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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942エル・アラメイン砲撃戦11

 肩を落とした男達の背中が、どこまでも果てしなく続いているかのようだった。アルフォンソ伍長は自らも西に向かって歩き続けながら、呆然とその様子を眺めていた。
 西へとただひたすらに歩き続けているのは、ボッツァ少尉が指揮する小隊員達だった。より正確に言えば、小隊の残余だった。ただし、同じ方向に歩き続けているのは、アルフォンソ伍長達小隊員だけではなかった。いつの間にか、同行する他隊の兵が増えていた。

 最前線の陣地から逃れることの出来た兵たちは、意外と少なく無かったようだが、戦闘力と指揮統率を残した集団はほとんどいなかった。それが経験の少ない少尉と重火器を喪失した小銃しか持たない半壊した小隊であっても、三々五々と原隊から逸れて撤退を続ける無数の小集団に比べれば遥かにましだったのだ。
 だから、自然と小隊の周りに、他隊の兵たちが集まって来ていたのだ。ボッツァ少尉は、雑多な兵たちを四苦八苦しながら何とかまとめようとしていた。少人数で撤退した兵たちは、小銃どころか、軍衣の一部すら失っているものも少なくなかった。撤退時の戦闘に巻き込まれたのか、装具や軍衣を大きく破損させたものも多かった。

 集まってきた兵たちの原隊も、アルフォンソ伍長達のようにバヴィア歩兵師団指揮下の部隊だけではなかった。師団戦区が隣接していた第27プレシア歩兵師団の記章をつけた兵も混じっていた。
 同行する兵達の兵科は、大半は歩兵だったが、部隊からはぐれた砲兵や工兵もいたし、中には戦車兵用のつなぎを半ば脱ぎ捨てて半裸になって、慣れない徒歩行軍の連続に、辛そうな顔で歩き続けるアリエテ戦車師団の戦車兵もいた。
 彼が言うには、作戦開始前に補充によって百両以上の戦車を装備していたアリエテ戦車師団は、ドイツアフリカ軍団の2個機甲師団を、敵戦線後方に突入させるために戦線に開けられた突破口を維持するために投入されたが、少なく見ても同数の戦車を装備していたと思われる有力な戦車部隊と交戦して、壊滅的な損害を受けたらしい。
 作戦を終えたらしいドイツアフリカ軍団の2個機甲師団とリットリオ戦車師団の撤退を援護しながら、アリエテ戦車師団も陣地に展開していた各歩兵師団と歩調を合わせながら撤退を開始したが、無事に後退出来た部隊は少なく、半数以上の戦車が撃破されたようだった。
 小隊と合流した戦車兵は、戦闘で機関部にも損害を受けた戦車をだましだましながら、何とかフカまでは後退出来たが、そこで戦車は投棄するしか無かったようだ。

 最前線後方のフカは、前線が突破された際に備えるための防衛線や野戦飛行場が構築されるとともに、枢軸軍の策源地であるトブルクや遠くはなれたトリポリから移送された物資の集積地や軍兵站病院、野戦整備工場なども併設されていた。
 しかし、アリエテ戦車師団残余が到着した時には、すでに野戦整備工場などは、移送できない重機材のみが破壊された状態で残されていたほかは、すべて持ちだされて、事実上放棄された状態だったらしい。
 集積地の物資も、先行して撤退したドイツアフリカ軍団の第15、21装甲師団とリットリオ戦車師団にほとんど持ち去られてしまっていたらしい。そのかわり、軍兵站病院には、移送が間に合わなかった負傷兵が大量に残されていた。

 結局、アリエテ戦車師団残余は、残されていた僅かな燃料や、放棄せざるを得ない車両から抜き取られた燃料油を、数少ない完全稼働車両に集約させて、出来るだけ多くの負傷兵を乗せて撤退させていた。
 だが、それでも少なくない数の重傷者は移送できずに軍病院に残していくしか無かった。大半がイタリア兵である彼ら取り残された負傷兵は、追撃してくるであろう国際連盟軍に投降するしかなかった。
 また、戦車連隊や自動車化された部隊の多くも、装備車両をここで放棄せざるをえなかったから、大勢の戦車兵達も歩兵達と一緒に徒歩で撤退せざるをえなかったらしい。


 当初命令されていたエル・アラメイン後方のフカまでの撤退が、いつの間にかなし崩し的にトブルクまでの撤退命令に移行した頃から、撤退する兵達の顔ぶれが多彩なものになっていた。
 それまでは合流した兵があっても、同じパヴィア歩兵師団内の歩兵ばかりだったのだが、ほとんど補給を受けられずに素通りしたフカを通りすぎてから、他隊から撤退する様々な兵科の兵たちを見かけることが増えていた。
 しばらくは何故か理由がわからなかったのだが、撤退する他隊の兵たちから話を聞くと、だんだんと事情がわかってきていた。

 彼らの大半は、アリエテ戦車師団所属の戦車兵のように、装備を失った自動車化部隊の兵員だった。どうやら、負傷者を移送させた車両の他にも、少なくない数のイタリア軍の車両や燃料油が、撤退するドイツ軍によって徴発されてしまっていたらしい。
 後方に新たな防衛線を構築するために、戦闘力を未だ保持している部隊から優先的に撤退させるという名目で行われた徴発だったらしいが、実際には銃を手にしたドイツ軍の敗残兵に車両を奪い取られたようだ。
 それを聞くなり憤慨して、ドイツ軍を罵る兵は多かったが、もうアルフォンソ伍長達にはどうしようもなかった。徒歩で撤退を続ける彼らが、徴発した車両で走り去ったドイツ兵に追いつけるはずはなかった。
 横柄なドイツ兵たちに、うらみつらみを晴らすためにも、何とか生き残って撤退するしか無かった。

 だが、この砂漠地帯で徒歩で生き延びて撤退するのは難しそうだった。国際連盟軍の逆襲前に遭遇した、あの夜の日本軍軽戦車から押収した物資や、ボッツァ少尉が多めに陣地に集積させておいた糧食などのお陰で、アルフォンソ伍長達の状況はまだましな方だったが、食料や水が尽きたのか、街道脇で躯をさらすイタリア軍将兵の姿は珍しくなかった。
 まだ生きているものの中にも、過酷な砂漠の環境で歩き続けたことで、もはや意思が萎えたのか、街道脇に座り込んで焦点の合わない目を宙に向けた兵もいた。

 フカから撤退を始めた当初は、アルフォンソ伍長達も、そのような兵たちを励ましたり、仲間に加えようとしていたのだが、次第に彼らにも余裕がなくなっていた。
 前線陣地からの撤退開始から、一週間と経ってはいなかったはずだが、いつのまにかアルフォンソ伍長達は、どこかからとも無く現れた、ハゲタカのようなベドウィン達に、軍衣などを剥ぎ取られた味方将兵たちの無残な躯を目にしても、無関心になっていた。
 アルフォンソ伍長は、あの懐かしさすら感じさせる最前線の陣地で、日本軍の攻撃が開始されてから僅かな期間しか経っていないことに、ぼんやりとした頭で絶望を感じていた。



 国際連盟軍からの初撃は、陣地への砲撃だった。唐突に開始された感のある野砲の砲撃だったが、一部の経験の少ない兵を除いて、小隊員の大半は概ね冷静に対処していた。
 砂漠地帯に構築された陣地だから、独仏国境地帯などに築かれた永久陣地などと比べると貧弱極まりないが、一応は砲撃戦に対応した塹壕が構築されていたから、めったに発生しない直撃弾でもない限り、壕内にこもれば大半の砲撃は無力化出来るはずだ。

 唐突に発生した砲撃に戸惑いながらも、小銃手達は対砲撃用の退避壕に早々と移動していたし、小隊に配属されていた重機関銃班は、機関銃壕に据え付けられた三脚座から重機関銃本体を取り外して、退避壕に持ち込もうとしていた。
 砲撃が終われば、すぐに敵歩兵部隊や戦車が接近してくるはずだから、素早く機関銃を再配置して、小銃手も射撃壕に戻って敵部隊を迎撃するのだ。
 重量約300㎏もあるアンサルドM35、47ミリ対戦車砲だけは掩体壕に退避できないが、対戦車砲を据え付けた射撃壕は特に頑丈に構築されていたから、よほど運が悪くなければ破壊されることはないはずだった。
 それでも不安そうな目を47ミリ対戦車砲に向けながら、退避壕に避難する砲員を、アルフォンソ伍長は何故か鮮明に覚えていた。

 アルフォンソ伍長達指揮分隊は、小隊長であるボッツァ少尉と共に、最後まで射撃壕に残っていた。国際連盟軍による砲撃の状況を把握して、いち早い反撃を行うためだ。
 どのみち、駐留するだけで大量の補給物資が必要となるこの砂漠地帯では、長時間の砲撃が出来るほどの大量の弾薬が準備できるとは思えない。準備砲撃は短時間で終わるはずだ。アルフォンソ伍長達はそう考えていた。


 だが、彼らの考えは全て間違っていた。最初に気がついたのは、野砲らしき砲撃の着弾点が、陣地とは微妙にずれていた点だった。退避壕に向けて移動しようとしたアルフォンソ伍長は、陣地周辺に着弾したにしてはやけに遠い気がする着弾音に気がついていた。
 ボッツァ少尉や他の兵たちは、そのことに気がついていなかった。古参兵であるロッソ上等兵だけが怪訝そうな顔になっていた。二人は顔を見合わせると、恐る恐る壕の縁から顔を出していた。

 やはり、砲撃を行っているのは野砲らしき中口径の砲のようだった。榴弾の炸裂を見る限りでは、少なくとも100ミリを超える大口径の榴弾砲から放たれた砲弾とは思えなかった。発射点は見えないから水平線より向こう側のそれなりに遠距離から放たれているはずだが、視界内に観測手がいるらしく、着弾は正確だった。
 ただし、アルフォンソ伍長が考えたとおり、着弾点は陣地ではなかった。それよりもずっと前方に着弾していた。着弾点を確認したアルフォンソ伍長は、唖然としてそれを見つめていた。
 敵弾が着弾していたのは、ちょうど地雷原の端となる個所だった。しかも着弾は連続して発生していた。威力半径はさほど大きいものではないようだが、次々と発生する着弾による衝撃によって、埋設されていた地雷が誘爆している様子が見えていた。着弾とは微妙にずれたタイミングで爆発が発生していたのだ。
 もちろん榴弾の炸裂で飛び散った破片によって直接破壊される地雷も少なくないはずだ。これではいくら巧妙に配置されていたとしても、地雷原は無力化されてしまうのではないのか。

 アルフォンソ伍長とロッソ上等兵は、苦々しい顔になって、まだ状況がよく分かっていない様子のボッツァ少尉達に促されて退避壕に移動していた。
 入り込んだ退避壕の中は、先行していた兵たちでごった返していた。ボッツァ少尉が分隊長クラスの下士官達に説明をしているのを聞きながら、アルフォンソ伍長は、不安そうな顔を向けるロッソ上等兵と並んで、退避壕の出入口を見つめていた。
 観測していた時間は短かったから、正確には分からなかったが、着弾点が移動しているような気がしていた。単に着弾が広範囲にばらつく散布界を描いているのではなく、段々と陣地に接近しているのではないのか。
 おそらく、敵砲兵部隊は、着弾点を近接戦闘部隊の進撃速度に合わせて前進させていく移動弾幕射撃を実施しているのだろう。移動弾幕射撃は、特定の目標への射撃ではないから、着弾修正せずに、その砲の最大発射速度で連続して発砲することになる。
 だから、砲弾の消費量は極めて多いが、移動する弾幕の着弾点のすぐ後ろに戦闘部隊を前進させていけば、砲撃によって陣地が制圧されている間に、比較的安全に攻撃発起線まで接近することが出来た。
 着弾点と戦闘部隊との間隔が近いほど、陣地が無力化されている間に突入しやすくなるが、味方の砲弾に被害を受ける確率は増すことになる。だが、装甲化された部隊であれば、ある程度は砲弾の破片程度の被害は軽減できるから、相当着弾点の近くまで接近できるのではないのか。

 弾薬消費量が多いから、枢軸軍はこれまで移動弾幕射撃を実施することはほとんど無く、陣地などの重要拠点への集中射撃ばかりだった。どうやら国際連盟軍は、こちらと違って事前に十分な弾薬を集積していたようだった。
 退避壕の中にいても、砲撃が止む気配はなく、連続して着弾する様子が伺えた。

 厄介なことになった。そう考えながらアルフォンソ伍長は、苦い顔をしたロッソ上等兵を見つめた。ロッソ上等兵は、僅かに首を傾げながらいった。
「飛行機を見なかったか。陣地上空を飛行していたようだが……」

 アルフォンソ伍長とロッソ上等兵は、退避壕の出口近くに並ぶようにして座り込んでいた。二人とも当初の予想よりも陣地への砲撃は長引きそうな予感がしていた。長時間の砲撃を受けると、神経に異常をきたして、狭い退避壕の待機で強い圧迫感を受けて、砲撃が続く外へと逃げ出そうとする将兵が出るらしい。特に新兵にはそういった例が多いから、出入口近くで古参の兵が見張る必要があった。
 だから、おそらく今の会話は、砲撃の着弾音に紛れて他のものには聞こえていなかったはずだ。

 アルフォンソ伍長は、首を振りながら言った。
「着弾点に気を取られていたから……上空には目が行かなかったな。戦闘機か、それとも爆撃機か」
 ロッソ上等兵は、自信がなさそうな声でいった。
「いや、俺もちらりとしか見ていないから、機種まではわからん。だが、エンジン一基の単発機だったと思う。それに戦闘機なら一機だけで飛ばないんじゃないのか」
「つまり単発の観測機か、どっちに飛んでいた。それと国籍はわかったか」
 記憶の底から思い出すように、眉をしかめて目線を宙に向けながら、ロッソ上等兵がゆっくりといった。
「確か、主翼には赤い丸が描いてあった。進路はまっすぐに西だな。それは間違いない」
 アルフォンソ伍長は、ため息をついていた。状況は最悪だった。
「敵機は日本軍の観測機、目的は対砲兵戦……だな。鈍足の観測機が単機で陣地上空を飛行できるような制空権は敵軍にとられてるってことか」
 ロッソ上等兵も苦々しい顔で頷いていた。
「この砲撃は多分野砲だな。野砲を直協に回しても、100ミリクラスの榴弾砲はまだ残っているはずだ。その砲で日本軍は対砲兵戦をやるつもりか、それじゃあ味方の砲兵は、阻止砲撃はしてくれんだろうなぁ……待てよ、こんなに弾幕射撃を行ったら、陣地前面は砲撃痕だらけになるな。さすがに日本軍もそんなところを進撃してくるのではうまいこと行かないんじゃないのか」
 ロッソ上等兵は、少しばかり期待したような顔で言ったが、アルフォンソ伍長は、しばらく考えこんでから、着弾音が途切れた瞬間を狙って、憂鬱そうな顔で返した。
「どうかな、国際連盟軍は自動車化が進んでいる。兵隊を輸送車両に乗せてくるかもしれん。日本軍は戦車のように履帯をつけた兵員輸送車を持っていたはずだ。それなら、ある程度の荒れ地でも支障なく前進できるし、砲弾の破片位なら防いでくれるはずだ」
 それを聞いて、ロッソ上等兵は諦めたような顔でいった。
「後は神様に祈るしか無いか」


 結局、その後の戦闘の経緯は、二人が予想したとおりに進んでいた。ただし、予想したとしても、二人が何かを出来たわけではなかった。
 弾幕射撃は、地雷原を吹き飛ばして陣地群本体に達した後も、数時間は継続していた。まるで独仏国境線に強固な塹壕を築き上げていた前大戦時のような激しく、密度の高い砲撃だった。少なくとも、イタリア軍将兵の大半はそう感じていたはずだ。
 陣地前面への着弾とは、比べ物にならないほどの衝撃と轟音の連続に、古参兵すらいい加減精神が参りかけた時に、唐突に砲撃が終了した。アルフォンソ伍長とロッソ上等兵は、ボッツァ少尉の配置命令と同時に、争うようにして素早く掩蔽壕を後にしていた。
 一刻も早く陣地内の射撃壕に入って、戦闘配置に付く必要があったからだが、実際には、その時点で手遅れになっていた。

 アルフォンソ伍長の考えていたとおり、日本軍の歩兵部隊は、半装軌式の兵員輸送車両に乗車していた。やはり、ある程度の装甲は有しているらしく、制圧砲撃の間に、味方砲弾による損害も恐れずに陣地の至近距離まで接近していた。
 早くも配置についた軽機関銃が、銃座から発砲を開始したが、兵員輸送車両の側も、搭載されている重機関銃を撃ち返していた。すでに兵員は降車して散開しているらしく、そちらも軽機関銃か何かを装備しているのか、小銃の散発的な発射音と共に、リズミカルに連射する音も聞こえていた。

 陣地に侵攻してきたのは歩兵部隊だけではなかった。装甲化された歩兵部隊を支援するために、戦車部隊も少なくとも小隊規模が投入されていた。つい先ごろ見たばかりの一式中戦車が三両、兵員輸送車両の盾になるように陣地正面で砲撃を続けていた。
 だが、戦車砲は盛んに砲撃を行っていたが、数が足りないような気がしていた。確か先日は合計四両の戦車小隊が、二両ずつに分かれてお互いに支援していたはずだ。
 不思議に思って、アルフォンソ伍長が周囲を見渡すと、地雷原があった個所で擱座した戦車が見えた。あの時の九五式軽戦車のように履帯が断ち切られたように弾き飛ばされていた。陣地前面の地雷原は、徒歩での移動が困難をきたすほどに、砲弾によって耕された状態になっていたが、誘爆せずに生き残っていた地雷もあったようだ。

 よく見ると、兵員輸送車も何両かは地雷原で阻止されているようだし、あれだけ続いた砲撃による爆風にも破壊されずに残存していた鉄条網の突破に戸惑っている敵兵の姿もあった。
 緒戦では制圧射撃を受けて不利な立場に立たされたが、これなら敵軍の阻止も不可能ではないのではないのか、陣地を制圧するには、最終的に歩兵が白兵戦を行うしか無いのだから、軽装甲しかもたない兵員輸送車を優先して撃破してしまえば、敵部隊も撤退するのではないのか。
 そう進言しようとボッツァ少尉の姿を探したのだが、少尉は唖然とした顔を対戦車砲が据え付けてあった射撃壕に向けていた。発砲の手を休めて、アルフォンソ伍長も視線を追ったが、すぐに落胆の声を上げる事になった。
 小隊に配属された貴重な対戦車火器である47ミリ対戦車砲は、激しい砲撃の中で直撃を受けたのか、射撃壕ごと完全に破壊されて残骸を晒していた。対戦車戦力の中核が無力化されてしまったのでは、反撃は極端に難しくなるだろう。


 その後は、陣地内に侵入してきた日本兵との白兵戦が展開されることになった。陣地前面に砲撃にも逃れて残存していた鉄条網も、戦車の突入や投射型の爆薬筒等によって次々と無力化されていった。
 最初の攻勢こそ至近距離での必至の肉薄対戦車攻撃や、銃身が焼けつくほど猛烈な射撃によって撃退したが、完全なものではなかった。おおむね分隊ごとに分かれていた壕の一つは占拠され、指揮壕に収容したその分隊の兵たちもどこかしら負傷して、大半は戦力にならなかった。
 占拠された壕の奪還は不可能だった。小隊の戦力ではそれだけの予備兵力は抽出できなかったし、大隊の支援も望めなかった。途切れがちな無線連絡によれば、前線陣地の全面で敵の攻勢が開始されたらしく、師団の乏しい予備兵力では、すべての陣地を救援することは到底不可能だった。
 それどころか、この陣地は比較的ましな方らしく、中には早々と敵部隊の突破、占領を許した中隊もあるらしい。

 この小隊の陣地が全面崩壊するのも時間の問題だった。占拠した壕の一角に陣取った日本軍の歩兵部隊は、いまだ有力な戦力を残していた。それどころか、陣地の一角に迫撃砲を据え付けて、小規模ながら攻勢準備射撃すら開始していた。
 もしもフカまでの撤退命令が届くのが遅れていれば、小隊が全滅していてもおかしくはなかった。それに、ボッツァ少尉は、正規の命令が届くよりも前に予め撤退の準備の為に物資をまとめさせていた。
 不利な状況にもかかわらず、冷静なボッツァ少尉の声が聞こえていなければ、小隊は散り散りになって逃げ出していたかもしれないし、集積された物資、特に飲料水や携行食料がなければ、小隊員達は砂漠の真ん中で餓死していたはずだった。
 アルフォンソ伍長達は、ボッツァ少尉に感謝していた。彼らは運がよい方だった。
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