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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942プロエスティ爆撃作戦8

 荘口大佐が、アレクサンドリア郊外の航空基地で中島商事の佐々木と再開したのは、1942年の年の瀬も押し迫る頃だった。
 すでにプロエスティ油田地帯への爆撃から数ヶ月が過ぎていた。


 投弾を終えた爆弾や、防御機銃座の銃砲弾、それに作戦行動中に使用した燃料分だけ軽くなっているはずだが、着陸しようとする一式重爆撃機二型は15トン程度の重量があった。
 長大な航続距離と機動性を一式重爆撃機に与える翼面は大面積ではあったが、それでも着陸速度は軽快な戦闘機などと比べると大きかった。
 だから、荘口大佐が乗り込んだ一式重爆撃機二型は、アレクサンドリア郊外の航空基地に設けられた長大な滑走路のほとんどを利用して着陸していた。

 ほぼ滑走路端で飛行速度を殺し終えた一式重爆撃機は、次の機体に滑走路を譲るために、先導車仕様の目立つ派手な塗装の九五式小型乗用車の後を追いながらゆっくりと誘導路を移動していった。
 荘口大佐が座乗する機体を追いかけるように、次々と滑走路に滑りこんでくる一式重爆撃機には、ほとんど損害はみられなかった。被弾した機体は少なくないが、致命的な損害を受けた機体は無いようだった。

 今回出撃したのは、飛行第35戦隊全力には程遠い、1個中隊だった。荘口大佐も戦隊長としてではなく、熱病に倒れた中隊長の代理として、ほとんど無理に乗り込んでいた。
 荘口大佐は、駐機場近くで無事に帰投した機体を安堵の表情で見守る整備隊や、他中隊の将兵に混じって、軍医から出撃を禁止されていた中隊長が、面白くもなさそうな顔でこちらを眺めているのに気がついていた。
 病気を理由に出撃の機会を荘口大佐に奪われた中隊長だったが、もう基地内を短時間歩き回れるぐらいには回復しているようだ。念の為に中隊長をベットに縛り付けていた軍医が出撃を許可するのは、おそらくそう遠くはないはずだ。
 どうやら陣頭指揮を空中でとるのも今回だけのようだった。荘口大佐は苦笑しながらそう考えていた。


 プロエスティ油田地帯への爆撃以降、飛行第35、36戦隊が戦隊全力で出撃する機会はなかった。だから戦隊長である荘口大佐が空中指揮をとることも最近では少なくなってしまっていた。
 戦隊単位での出撃が無かったのは、必ずしも一式重爆撃機が評価されていないというわけではなかった。
 プロエスティ油田地帯への爆撃は、全体で見れば概ね成功したと判断されていた。爆撃後に何度か司令部偵察機が、プロエスティ油田地帯への写真偵察を実施していたのだが、爆撃直後に撮影した写真を分析した結果、英国空軍のランカスター隊による戦果を含めると、プロエスティ油田地帯の生産能力は半減していると判定されていた。
 今に至るも稼働が確認されていない精油所もあるようだったから、爆撃作戦は戦果の上では完全に成功したと行っても良いはずであった。

 ただし、プロエスティ油田地帯への再度の爆撃作戦は、現在全く企画されていなかった。
 油田地帯の生産能力がいまだ回復していないため、また防空体制の強化が確認されたことが理由であったが、前回の作戦で被った損害が大きすぎたことも一因であった。


 日本陸海軍と英国空軍が参加したプロエスティ油田地帯爆撃作戦だったが、損害は日本海軍の一式陸攻隊に集中していた。しかも、他隊の損害が爆撃後の帰投時に集中したのに対して、一式陸攻隊は往路、復路共に甚大な損害を被っていた。全体で見れば他隊同様に復路での損害のほうが大きかったのだが、その損害も往路で脱落機を出して、防御火力を最大限に発揮するための緻密な編隊が組めなかったことも一因であったから、往路での損害は実害以上に大きなものであったといってよかった。
 これに対して、英国空軍のランカスター隊と、一式重爆撃機を装備した陸軍飛行第35,36戦隊の損害は少なかった。


 それほど大きな損害をこうむること無く投弾に成功した飛行第35,36戦隊は、再び2個戦隊で編隊を組むと整然とプロエスティ油田地帯を離れて帰路についていた。
 本来の計画時よりも低空、かつ高速での投弾となったが、黎明時の明るい時刻での爆撃はそれほど悪い精度ではなかったらしく、写真偵察の判定では目標の大半を破壊することに成功していたことがわかっていた。
 帰路では、夜が明けてから離陸したらしいドイツ空軍のBf109や、ルーマニア空軍の標識をつけた形式不明の単座戦闘機で編制された戦闘機部隊と会敵したが、何れも少数機での襲撃だった。だから、被弾した機体は少なくなかったが、防御火力で撃退することが出来た。
 また、帰路では対空砲部隊も確認できなかった。どうやらこの方面の対空部隊は、プロエスティ油田地帯や首都であるブカレストといった要地にのみ集中して配備されているようだった。


 英国空軍から参加したランカスター隊は、完全な夜間爆撃となったから爆撃精度は低く、その後の写真偵察の判定によれば、誤爆も少なくなかったようだが、爆弾搭載量の大きさからなる打撃力で命中率をカバーしていた。結果的にはランカスター隊が狙ったカンピーナ製油所は作戦想定通りの損害を与えることに成功していた。
 また、爆撃を敢行した時刻も早かったから、プロエスティ油田地帯の指揮中枢が夜間爆撃に対応するよりも早く、夜が明ける前に危険地帯から離脱していた。

 ランカスター隊の損害は、ルーマニア上空ではなく、ブルガリアやギリシャ上空、あるいはその先の地中海上空での散発的な戦闘によるものだった。
 また、ランカスター隊は、一式陸攻隊を迎撃した夜間戦闘機隊に接触しなかったらしい。
 同時刻にプロエスティ油田地帯を含むブカレスト周辺に侵攻した一式陸攻隊に、数の少ない夜間戦闘機戦力を集中させたのだろう。


 これが先導爆撃隊として参加していたモスキート隊になると、目立った損害すら生じなかったようだった。エンジン不調で引き返した機体もあったようだが、未帰還機は無かったらしい。
 モスキート隊の投弾時刻はランカスター隊よりも早かったため、侵入も離脱も大部分の行程が夜間にすんでいたからだ。やはり夜間戦闘機とも会敵しなかったようだが、こちらは高速で侵入したモスキートを捉えられなかったのかもしれない。

 枢軸軍は、この方面の防空体制をあまり重要視していないようだった。重要な産油地帯ではあるが、国際連盟側の要地から距離があるものだから無防備であったのだろう。少なくとも昨年度の日本海軍航空隊の一式陸攻が敢行した爆撃まではそのような認識であったはずだ。
 あの陸攻隊単独で刊行した爆撃をうけて、防空体制の強化に乗り出したのだろうが、まだ後方地帯ということで多少の防空部隊の配備で収まっていたのか、あるいは本格的な防空体制を構築する途上であったのかは分からないが、今回のプロエスティ油田地帯への爆撃も、枢軸側のすきを突いたことは間違いなかった。


 ならば、何故一式陸攻隊だけが集中した迎撃を受けることになったのか。貴重な夜間戦闘機隊による襲撃や、プロエスティ油田地帯周辺をも超える対空砲の迎撃を受けることになったのか。
 それも今では一式陸攻隊の生存者への調査で判明していた。彼ら一式陸攻隊は、プロエスティ油田地帯以上にルーマニア王国にとって重要度が高い首都ブカレストに迷い込んでいたのだ。


 一式陸攻隊が何故プロエスティ油田地帯ではなくブカレストに向かっていたのかは、詳細はわかっていなかった。先導していた航空隊司令機が撃墜されていたからだ。真相は生き残った僚機の搭乗員達からの証言から推測するしか無かった。
 それによれば、彼らは航法のあやまりで針路を誤っていたらしい。何処の変針点で誤ったのかは分からないが、航法の誤りは、ほんの僅かな角度差だったはずだ。
 後続する何機かの航法士は針路のズレに気がついていたようだが、誤差は僅かなものであったから先導機で修正されるだろうと判断してしまったらしい。それに無線封止中であったからそのことを先導機に隊内無線で通信することも出来なかったようだ。

 ある航法士は発光信号で先導機に呼びかけたらしいが、航法がその後修正された形跡はなかった。おそらく発光信号を先導機が取りこぼしてしまったのだろうが、送った側も自信がなかったのか再発送はしなかったようだ。
 だが、そのわずかな航法ミスで、彼らは運悪く首都ブカレストの間近にたどり着いてしまったようだ。僅かな航法誤差でも、目標であるプロエスティ油田地帯とブカレストは直線距離では百キロも離れていないから、気が付かずに接近してしまっていたのだろう。


 プロエスティ油田地帯にも市街地はあるが、首都であるブカレストと比べるとはるかに小規模であるはずだ。周辺の地形も違うのだから、普通ならば接近する前に目的地とは違うことに気がつくはずだ。
 しかし、状況誤認が起こりやすい夜間飛行が仇となったらしく、かなり接近するまで目標をブカレストと誤認していることに気が付かなかったようだ。
 しかも、先行してプロエスティ油田地帯へ吊光弾を投弾していた先導飛行隊のモスキートによって、枢軸軍にも後続の爆撃があることはある程度予想されてしまっていたようだ。
 首都ブカレスト周辺の防空部隊も警戒態勢に入りつつあったらしい。その厳重な防空体制に一式陸攻隊は真正面から突入してしまったのだ。

 防空部隊に配備されていたのは対空砲部隊ばかりではなかったらしく、一式重爆撃機が突入した頃には明け方であったから見つけられなかったが、一式陸攻隊がブカレストに接近していた明け方前には探照灯部隊も確認されていたらしい。
 そして、そのような厳重な防空体制が、逆にここが目標であるプロエスティ油田地帯であるという誤認識を強めてしまったのだろう。

 ここからは推測にすぎないが、一式陸攻隊の指揮官は、灯火管制中のブカレスト上空に照射された探照灯の光を、モスキート隊が投弾した吊光弾によって発生した火災によるものと誤認したのではないのか。
 ブカレスト至近に配備されていた高射砲で撃墜された航空隊司令が何を考えていたのかは分からないが、天候が悪く、雲底が低い場合は探照灯の照射が火災のように見えることは演習などで確認されていた。
 もしもブカレスト突入前に航空隊司令機が撃墜されなければ、一式陸攻隊はブカレストを誤爆してしまって作戦は失敗に終わってしまったかもしれなかった。

 航空隊司令機が撃墜された後は、一式陸攻隊の指揮は次席指揮官が受け継いだが、この機の航法士は航法誤差を認識していたらしく、編隊は直ちにブカレストを離脱し、本来の目標であったプロエスティ油田地帯へと向かわせた。
 だが、一式陸攻隊の損害が大きくなったのはここからだった。どうやらプロエスティ油田地帯とブカレストを繋ぐ線には対空陣地はもちろん、夜間戦闘機隊などの戦闘機部隊が駐留する基地が集中して設けられていたらしい。
 結果的に一式陸攻隊は散在する対空陣地群からの砲撃を受けながら、夜間戦闘機との接触を継続させて、プロエスティ油田地帯にようやく辿り着いたのだ。

 しかも、ブカレストへの寄り道と、その後の対空戦闘による時間的なロスによってプロエスティ油田地帯に辿り着いた頃には夜が明けていたから、一式陸攻隊が離脱する頃には、軽快な昼間用の単座戦闘機の迎撃も受けることになっていた。
 むしろ、巡航速度が遅く、初期の作戦計画よりも大幅に遅れてプロエスティ油田地帯を離脱して、各隊の中でも最後尾を飛行していた一式陸攻隊が、結果的に囮として集中攻撃を受けたと言っても良かっただろう。


 結局、防空部隊からの攻撃を集中して受けた一式陸攻隊は、友軍機地までたどり着きながらも、被弾による損害で全損と判断された機体などを含めると、ほぼ戦力を半減するほどの大損害をうけていた。
 指揮を受け継いだ次席指揮官も、プロエスティ油田地帯上空での混戦のさなか行方不明となっていた。

 損害は機材だけではなかった。失われた搭乗員達の補充は、機材以上に困難だった。彼らの大半が、開戦前から海軍航空隊に所属する熟練兵だった。つまり長期間の高度な訓練を受けた精鋭であったからだ。
 作戦に参加したのと同程度の練度の航空隊を再建するのには、膨大な時間と物資が必要となりそうだった。


 海軍は、作戦終了後しばらくしてから、2つの航空隊を各個に再建することを断念していた。前線での任務を遂行するのにも相当数の機材が必要だったから、2個航空隊を長期間、錬成途上状態に置いておくだけの余裕が無くなっていたのだ。
 整備や補給といった地上要員は定員を満たしていたようだが、搭乗員や指揮官も無ければ、機材も足りない航空隊では意味がなかった。しばらくは整備隊も損傷機の修理や廃棄した機体からの部品の取り外しで多忙だったようだが、使用する機材が減少したことから、整備兵はあまりがちになっていたようだ。
 もちろん海軍航空隊もそのようないびつな部隊を放置するわけには行かなかった。整備兵のような専門職は貴重だったから、遊ばせておくわけには行かなかったようだ。

 迅速な機材や操縦員の補充が難しいのであれば解決策はひとつしか無かった。二個あった航空隊は、比較的損害が少なかった航空隊に機材と操縦員を集中させて、損害が大きかった隊は地上要員や最低限の操縦員のみとされて、事実上解隊されていた。
 この主力を吸収された航空隊は北アフリカから本土へと移送されていった。おそらく日本本土で将兵の補充をうけて再建されることとなるだろう。
 ただし、再建された部隊が、再び北アフリカ戦線に送られるかどうかは荘口大佐にはわからなかった。


 この海軍航空隊の稼働機減少は、飛行第35,36戦隊にも影響を及ぼしていた。
 最低限の損傷でプロエスティ油田地帯への爆撃作戦を乗り越えた両戦隊ではあったが、それでも被弾で再使用不可能と判断された機体も出ていた。
 しかも戦隊の使用機材である一式重爆撃機は高価な機体だし、イギリス本土に駐留することになる部隊の新編が優先されたものだから、代替機材の配備は途絶えがちだった。
 その定数を割り込んだ戦隊は、これまで海軍航空隊が実施していた海上哨戒まで負担することとなっていた。
 一式陸攻なみに長距離を戦闘状態で飛行できる機材が北アフリカには不足していたからだ。

 そのうえ北アフリカ戦線の地上戦でも大きな動きが見られたものだから、九七式重爆撃機だけではなく、一式重爆撃機も戦術爆撃に駆り出されていた。
 このような任務では、小回りの効かない戦隊全力出撃よりも、中隊や小隊単位での出撃の方が多かった。洋上哨戒任務であれば単機での出撃も多かった。

 だから最近では荘口大佐の仕事は戦隊長としての管理業務ばかりで、空中勤務は少なくなっていたのだ。
 駐機所で停止した一式重爆撃機から、荘口大佐は名残惜しそうにゆっくりと地上へと降り立った。次はいつ乗れるのか分からなかったからだ。
 リビア国境を超えて、撤退を続ける枢軸軍への爆撃を成功させてきた中隊の将兵たちの顔は明るかった。中には整備兵達に腕を突き上げて戦果を知らせるものもいた。

 荘口大佐は、無邪気に笑う彼らにつられて、同じような笑みを浮かべていた。
 しかし、その笑みは一瞬で凍りつくこととなった。整備兵や居残りの空中勤務者達に混じって、困惑した表情の戦隊長副官が一人の男を連れて所在なげにしていたからだ。
 その男、中島商事の佐々木は、周囲の将兵や状況とはひどく場違いなくたびれた背広を着込んで笑みを浮かべていた。
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