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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942氷海戦線4

 恐ろしく広大な飛行甲板を左舷に見ながら、九六式陸攻は着艦態勢に入りながらゆっくりと旋回を続けていた。

 副操縦席に座る大原一等飛行兵が、どうするのかと言いたげな顔でこちらを見ているのに気が付いて、桑原中尉は僅かに首を傾げるふりをしながら右側を向いた。
「着艦は…分隊士が操縦されますか」
 ひどく緊張した面持ちの大原一等飛行兵に、内心苦笑しながら桑原中尉はつまらなそうな表情のままでいった。
「このまま着艦まで一飛が操縦してくれ。何かあったら俺も手を出すから、まずはやってみろ」

 まだ年若いが、大原一等飛行兵は見どころのある操縦士だった。だが桑原中尉の見たところ戦度胸はまだまだ不足していた。飛行兵としての教育を終えたばかりなのだから、それも当然なのだが、今はとにかく経験を積むことが重要だと桑原中尉は考えていた。そうすれば大原一等飛行兵も良い搭乗員となるはずだった。
 別に自分が楽をしたいから面倒な着艦作業を押し付けたわけではなかった。


 目の前の氷山のような空母への着艦は、大原一等飛行兵にとって良い経験となるはずだった。陸上の飛行場への着陸はもちろん、通常の空母への着艦と比べても難易度は高かったからだ。
 桑原中尉は、主操縦席から、空母との間隔を慎重に目測していた。同時にのっぺりとした巨大な船体には似つかわしくない大きさの艦橋を睨みつけるような目で観測していた。
 船体が大きいものだから相対的に小さく見えるのだが、実際には主艦橋は日英の正規空母どころか戦艦クラスのそれと比べても遜色ない寸法だった。この空母を母艦とする航空機は、通常の空母と比べて格段に多いものだから、指揮統制のために大容量の艦橋が必要だったのだ。
 その主艦橋のマストには、風向きを示すための吹き流しが付けられていた。

 桑原中尉は、吹き流しがほとんど真直に船尾方向にたなびいているのを見て、安堵の溜息をついていた。
 通常の空母ならば、搭載機の離着艦作業を行う際は、最大速力で風上に向かうのが原則だった。自然風と母艦の前進速力によって得られた合成風力を利用して発艦すれば、発進機の大気との相対速度は上がるし、着艦時は母艦が高速で航行すればやはり着艦機の相対的な失速限界は遅くなるからだ。
 合成風力を期待できないほど低速で、それを補うために射出機を備えた護衛空母などでも、基本的な動作は変わらない。自然風に逆らった向きに射出すれば多かれ少なかれ搭載機に悪影響が出るからだ。
 それに離着艦時に横風を受ければ機位がふらついて、最悪の場合は衝突事故を起こしてしまうだろう。だから、護衛空母でもやはり風向きに合わせた操艦をおこなう必要があたのだ。


 だが、あまりに巨大な目の前の空母には、そのような原則は通用しなかった。その巨体を満足に航行させるには主機関の推力が小さすぎて、合成風力を活かせるほどの速力が出せないのだ。
 それだけならば低速の護衛空母でも条件はそれほど変わらないはずだが、この艦は喫水線下の船体が、通常形式の艦の比率と比べて大きすぎるから、抵抗が大きくなって、回頭すら困難なのが問題だった。
 だから、風向きに艦体軸心をあわせられずに横風を受けながら離着艦を余儀なくされることすらあるのだ。

 そのような場合に備えて、巨大な船体を活かして、設備の整った陸上の飛行場のように横風を受ける際に使用するために、船体中心に対して斜めに引かれた着艦帯が描かれていた。だが、船体軸心にそった主着艦帯よりも短い斜め着艦帯を使用できるのは、双発でも比較的小型のモスキートまでに限られていた。
 元々大型の陸上機である九六式陸攻では、着陸滑走距離が長すぎて斜め着艦帯を使用することはできなかった。無理に斜め着艦帯を使用しても、この空母には主艦橋以外にも甲板上の構造物が少なくないから、衝突事故を起こす可能性は高かった。
 だから、例え横風が強くとも、上空で旋回しながら空母が回頭してくれるのを待つか、無理な姿勢で着艦を強行するほかなかった。


 今回は特にそのような長時間の待機や無理な着陸姿勢を取る必要はなさそうだった。運良く最初から空母は風上にほぼ正対しているから、着艦姿勢に問題なければ無事に着艦出来るだろう。
 だが、油断することはできなかった。この空母への着艦が困難な理由は他にもあったからだ。

 桑原中尉は、安堵の表情を消すと空母との距離を大雑把に測りながらいった。
「そろそろいつものが来るぞ…オイ、そんなに慌てんでもいい、操縦桿は軽く握っておけ」
 大原一等飛行兵は、目に見えて緊張していた。九六式陸攻は着艦に向けた最終旋回を続けながら空母に接近していた。そして、桑原中尉が言い終わってからすぐに、九六式陸攻の機体が大きな振動を始めていた。

 だが、あらかじめ振動の発生を予測していた大原一等飛行兵は、緊張した面持ちながら、危なげなく機体を操っていた。
 空母周辺の上昇気流が発生する箇所や強度は、すでに詳細が判明していた。通常の空母のように煙突からの排煙によって発生する上昇気流は、機関出力の増減に比例して大小が変わってくるが、この艦で発生する上昇気流は、周囲の風力による影響を除けば常に一定の強度を保っていた。
 上昇気流の発生原因となる主な熱源が、ボイラーや内燃機関の燃焼ガスを排出する煙突ではなく、艦体を冷却させるための冷凍機と直結した放熱塔であったからだ。

 桑原中尉は、呆れたような顔で、目の前に浮かぶ氷山空母の甲板に並んだ放熱塔を眺めていた。
 ―――本当にこんなものが必要だったのだろうか。
 今着艦しようとしている空母のことをそう考えていた。



 空母の正式な艦名はノア1といったが、関係者の大半は本来は開発計画の名称であるハボクックと呼んでいた。桑原中尉は、熱心とはいえない仏教徒だから、宗教のことはよく知らないが、ハボクックというのはキリスト教の聖書に関係する用語らしい。
 のっぺりとした氷で出来た艦体を見る限り、やはりキリスト教関係用語であるノアの箱舟から取られたのであろうノア1と呼んだほうがしっくりするような気がするのだが、実際には正式な艦名で呼ばれることは殆ど無かった。

 おそらく起工されればノア2と呼ばれるであろう2番艦の建造計画が中止されてしまったからだろう。同型艦が就役する可能性が事実上無くなってしまったから、個艦の識別を行う必要性も無くなって単にハボクックと呼ぶようになってしまったのではないのか。
 もっともノア2が建造されれば、誤認を避けるために別の名称が予定されていたとも聞いた。その場合ノア1はグリーンという暗号名のような名前になっていたらしいが、詳細は桑原中尉も知らなかったし、別に知ろうとも思わなかった。
 どのみち、このような艦が再度建造される可能性は低かったからだ。


 実は計画名であるハボクックというのも、開戦後になって付けられた秘匿名称であったらしい。元々は日英露にカナダを加えた四カ国で特にこれといった愛称のようなものもなく研究開発が進められていたのだという。
 もっともその頃はいまのような氷山空母の影も形もなく、単に航空路の中継点となる人工島として計画されていたというのだ。

 そのような人工島の必要性があったのは、当時の航空機の性能が低かったために、日英露を結ぶ航空路が危険を伴うものであったからだ。
 日本帝国とシベリア―ロシア帝国間の交通には支障はなかった。日本本土の日本海側とウラジオストク周辺には整備された飛行場がいくつも存在していたから、ある程度の航続距離がある機体ならば容易に両国間を行き交う事ができたのだ。実際、今では商用路線もかなりの規模に成長していた。


 だが、日露両国を含むアジア圏と、英国本土を結ぶ航空路はそれほど容易なものではなかった。当時就役していた機体の航続距離では、英国本土からの直通便を常時運用できるのはジブラルタルまでだった。英国領インド帝国や英領マレー、更にはオーストラリアなどの英連邦諸国、植民地へはジブラルタルなどの経由地での絶えまない整備と補給が必要であった。
 しかも、それらの経由地の間には、決して情勢が安定しているとはいえない地域や、日英露に反感を抱く国家やその植民地が少なくなかった。

 日露からインド洋を経由して英国本土に至る航空路には、そのような政治的安定性を欠くという問題があった。
 これに対して、インド洋経由とは逆に、日露からカナダを経由して英国本土に至る航空路には、共産主義国家ソ連と友好関係を築きつつあった米国という政治的な問題の他に、太平洋と大西洋という二大大洋が物理的な障害として存在していた。


 まず日露本土からカナダに直行するのは、通常の機体では不可能だった。余剰重量をすべて増加燃料槽に割り当てて、翼面も長距離飛行に特化した特別機でもなければ難しいのではないのか、そのように考えられていた。もちろんそのような特別仕様機を常に航路に割り当てなければならないようであれば、生産、維持コストが上昇するから、商用航路として成立する可能性は低かった。

 太平洋航路がそのように困難なものとなったのには、経由地や、不時着地として使用できそうな太平洋の島嶼の少なからぬ数が米国領土であったためだ。
 もしも、アラスカやアリューシャン諸島が経由地として利用できれば、太平洋航空路が商業ベースに乗るという試算もあったが、現在の国際情勢ではその可能性は低かった。
 一応、中立国であるハワイ王国を経由する航空路自体はあったのだが、日露からカナダへの経由地としては理想的な位置にあるとは到底言えず、コストの上昇を招いていた。

 カナダから大西洋を経由して英国本土に至る航空路も似たようなものだった。こちらは大西洋上に経由地となる島嶼自体が存在しないから太平洋よりも事情は悪いとも言えた。
 1930年代に至っても、大西洋の横断飛行は商業ベースに乗るどころか、冒険飛行と紙一重の危険なものだったからだ。


 このような状況の中で、政治的、地勢的な事情に左右されずに、自在に使用することのできる航空路の中継点を、人工的に建設する案が日英を中心とした国際計画として持ち上がっていた。
 ただし、この計画は、当初は具体的な人工島の建造計画などではなかった。長期的な視野に立った概念研究の段階にとどまっていたのだ。
 そのような曖昧なものになったのは、一つには、出資態勢や国内産業の育成などの点から各国の思惑が一致しなかったせいだった。
 この概念研究では幾つもの中継地点計画案が考案された。しかし、案が違えば、建設に関わる業界が異なってくることになる。さらに各国共に自国が優位な計画案をおすものだから、今次大戦勃発により建設委員会が解散する頃には、百家争鳴といえば聞こえがいいが、単に議論が拡散しきった状態であったらしい。


 計画案の中には、人工島どころか、恒久的な施設の建造ではなく、既存の体系の強化にとどまる安価な案も少なくなかったらしい。
 例えば、航空路に就役させる航空機を、飛行艇や水上機などの水面発着が出来る機体に限定すれば、固定された中継地点は必要ではなくなる。支援設備は洋上での燃料油などの消耗品の補充だけで良いから、貨客船形式の母船に航法支援設備を増備するだけで十分に機能を発揮することが出来るだろう。
 実際、この形式の支援母艦も戦時標準船の流用設計で建造が行われており、飛行艇部隊の急速展開に従事していた。

 ただし、飛行艇にせよフロートを備えた水上機にせよ、飛行計画には、天候ばかりではなく、海面状況の把握が必要不可欠だった。確かに広大な海面さえあれば、これらの航空機は自在に離着水が可能だったが、それには海面状況が安定しているのが前提だった。
 自然と離着水に使用される海面には、大波が発生しづらい礁湖や島影になる海面などが使用されることになる。この計画案も、荒天の発生しやすい本格的な外洋の使用は難しいため、島嶼部近くに離着水海面を設定するのが前提だった。
 だが、これでは結局中継地点の設定は島嶼の存在に左右されることになる。この計画案が安価でありながらさほど優位に立てなかったのはこの点に問題があったからだ。


 逆に、幾つもの計画案の中で、最も雄大な、あるいは高価なものになると予想されていたのは、日本帝国逓信省などが主体となって構想された飛行島計画だった。これは鉄筋コンクリート製の浮体構造を幾つも建造し、しかるべき地点で接合させて、巨大な錨を下ろすことで、洋上空港となる巨大な人工島を建設するというものだった。
 この計画案では、立地的に理想となる箇所に長大な航空路の中継地となる空港を建設することが可能であるし、飛行甲板下部の浮体構造物内部に整備工場や居住区などの空港付帯施設を設けるのも容易だった。

 だが、この計画案では建造コストは莫大なものとあることが予想された。このような鉄筋コンクリート製の浮体構造がこれまで建造された例はなかった。理論上は水密性さえ保てば浮体構造はかなりの浮力を発揮するはずだが、実験体を実際に建造して試験を行う必要があった。
 試験が必要なのは浮力だけではなかった。建設予想海域によっては台風などの自然災害も予想されるから、耐候性や船舶などの衝突に対する強度も確認する必要があった。それに洋上空港となれば長期間の使用が予想されるから、耐用性も確保しなければならなかった。
 この実験体の建造も含めて、実用的な空港を建設するためには、かなりの数の浮体構造を建造する必要があった。
 だが、国内の造船所でこの構造材の建造を行なってしまえば、それに労力を取られて、逆に長期間、通常形式の船舶建造が滞ってしまうことにもなりかねなかった。


 のちにハボクックと呼称される氷山空母計画は、この飛行島計画から派生した計画案だった。ただし、立案したのは原型案を構想していた日本帝国ではなく、オブザーバーとして参加していたカナダだった。
 カナダ政府には、国内の造船所が貧弱であるから、飛行島計画が正式に採用されても、参加各国が提供する資金は膨大なものになるのに、国内産業に仕事が回らないという危機感があったはずだ。
 だから、氷山空母計画は、飛行島計画に対して建造コストが安価であることも確かだが、それ以上にカナダの工業界が計画に果たす役割が大きいのも事実だった。


 当初の氷山空母案は比較的単純なものであったらしい。単にカナダの沿岸地帯から、適当なサイズの氷山を切り出して、上部を平らに整形すれば氷の滑走路は完成することになる。
 原材料が天然の氷だから、錨や管制塔などの付帯物を付け加えるのは難しいが、原価は無いに等しく、コストは抑えられる、はずだった。


 だが、建設委員会の解散直前に行われた試算では、原価は低いものの、建造コストは当初の見積もりを大幅に超えることが判明していた。南氷洋にくらべ北氷洋の氷山は比較的尖った山形形状の物が多い。だから適当なサイズの氷山が見つかっても加工にかかる工数は膨大なものになるはずだ。
 単に加工に時間がかかるというだけではなく、劣悪な環境下で作業する工員たちへの手当も莫大なものになるだろう。原材料が氷だから、熱源となる大規模な工作機械の投入が難しく、大半の作業は手作業となることが予想されたからだ。

 おそらくカナダと英国本土を結ぶ航路を狙うドイツ海軍と、英国海軍との戦闘がここまで熾烈なものにならなければ、さらに北大西洋中央部に対潜哨戒機による未制圧海域が出来なければ、氷山空母が日の目を見ることはなかったはずだ。
 ただし、最終的に建造されたノア1は原型である氷山空母計画で想定されていたものとはだいぶことなっていた。その原材料は切り出された天然の氷山などではなく、高い融点と強度を併せ持つ木材パルプを混合した人工の氷に変更されていた。
 ノア1は、船渠内で骨組みとなる鋼材とこの木材パルプ混合氷を組み合わせて建造されたブロックを、洋上で結合させて建造されていた。
 そこには、氷山空母計画当初の安価な航路中継点としての姿は何処にもなかった。
三原型海防空母の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvmihara.html
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