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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942東京―ローマ1

「愛宕がやられた」
 半ば無理矢理に、重巡洋艦鳥海の通信指揮室に増設された電探表示面を監視していた三等兵曹が、感情を無理に押し殺したやけに平坦な声を上げた。通信長の村松少佐は、ぎょっとして反射的に兵曹の肩越しに表示面を覗きこんだ。
 しかし、鳥海に増設された電探関連機器は旧式だったから、青白い面が線が写しだされたAスコープ方式の表示面を見る限りでは、村松少佐には個艦の識別まではよく分からなかった。
 だが、電測学校で専門教育を終えたばかりの三等兵曹には解読は容易だったようだ。愛宕と判断した言葉に迷いは見られなかった。

 村松少佐は頷くと、艦橋につながる高所電話機を自ら掴んで艦橋の伝令に状況を素早く伝えた。
 だが、その情報はいかされそうになかった。鳥海や愛宕を含む日本海軍第4戦隊は、マルタ島沖合で有力な敵巡洋艦群と混戦状態にあったからだ。
 後続する水雷戦隊を敵主力艦隊に突入させるためには、敵巡洋艦群の防御網を撃破する必要があった。


 だが、敵巡洋艦群は強力であった。ドイツ海軍のアドミラル・ヒッパー級重巡洋艦を先頭とする、独伊混成の巡洋艦群は、少なくともこちらと同数程度が投入されているようだった。
 日本海軍は、重巡洋艦で構成された第4,5戦隊をもって混戦状態にもちこむことで、敵巡洋艦群を拘束し、後続の水雷戦隊を無傷で突入させようとしていた。だから、交戦距離は戦艦ほど主砲の射程が長くない巡洋艦同士の戦闘だとしても恐ろしく短かく、夜戦であるにもかかわらず、彼我の命中弾は少なくなかった。


 こんな筈ではなかった。時たま鳥海を襲う被弾による衝撃を感じながら村松少佐はそう考えていた。当初の作戦計画では、水雷戦隊を引き連れた第4,5戦隊は、闇夜に紛れて敵主力に長距離隠密雷撃を行うはずだった。
 第7,11戦隊などを護衛に引き連れた日英戦艦群が、敵主力艦隊に夜間砲撃戦を挑むことで敵レーダーの発振を強要し、そのレーダー波を逆探と呼称される電波探知機で捉えることで、夜間の超長距離捜索が可能となるはずであったからだ。
 すでにマルタ島周辺海域での幾度かの戦闘で、敵艦にレーダーが装備されていることと、そのおおよその波長は判明していたから、それに合わせて逆探を設定させておけば、かなりの精度で敵艦を捉えられるはずだ。
 場合によっては、砲撃戦を行なっている日英戦艦群から敵速などの情報転送も期待出来たから、雷撃の成功率は高いはずだった。

 主力部隊同士が砲撃戦を行なっている海域を大きく迂回しながら接敵することになるから、突撃直前まで発見される可能性は低かった。逆にこちらの艦隊は、敵艦隊の位置をレーダー波を探知することで、概ね正確に把握できるはずだった。
 自艦から発進したレーダー波の反射を観測することで、捜索を行うレーダーの原理からいって、こちらが発見されるよりも早く敵レーダーの存在を確認できるはずだからだ。
 レーダーは、目標にあたって帰ってくる減衰した反射波を探知しなければならないのに対して、逆探は単に送られてきた電磁波を観測するだけで良かったからだ。


 だが、作戦計画は脆くも崩れ去った。当初の予想よりも敵艦から発振されたレーダー波の強度は大きく、また波長も異なっていたからだ。
 冷静になって考えればわかることだった。これまでの戦闘では確かにレーダー波も観測されていたが、それらはイタリア海軍艦艇から発振されていたものだった。この海域にはイタリア海軍以外にも独仏両国の艦隊も展開していたから、彼らが装備する機材が異なっていても不思議ではなったのだ。
 イタリア海軍が装備するレーダーはドイツ製だと考えられていたから、漠然とドイツ海軍艦が装備するレーダーも多少型式が変わる程度でほぼ同様のものだと予想されていたのだが、実際にはドイツ海軍の大型艦が装備するレーダーは最新鋭のものに換装されているようだった。
 最近では、英国空軍の夜間爆撃機に対抗するために、ドイツ軍のレーダ関係技術が急速に発展しつつあるというから、陸上設置の対空レーダーの基礎技術を転用したものかもしれなかった。


 前衛艦の逆探が、予め設定されていたのとは異なる波長のドイツ海軍のレーダー波を探知した時にはすでに手遅れだった。探知されたレーダー波の強度からして、敵艦もすでにこちらを察知していてもおかしくはなかったからだ。

 レーダー波の発振源が幾つか分離して接近してくるのが観測されたことで、その予想は裏付けられた。
 おそらく、水雷戦隊による主隊への突撃を阻止するために、敵主力艦隊から軽快艦艇が分離されたのだろう。だが、軽快艦艇とはいっても、重巡洋艦や大型の軽巡洋艦を含む有力な水上部隊であるはずだ。

 分離した発振源から観測されたレーダー波の強度が、敵主隊から観測されたものとほとんど変わりがなかったからだ。急速に接近してくる艦隊には、敵艦隊の中でも最も有力なレーダーを装備した艦が含まれていることになる。
 今回の戦闘で初めて観測されたこのレーダーは、発振強度などから考えると、戦艦クラスに搭載される大型機であるはずだ。しかも最新鋭のものだから、装備艦は限られてくる。
 このうち戦艦はテルピッツも二隻のシャルンホルスト級も主隊として交戦中であるはずだから、おそらく接近してくるのは一隻だけ確認されたドイツ海軍のアドミラル・ヒッパー級重巡洋艦なのだろう。


 もちろんアドミラル・ヒッパー級が一隻だけで行動しているはずはない。後方にはこれまで観測されていたレーダー波を発進する艦が幾つか確認されていた。
 アドミラル・ヒッパー級に後続するのはイタリア海軍の艦艇なのだろう。ただし、イタリア海軍では、駆逐艦クラスにはまだレーダー装備が一般化していないというから、こちらも巡洋艦クラスの大型艦であるはずだ。

 視線方向に重なり合っている上に、こちらからみて後方の敵主力から発振されるレーダー波の影響で、接近してくる発振源を個別に識別することは困難だったが、大型の巡洋艦を主力とする有力な艦隊であることは間違いないはずだ。
 ここから先は推測するしか無いが、これほどの大型艦が含まれる部隊を予備兵力として温存していたということは、敵艦隊指揮官はこちらの作戦をある程度把握していたのではないのか。少なくとも日本海軍の有力な水雷戦隊が戦場に姿を見せていないことを警戒はしていたはずだ。
 接近してくる艦隊は、日本海軍の水雷戦隊による突撃を阻止出来るだけの戦力なのではないのか。

 この艦隊を放置しておくことは出来なかった。敵主力に対して雷撃を敢行するにはこの艦隊を突破しなくてはならなかった。だから、敵艦隊の防衛網に対して、火力で穴を開けて水雷戦隊の突撃を支援するために第4、5戦隊の計8隻の重巡洋艦が接近戦を挑んでいたのだ。


 村松少佐は、通信指揮所の持ち場にいながら、もどかしい思いを抱いていた。
 夜戦の混乱にも関わらず、電探や通信機の集中した通信指揮所にいる村松少佐には、おおよそながら周囲の状況を把握できていたのだ。
 だが、村松少佐は巡洋艦の通信長であって、艦長や戦隊司令官ではないし、直に指揮官を補佐する立場でもなかった。
 いまの鳥海には、把握した情報を指揮命令系統に迅速に反映させるためのシステムが存在していなかったからだ。電話を使用した口頭連絡しか艦橋に情報を伝達するしかないが、それにも間に艦橋付の伝令を通すから、実際に艦長が情報をどのように処理しているのかはよく分からなかった。


 電探や他艦からの通信の形で次々と入ってくる情報を整理、伝達しながら、村松少佐は、脳裏の片隅でこの問題の解決法を考えていた。解決策は簡単なものだった。艦長や戦隊指揮官ら指揮中枢の戦闘配置を艦橋や司令塔ではなく、この通信指揮所のような情報が集約される箇所に置けばいいのだ。
 電探や逆探などの、肉眼をはるかに超える長距離索敵手段が実用化したことによって、観測手段が目視に限られる艦橋よりも通信指揮所の方が多くの情報が集約されることになっていたからだ。
 現在のように電探や逆探で得られた情報をいちいち別の場所から指揮官に伝達するよりも、情報を最初に入手できる箇所に指揮官が移動したほうが、戦術判断に必要な情報を正しく把握できるはずだ。


 これは必ずしも村松少佐の独創というわけではなかった。少なくとも鳥海のように近代化改装などで電探を装備した艦の通信科員ならば、同じようなことを考えているのではないのか。

 それに、電探などで得られた情報を指揮中枢に集約するというコンセプトそのものはすでに採用例があった。二年前の英国本土防空戦において、英国空軍は、飛来する多数のドイツ軍機を効率的に迎撃するために、管区ごとの指揮所に情報を集約させていた。
 指揮所に集まる情報は、レーダーサイトからだけではなく、通信傍受施設や、最新鋭のレーダー設備から程遠いアナログな聴音所や目視による監視所など、多数の情報源から送られてきた。
 指揮所では、こうして集められた情報を元に、フィルター室と呼ばれる戦闘指揮所のテーブル上に広げられた地図上で、現実に上空で起こっている状況を航空機などを示す駒を用いて再現した。

 指揮官や幕僚たちは、この探知情報を集約させた状況板と、友軍部隊の空地や戦闘中か整備中などの状態をライトの点滅で示した表示板で、遠く離れた敵味方の状況を室内にいながら的確に把握して、数少ない要撃機を有効に用いることが出来た。


 英国本土防空戦に義勇兵を派遣し、その戦訓を得ていた日本陸海軍の将兵の中には、情報を集約させた戦闘指揮所の存在こそが劣勢にあった英国空軍が、ドイツ空軍の攻撃を跳ね返すことの出来た主因であると考えたものが少なくなかった。
 村松少佐もその一人だった。そして、彼ら海軍の通信、電測に携わる士官らは、防空戦闘に活躍した指揮所の概念を海上戦闘に取り入れられないかと考えていた。

 もちろん、導入すべきは概念であって、陸上の迎撃戦闘に特化した英国本土防空戦当時の指揮所を単純に模倣しようというのではなかった。大型艦であっても艦内の空間は限られるから、司令部人員を収容した上で、陸上の指揮所のような多数の駒を並べた巨大な状況板を置くのは難しいだろう。
 だが、必要なのは周囲の状況を把握できる機能であって、地図を広げた状況板そのものでは無かった。

 村松少佐は、状況把握に電探表示面をそのまま転用することも考えていた。鳥海が装備するように旧式の電探表示面は、状況を読み取るのに職人芸を持つ電測員を必要とするが、最新鋭のPPIスコープ方式の表示面であれば、特別な訓練を受けた要員でなくとも状況を把握するのは難しくなかった。
 この方式は常に回転を続ける電探の空中線を中心として表示されるもので、中心から外周までの長さがそのまま距離を示すことになる。表示される受信信号は、反射波の強度によって輝度の大きさと明るさになって反映されるから、目標の大きさや動きを知ることは容易だった。
 もちろん、輝度の大きさと実際に探知された物体の大きさの相関関係などの情報を事前に把握する必要はあるのだが、艦艇に乗り込むのは海軍軍人に限られるのだから、電探に関する基礎教育さえ施せばいいだけの話だ。

 状況板ではなく電探表示面をその代わりに使えれば、指揮所に大型の表示面を置いておくだけで、周囲の状況を誰でも同じように把握できるようになるから、今のように夜戦時の混乱も最小限で抑えることが出来るはずだ。
 それに、このやり方ならば、指揮所の概念の導入も段階的に行えるはずだ。とりあえずは電探表示面を現在のように通信指揮所だけに設置するのではなく、艦橋にも設置して、同じ画面を表示できるようにするのだ。
 そうすれば、通信指揮所に配置された訓練された要員が見ているのと同じものを艦橋の指揮官も閲覧できるから、状況が変化しても現在の口頭に限られる指揮官への説明は格段にしやすくなる。
 有視界の艦橋に慣れ親しんだ古手の海軍軍人達も、電探の有効性を知れば、導入に積極的になるはずだ。

 それに、技術が進歩していけば電探表示面に写し出せる情報は増えてくるはずだ。単純に電探が捉えた反射波だけではなく、文字情報の付加や自艦の状態なども同時に写し出せるようになれば、究極的には指揮官は視界に全く頼らずに、まるで闇中の計器飛行のようにその画面を見るだけで適切な命令を下せるようになるはずだ。
 ここまで来ると、もはや空想科学小説のようだが、不断の努力を持って技術開発に努めれば、決して不可能なことではない。村松少佐はそう考えていた。


 だが、どんなに優れた構想を持っていたとしても、戦訓としてこの戦闘の推移を持ち帰らなければ少佐の言うことに耳を貸す者はいないだろう。戦死者は何も語れないからだ。
 しかし、実際に戦闘に参加した人間が、この混乱した状況に対する対案という形で提案すれば、少佐の構想に注目するものも出てくるはずだ。
 ―――何としてもこの戦闘を生き延びなければならない。

「敵巡洋艦戦隊接近する」
 電探担当の三等兵曹の声に、村松少佐は我に返ると電探表示面に向き直ろうとした。少佐が艦橋につながる高所電話機をつかみとろうとしたが、それよりも早く鳥海の艦体を凄まじい衝撃を襲った。
 これまでの被弾による衝撃度は違っていた。そのうえ大音響が通信指揮所の上部から伝わってきた。
 村松少佐は慌てて振り返ろうとしたが、さらに強い衝撃を受けて気を失っていた。
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