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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942エル・アラメイン砲撃戦12

 永遠に続くような、徒歩での砂漠地帯の行軍に、変化が訪れたのはその日の正午の頃だった。
 合流した他隊の兵も混じっていた小隊は、かなりばらけて移動していた。行動を共にしてはいたが、歩兵や戦車兵など雑多な兵科が入り交じっているし、個人差もあるから、体力の違いから行軍速度がまちまちになっていたのだ。
 ただし、一見無秩序に広がった隊列を集合させないのには、別の理由もあった。


 フカの野戦飛行場を追われたドイツ、イタリア両空軍機は、すでに国境を超えてイタリア領リビアまで撤退しているらしい。その際に多くの機材を喪失しているという噂もあった。
 状況は良くは分からないが、制空権が完全に国際連盟軍の側に傾いているのだけは間違いなかった。時たま上空を行き交う航空機を見かけることがあったが、ドイツ空軍の黒十字やイタリア空軍のファスケスを描いた機体はほとんど無く、大半がイギリスのラウンデルや日本の赤丸と言った国際標識を描いた機体ばかりだった。
 しかも、時間が経つに連れて戦闘機の数が減っているような気がしていた。代わりに対地攻撃用の各種爆撃機や対地攻撃機の姿が目立つようになっていた。制空権を確保しているものだから、鈍重な対地攻撃専門の機体が相次いで出撃しているのではないのか。

 今のところ、対地攻撃機は小隊を無視して中高度を飛行したまま、西へと向かっていた。おそらく撤退中のアフリカ軍団などの主力部隊を攻撃しているのだろう。
 もちろん、そこでは上空援護のために友軍の戦闘機隊も飛来して激しい空中戦も起こっているのではないのか。
 強大な打撃力を持つ大型の重爆撃機や対地攻撃機は、撤退中の機甲部隊にとっても大きな脅威だった。

 だが、正直な所、それらの本格的な対地攻撃機は小隊にとっては実質上の脅威にならないとアルフォンソ伍長達は考えていた。重爆撃機のような多発の大型機は、飛ばすだけでも多くの物資を消費することになるから、たかが一個小隊程度の歩兵部隊に攻撃することはないはずだった。そんな余裕があれば主力部隊に向かっているはずなのだ。
 むしろ少数の歩兵部隊にとって恐ろしいのは、日本軍の近距離偵察機や観測機の方だった。爆撃機や対地攻撃機が、予め位置や規模が明らかとなっている目標に向かって攻撃するのに対して、偵察機や観測機は敵情を把握するための機体だった。
 これまでの北アフリカの戦闘では、戦闘機の迎撃を警戒して、偵察機も随伴する直衛機などを従えて飛行することが多かったが、純然たる観測機は、速度性能差などから戦闘機を伴わずに行動することも少なくなかった。下手に高速の護衛戦闘機を随伴させて目立つよりも、低空低速で隠密飛行したほうが安全なのだろう。

 しかも、日本軍の近距離偵察機や観測機は、独伊軍のそれらとは違って機銃や爆弾で武装していた。近距離偵察機は、実質上、軽対地襲撃機としても使用されているらしい。
 実は対地襲撃機と近距離偵察機では仕様が異なるというが、詳細は不明だった。あるいは、英国軍の高速偵察機がスピットファイア戦闘機を改造して作られているように、日本軍では軽爆撃機のような機体を改造して近距離偵察機に転用しているのかもしれなかった。

 そして、近距離偵察機以上に、ある意味において歩兵部隊には剣呑な存在となっているのが観測機の方だった。ドイツ空軍のFi156のように至近距離の偵察や着弾観測などに使用される機体らしいが、九八式直協偵察機というのが制式名称だというその観測機は、Fi156のような偵察専門の軽飛行機とも、Ju87のような対地攻撃専門の機体とも、どちらとも性質を異にする機体だった。
 爆弾は対地攻撃機としてみれば大した量ではないし、銃兵装も小口径の機銃しか無いが、「直協」機の名前の通り、陸上部隊と緊密な連絡を取り合いながら運用する機体であるらしい。
 確かにその兵装は、対地攻撃機としてみれば貧弱だが、攻撃される地上部隊から見れば大きな脅威だった。直ぐ目の前で対峙する部隊からの情報によって攻撃することもあるから、近接航空支援機としてみれば有用性は高かったのだ。
 生産数も少なくないから、戦場で見かけることも多かった。

 そのような観測機であれば、少数の部隊であっても攻撃される可能性は少なくなかった。
 だから、小隊は攻撃目標とならないように、あるいは発見されないように広範囲に参加して行動していたのだ。


 いつの間にか、あの砂漠の夜に軽戦車まで出かけた四人が、ボッツァ少尉の周りに集まっていた。最初に異音に気がついたのは、一番若いトーマ一等兵だった。彼は怪訝そうな表情になると、顔を後ろに向けた。
 緊張感のなさそうな声で、トーマ一等兵はいった。
「後方から二両接近、オープントップの偵察車……かな」
 ボッツァ少尉が驚いて近くの兵に隠れるように命令していた。アルフォンソ伍長やロッソ上等兵は、慌てて銃を構えた。
 自分たちより後ろに車両が残っているとは思えなかった。ならば敵軍の偵察車両なのではないのか、そう考えていたからだが、車両が姿を現すと安堵の溜息をついていた。
「何だ、友軍のAB40じゃねぇか、サハリアーナもいやがるな」
 安堵したような声でヴィオーラ一等兵がいった。だが、アルフォンソ伍長は警戒したまま、鋭い目を接近してくる装甲車に向けていた。隣のロッソ上等兵も似たようなものだった。

 イタリア陸軍に制式採用されたAB40装甲車は、不整地における機動性能を重視して開発された偵察用の装甲車だった。四輪駆動の軽装甲の車両だが、車体中央部に配置された予備タイヤが、起伏の大きい不整地では腹をつかえないように補助タイヤとして機能するなど凝った作りになっていた。
 サハリアーナは、このAB40を原型として、シャーシを転用して再設計されたオープントップ式の不整地用武装トラックだった。補給地の限られる砂漠での長距離行動を想定して、車体前面、側面に敵味方ともに標準的に使用される20L缶を固定するためのラックが設けられていた。
 大型の装甲車のシャーシを転用して作られただけあって、サハリアーナのペイロードは大きく、3、400㎏程度なら小口径の対戦車砲などの重火器を牽引するのではなく、直接車体に装備することも可能だった。
 小隊に向かって接近してくるサハリアーナも、車体中央部にブレダM35、20ミリ機関砲が搭載されていた。ブレダ20ミリ機関砲は、対空、対装甲車両用と多用途型の機関砲として重宝されていた万能火器だった。

 ただし、そのサハリアーナに搭載されたブレダ20ミリ機関砲が発砲できるとは、アルフォンソ伍長にはとても思えなかった。サハリアーナには、群がるようにして大勢の将兵が乗り込んでいたからだ。
 この状態で機関砲を発砲しようにも、兵たちがじゃまになって旋回も射角も取れないのではないのか。
 多数の将兵を乗り込ませているのは、先行するAB40も同じだった。オープントップ式ではなく、完全閉囲された装甲車だから乗員定数は少ないはずだが、車外のフックや僅かな突起にしがみつくようにして無理やり乗り込んだ将兵は多かった。
 まるで噂に聞くソ連赤軍のタンクデサントのようだった。


 ボッツァ少尉は、いきなり現れた二両に戸惑いながら独り言のようにいった。
「負傷兵だけでも引き取ってもらえないか交渉してみるか」
 看護兵教育を受けたトーマ一等兵はそれを聞くなり慌てて負傷兵を集めにいった。ボッツァ少尉は、手を振りながら、接近する二両を止めようとして道路の真ん中に移動していたが、アルフォンソ伍長はそっとロッソ上等兵に目配せしながら、自然な動作でライフルスリングを肩から下ろして、カルカノ小銃を構えていた。
 アルフォンソ伍長のただならぬ様子に気がついたのか、ロッソ上等兵は要領を得ない様子のヴィオーラ一等兵を連れて道の反対側へと向かった。

 二両が近づいてくると、アルフォンソ伍長とロッソ上等兵だけではなく、ボッツァ少尉達も困惑することになった。両車に乗り込んだ将兵達の軍装は、アルフォンソ伍長達の小隊に劣らないほど雑多なものだったが、その大半はドイツ軍のものだったからだ。
 それでも二両は、道路上で合図するボッツァ少尉に気がつくと、車体にしがみつく将兵を振り落とさないようにゆっくりと減速しながら、アルフォンソ伍長達の近くで止まった。
 指揮官なのか、先行するAB40の車長用ハッチから、砲塔にしがみつく将兵を押し分けるようにして一人の将校が降り立った。

 やはりAB40から降りた将校もドイツ人だった。アフリカ軍団と描かれた袖章を付けた、ドイツ軍熱帯野戦服を着込んでいた。何故ドイツ軍将校がイタリア軍のAB40に乗り込んでいたのかはよく分からなかった。記章などからすると、この将校は戦車科ではなく歩兵科のようだった。おそらくドイツアフリカ軍団の捜索隊所属なのだろう。
 しかし、略帽に加えて砂塵よけなのか、ゴーグルと、マスク代わりのスカーフを口にまいているものだから将校の表情は全く分からなかった。

 ボッツァ少尉は、イタリア軍車両に乗り込んだドイツ人達の姿に一瞬怯んだようだが、直ぐに気を取り直したのか、ゴーグル姿の将校に向き直っていった。
「イタリア王国陸軍第17パヴィア歩兵師団、ボッツァ少尉です。余剰スペースがあれば負傷兵を……」
「邪魔だ、そこをどけ」
 ボッツァ少尉が言い終わるよりも早く、ゴーグル姿のドイツ軍将校は横柄な態度でいった。無視された形になったボッツァ少尉は鼻白みながらも懇願するように続けた。
「糧食や飲料水も尽きかけているんだ。戦友の肩を借りて何とかここまで歩いてこれたがもう限界だ。大した人数じゃないんだ。負傷兵だけでも連れて行ってくれないか……」
 だが、今度もボッツァ少尉は最後まで言えなかった。ゴーグル姿の将校が、無造作に腰に吊るしたホルスターから拳銃を抜き出してボッツァ少尉に向けたからだ。
 アルフォンソ伍長は、ゴーグルとスカーフで顔が全く見えないのにも拘らず、ゴーグル姿の将校が鼻で笑ったのが見えたような気がした。

 反射的にロッソ上等兵とヴィオーラ一等兵、それにアルフォンソ伍長もカルカノ小銃を構えていた。だが同時にAB40も不気味にゆっくりと砲塔を旋回させていた。
 火力の差は歴然としていた。ゴーグル姿の将校がボッツァ少尉に向けたのは、ドイツが占領したベルギーで生産させていたP640(b)だった。
 ベルギー製の拳銃ブローニングハイパワーそのものと言っても良いP640(b)は、ハイパワーとは言っても、拳銃にしては装弾数が多いというだけで、使用する弾薬は9ミリパラベラム弾に過ぎない。
 だが、その後ろに控えたAB40に搭載された20ミリ機関砲は、カルカノ小銃では一個小隊分すべてを束ねても勝てるとは思えなかった。

 だが、拳銃を突きつけられているにも拘らず、ボッツァ少尉は冷静だった。
「もう一度要請する。負傷兵の後方への移送をお願いしたい」
 ゴーグル姿の将校は、怯んだ様子のないボッツァ少尉に忌々しそうな声でいった。
「臆病者に用はない。俺達は後退して新たな防衛線を築かなければならんのだ。そこをどけ」
「お前たちこそ臆病者だ。俺達から車を奪って自分たちだけ助かろうってんだろうが」
 ヴィオーラ一等兵が激高した様子でそう叫ぶと、車両にしがみついていたドイツ軍の兵たちも、憤った様子でそれぞれが手にした銃を小隊の兵たちに向けた。いつの間にか不自然な様子を察して集まってきた他の小隊員達も、慌てて銃を向けていた。
 車両部隊と小隊の間に、にわかに高まった緊張の中で、アルフォンソ伍長は眉をしかめながらゴーグル姿の将校を見ていた。
 このままでは双方ともに落とし所を見つけられないまま友軍同士で衝突しかねなかった。


 その場の緊張感などまるで無かったかのように、呑気な声が聞こえたのはその時だった。
「おいおい、友軍同士で銃を向け合ってどうするんだ。負傷兵の一人や二人乗せてやればいいじゃないか。どうせもう過積載なんだからそれくらい増えても大した違いはないだろう」
 状況にそぐわないのんびりとした様子の声に、唖然としてアルフォンソ伍長は、声のした方に顔を向けた。そこには、30そこそこに見えるドイツ軍下士官が、サハリアーナの中央部に搭載されたブレダ20ミリ機関砲にもたれかかるように、自然な様子で立っていた。
 他のドイツ人たちから驚いたり、冷ややかな視線を向けられるなか、下士官は愛想笑いを浮かべていた。
 アルフォンソ伍長は首を傾げていた。そのドイツ軍下士官の軍装は他のものと違っていた。どうやらドイツ空軍所属のようだった。しかも搭乗員用らしい装具までつけていた。もしかすると撃墜されたか、撤退する本隊からはぐれた空軍搭乗員なのかもしれない。

 ゴーグル姿の将校は、苛立った様子でスカーフをむしりとると、サハリアーナに向き直って、下士官を睨みつけながらいった。
「空軍は黙ってろ。自分だって撃墜されたお荷物なくせに」
 苛立たしげな素顔をむき出しにしたゴーグル姿の将校は、意外なほど若かった。というよりも顔立ちからは幼さすら感じられた。ボッツァ少尉も士官学校を出たばかりの新米将校だったが、それ以上に歳若いのではないのか。
 おそらく戦時の短期教育で士官学校を卒業したばかりの将校なのだろう。ボッツァ少尉のように他に士官がいないから指揮官として祭られているだけなのではないのか。
 だが、余裕のない新米将校のようだから、ある意味において危険だった。本来であればベテランの下士官がつくべきなのだろうが、寄せ集め集団にそのようなベテラン下士官のフォローは期待できそうもなかった。

 アルフォンソ伍長は、何故か危険を感じて更に言い募ろうとするボッツァ少尉を止めようとしたが、それよりも早く少尉は口を開いていた。
「部下の非礼は詫びる。だが負傷兵の移送はなんとしても」
 やはりボッツァ少尉は最後まで言い終わることは出来なかった。

 唐突に起こった銃声に、アルフォンソ伍長達は最初は何が起こったのか分からなかった。空軍の下士官に目がいっていたのもあるが、ゴーグル姿の将校がいきなり発砲するとまでは思っていなかったからだ。
 友軍なのだから、結局最後は落とし所を見つけて和解できる。何故かそう考えていたのだ。

 次に聞こえたのは、ボッツァ少尉が倒れこむ音だった。負傷兵に肩を貸していたトーマ一等兵が、慌ててボッツァ少尉に駆け寄っていた。
 そして、トーマ一等兵が立てた音がきっかけとなって、弾けたようにロッソ上等兵とヴィオーラ一等兵のカルカノ小銃が、真っ青な顔をしたゴーグル姿の将校に向けられた。
 ゴーグル姿の将校の震える手に握りしめられたP640(b)の銃口からは、まだ白煙が上がっていた。
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