挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
70/252

1942東京―ローマ14

 夕陽は既に落ちかけていた。仕事帰りなのだろう、行き交う人々もいつの間にか増えていた。しかし、店の奥から親父が調理作業を行っている気配は伝わってきたが、他の客が現れる様子はなかった。
 人通りは少なくないのに、何故かこの店には閑散とした雰囲気が漂っていた。

 ボンディーノ大佐と男は、無言のままテーブルを挟んで向き合っていた。
 結局、ボンディーノ大佐は、バルボ元帥から、カステッラーノ准将の同行を依頼された後すぐに、元帥宅を辞していた。チアーノ伯は不満そうだったが、バルボ元帥は電話番号のメモを渡して、決断したら連絡して欲しいと言っただけだった。
 チアーノ伯の言ったとおりに危機管理としては危険極まりないやり方だったが、バルボ元帥にためらうところはなかったようだ。それがボンディーノ大佐を信頼していたからなのか、それとも何らかの方法で大佐を監視しているからなのかはよく分からなかった。

 一瞬だけ目の前の男が監視役なのではないかとも考えたが、そうのような任務を帯びた監視役が自ら姿を表すはずもなかった。それに男には監視役という言葉から想像される陰湿さが全く感じられなかった。
 男は、笑みを張り付かせたまま、じっとボンディーノ大佐を見つめていたが、押し黙ったままの大佐の様子に飽いたのか、質問を繰り返していた。
「大佐は、バルボ元帥の終戦工作に積極的に加わりたくないように思えますが、それは何故でしょうか?大佐は現在のイタリア政権に対して、強い不満を抱いているようです。それに最前線で戦う兵士たちの状況も聞き及んだはずです。
 失礼ですが、大佐の性格からすれば、強引にでも、終戦工作に即座に参加してもおかしくないとおもうのですが」
 ボンディーノ大佐は、無遠慮な男の顔をじろりと睨みつけてから、目をつぶって腕組みをしていた。まるで、そのまま眠り込みそうだったが、眉をつよくひそめているものだから、ひどく物騒な顔になっていた。
 そのままボンディーノ大佐は考え込んでいた。その様子に気がついたのか、男も大佐を促すようなことはなく、黙って待っていた。


 しばらくしてから、ボンディーノ大佐は、似合わないほど訥々とした口調で喋り始めていた。そうやって一つ一つ言葉を選びながらでないと考えがまとまりきれなかったのだ。
 それほどボンディーノ大佐にとってこれは重要な問題だったのだ。
「確かに、この戦争の終戦工作を行うことそのものには、完全に同意できる。このような戦争はイタリアにとって無益だ。早急に停戦しなければならない。
 しかし、それがファシスト党の幹部であるバルボ元帥や、チアーノ伯を中心としたグループによるものでは、世論の同意を得られないのではないのか。さっき貴様も、今日の昼間に、通りで抗議があったと言っていたが、おおよその世論は反ファシストで固まりつつあるのではないのか。
 そのような状況で、バルボ元帥達が統帥に反対しても、ファシスト党の内紛としか受け取られないのではないのか。
 いや、それだけならばよいが、バルボ元帥達の運動に、軍が積極的に関与した場合、ファシスト党の内部抗争に軍も加わったとして、ファシスト党と軍が国民から同一視される危険性もあるのではないのか」

 口調は訥々としたものだったが、一度しゃべりだすと、言葉が途切れることはなかった。ボンディーノ大佐にとって、男に反論するためだけにしゃべっているだけではなかった。
 今になって、今日、一気に流入した情報が分析されて、自分なりの解釈として具体性を持ち始めていたのだ。そのような新たな情報を元にしているから、言葉を選ぶようになっていたのかもしれない。
 だが、ボンディーノ大佐にはそのような自覚はなかった。ただ自分の判断を誰かに伝えておきたい。それだけで口を開いていた。
 男は口を挟むこと無く、黙って聞いていた。笑みを浮かべた顔のまま、相手を促すだけだった。それにつられてか、ボンディーノ大佐は言葉を連ねていた。


「問題は他にもある。バルボ元帥達は、統帥の現政権を失脚させるつもりのようだが、合法的に統帥を首相の座から解任させることは難しいのではないのか、確かにイタリア軍にとって現在の状況は芳しくはない。兵站線は貧弱極まりないものだし、損耗した航空機などの補充も滞っているとも聞いている。
 我が海軍にしても、当座の戦局に影響が出ない大型艦の整備を後回しにすることで、かろうじて北アフリカに向かう船団に随伴する護衛艦艇を捻出しているほどだ。
 しかし、そのような軍内部の悲惨な状況は、国民の目に直に触れることはないはずだ。今のところ我軍の戦場は本国から遠くはなれているから、軍や政府の検閲を受けた報道によるものしか、一般の国民は情報を得られないからだ。
 そのうえ、東部戦線ではスターリングラードとかいう都市を回る攻防戦で苦境に立っているということだが、戦地の我が陸軍は、戦線全体で見れば必ずしも敗北をきたしていない。戦術的には損害は少なく無いと言わざるをえないが、戦列を組むドイツ軍によって戦線の綻びは繕われているからだ。
 長く続く戦争に嫌気を指しているものは少なく無いだろうが、それが現政権の不満以上のものになるとは思えない。内情はともかく表面的には我軍はまだ決定的な敗退をしていないことになる」

 言い終わると、ボンディーノ大佐は苦虫を噛み潰したような顔になっていた。無益な戦争を止めようとしているはずなのに、そのきっかけに兵たちの犠牲を伴う大敗北が前提となるという矛盾に気がついていたからだ。
 しかし、検閲された報道でしか前線の現状を知らない国民が真剣な危機感を抱くには、ファシスト党秘密警察などの各種検閲機関をくぐり抜けて、全土に広がるほどの大規模で正確な報道が可能な地下組織を編制するか、あるいは検閲を行っても隠し得ないほどの敗北が必要だった。


 ボンディーノ大佐はむっつりとした顔で押し黙っていた。対する男も何も言わずに座っていたが、妙に期待したような顔で、大佐から視線をそらして、店の奥を見ていた。
 男の様子に気がついたボンディーノ大佐が、怪訝そうな顔で振り返る前に、香ばしい匂いがただよってきた。
 いつの間にか店の親父によって、テーブルの上に湯気を立てたチーズクリームソースがかけられたニョッキの皿が置かれていた。自分の前に置かれた冷めかけたポレンタと比べるまでもなかった。とても同じ人間が作ったものとは思えなかった。
 というよりも、料理人の腕や情熱と言ったものだけではない差が両者にはあるのではないのか。

 ボンディーノ大佐が、物言いたげな顔で店の親父を見つめると、親父は、苦笑しながらもごもごと言い訳をした。
「ウチはこっちのほうが得意でね。なんとか小麦粉だけはまともなものを手に入れているんだ。トウモロコシの方は、最近は何年前の倉庫品かわからん配給品しか手にはいらんのだが……」
 そう言うと、店の親父はそそくさとまた奥へと引っ込んでしまっていた。ザンポーネを茹で上げるにはまだ時間がかかるのだろう。そういえばかすかに肉の匂いもしてきたような気がした。

 ボンディーノ大佐は、ぼんやりと目の前の更にまだ残っている酷いトウモロコシから作られたポレンタを眺めていた。
 なぜだかはよくわからないが、なにか自分がとてつもない勘違いしていたような気がしていた。


 ぼんやりとしたボンディーノ大佐に気がついているのかいないのか、男は笑みを浮かべたままニョッキの皿に手を伸ばしていた。そして淡々とした、何でもないかのような口調で言った。
「大佐は何か勘違いをしておられるようです。終戦工作の中心となっているのは、バルボ元帥ではありませんよ」
 男は平然といったが、ボンディーノ大佐は、ぎょっとして思わず男の顔を見つめていた。
「貴様……何を知っているんだ」
 ボンディーノ大佐の剣呑な様子を気にする様子もなく、男はやはり平然とした口調で続けた。
「大佐も気がついているのではないですか、ファシスト党の重鎮であるバルボ元帥は、まとめ役に過ぎません。本当のリーダーは別に存在しますよ。
 奇妙だとは思いませんか、バルボ元帥やチアーノ伯に簡単に陸海軍の高級参謀達が従ったりするでしょうか。それに、ファシスト党内部でムッソリーニを統帥の座から引き釣り下ろしたとしても、それは公的な意味を持ちません。ファシスト党が出来るのは、統帥権を国王に返還することをムッソリーニに求めることだけでしょう。
 しかし、首相の職務から彼を解任できるのはイタリア国王ただ一人なのです。首相の地位は、内実はどうあれ、形式的には国家元首たる国王だけが任命できる親補職ですからね」

 ボンディーノ大佐は、不機嫌そうな顔でいった。
「つまり、王宮にも協力者がいるということか、たしか今の宮内大臣は……アックロワーネ公だったかな」
「アックロワーネ公もこの件に関わっているのは確かなようです。しかし、宮内大臣のアックロワーネ公では、外務大臣のチアーノ伯はともかく、空軍とファイスト党内部に隠然たる勢力を持つバルボ元帥を抑えきることなど出来ませんよ」
 そう言われると、ボンディーノ大佐は唸り声を上げて、腕組みをしていた。何となく男が誰のことを示しているのかがわかったのだが、自分からいう気にはなかなかなれなかったのだ。
「大物のバルボ元帥を抑えこむことが出来て、なおかつ王宮内部にも勢力を持つ。さらに陸海軍の首脳部にも影響をおよぼすことが出来る人物……ボンディーノ大佐も既にお気付きになっておられるのでしょう」
 意味ありげな視線を向ける男を睨みつけながら、ボンディーノ大佐は諦めたような声でいった。
「マリーア海軍中将、いや……ウンベルト皇太子殿下か」
 意を決していったボンディーノ大佐に対して、男は当然のような顔で頷いていた。


 確かに、宮内大臣に加えて三軍、さらにはファシスト党の重鎮にまで影響力を及ぼすことの出来る人間は、限られていた。それに該当する人物は一人しか居なかった。それが、かつてのボンディーノ大佐の上司でもある、ウンベルト皇太子だった。
 第一王位継承者である皇太子であるのだから、当然宮廷内での影響力は絶大なものがあった。だから、宮内大臣のアックロワーネ公を動かすことは難しくないはずだ。しかも、昨年度のマダパン岬沖海戦以後は、海軍最高司令部勤務となって首都ローマに転属していたから、組織を編成する時間もあったのではないのか。

 たしか、ウンベルト皇太子は、妻であるベルギー公女マリア=ジョゼの影響のせいかファシストを嫌悪していたはずだった。だが、その一方で名家の出で、ムッソリーニの女婿であるチアーノ伯とは懇意にしていたはずだった。チアーノ伯の紹介でバルボ元帥とも前々から面識くらいはあったのではないのか。
 だから、ウンベルト皇太子であれば、宮廷、軍に加えて、ファシスト党穏健派をも集合した組織をつくり上げることが出来たはずだった。

 ただし、何事も慎重にあたるウンベルト皇太子が、積極的に政府首脳の退陣を目的とした組織の編成を始めたとは思えなかった。性格や気質だけではなく、王室の、それも次代の国王にあたる人間が、独自の政治活動を軽々に行うのは不自然だったからだ。
 実際には、ファシスト党や空軍内部以外に有力な協力者を欠くバルボ元帥などが、ウンベルト皇太子を旗印として担ぎ上げようとしているのではないのか。
 マダパン岬沖海戦において艦隊を率いて戦ったウンベルト皇太子の人気は、海軍内部のみならず、一般国民に対しても絶大なものがあった。政治の表舞台から遠ざかっていたバルボ元帥などよりも、ムッソリーニと対峙した時の、国民の支持は大きいのではないのか。

 もちろん、実際には最終段階までウンベルト皇太子の存在は伏せられているのではないのか。皇太子が早々と動きを見せては、下手をすると追い詰められたムッソリーニ陣営が、王室に対して害意を抱く可能性もあるし、強攻策でなかったとしても何らかの対策を撃ってくる可能性は少なく無いだろう。
 だから、表向きはバルボ元帥が反ムッソリーニ陣営の首魁となっているのではないのか。
 ただし、ファシスト党幹部であるバルボ元帥に、反ファシスト的な思想の強い陸海軍の最高司令部勤務の参謀が従っている様子を見ると、軍上層部にはウンベルト皇太子の意向は間違いなく伝わっているはずだ。


 ボンディーノ大佐は、考えがまとまらずに思わず唸り声をあげていた。男が、美味そうにニョッキを口にしながら、ぼそりといったのはその時だった。
「おそらく次の戦場は北アフリカ、エル・アラメインになるでしょう。そして、枢軸軍は大きな損害を受けて敗退するはずです。エル・アラメインの戦闘の敗北が、長く続く苦闘の始まりとなるのです」
 ぎくりとして、ボンディーノ大佐は顔を上げて、男の顔をまじまじと見つめていた。
「エル……その何とかという北アフリカの土地が要地となるというのか。それに枢軸軍が敗北するだと、東部戦線ではなく、北アフリカ戦線が初端となるというのか」
「エル・アラメインです。近いうちに枢軸軍の方から戦端を開くはずですよ。とにかく枢軸軍の方が陣地戦よりも運動戦志向ですから。
 ですが、この時点で枢軸軍と英国を主力とした国際連盟軍との間には、継戦能力や補給態勢の面で大きな差が出ています。おそらく枢軸軍は弾薬などの物資集積量の違いから、最終的には敗北することになるでしょう」

 淡々と続ける男を、唖然として見ながら、ボンディーノ大佐は口を挟むことなく聞いてきた。明らかにイタリアの敗戦を予見しているにもかかわらず、男に反発する気は起きなかった。男の言葉が事実であると、何故かボンディーノ大佐は、段々とそう受け止めて始めていたからだ。

「本来の歴史では、英領エジプトに深く侵攻した状態で決定的な敗北を喫した枢軸軍は、一気に撤退に転じます。対する英軍が慎重な行動をとったことから戦力の温存には成功しますが、機動力の低い部隊は大部分が取り残されることになります。
 そして最終的に北アフリカ戦線に勝利した英軍はイタリア本土、シチリア島へと侵攻します。それが引き金となって、イタリア首脳部は統領ムッソリーニを排除して単独講和を決意します」

 本来の歴史とは一体何のことなのか、混乱してもおかしくない話だったが、ボンディーノ大佐は、何故か冷静に男の話を聞いていた。それが実際に有り得そうな話だからなのか、それとも他に何か理由があるのかは分からなかったが、そのことを不自然に思う余裕もなかった。
 ボンディーノ大佐は、男の話にのめり込んでいた。必至で状況を想像しながら、息を吐きながらいった。
「イタリアは敗北する……ということか、単独講和といっても、シチリア島を占領された状態では、実質上の敗戦になるんじゃないのか」
 だが、男は無言のままボンディーノ大佐の顔を冷ややかな目で見つめていた。
「講和は単純にイタリアの敗戦となるわけではありません。むしろ、英国などとの講和は内戦の始まりを意味するのです」
「内戦……だと。イタリア人同士で戦うというのか?」
 すぐには意味が理解できなかった。何故イタリアの単独講和が内戦につながっていくのか。むしろ隣国であり、それまでの友軍であったドイツ軍との戦闘が始まるのではないのか、そう考えていたからだ。

「このとき、イタリアはムッソリーニの排除には成功しますが、ファシスト党の下部組織には十分な勢力が残った状態になります。また英国などとの意思疎通が不十分な状態で、単独講和を一方的に国際社会全体に公表されたものですから、ドイツの干渉を受けたイタリアは、北部をドイツに占拠され、救出されたムッソリーニを首魁とするイタリア共和国がドイツの傀儡として成立してしまいます。
 それからドイツ敗戦までの数年間、イタリアは南北に別れて、英独などと共に半島を舞台とした内戦を戦っていくことになります。この戦闘の影響は長く続くことになります。国土は疲弊し、国民の間には根強い対立が残ることになります。
 そして、ドイツの敗戦は、やはりこの内戦の集結を意味しないでしょう。敗北したファシスト側の構成員に対して、それまで抑圧されていたレジスタンスたちが復讐に走るからです。
 結局、ドイツが敗北した後も、何万人もの元ファシスト党員達が、レジスタンスの手によって殺害されることになるのです。当然、この憎しみは世代を超えて受け継がれて、国民の間に拭い切れない不信感を植え付けることになるのです」
 ボンディーノ大佐は瞬きも忘れて、表情を凍りつかせながら、男の声を聞いていた。目の前にいるのに、どこか遠くから聞こえてくるようにも感じる男の声は、大佐にとって予言にも等しくなっていた。おそらく手をこまねいていれば、それが真実となるのだろう。そう強く感じていた。

 おそるおそるボンディーノ大佐はいった。
「その……内戦を回避する方法は無いのだろうか」
 男はそれを聞いて首を傾げていた。男はしばらく無言のまま考え込んでいた。ボンディーノ大佐は、段々と不安になって、男に声をかけるべきか否か迷っていた。催促する言葉がのどの奥まで出かかったが、躊躇して言葉を飲み込んでいる間に、男が大佐に向き直っていた。
 いつの間にか男の顔から笑みが消えて、表情が抜け落ちていた。
「正直に言いましょう。バルボ元帥や皇太子の反ムッソリーニ陣営への参加によって、単独講和への流れは加速されつつあります。それによって正確な未来を予測することがだいぶ困難になっています。
 強力なドイツ軍の介入によってイタリア全土が制圧されるかもしれませんし、逆に国際連盟軍の手でローマが早々と解放されるかもしれません。
 ただし、単独講和の為の交渉の開始は、早ければ早いほど、その後のイタリアの損害を、最小化させることが出来るということだけは確実なはずです。ドイツ軍にイタリア半島をまたぐ堅甲な防衛線を構築する余裕を与え、同時にファシスト党と反ファシスト側との内戦を開始することになった理由は、突き詰めて言えば英国など敵国との意思疎通を欠いたこと、国内諸機関の講和に関する意識の統一を怠ったこと、この二点だと言えるでしょうから」


 ボンディーノ大佐は、それを聞いて再び苦々しい表情になりながら、腕を組んで考え始めていた。
「ともかく統領相手にせよ日英相手にせよ行動を始めなければ何も進展しない、ということか……」
 深く考えこむように眉間にしわを寄せたボンディーノ大佐を、男は再びぼんやりとした笑みを浮かべながらみていた。

 店の親父が、湯気の立った平皿を持ってきたのはその時だった。無遠慮にテーブルの上に置かれた皿には、程よく厚めに切られたザンポーネが載せられていた。
 白っぽい豚皮の中から、赤みのかかったミンチ肉が姿をのぞかせていた。皿にはたっぷりとした肉汁が溢れ出ていた。
 ただし、皿の上のザンポーネは、まるごと一本というわけでは無さそうだった。ザンポーネは、豚の足から骨を取り除いて空いた空間に豚のミンチ肉を詰めあわせた肉料理だが、目の前の皿には足の爪の部分が見えなかった。
 皿の上の量から見ても成獣の足一本分とは思えなかった。おそらくあと半分は調理用の鍋の中に残っているはずだ。

 そのことに気がつくと、いつの間にかボンディーノ大佐は腕組みをやめて、ごくりと喉を鳴らしていた。
 店の親父もボンディーノ大佐の様子に気がついたのか、興味深けな顔で見ていた。
 そして、ボンディーノ大佐を促すかのように男が言った。
「アジアの古い格言にこのようなものがあるそうですよ。「腹が減っては戦が出来ぬ」と」

 ボンディーノ大佐は、それを聞くなり、深く何度も頷いていた。
「なるほどな……何をするにせよ飯を食わなければ、人間行きて行けぬからな。全くもって至言だ。親父、俺にも同じものをくれ。それと電話を借りるぞ」
 ボンディーノ大佐は、勢い良くそう言うと、いきなり威勢の良くなった大佐に、目を白黒させながらも電話のある店の奥を指さした親父を半ば無視するように、バルボ元帥宅の電話番号が書き込まれたメモを手にしながら、ドタドタと突進していった。
 男は、そんなボンディーノ大佐の後ろ姿を面白そうな顔で見つめていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ