挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

78/290

1942エル・アラメイン砲撃戦8

 軍司令官山下中将率いる日本帝国陸軍北アフリカ軍は、隷下に第5、第6、第7の計3個師団に加えて、重砲兵連隊、砲兵情報連隊、高射砲連隊、輜重兵連隊などの独立連隊が軍直轄部隊として配属されていた。
 師団数だけを見れば、英第8軍隷下の各軍団と大して変わらないように見えるが、英陸軍の軍団指揮下には存在しない連隊規模かつ各兵科ごとの直轄部隊の存在や、隷下の師団そのものが主力となる歩兵乃至戦車連隊を合計4個連隊指揮下に収める大型の四単位師団であるため、英国陸軍などの三単位師団と比べると師団戦力そのものに差があることを換算すると、北アフリカ軍全体としての戦力は英国陸軍の軍団よりも格段に大きかった。
 ただし、第8軍司令部が把握している限りでは、現在アレクサンドリア郊外に展開している軍司令部の直接指揮下にあるのは、第7師団の半数と揚陸の遅れていた第6師団、重砲兵連隊などの直轄部隊の一部だけというから、おおよそ北アフリカ軍の半数に過ぎなかった。

 本来であれば北アフリカ軍の全部隊が既に前線陣地群に進出しているはずだったのだが、予備役招集の遅れや、重編成の四単位師団ゆえの重装備移送などに手間取っていたために日本本土から北アフリカまでの部隊移送に遅れが生じていたのだ。
 陣地転換の時間が迫っていたために、やむを得ず第5師団と第7師団の残余に揚陸が進んでいた若干の直轄部隊を配属させて先発させたのだが、第7師団は元々重装備の機甲化師団だったから、北アフリカ軍の半数と言っても他の軍団規模の戦力は有しているといっても良かった。元々第7師団は有事においてはあまりに規模が大きすぎることから他国の機甲師団等と同様に、分割して支隊編成で戦闘を行うことが前提だった。
 だから、先発部隊とはいっても、支隊長となる旅団長指揮下に機動歩兵、戦車各1個連隊、機動砲兵2個大隊を基幹戦力とした有力な部隊だった。

 ただし、第5師団や支隊を支援する軍直轄部隊は、どこかちぐはぐさを感じさせるものだった。重装備の機材を多数有する重砲兵連隊が荷役の遅れから後方の軍司令部指揮下に留まっているのに、これを支援するはずの砲兵情報連隊だけが先発隊に随伴していたのだ。
 標定用の聴音機や電波警戒機を備えているとはいえ、砲兵情報連隊は装甲兵車や自動貨車を大量に装備した自走車化部隊だったから、展開速度は重砲兵連隊よりも格段に高かったのだ。

 分割して先発しているのは、直接戦力となる部隊ばかりではなかった。北アフリカ軍司令部の要員も、アレクサンドリアに留まる軍司令官に直率するものと先発する部隊に同行するものに分かれていた。
 そして、北アフリカ軍司令部の作戦参謀である辻井中佐は、先発隊に同行する軍司令部要員の中で最上位の階級にあった。ただし、第7師団の先発支隊は少将たる旅団長が指揮をとっていたし、第5師団は当然師団長が直率していた。
 だから常識的には先発隊は、軍司令部の直接指揮が不可能である場合は、最上級者である第5師団長が代理指揮官となるはずだった。

 だが、上陸専門部隊であるため軽量級の第5師団は、師団司令部の陣容も他師団と比べれば貧弱で、第5師団長である早見中将もどこか流されやすい性格をしていた。
 だから、敵陣地に対する威力偵察を実施するという辻井中佐の威勢のよい案を、流されるままに受け入れてしまったのではないのか。
 そして、次席指揮官であるはずの第7師団先発支隊を率いる戦車旅団長は、旧騎兵科出身者の運動戦指向の強い指揮官だった。辻井中佐とも懇意だと聞くから、陣地防衛よりも、敵陣を把握する積極策にはあっさりと賛成してしまったのではないのか。


 こうして辻井中佐が作戦指導する形で、第5、第7の両師団に所属する捜索連隊を用いた威力偵察が実施されていた。もちろん形式的には先任指揮官の早見中将の命令と第7師団支隊への要請という形をとっていた。
 この行動が開始されるまで北アフリカ軍司令部は、関与どころか知りもしなかったようだが、奇妙なことに上級司令部の第8軍司令部には、直前ではあったが、予め作戦行動の概要が知らされていた。
 しかも、第8軍司令部、というよりも第8軍司令官モントゴメリー中将はこの作戦行動を中止させることが可能であったはずだったが、そのような措置が取られた形跡はなかった。

 小野田少佐は、もしかするとこの威力偵察は、モントゴメリー中将の黙認、あるいは積極的な関与があったのではないかと内心では疑っていた。
 実は、先発隊の移動に伴って、第8軍司令部に辻井中佐達先発隊同行の北アフリカ軍参謀たちが連絡と挨拶の為に訪れていたのだが、その時に何故か辻井中佐とモントゴメリー中将はふたりきりで話し合っていたのだ。
 その時、二人が何を話し合っていたのかはよくわからない。しかし、初対面であったはずの二人が、別れるときはやけに親密気な様子だったのは小野田少佐の印象に残っていた。

 辻井中佐は、歩兵科将校達から嫌悪感を抱かれながらも、統制派重鎮や旧騎兵科の第7師団戦車旅団長と懇意であったりと、元々毀誉褒貶相半ばする人物だったから、その評価は極端だった。同期に近い歩兵科将校の中には、会えば斬るとまで公言するほど辻井中佐を嫌うものも少なくないらしいが、逆に奇妙なほど高く評価する高級将校がいるのも事実だった。それに士官学校の生徒隊中隊長を務めるなど後進の育成にも熱心で、高級参謀であるにも拘らず最前線の兵達の間にも率先して赴いていることなどから、下級将校や兵、下士官からの信頼は厚かった。
 今回の威力偵察でも後方の師団、支隊の司令部ではなく、捜索連隊の前線司令部まで顔を出していたらしいとの話も聞いていた。

 万事において慎重なモントゴメリー中将と、積極的な運動戦を好む辻井中佐では全く性格が異なるような気がするのだが、同族嫌悪という言葉もあるくらいだから、自分とは正反対の中佐をモントゴメリー中将が気に入っていたのかもしれなかった。


 威力偵察は、かなり大規模なものだった。第5師団の捜索第5連隊は、九五式軽戦車装備の2個小隊からなる軽戦車1個中隊と一式半装軌装甲兵車などを装備する乗車中隊2個を基幹とする、機械化はされているが、小規模な部隊だった。
 しかし、第7師団支隊に配属されていた捜索第7連隊は、機甲師団の先鋒として敵主力への威力偵察を実施すること前提としているから、3個小隊編成の軽戦車3個中隊と乗車中隊に加えて、一式中戦車、一式砲戦車を装備する戦車中隊をも指揮下に収める大規模な編制をとっていた。
 連隊長も捜索第5連隊は少佐、捜索第7連隊は大佐が充てられていたら、同じ捜索連隊でも部隊としての格が異なっていた。
 ただし、装備する主力車両は、どちらの連隊も今となっては旧式で軽装甲の九五式軽戦車だから、敵主力との積極的な戦闘に投入するのは難しかった。より急務である中戦車の開発が優先された結果、このような偵察専門部隊に配備するはずの九五軽戦車の後継は、いつまでたっても試作止まりで制式採用される気配はなかった。
 むしろ、最近では、同程度の最高速度を発揮できる一式中戦車の捜索連隊への配備を求める声が高くなっていた。本格的な威力偵察を実施するのには、正規の戦車連隊に配備される戦車と同程度の火力が不可欠だったのだ。
 おそらく噂される新型中戦車の配備に前後して、捜索第7連隊などの機甲化師団の捜索連隊には、九五式軽戦車の代替として一式中戦車の本格的な配備が開始されるはずだった。

 だが、今回の威力偵察に投入された2個の捜索連隊は、速力に優れるが装甲、火力に乏しい九五式軽戦車に支援された乗車中隊に過ぎなかった。いくつかの部隊は敵陣地群の隙間を縫うようにして敵後方へ進出、補給線への一時的な圧迫にまで成功したものもあったようだが、敵陣地の火力や地雷によって撃破された車両もあったようだ。
 そして、その大規模威力偵察から一昼夜も過ぎないうちに、枢軸軍の大規模な攻勢が開始されたのだ。
 これでは第8軍司令部では無くとも、日本軍の威力偵察が枢軸軍の行動を決意させたのではないかと疑うのも無理はなかった。


 混乱した声が行き交っていた第8軍司令部の幕舎に唐突に沈黙が訪れていた。小野田少佐が顔を上げるよりも早く、司令部付先任下士官の声が響いた。
 古参の下士官にしか出せないよく通る号令に、小野田少佐だけではなく司令部要員の全員が反射的に立ち上がるなか、不機嫌そうな顔のモントゴメリー中将が大股で幕舎に入ってきた。
 普段から毒舌で皮肉屋のモントゴメリー中将は、英国国教会牧師の息子に生まれたというのが信じられない程に、傲慢で自信過剰なところがあった。それがさらに不機嫌そうな顔をしているものだから、少なくない参謀たちが恐ろしげに顔を背けていた。

 モントゴメリー中将は将校、下士官兵の区別なく規律を重んじさせ、厳格な態度で接したが、貴族出身者が多い英国陸軍将官には珍しいほどに下士官兵達の間にも別け隔てなく入り込んで、最下級の兵たちとも頻繁に言葉を交わし合う姿は、ある意味で辻井中佐に似ているところがあった。
 だから、拙速を避けて、慎重な作戦を好むことからも、下士官兵からの人気は決して低くは無かったが、高級将校達からは疎んじられていた。

 不機嫌そうな顔を隠そうともせずに、モントゴメリー中将は第8軍司令部の参謀たちを睨みつけるように見渡してから、ボソリとつぶやくように短く状況を報告するようにいった。
 しばらくは司令部参謀たちは目線で発言者を押し付けあったが、参謀長が意を決したように始めた。
「前線を突破した敵軍はドイツアフリカ軍団の第15、21の2個装甲師団であると思われます。他にイタリア、ドイツの3個師団程度が前線突破口の確保任務に投入されているようですが、捕虜が取れていないために状況は不明です」
 参謀長に押されてか他の参謀たちも次々と発言を始めたが、その内容は何時間も前の情報をひっくり返しただけの空疎なものも少なくなかった。
 また、混乱した状況を表しているのか、参謀たちが独自に情報を解釈した様子はなかった。それに航空偵察情報も殆どなかった。長距離飛行専門の司令部偵察機はともかく、小回りの効く軍偵察機や直協機は既に上がっているはずだが、混乱しているのは司令部ばかりではないのかもしれなかった。

 最初の発言からしばらくは他の参謀たちに説明を任せていた参謀長が、傍観者然として我関せずと言わんばかりの表情をした小野田少佐を、ちらりと忌々しそうな顔で見てから、深刻そうな顔でいった。
「この攻勢は戦線南方での稚拙な威力偵察がきっかけになった可能性が高いかと。あの行動で我が軍の攻勢が近いとロンメルが確信を抱いて先制攻撃に出たと思われますが」
 言い終わると参謀長は、モントゴメリー中将の顔を見つめたが、一瞬面食らったような表情を浮かべた。
 モントゴメリー中将は、不自然に視線を逸らしていた。しかも不機嫌そうな顔が、崩れかけて焦ったような顔になったが、周囲からの視線に我に返ると、わざとらしく咳をつくと、しかめっ面になって言った。
「あれは、我が軍の攻勢を控えているなか第10軍団を配置した戦線北方の主攻軸から視線をそらす陽動作戦の意味もあった。事実ドイツ軍の目は南方に注がれているのではないのか」
 参謀たちは、どこか白けた顔になっていた。あの威力偵察がモントゴメリー中将の命令、あるいは示唆によるものだとすれば、これ以上追求するわけにはいかなかったからだ。
 小野田少佐は、モントゴメリー中将も辻井中佐の口車に乗ってしまって、威力偵察の許可を出してしまったものだから、後に引っ込めなくなってしまったのではないかと考えていたが、それ以上何かを言うつもりはなかった。


「それよりも各軍団からの報告は上がっているのか」
 再び不機嫌そうな顔になったモントゴメリー中将がそう言うと、慌てたように通信参謀が用紙に視線を向けながら言った。
「第30軍団司令部より、第2ニュージーランド師団の後退許可を求める通信が先ほど入りました。敵突破口の拡大を図る敵ドイツ軍師団の圧力は強まっているとの報告です。ニュージーランド師団は、敗走した第58師団に巻き込まれて防衛戦闘がうまく行っていないとのこと」
「要請は却下する」
 間髪を入れずにモントゴメリー中将は言うと、幕舎中央の卓上に広げられた地図に置かれた各師団を示す駒を眺めながら続けた。
「第30軍団及び第2ニュージーランド師団に下命、師団の現在の陣地からの撤退は厳禁する。第2ニュージーランド師団は、第58師団残余を陣地に収容しつつ、陣地の防衛に専念せよ。絶対に敵突破口の拡大を許すな。それと……突破口北方の第2ニュージーランド師団は分かったが、突破口の南方に展開している師団はどれだ」
 第8軍司令部の参謀たちが答える前に、小野田少佐が淡々とした表情で言った。
「我が日本陸軍の第5師団です。そのさらに南方に第7師団先遣支隊が展開中。こちらにはイタリア軍2個師団程度、おそらくアリエテ、リットリオの2個戦車師団が圧力をかけてきています。なお、第7師団先遣支隊は敵陣地のイタリア軍パヴィア歩兵師団と対峙中ですが、戦車連隊及び捜索連隊から戦力を抽出、第5師団の増援として北上させているとの連絡が入ってきております」
 モントゴメリー中将は、興味深そうな顔で小野田少佐の方を向いて頷いた。
「日本軍第5師団は陣地を維持できそうか。対峙する戦力は師団数で言えば倍に相当するはずだが。最新の偵察情報では、アリエテ、リットリオの2個戦車師団は、定数近くまで戦力を補充していたのではないかな」
 小野田少佐は、やや首を傾げながら言った。
「敵戦車は2個戦車師団合計で約300両弱と見積もられていますが、可動の車両はその七割程度と考えられます。それでも我が方の戦車の倍の数となりますが、戦車の性能、練度では優位にあります。また、敵イタリア軍戦車師団は、歩兵連隊各1個と戦車連隊1個の2個連隊を中核とする比較的小規模な部隊ですから、戦車さえ押さえ込めれば、阻止は難しくない……とこちらは第5師団の早見中将の判断です」
 モントゴメリー中将は、満足そうに頷いていた。
「よろしい。一応、日本軍第5師団にも陣地の固守を命じておくように。ともかく敵突破口の拡大だけは阻止しろ。なんとしても前線の崩壊は避けるように。第2ニュージーランド師団は第58師団の残余部隊で補強しろ」

 モントゴメリー中将が言い終わるのを待って、参謀長がおずおずといった。
「突破口の手当はそれで良いとしても、前線を突破した敵機甲師団はどうされますか。ロンメルのアフリカ軍団に我が軍を迂回されてアレクサンドリアに向かわれるとエジプトは崩壊しまいます。もしくは北上されて我が第10軍団の後背を突かれる可能性もあります。第10軍団を反転させるのであれば急ぎませんといけません」
「第10軍団の移動は禁ずる。あるいはドイツ軍の狙いは、我軍の反応を誘って攻勢を遅らせるつもりかもしれんからな。第10軍団は、現在地からの砲兵射撃のみ許可する。それとアレクサンドリアの日本軍残余を第44歩兵師団の陣地まで前進させろ。第44歩兵師団は変則的だが山下中将の指揮下に入れる。この日本軍団でドイツアフリカ軍団のアレクサンドリア突入を阻止させる。それと第8軍司令部の防衛もだ」
 モントゴメリー中将が確信有りげに言ったが、参謀長は眉をしかめた。
「それですと、敵機甲師団はこちらを無視して我軍主力の後背をついて連絡線を絶とうとするかもしれません。アフリカ軍団の機動を阻止できない以上、次期攻勢作戦の遅延を覚悟の上で第10軍団を反転させて対応させるべきではないでしょうか」
 更に言いつのる参謀長を、モントゴメリー中将は鬱陶しげに手を振って黙らせた。
「敵部隊に馬鹿正直にこちらの主力を当てるのでは、損害が大きすぎる。第10軍団の補充にはさらに時間がかかるぞ。それに、機動戦になれば、動きの鈍いこちらの不利だ。敵の機動力には火力で対抗する。こちらの最大火力を叩きつけるぞ」
 そう言うと、モントゴメリー中将は、小野田少佐の方を見つめていた。嫌な予感がして、小野田少佐が振り返ると、海軍から派遣された同僚の連絡将校である笠原大尉が怪訝そうな顔をしていた。
 小野田少佐と、笠原大尉は、しばらく無言のまま顔を見合わせていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ