた。ふらふらと飛行していたから、墜落時に起きたのだろう白煙の位置まで、ここからでもそれほど距離はないはずだ。
 おおよその距離と方角を確認してから、ようやくアルフォンソ伍長は、こちらの様子をうかがう小隊隊員達に向き直った。
「俺はあの日本機のところまで行ってみる。撃墜された時、あの機体は高度も速度も随分と下がっていた。多分意図的なものだ。少なくとも墜落するまでは、搭乗員の意識はあったはずだ。おそらく操縦系統かどこかに被弾して不時着を試みたんだろう。まぁ俺だって飛行機の事はよく知らないが」
 ヴィオーラ一等兵は、怪訝そうな顔でアルフォンソ伍長の視線を追った。その脇でロッソ上等兵は何かを察したのか、頷いていた。
「墜落した機体には、搭乗員が生存している可能性が高いはずだ。それにあんな軽飛行機が単機で進出してきているということは、この辺りの制空権は完全に敵側にわたっていると見ていいだろう。そこに未帰還の機体が出れば、捜索機ぐらいは出るはずだ」

 相変わらず要領を得ない様子で、ヴィオーラ一等兵は首をかしげた。だが、当初の勢いは既に消え失せていた。
「その……敵機の搭乗員を取っ捕まえるのか。そんな生きてるのかどうなのかよくわからん奴をどうにかするよりも、さっさと逃げたほうが良くないか」
「捕まえる気はない。だが、搭乗員は多分怪我しているだろうから手当は必要だろう。重要なのは、日本機の近くにいれば、確実に日本軍の捜索隊と遭遇できるということだ」
 アルフォンソ伍長が淡々と言うと、ロッソ上等兵が面白そうな顔でいった。
「つまりイギリス軍でもドイツ軍でも無くて、日本軍に降伏しようというのだな」

「ちょっと待てよ、本気で伍長は敵に降伏する気かよ」
 ヴィオーラ一等兵は慌てて大声を上げた。他の兵たちも多かれ少なかれ動揺の色が見せていた。兵たちが、そこかしこで隣の兵と小声で話し合っていた。アルフォンソ伍長は、小隊の兵たちがあげるざわめきが消えて彼らの考えがまとまるまで待ってから、ゆっくりと言った。
「トーマ、少尉殿は動かせるか」
 ヴィオーラ一等兵は、意表を突かれたのか、慌てたような顔でボッツァ少尉の脇で手当をしていたトーマ一等兵に向き直っていた。トーマ一等兵は、首を横に振ってから、俯いた。
「駄目です。長時間の移動には耐えられそうもありません。幸い弾は抜けたようですが、早く設備が整った後方の病院で治療を受けないと危険だと……思います」
「わかった。少尉殿をこれから後方まで連れて行く事は出来ない。大体、本隊がどこまで下がったのかもわからんからな。それよりも日本軍に降伏したほうが、治療は早いはずだ」
「なるほどな、日本軍の搭乗員を手当してやれば、奴等も恩義を感じて、少尉殿も手厚く看護してくれるかもしれないって考えか」
 ロッソ上等兵は、納得したような顔で頷いていた。

 ヴィオーラ一等兵は、しどろもどろになっていた。
「つまり少尉を助けるために降伏しようっていうのか……だけどよ、それって敵前逃亡にならねぇのか。俺達降伏したらファシストに何を言われるか分からねえぜ。家族やママンが党の連中に何かされねぇかな……」
 アルフォンソ伍長は、じろりと冷たい目でヴィオーラ一等兵とその後ろの兵たちを一瞥した。
「だから指揮は取れないって言ってるんだ。悪いがトーマは俺についてきてくれ。少尉殿をあの機体の近くまで運ぶんだ。機体の原形が残っていれば主翼か何かを日除けくらいには使えるだろう。その後はトーマも好きにしてくれ。逃げるもよし、降伏するもよしだ。そこまでは俺は責任は取れん」

 言い終わると、はやくもアルフォンソ伍長は、小隊員達に背を向けていた。
「伍長はいいのかよ、待ってる家族とかいねぇのか……」
 怪訝そうな顔のヴィオーラ一等兵に、アルフォンソ伍長は、背を向けたまま、自嘲的な笑みを浮かべた。
「俺に故郷はもう無いよ。ファシストも怖くない。お前らは家族もあるんだろう。ここでお別れだ……行くぞトーマ」
 アルフォンソ伍長とトーマ一等兵は、意識のないボッツァ少尉を両脇から抱きかかえるようにして、九八式直協機が墜落した方角に向けて歩き始めた。


 ボッツァ少尉を引きずるようにして歩き続ける二人の背後から、足音が聞こえてきたのは、歩き始めてすぐのことだった。
 アルフォンソ伍長が怪訝そうな顔で振り返ると、にやにやと笑みを浮かべたロッソ上等兵を先頭に、ほとんどの小隊の兵たちが続いていた。
 ぽかんと口を開けたアルフォンソ伍長の肩から、素早くボッツァ少尉の片腕を引き取ると、ロッソ上等兵はトーマ一等兵を促して歩き始めた。いきなり少尉の重みを失ったアルフォンソ伍長は、バランスを失って転げかけたが、すぐに呆けたような表情を消すと、慌ててロッソ上等兵に並んで、早足で歩きながら苛立たしげな声で尋ねた。
「いいのか、このままだとお前らも敵前逃亡罪に問われるかもしれないぞ」
 アルフォンソ伍長は、焦燥感をにじませながら、苛立った口調で言ったが、ロッソ上等兵の態度は飄々としたものだった。

「それはどうかね。将校、下士官不在で兵隊だけ帰っても、どっちみち敵前逃亡にされちまうかもしれねえぞ。脱走兵扱いは、ろくな喰い物も銃も支給されずに懲罰部隊に編入されちまうって噂だぜ。どうせ逃げるんなら、飯にありつけそうな方に行こうぜ。まぁ俺達の舌に日本軍の飯があうかどうかしらんがな」
 しれっとした顔でいうロッソ上等兵に、ヴィオーラ一等兵が茶化すように続けた。
「大丈夫なんじゃねえか。あの戦車から分捕ってきた缶詰は結構いけたぞ。日本軍の捕虜になれば、少なくとも死んだロバよりマシなものにはありつけるんじゃねえかな」
 イタリア軍支給の牛肉の缶詰は、あまりの不味さから、本来は軍事支給を意味するAMという缶詰に記された刻印をもじって、兵隊たちは死んだロバだとか死んだアラブ人などの蔑称をつけていた。

「ちげぇねえや。少なくとも生きたロバぐらいは喰わせてくれるだろう」
 何が面白いのか、ロッソ上等兵の冗談を聞いた兵たちは、どこかやけになったような笑い声を上げた。アルフォンソ伍長は、苛立たしげに首を振ったが、その時、小隊員達に混じって、アリエテ戦車師団の戦車兵まで付いて来ているのに気がついた。
「あんたまで来たのか。アリエテの兵隊まで付いて来てどうするんだよ。原隊に……戦車隊に復帰しなくてもいいのか」
 アリエテ戦車師団の戦車兵は、戸惑ったような顔をアルフォンソ伍長に向けたが、しばらくして考えをまとめたのか、訥々とした口調で、ぎこちない笑みを見せながら言った。
「小隊で生き残ったのは俺だけだから、そっちの上等兵殿の言ったとおりに、戻っても逃亡兵扱いされて、また戦車に乗せてもらえるとは限らないと思うんです。それに……」
 唐突に言葉を途切れさせた戦車兵に、アルフォンソ伍長が続きを促すと、苦々しい顔をつくりながらいった。
「俺達はドイツ軍の、アフリカ軍団を逃がすために必至で戦った。それなのに、俺を拾ってくれた少尉殿を撃ったのも、同じドイツ軍だった。俺には、もう誰が味方で、誰が敵なのかよくわかりません。それに、死ぬような思いをして、仲間も大勢失った。もう国への義理は果たしたと思う。だから、死んでいった仲間の代わりに、俺は生き延びたい。そう思ったんです」
 じっとアルフォンソ伍長の目を見つめて、アリエテ戦車師団の戦車兵はいった。

 考えてみれば、この兵と話すのは、今が始めてかもしれなかった。答えに詰まったアルフォンソ伍長は、不機嫌そうな顔で、周りの兵たちを睨みつけたが、ヴィオーラ一等兵がからかうようにいった。
「そんなに睨むなよ伍長、別に皆が皆、そいつみたいに深い考えがあるわけじゃねえさ。アンタに付いてったほうが、まだ生き残れそうだってだけの話だ。それよりさっさと日本機が落ちたところに行こうぜ。また缶詰でも落ちてねぇかな」
 ロッソ上等兵が、下品そうな笑い声をあげていた。
「ヴィオーラ、お前喰うことしか頭にねぇのかよ。トーマに習って、手当のやり方でも覚えたらどうだ。少しはまともな兵隊になれるかもしれねぇぞ」
 ヴィオーラ一等兵は、何が面白いのか、げらげらと笑った。
「もう遅いと思うぜ。俺たち最近は人殺しじゃなくて人助けばっかりだ。助けてるのは日本人ばかりな気がするが、人種が何処だって、人助けには違いねぇや。ファシスト党が言うところのまともな兵隊が戦場でやることじゃない気がするぜ」
「それもちげぇねえや」
 やはり、やけになった笑い声を上げるロッソ上等兵とヴィオーラ一等兵を、アルフォンソ伍長は呆れたような顔で見つめた。
「もう俺は知らん、付いて来たけりゃ勝手についてこい」
 苛立たしげな口調でそういうと、アルフォンソ伍長は素早く隊列の先頭に立っていた。
 だが、その顔には、いつの間にか笑みが浮かんでいた。そのことにアルフォンソ伍長が気がついたのは、ずっと後になってからだった。
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