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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942東京―ローマ7

 遣欧艦隊司令部要員の顔に浮かんでいるのは、ほとんどが不信感だった。
 本当に第1艦隊を半ば無力化しても遣欧艦隊を強化する必要性はあるのか、あるいは国防態勢に大穴を開けてまで英国他の欧州諸国を救援しなければならないのか、そのように考えているものが多かったのではないのか。

 そのような雰囲気を感じたのか、塩沢大将は、言葉を選ぶようにしながらいった。
「現時点において、アメリカ海軍、というよりもはアメリカ政府、いやこれも違うな……アメリカ国民が形成する世論が、我が帝国との戦争を臨む可能性は極めて低い。これが統合参謀部の見解であると考えてもらいたい」

 世論というあまり聞き慣れない言葉に戸惑いながら、遣欧艦隊司令部要員は顔を見合わせ合っていた。
 村松少佐も首を傾げていたが、末席の田中秘書官が軽く手を上げているのに気がついて怪訝な顔を向けた。

 すぐに、永田大将が頷くと発言を許可した。田中秘書官は、頭を下げながら立ち上がっていった。
「ありがとうございます、総長。さて、参考として、私から政府が把握している米国の外交関係情報をお伝えいたします」
 そう言いながら、田中秘書官は手元の書類を参照しながら続けた。
 その様子からすると、今回の会議には元々このような説明のために参加していたかのようだった。

「先ほどの塩沢提督のお話は本当のことです。アメリカ合衆国では、我が帝国と比べても議会の権限が強いのですが、言い換えればその議員を選出する各州の世論を国家元首たる大統領でも無視できないということになります。
 それでその世論なのですが、東部諸州の強硬派など一部を除くと、概ね先の欧州大戦同様にいわゆるモンロー主義に従ってアメリカ大陸以外の戦争への介入を否定するものが大部分であるようです。
 特に、前世紀末のハワイ王国の併合に失敗した経緯から、彼の国はフィリピン以外へのアジア圏への進出に尻込みするようになっていますから」

 流れるように田中秘書官が説明を続けると、遣欧艦隊司令部の戦務参謀が怪訝そうな声をあげた。
「それは米国の……政府の方針なのでしょうか。いえそもそもその情報の出どころは確実なものなのですか」
 言いながら戦務参謀は、田中秘書官から上座の永田大将へと目線を変えていた。軍事情報を収集する統合参謀部か、陸軍参謀部第2部の欧米課とも呼ばれる第6課隷下の特務機関が収集した情報なのではないかと考えたのだろう。
 しかし、欧米課とは言いつつも、軍事情報を収集する参謀本部第2部では、主に同盟国英国を中心とした欧州各国を重要視しており、概して陸軍の情報将校は、先の欧州大戦でも最後まで参戦を拒否し続けていた米国を軽視する傾向が強かった。
 だから、戦務参謀は、そのような米国関連に貧弱な態勢の欧米課が収集した情報を完全に信用していいものかどうか判断しかねているのだろう。

 永田大将は、つまらなそうな顔で答えた。
「この程度は、米国内で刊行されている新聞やグラフ誌、それに政府刊行物にいくらでも載っておる。米国にとっては、別に秘匿するような情報というわけでは無いのだろう。無論、内閣情報局や統合参謀部情報部でそれらの情報の分析を行ったうえでの結論である」

 田中秘書官は、大きく頷きながら永田大将に続けた。
「アメリカの政府、つまりはルーズベルト大統領の外交方針はまた異なるという予測もありますが……少なくともアメリカの唯一と言っても良いユーラシア大陸に存在する友好国家であるソビエト連邦がドイツと交戦状態にあり、なおかつ我が帝国を含む国際連盟もドイツと交戦状態にある以上は、アメリカ合衆国が我が国と戦端を開く可能性は極めて低いと政府では判断しております。
 また、アメリカの陸海軍の戦備状態も推測される政府方針に合致していると考えられます」


 今度は、戦務参謀以外の遣欧艦隊司令部要員も怪訝そうな顔になっていた。軍縮条約が無効となってから後、米海軍に続々と新型艦が就役、あるいは建艦計画が持ち上がっているのに、戦備状態が不足というのが不可解だったのだ。
 だが、怪訝そうな遣欧艦隊司令部要員に説明を始めたのは田中秘書官ではなく、陸軍の瀬島参謀だった。

「皆さんも御存知の通り、軍縮条約無効化後に米海軍は現在続々と新型艦を建造し続けておりますが、その一方で、陸軍の拡張は極めて限られた範囲でしか行われておりません。
 例えば、昨年度に米陸軍向けの新型軽戦車M3が制式採用されましたが、軍事予算の制約から生産数は伸び悩んでいる様子で、製造にあたるウッデン社では現状の生産数では製造ラインを縮小せざるを得ないと判断しているとの報道が確認されております。
 現在、米陸軍戦車部隊は未だ旧式のM2軽戦車を主力装備としている模様です。このM2軽戦車は概ね我軍の九五式軽戦車と同等の性能であると考えられます。
 軽戦車のみならず、米陸軍が配備する中戦車、重戦車に関しても同様の状況であるらしく、中戦車はM2軽戦車の発展型であるM2中戦車が主力装備でありますが、よりコストの低いM2軽戦車に押されて生産数は伸び悩んだままのようです。
 重戦車に関しては本年度新型のM6重戦車が制式化されています。こちらは六〇トンにも達する大重量と3インチ級の大威力加農砲を備えているようです。性能は我軍の戦車を圧倒しておりますが、生産数はこれまで同様極小数になるのではないのかと想定されます」

 遣欧艦隊司令部要員の何人かは専門外の陸軍戦車の話に戸惑いながら、顔を見合わせていた。瀬島参謀はそのまま続けた。
「一応は制式採用されたこれらの新型戦車ですが、部隊配備されたものはまだ少数のようです。そもそも未だ米陸軍では、我が方の第7師団のように機甲化編制された師団はまだ存在していないようで、機甲連隊、あるいは大隊が各歩兵師団を支援する戦法を採用しているようです。
 この中でフィリピンに配備された戦車は、軽、中戦車各一個大隊、装備車輌は旧式のM2中戦車と軽戦車が確認されています。
 フィリピン総軍司令官のマッカーサー中将は、本国に新型装備や正規軍の増派を働きかけているとの情報もありますが、今のところフィリピン駐留軍の増強は確認されておりません」

 瀬島参謀に続いて、海軍参謀がいった。
「フィリピン駐留部隊の増派が確認されていないのは、海軍も同様です。現在確認されているフィリピン駐留部隊は、沿岸警備用と思われる魚雷艇隊の他、潜水隊、巡洋戦隊、駆逐隊これが我が海軍の基準で各1個乃至2個隊程度に過ぎません。その他の水上艦艇はグアム泊地から、スービック海軍基地に前進配備されているようで、、定期的に艦が入れ替わっているのが確認されております。
 海陸軍の航空隊も同様で、海軍隷下の海兵隊航空隊を含めて、二百から三百機程度が確認されております」

 再び瀬島参謀がいった。
「アメリカ政府が、フィリピン防衛に消極的であるのは、装備面だけではありません。
 軍縮条約無効化以降、フィリピンの要塞化計画が開始されましたが、工事は当初予想されていたよりも遅延している様子です。グアム泊地及びアリューシャン諸島の要塞化工事も同様に遅れているようですが、こちらはとりあえずは泊地としての機能は発揮できる状態で工事を中断しているようです。
 フィリピンの基地化工事は、マニラ要塞などと俗称されており、フィリピン総軍司令官マッカーサー中将の強い希望で勧められおり、あるいは中将自身が計画責任者である可能性もあるとのことですが、計画は大幅に遅延しているようです。
 初期の計画案では、独仏国境間にあるような本格的な永久築城による要塞線を構築する予定であるようですが、現在はマニラ市近郊及び泊地に小規模な防護施設と砲台が確認されているだけなので、実質上工事は中断していると考えてよろしいかと思われます。
 帝国との戦争をもしも米国が決意しているとするのならば、フィリピン、グアムなどの要地に対する防御工事や、部隊の増派がなおざりなものなっている現状は不自然であると考えられます」


 遣欧艦隊の砲術参謀が、そこで声を上げた。
「その、フィリピンの要塞化工事ですが、今次大戦における独仏戦のいわゆる電撃戦の戦訓から、要塞という存在そのものが無力化されたと判断されたということはないのですか。
 独仏戦では、終始運動し続けた独軍の機甲部隊に、英仏軍が翻弄されて大損害を出したと聞いています。戦前に入念に構築された仏軍のマジノ線は、結局独軍に迂回されて無効化されたとのことですが、米国軍も永久築城の陣地戦を放棄して、運動戦に戦法を変更したということはないでしょうか」

 砲術参謀は、砲術学校教官職から転出していた。砲術学校では、館山分校で陸戦隊幹部の教育や戦術研究も行っていたから、今次大戦の戦訓調査なども行っているのではないのか。もちろん英国軍に派遣した観戦武官や連絡将校からの生情報も他の部署よりも迅速に入手しているのではないのか。
 だから、砲術参謀の意見は、彼個人というよりも、海軍陸戦隊中央の認識によるものと考えても良かった。

 瀬島参謀が答える前に、上座の永田大将がいった。
「その辺りは企画院の二人のほうが専門だろう。長谷君、頼む」
 遣欧艦隊司令部要員は、また怪訝そうな顔になっていた。企画院は国家総力戦態勢のために、物資動員などの政策立案などを行う機関だった。満州鉄道調査局などの調査機関などとも太いつながりがあるとされていたが、軍事情報を収集する態勢は有していなかったはずだ。
 だから、ここで企画院の二人が呼ばれた理由がよくわからなかったのだ。


 企画院の長谷は、下座の席に座ったままいった。
「企画院では、収集された情報の分析から、マニラ要塞の施工工事が遅延しているのは、米政府の軍事費が抑制されているために、十分な予算が確保できないのが原因であると判断しています」
 淡々とした口調だったが、不思議によく通る声だった。
 だが、その話はそう簡単に首肯出来るものではなかった。長谷の話が正しいとすれば、続々と新造艦を建造している米海軍に対して、米陸軍の予算は著しく抑えこまれていることになる。日本帝国もどちらかと言えば島国という条件などから海軍予算が優遇されている傾向はあるが、これほどの格差はないはずだ。
 確かに海軍は高額な艦艇を多数揃えなければならないが、最近では陸軍でも、多数の重、野砲や戦車、装甲兵車などの重装備を多数整備していたから、少なくない予算を必要としていたのだ。
 だから、圧倒的とも言える米海軍の建造量に対してちぐはぐなものを感じていた。


 長谷は、そのような遣欧艦隊司令部要員の疑問を予め予想していたのか、更に続けた。
「言い換えれば、マニラ要塞の建設では公共投資として考えると、米国市民に与える影響が少ないからではないかと考えられます。土木工事が中心となる植民地での要塞化工事では、現実に給与の形で恩恵をうけるのは施工業者のほかは作業に駆り出された現地民だけになりますから。実際には軍事上の要地などでは陸軍の工兵隊が直接作業を行うでしょうから、公共投資としての社会への影響は最小限のものとなるでしょう。
 おそらくは、それがマニラ要塞の施工が進んでいない理由かと思われます」

「裏を返せば、海軍艦艇の建造量が増えているのは、米本土で多数の労働者、いや投票できる有権者が雇えるから、ということか」
 どこか呆れたような声で、栗田中将が、長谷に確認するかのようにいった。
 長谷も、軽く頷きながらいった。
「正しい判断かと思われます。要塞の施工工事では土木業者に資金が行くだけですし、戦車を製造する自動車産業は、民間車輌の販売でも利益を出せますが、現在の米国では、大不況の影響で、民間の大型船舶の需要が少なく、株式相場の動向から判断すると、民間造船所の大半は軍艦の建造でようやく経営が回復傾向になったようです。
 また、造船業では、一隻あたりの部品数が車輌や航空機と比べて格段に多く、船体を建造する造船所だけではなく、舶用機械やエンジンを製造する業者にも資金が行き渡りますので、経済波及効果は大きいものと考えられます。
 その証拠に、建造予算の艦種による割合を見ますと、海軍工廠ではなく、民間の造船所でも建造できる巡洋艦級の建造が突出して増大しており、逆に造船所が利益を出しづらい海防艦等の小型艦艇の建造は抑えられているようです」


「米海軍では、戦艦は民間造船所には発注されないのか、我が海軍の新造戦艦は三菱長崎や川崎神戸などでも建造されているが……米国では造船業はそれほど盛んではないのだろうか」
 遣欧艦隊司令部要員からの疑問に、長谷は視線を脇に向けた。控えていた企画院の後藤が、手元の資料を確認しながらいった。
「現在のところ、無条約時代の一番手として建造されたノースカロライナ級戦艦は軍工廠で建造されましたが、サウスダコタ級戦艦は民間造船所で建造されているようです。建造が開始されたという次世代艦はまた海軍工廠建造に戻っているようですが、こちらも予算は削減、あるいは遅延されているという未確認情報もあります。これも民間造船所よりも経済波及効果が少ないからではないかと考えられます」

 村松少佐も、怪訝そうな顔で疑問を呈した。
「しかし、排水量あたりの単価では戦艦よりも、むしろ駆逐艦の方が高くなると聞いています。民間造船所に資金を投入すること自体が目的であれば、駆逐艦の大量建造に走りそうなものですが」
 問われた長谷は、考える時間もおかずに即座に返した。
「それは建造予算ベースでの考えかと思いますが、駆逐艦と巡洋艦、戦艦では、建造予算の内訳が異なっており、予算に占める発注者、この場合は国家からの支給品が大きくなるのです。この支給品とは造船所では製造できない兵装や主機関などが該当します。
 この支給品が、船体などの造船所が製造し、その分の対価を受け取るものに対して駆逐艦の方が、巡洋艦よりも割合が大きくなるのです。逆に戦艦ではやはり国家レベルでないと製造できない。いえ、製造用機材の初期コストが割に合わない分厚い装甲板が必要となりますから、やはり支給品が増大するのではないかと考えられます。
 その結果、民間の造船所に資金を投入しやすく、また使い勝手の良い巡洋艦の建造が優先されたのではないかと考えられます」


 疑問が尽きたのか、とりあえずは納得した様子の遣欧艦隊司令部要員を見回してから、塩沢大将がまとめるように言った。
「帝国の国防方針は諸氏にも理解してもらえたと思う。抑止力としての第1艦隊と警戒部隊があれば、現状帝国本土の防衛に支障はないと判断している。だがこの状況がどこまで続くのかはわからない。米国の外交方針は、大統領やその側近によっても大きく変化するから、次の大統領が方針を一変して、積極的な質的とも言える軍拡に乗り出す可能性は否定出来ない。
 統合参謀部としては、そのような事態となる前に我が帝国の国防態勢に万全で臨むためにも、諸君ら遣欧艦隊の無事な復帰を願っている。逆説的だが、そのためにも一日でも早く、独国をしてソ連からヨーロッパを守る防波堤としてのかつての役割に戻し、後顧の憂いを絶たねばならない。
 ともかく、我が帝国の戦略はそれに尽きるといってもいい。諸氏もそのことを理解してことにあたってもらいたい」
 塩沢大将は、そう言うと、永田大将に目を向けた。

 永田大将も一度うなずくといった。
「海軍に関してはこのくらいでいいだろう。次に北アフリカに展開する陸軍の状況だが……相沢少将、説明を」

 上座近くに座っていた陸軍将官が、面白くもなさそうな顔で立ち上がった。
「統合参謀部第一部長、相沢だ。現在、我が陸軍は北アフリカに第5師団、第7師団を上陸させている。それに加えて第6師団が移送中で、先遣隊はすでに先行する2個師団に合流している。
 なお、第5、第6、第7の3個師団は、現地において新たに設置された日本帝国陸軍北アフリカ軍に配属される。
 北アフリカ軍は、この3個師団に、軍直轄部隊を加えて編成され、モントゴメリー中将率いる英8軍指揮下に配置される。軍司令官には山下中将が着任し、司令部もすでにアレクサンドリアに進出している。
 それと……当分、我が陸軍が欧州に派遣出来る師団はこの3個だけと考えてもらいたい」

 遣欧艦隊司令部要員は、それを聞くなり不満気な顔になるものも多かった。海軍が主力部隊を欧州に派遣するのに対して、陸軍の派兵が及び腰に見えたからだった。
 だが、敵意を向けられた相沢少将は、苦虫を噛み潰したような顔になりながら押し黙っていた。
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