挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
45/246

1942プロエスティ爆撃作戦5

 アレクサンドリア郊外の、長大な基地の滑走路から最初の機体が離陸したのは日没から三時間ほどたった頃だった。
 ただし第一線の機体ではなかった。2個飛行戦隊の一式重爆撃機が緻密な編隊を組む際に、支援機として集合空域で目印となるための空中集合目標機である九七式軽爆撃機だった。

 単発複座の九七式軽爆は陸軍軽爆撃機部隊の主力として運用されていた機体だった。離陸した機体も、以前飛行第36戦隊で使用されていた機材だった。
 だが、制式化から五年が過ぎた今、九七式軽爆は旧式化によって急速に前線から引き上げられていた。
 現在では軽爆撃機隊の主力は、新鋭の九九式双発軽爆撃機に置き換えられていた。
 爆弾搭載量はそう変わりはないが、双発の分だけ爆装時の運動性は九九式の方が高く、前線部隊からの評判も悪く無いらしい。

 最も近年では多数の空中勤務者を必要としながらも、爆弾搭載量が少ないために効率の悪い軽爆撃機という機種そのものの評価が落ちていた。
 重爆撃機ならば飛行戦隊の人数はさほど変わらずに爆弾搭載量は増やせるし、最近の重爆撃機は軒並み重武装重装甲が施されているから生存率も軽爆撃機部隊よりも高かった。
 それに、大出力エンジンを搭載するようになってきた最近の戦闘機は、銃砲の他に多少の爆装を施して戦闘爆撃機として運用することも多かったから、軽爆撃機の運用は曖昧なものになってきていた。
 最近では軽爆装備の部隊が、飛行第36戦隊のように、新型への機種改変を兼ねて重爆撃機や襲撃機へと飛行分科が転科となる場合が多かった。

 九七式軽爆にかぎらず単発の軽爆は、どの隊でもあまり気味だったから、旧式化した機体でも段列に目端の利く下士官さえいれば、員数外の予備部品などの入手はそれほど難しくなかった。
 だから飛行第36戦隊でも本来用廃となるはずの九七式軽爆を雑用機として多用していた。


 今回の作戦に合わせて、九七式軽爆は夜間の視認性を上げるために誘導する飛行大隊ごとに色味の異なる誘導灯を追加装備していた。
 離陸を終えた九七式軽爆が、上空で旋回しながらぼんやりと各色の誘導灯を点灯し始めたのを確認して、一式重爆撃機二型の群れが続々と離陸を始めた。
 滑走路脇には、機体の整備にあたった将兵ばかりではなく、主計や飛行場大隊の兵までが夜中だというのに総出で見送っているのが見えた。
 中には何処からか持ち出してきた日章旗を振り回している兵も居るようで、月明かりの中でも周りの兵たちが迷惑そうにしているのがわかった。

 荘口大佐は、どうにもこれから死地に赴くという悲壮感が全くなくなっていたのに気がついて、思わず苦笑しながら見えないとわかっていても地上勤務者達に敬礼を返した。
 ふと機内を見渡すと、真剣な顔で操縦桿を握る正副二人の操縦士を除いた全員が大佐と同じように、やはり悲壮感のない表情で地上に向かって敬礼をしていた。
 2個飛行戦隊72機の一式重爆撃機二型は一機も欠けること無く、九七式軽爆撃機の誘導で地中海を北上するコースに乗りながら編隊を組み直していった。


 予定通りに編隊を組み終えたのを確認すると、九七式軽爆撃機隊は名残惜しそうに翼を振りながら引き返していった。
 これで地中海上空を飛行するのは一式重爆撃機のみとなった。
 もちろん、すでに他隊の機体もプロエスティ油田地帯に向けて飛行しているはずだった。
 タイムスケジュール通りならば、一式重爆撃機を有する2個飛行戦隊の離陸順番は最後から二番目となるはずだった。
 ただし、プロエスティ油田地帯に侵入するのは一式重爆撃機が最後となる。

 一式重爆撃機からやや遅れて離陸したモスキート高速爆撃機は、巡航速度が速いから他隊を途中で追い抜かして最初にプロエスティ油田地帯に爆撃を敢行する予定だった。
 予定通りならば今頃一式重爆撃機を追い抜かしているはずだが、微妙に目標までの飛行ルートはずれているから、作戦行動中に直接視認できる距離には近づかないはずだった。
 航続距離を延長させるために、搭載量を犠牲にして爆弾槽の一部にまで特設燃料槽を追加させたこの特別仕様のモスキート隊は、爆撃隊の主力としてではなく、目標に目印となる吊光弾を投下するパスファインダーと呼ばれる爆弾先導隊として参加していた。
 夜間に、真っ先に敵地に侵入して、正確な爆撃を行わなければならないモスキート隊を支援するために、最新の電波航法支援装置が用意されていた。

 このモスキート隊によって投下された吊光弾や、それによって発生するはずの火災を目印として次に夜間爆撃を行うのが、日本海軍の一式陸攻隊と英国空軍の四発爆撃機ランカスター隊だった。
 わずかな時間差で、ランカスター隊はプロエスティ油田地帯の主要施設からやや離れたカンピーナの製油所を爆撃し、一式陸攻で編制された2個航空隊がプロエスティ油田地帯の主要設備を爆撃する予定だった。
 海軍の1個航空隊は、定数の上からみるとほぼ陸軍の1個飛行戦隊に匹敵するから、搭載量の少なさを割引いても、一式重爆撃機が飛来するまでにはかなりの施設が破壊されているはずだった。

 ランカスターと一式陸攻で編制された各隊が夜間、あるいは黎明時の爆撃になるのに対して、これらの隊よりもやや遅れてプロエスティ油田地帯上空に到達する一式重爆撃機隊の投弾開始時にはすでに夜が明けているはずだった。
 高速のモスキートはともかく、他の先行する二機種は爆弾搭載量や高速性を追求するあまりに防護力は低いから、夜の闇に脆弱な機体を隠す必要があったのだ。
 事前の偵察によって、プロエスティ油田地帯周辺には首都ブカレスト防衛のためなのか、ある程度の戦闘機部隊も確認されていたから、夜間爆撃を多用する英国空軍が夜明け前の投弾と帰投にこだわるのも当然だった。

 これに対して、最後にプロエスティ油田地帯に侵入する予定の飛行第35,36戦隊が投弾を開始する頃にはすでに夜は明けているはずだった。特に現地の天候が崩れるという気象情報は出ていないから、おそらくプロエスティ油田地帯に到着する頃には、地上は日の出と先行した部隊の爆撃による火災とで明るく照らしだされているはずだ。
 飛行第35,36戦隊だけが、夜闇に紛れ込めないこのような昼間爆撃となったのには理由があった。ランカスターと一式陸攻隊の敵地侵攻を出来るだけ夜間に実施させたかったからだ。

 二百機以上の機体が実施する爆撃は、各機の機体性能が異なるために、各隊の目標上空への侵入時間をある程度ずらしておく必要があった。そうでなければ僅かなズレも修正出来ずに上空で各隊が鉢合わせしてしまうからだ。下手をすれば空中衝突さえ招きかねなかった。
 だから爆撃開始から終了までの時間は、爆撃に参加する隊の規模からすると異様なほど長くなってしまうのだが、そうなると別の問題が出てきていた。爆撃開始時間をあまり早い時間に設定してしまうと、欧州大陸奥地に存在するプロエスティ油田地帯に進出するまでに、日没前にルーマニア王国上空を飛行しなければならなくなってしまうののだ。
 より安全な夜間爆撃を行うのに、まだ明るい時間に、長時間敵地に身を晒しながら飛行するのは本末転倒だった。
 だから、ルーマニア上空飛行中も夜闇に隠れられるように、爆撃開始時間はある程度遅らせる必要があったのだが、そうなると逆に爆撃終了時間はほとんど夜明けと変わらない時間となってしまったのだ。
 爆撃に参加する機体の中で、最も防御火力や防弾装甲板の充実した一式重爆撃機が殿を務めているのも、他の2機種では明け方以降の姿を完全に表した状態の爆撃では損害が大きくなりそうだったからだった。

 だが、爆撃前後は確かに危険となるが、逆に考えればそれまでの間は、航法さえしっかり行えば比較的安全な夜間飛行となる。ルーマニア国内では全国土を覆うほどの電波警戒機の設置や有力な夜間戦闘機の存在は確認されていないから、プロエスティ油田地帯近辺まではさほど危険なことはないはずだった。


 荘口大佐は、地中海も半ばを超えたあたりから、乗機の指揮官用に一部が改装された一式重爆撃機二型に追加して搭載されている機上電波警戒機を、逆探知を避けるために断続的に使用させていた。
 だが、電波警戒機による捜索では、周囲を飛行する飛行第35,36戦隊の機体以外の機影は確認されなかった。
 追加した機上電波警戒機は小型で扱いも容易だったが、その分捜索範囲は限られている。それでも月明かりがあるとはいえ、巡航速度で排気炎は絞られているはずだから、一式重爆撃機の編隊を目視できる範囲内には敵哨戒機は存在しないと考えてもよさそうだった。
 どうやら助攻部隊による攻撃は成功を収めたらしい。荘口大佐はそう考えてわずかに笑みを浮かべた。


 この作戦に参加する部隊は、実際にプロエスティ油田地帯を爆撃する部隊ばかりではなかった。
 主攻となる部隊がプロエスティ油田地帯を爆撃するのに対して、助攻部隊は主力を援護するために障害となりうるクレタ島駐留のドイツ空軍に対して航空撃滅戦を敢行していた。
 元々クレタ島駐留の部隊は規模が小さく、さしたる脅威とは考えられていなかったのだが、先日のマルタ島をめぐる一連の海戦においてその認識は改められることとなった。
 地中海方面軍の当初の予想よりもクレタ島に駐留する大型機の数が多いことが判明したからだ。マルタ島に向かう船団は、まずクレタ島から発進した哨戒機によって発見されてしまうことが多かった。
 そして、長距離哨戒機による接触機の誘導によって大型で航続距離の長い多発の爆撃機や、場合によっては潜水艦によって船団は連続した攻撃を受け、損害をこうむることが多かった。

 最近では防空と対潜哨戒のために建造された簡易な航空母艦を、船団に随伴させることで損害を低減させていたが、逆に言えばそのような洋上航空戦力を必要とさせるほどクレタ島駐留部隊は有力な存在だったのだ。
 このクレタ島駐留部隊を放置した場合、プロエスティ油田地帯に侵攻する我が部隊が早期に発見され、防空戦闘機隊によって欧州大陸への侵入そのものを阻止されてしまうかもしれなかった。
 だから、作戦立案当初には予定になかったクレタ島駐留部隊への攻撃が決行されることとなったのだが、プロエスティ油田地帯に向かう爆撃隊から戦力を抽出することは出来なかった。

 結局クレタ島駐留部隊への攻撃は、プロエスティ油田地帯への侵攻には航続距離が足りないために不参加となっていた九七式重爆撃機装備の部隊があたることとなっていた。
 元々九七式重爆撃機は、このような航空撃滅戦において敵飛行場を開戦と同時に攻撃するための機種だった。
 さらにこの作戦では遠距離戦闘機である一式単戦と、防御機銃座を充実させた翼端援護機仕様である一式重爆撃機一型が護衛戦力として随伴していた。
 大型機であり、基本的に九七式重爆撃機と編隊を組んで行動する一式重爆撃機一型はともかく、一式単戦は積極的に在空の敵機を攻撃することになっていた。
 軽快な戦闘機が在空の機体を殲滅し、地上の敵機を九七式重爆撃機が破壊するのだ。それが日本陸軍が想定する航空撃滅戦の基本戦術だった。

 このクレタ島への航空撃滅戦は、今朝から開始されていた。荘口大佐たちが離陸するまでには詳細は伝わって来なかったが、これまでほとんど北アフリカ戦線に展開する地上軍への直接支援や、北アフリカ各地に点在する敵野戦飛行場への空襲を繰り返していた九七式重爆撃機部隊による突然の方針転換は、枢軸軍に対して戦略的奇襲となったらしく、相当数の敵機を地上撃破することに成功したらしい。
 荘口大佐たちプロエスティ油田地帯に向かう主攻部隊は安心してクレタ島周辺の空域を突破していった。


 クレタ島を突破した飛行第35,36戦隊は、エーゲ海上空を飛行しながら徐々に高度を落としていった。
 ここから先はギリシャとブルガリアの上空を通過することになる。できるだけ人口密度の低い山岳地帯を通過するように飛行経路は設定してあるから、目撃される可能性は低いが、この規模の編隊が電波警戒機から逃れるすべはなかった。
 これまでの偵察飛行では、この近辺に電波警戒機を用いた大規模な警戒網が構築された形跡は発見されていなかったが、用心するに越したことはなかった。

 高度を下げていくと、次第に海面に生じた白い波頭が肉眼でも容易に確認できるようになっていた。単に海面との距離が縮まったからではなかった。陸地が近づいているから波が複雑なものとなって波頭が見えるようになったようだ。
 すぐに編隊は海岸線を超えてギリシャ上空へと達した。これから先は敵地上空を飛行することになる。
 自然と機内からは無駄話が消えて、代わりに緊張感が満ちていった。

 それでも何時間かは、敵地上空にも関わらず、何事もない平穏な飛行が続いた。
 先導のモスキート隊の爆撃が始まった頃には、機内を更なる緊張感が襲ったが、相変わらず編隊は何事も無く闇夜の中を飛び続けていた。
 敵地上空に侵入してからは電波警戒機の使用は控えていたが、目視での監視でも敵機の気配は全く感じられなかった。
 枢軸軍の迎撃機がすでに出撃しているかどうかは分からないが、もしいたとしてもプロエスティ油田地帯上空に集結しているはずだ。
 プロエスティにたどり着くまではさしたる脅威は無さそうだった。

 事前の航空偵察によって対空陣地群の位置も把握されていた。
 回り道とはあるが、各隊の飛行経路は対空陣地群の隙間を縫うように設定されていた。だから、上手くすれば投弾開始まで敵部隊の姿を見ること無く接近できるかもしれなかった。

 そのような甘い考えが覆されたのは、最終変針点であるフロレスティ付近まで到達した時だった。
一式重爆撃機二型の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1hbb.html
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ