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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942プロエスティ爆撃作戦2

 荘口中佐の眼の前に現れたのは、四発の大型機だった。
 陸軍航空本部に中佐が開発段階で携わっていた九七式重爆撃機も、決して小さな機体ではなかったが、この機体は九七式重爆撃機よりも一回り以上は大きいようだった。
 機体の外形は全体的に流線型を多用しており、全体的な印象だけみれば九七式重爆撃機と似ていなくもなかった。
 呆然としていたのはあまり長い間ではなかった。荘口中佐は引き込まれるようにその機体に近づいていった。

 格納庫天井から吊るされた光源のせいか、機体塗装の色味がよくわからなかったが、近くによってみると主翼はやけに目立つ黄色で綺麗に塗装されていた。
 胴体も最初はジェラルミンの地肌かと思ったのだが、実際には乳白色で塗られているようだった。
 荘口中佐は首を傾げながらその塗装を見ていた。垂直尾翼も黄色に塗られたその塗装色は満州航空のものだったからだ。
 その証拠に胴体側面には満州航空の名前が漢字で記載されていた。

 満州航空は、満州共和国成立と同時期に設立された航空会社だった。今現在も広大な満州全域をつなぐインフラ網は整備中の段階であり、僻地どころか満州鉄道などの鉄道網以外は主要都市間の交通にも航空便は欠かせなかったからだ。
 満州共和国が株式の過半を保有する半国策会社として誕生した満州航空だったが、実際のところは日本航空の満州代表部の機能を強化して別会社としたのに過ぎなかった。
 幹部職員や搭乗員達も設立当初は、旧日本航空社員だったものや、退役軍人ばかりだったのだが、現在では日本人のみならず、彼らが教官となって育成した満州国人搭乗員も増えてきているらしい。
 何れは経営陣も満州国人に移行して、日本人は顧問や親会社とも言える日本航空からの出向社員などに限られることになるだろうと予測されていた。

 だが、満州航空にはこのような大型の四発機は存在していなかったはずだ。
 広大な満州共和国全域を活動領域にするとはいえ、満州航空の定期便は国内航空に限られている。
 日本と満州、あるいは満州から諸外国へと向かう航路は、協定によって母体となった日本航空の路線だったからだ。
 それに将来はともかく、現在の満州航空では国外路線を新たに開拓するだけの企業体力はまだ無いだろう。

 だからこのような大型の四発機を満州航空が購入しても、宝の持ち腐れどころか過剰投資になってしまうのではないのか。
 荘口中佐はそのようなことを考えながら機体を観察していった。違和感に気がついたのはその時だった。
 満州航空の文字が書かれている箇所が、他の箇所と比べて妙に盛り上がっているような気がしたのだ。
 首を傾げながら、荘口中佐はその周囲を詳細に観察していった。
 よく見るとそのような箇所は他にもあるようだった。
 その箇所だけが他の機体構造とは連続しておらず、リベットの列もどことなく乱れているような気がした。
 まるでそこだけが後から付け足されたかのようだった。
 一度目をつむった荘口中佐は、一歩下がって、機体の全景を見ながら、その数カ所の間隔を確認していった。

 最後に胴体下部に他の数カ所と同じような取ってつけたような後が残っているのを確認した。
 結論はすでに出ていた。
 満州航空の塗装が施されたこの機体は、輸送機か旅客機の艤装を施されているが、原型となっているのは防御機銃を備えた爆撃機であるはずだ。
 機体の各部にある痕跡は、防御機銃座を取り外して余計な空力抵抗とならないように機体外形を整形したものだろう。
 元々の機体構造に開口部を設けていたものを塞いだものだから、木に竹を継ぎ足したような印象を与えることになったのだろう。
 胴体下部にも同じような工事箇所があったが、こちらは最初からあった扉を機体形状に合わせた平板で塞いだだけだった。
 おそらくそこには爆弾倉とその扉があったのだろう。
 今はその部分は爆弾ではなく貨物か乗員を載せるように改造されているはずだ。

 実のところ爆撃機を改設計して輸送機を開発する例はこれまでにもあった。
 陸軍では現在九七式重爆撃機を原型とした新輸送機を三菱重工に開発させているし、海軍でも独自に九六式陸攻を改造した輸送機を就役させていた。
 だが、それらの爆撃機を改設計した輸送機は、当初から輸送機として新造されたものだった。
 改設計によって機体構造にも変更があるし、逆に爆撃機仕様で取り付けていた機材を取り外す必要も出てくるからだ。
 試作段階の機体を原型機である爆撃機から改造したり、前線での仕様に耐えなくなった機材を輸送機として再生する例はあるだろうが、それも極少数であるはずだ。
 ではこの機体はなぜ爆撃機から直接輸送機へと改造されたのか。そもそもこの機体はどこが製造したというのか。
 三菱や中島飛行機などの製造機とは特徴が異なる機体を眺めながら荘口中佐は首を傾げていた。


 荘口中佐に、後ろから唐突に声がかけられたのはその時だった。
「日本人は時間に正確だと聞くが、顧問殿も例外ではないようだな」
 慌てて振り返ると、そこには中年の男が立っていた。満州国軍軍政部長の馬占山将軍だった。
 直接あったことは一度もないが、記録写真では何度も見たことのある顔だった。
 たしかすでに初老といっても良い歳のはずだったが、泥鰌髭を伸ばした顔つきは意外なほど若々しかった。

 馬占山将軍の名は、奉天派総帥の張作霖の懐刀として、日本軍内部でも知られていた。
 馬占山将軍は、貧農出身の馬賊上がりで、正規の軍隊教育はまともに受けたこともないはずだったが、満州共和国成立の前後に起こった戦乱期には、二個師団相当の軍団を率いて満州狭しと縦横無尽に敵対軍閥や匪賊狩りに活躍していたからだ。
 この時には小規模ながらも、日本軍から供与された戦車を配備した機動部隊をも指揮していたというから、満州共和国軍の中では近代戦に理解のある方のようだった。
 旧奉天派の将帥らが満州共和国成立後に次々と政界入りして行ったのに対して、馬占山将軍は他国で言えば元帥に当たる将軍の地位を与えられた後も一貫して軍人で居続けた男だった。
 現在は、日本軍で言えば陸軍参謀総長と海軍軍令部長を兼ねるような満州国軍軍政部長という現役軍人の頂点の地位についていた。
 形式的には日本軍から派遣された軍事顧問団は、満州国軍内では軍政部の指揮下に入るから、荘口中佐にとって馬占山将軍は軍事顧問団長の上位に位置する直属上司と考えても良かった。

 半ば伝説とかしている馬占山将軍に、荘口中佐は私服姿ながら慌てて敬礼したが、その直後に馬占山将軍の後ろから現れた男を見て凍りついてしまった。
 ―――何故この男がこんなところにいるのだ…
 意識して中肉中背のさして特徴のないその男を無視すると、荘口中佐は馬占山将軍に言った。
「日本帝国陸軍より顧問として派遣されました荘口航空中佐であります」
 馬占山将軍は、荘口中佐の申告に軽く手を振って答えると面白そうな顔で言った。
「日本軍から航空畑の顧問が派遣されて来るのは貴官が初めてだ。これから先は、我が軍でもこのような大型の攻撃機を導入したいと考えている。顧問殿にはしっかり働いてもらうことになるが、我が軍の将校共に航空戦の随意をしっかりと叩き込んでやってくれ」
 荘口中佐は、怪訝そうな顔になった。
 やはりこの機体はもとは爆撃機のようだが、この機体がなんであれ、このような大型機を満州国軍が導入するのは時期尚早ではないのか。
 軍事予算には限りがあるのだし、ソ連から近代航空兵器の供与を受けるモンゴル人民軍はともかく、中国共産党勢力にはろくな航空戦力は有していないのだから、満州国軍航空隊もまずは単発の戦闘機や襲撃機などを中核とした防空部隊から戦力を整えるべきではないのか。

 だが、そのことを荘口中佐が言うと、馬占山将軍は豪快に笑いながら言った。
「無論最初に揃えるべきは単座の戦闘機になるだろう。蒙古の連中はソ連から攻撃機ももらっておるらしいからな。だが、守っているだけでは戦は勝てん。何れはこちらから打って出るための攻撃機も必要となるだろう。もちろん、我が軍が政府や外交関係を無視して勝手に戦端を開くことなどありえんが、な」
 そう言い終わると馬占山将軍は、意味深気な凄みのある笑みを見せた。
 なんと返せばいいのかわからずに、戸惑ったまま荘口中佐も愛想笑いを返したが、次の馬占山将軍の一言で固まってしまった。
「最も南満に侵入を繰り返すアカ共を相手にするには、このような大型機を原型としたほうが効率はいいかもしれないが…」

 しばらく荘口中佐は呆けたような顔になってから、馬占山将軍にその様な顔を見られたかと思い慌てて表情を引き締めた。
 だがその心配は杞憂のようだった。馬占山将軍は楽しげな顔で大型機を見ていたからだ。
 ひどく思い入れの有りそうなその様子に、内心でため息をつきながら荘口中佐はいった。
「お言葉ですが将軍、この大型機の原型は爆撃機、それも四発の大型重爆撃機のようですな。このような重爆撃機は我が軍のように敵航空機、すなわち敵基地を開戦初撃で攻撃する航空撃滅戦や、敵都市や軍需工場といった重要拠点に対して長駆侵攻する戦略爆撃に使用するものです。
 つまり敵軍の拠点を攻撃することこそが重爆撃機の任務なのです。しかし中国共産党を相手にするにはこのような機体は向いていないでしょう。攻撃すべき拠点が存在しないからです。
 現在までのところ中国共産党はこれといった拠点を有していないようです。彼らの拠点といえるものは兵たちを潜ませた村々なのだと聞いております。このような無数の小規模な拠点を攻撃しても彼らは部隊を分散させて被害を極限しようとするでしょう。こういった相手に有効なのは、このような高価な大型兵器ではなく民衆を抱き込んだ地道な宣撫工作しか無いでしょう。まぁ航空将校である小官よりももっと詳しい者が顧問団にはいるでしょうが…」

 馬占山将軍は、荘口中佐がそう言っても納得した様子はみせなかった。そしてつまらなそうな顔で言った。
「顧問殿は常識的な考え方をするのだな。まぁ軍事顧問はそうでなければならんのだろうが。だがもう少し柔軟な思考をしても良いのではないのか。別に儂は共産主義者共に戦略爆撃を仕掛けようというのではないのだ。第一高価な爆弾を一発一発人間に投げつけていてはもったいないではないか。
 それよりも大型機であれば対人攻撃に有効な機関銃を空中から好きなだけ撃てるのではないのか。どうだ、その機関銃をこう…横に向けてだな」
 まるでいたずらを思いついた少年のように目を輝かせながら、馬占山将軍は大きな身振り手振りで機体の横から銃身が伸びているさまを描いた。
「それで上空からゆっくりと旋回しながら撃ち続けるのはどうだ。正規軍の戦車相手にはどうだかわからんが、共産主義者の遊撃隊相手には有効なのではないのか
 以前古い友人のそんな話になったことがあってな。航空畑の顧問殿にはわからんかもしれんが、地上を這うしか無い匪賊共には上空を抑えられるのはかなりな脅威になるのだよ」
 馬占山将軍は楽しげな顔で言ったが、荘口中佐はの顔は引きつる寸前だった。随分と物騒な友人もあるものだった。

 どう考えてもそのような兵装の機体が有効だとは思えなかった。爆撃機が装備する機関銃はあくまでも敵戦闘機の接近を阻止するためのものだ。
 それに多発の爆撃機のような大型機が低空に侵入して機銃掃射を行うなど正気の沙汰とは思えなかった。定位置で旋回する大型機など、相手にまともな対空火器があればただの的になるとしか思えない。それに低空を旋回する機体は、敵戦闘機に対しても脆弱になってしまうだろう。
 爆撃機とは編隊飛行で防御機銃の射界の死角を補いながら、高速で敵地に侵入して爆撃後は素早く離脱するのがセオリーだった。

 だが、そのようなセオリーを思い浮かべながらも、荘口中佐は馬占山将軍のアイディアについて考え始めていた。
 確かに滞空時間や搭載量に優れる爆撃機ならば、長時間敵部隊の上空で制圧し続けることも出来るかもしれない。
 爆弾搭載量を削れば銃砲の装備量も増やせるはずだ。

 そこまで考えて荘口中佐は慌てて首を振った。よく考えればそのような機体の価値はそう高くはならないはずだ。
 原型が重爆撃機だとすれば機体の価格はかなりのものとなるだろう。少なくとも爆弾の入れ物にすぎない爆弾倉よりも多数搭載した機銃のほうが高く付くから、機体取得価格は爆撃機型よりも高くなるはずだ。
 たしかに爆弾よりもは機銃弾の方が安いから出撃あたりのコストは低いようにも思えるが、敵地での滞空時間が長くなる分だけ燃料消費量は増えるし、危険度も増すはずだ。
 それに共産主義勢力に現在戦闘機部隊が存在しなかったとしても、ソ連顧問などによって不意に出現する可能性は少なくない。あるいは有力な対空砲があれば。敵部隊にとって定位置で旋回を続ける大型機に命中弾を与えるのは容易だろう。
 ―――やはり爆撃機のような大型機を、そのような変則的な機銃掃射任務に従事させるのは戦術の邪道だ。
 それにこのような高価な大型機の取得は、歩兵中心の戦力整備を続けてきた満州国軍にはまだ早いだろう。
 まずは兵達の装備を統一させることから着実に始めるべきではないのか。

「しかし、まずは先立つものがないとな」
 荘口中佐の内心に気がついたわけでもないだろうが、馬占山将軍は唐突にそのようなことを言い出した。
「表の兵隊たちを見ただろう。あれは恭順してきた匪賊達の部隊でな。いまあやつらには畑を作らせている」
 首を傾げながら荘口中佐は尋ねた。あのどことなくとらえどころのない雑多な部隊と畑仕事という単語が結びつかなかったのだ。道路工事の現場にでも駆り出されているというのならばまだ話がわかるのだが。

「三菱や中島は、満州国軍の兵器に関心があるらしいな」
 そう言うと馬占山将軍は、意味ありげな顔で後ろの男に振り返ったが、男は素知らぬ顔でとおしていた。
「最近陸軍では九五式軽戦車の導入が決まってな。その時に戦車部隊の支援用にトラクタがほしいと言ったら試作機の実用試験だとかで日本本土から持ち込んでくれたよ。使ってみるとあれやこれや機材を交換できて案外に使い勝手がいいものでな。今は兵どもに使わせて郊外で開墾作業をさせている。
 いやぁ内燃機とは便利なものだな。農耕馬よりもよっぽど役に立つものだ。儂の若いころには農地に出来るなど思いもよらなかった荒地が、トラクタの馬力を使えば、見る見る間に農作地に早変わりするのだ。全く便利なものだ」
 そう言うと馬占山将軍は何度も頷いてみせた。
 荘口中佐は、ようやく納得していた。あの兵達が農作業をする姿は想像できなかったが、実際に彼らが駆りだされているのは、荒地の開墾作業というから農業土木になるのだろう。トラクターを動かす少数の技術者を除けば、大半の兵達が従事するのはもっこを担いだり円匙を振るったりする単純作業が大半なのだろう。それならば屈強な兵たちが従事していても不自然ではない気がした。
 だが、次の馬占山将軍の一言は、そのような納得を前提から覆した。

「順調に農地が増えていけば、兵どものいくらかはそのまま農民にさせられるだろう」
 荘口中佐はそれを聞くなり首をかしげていた。たしかに彼らの練度は高くはないかもしれないが、満州共和国は軍閥の寄り合い所帯であるのにすぎない。満州を国家たらしめているのはある意味で軍事力にほかならない。その根源である兵力を削減してしまうのは政権基盤を揺るがすことにならないのか。下手をすれば軍を追われた兵達による反乱が起こるかもしれない。
 だが、荘口中佐がそう言うと、馬占山将軍はなんでもないように言った。
「別の顧問殿が言っておったぞ、兵の多寡と戦力は必ずしも釣り合わぬとな。生身の兵がどれだけ銃を構えても、重装甲の戦車には叶わぬし、現代戦はより良い砲を持つほうが優位に立てる。日本軍がかの欧州大戦やロシア帝国との戦争で学んだ教訓かと思ったがな。だから現代戦に対応できぬ兵など、どれだけ頭数が揃っていても、近代化を妨げる障害にしかならぬだろう。
 確か日本軍でも、欧州大戦後に陸軍の規模を縮小して、その分だけ火砲や戦車を増やしたはずだったな。我が国軍も日本軍に習って兵の数を減らす代わりに強力な近代兵器を配備しなくてはならぬ。数を頼りに攻め込んでくるであろう共産主義者共を相手にするのに、こちらも数で対応していては、死人ばかりが増えるだけで効率が良くないからな。これは儂の熱河戦の時の教訓だがな…
 それにまぁ元匪賊とはいってもその大半は喰えずに離農せざるを得なかった農民が大半だからな」
 馬占山将軍は遠い目をしながら、そう言った。
 将軍自身も貧農の出だというから、もしかすると昔のことを思い出しているのかもしれなかった。もっとも次の一言は物騒極まりなかったが。
「もしも帰農を嫌がって兵乱を起こすものがおれば、儂の直属の機械化部隊で容赦なく殲滅すればいいだけの話だが、おそらく大半の兵は大人しく帰農するはずだ。日本の大学が研究した最新の土木工学とやらを満州で実践してくれたおかげで、今作らせている畑もなかなか良い物になりそうだ。しばらくは軍隊組織を流用した予備役兵扱いの集団農場体制とするつもりだが、かなりの数が帰農できるだろう。
 日本では機械化だか工業化の反動で農地が減っておるというから、農作物を作れば高粱でも米でも高値で買い取ってくれるだろう。多分。
 その金を元手にして、この国も工業化を進めると同時に兵器を買い付けるのだ。馬賊時代を忘れて華美な生活にふけりながら賄賂を要求するけしからん高官もいるようだが。何、そんな奴らは憲兵を使って片っ端から検挙してしまえばいいのだ」
 荘口中佐は、反論する気も失せていた。現満州共和国の高官らということは、他でもない馬占山将軍の軍閥時代の仲間ではなかったのか。

 馬占山将軍は、荘口中佐を気にする様子もなく、だんだんと感情を込めながら言った。
「あと十年だ。あと十年しか…いや、あと十年で儂は我が国軍を列強と並ぶ精鋭集団に育ててみせる。そうでなければこの戦乱の続く極東の地で満州は生き残れぬのだ。だというのに政府高官共の中にも、せっかく作り上げたこの国の利権に群がって喜ぶことしか覚えなかったものが出てきたのだ。
 だが儂の邪魔は誰にもさせんぞ。儂の理想を邪魔する奴は必ずその報いを受けさせてやる…」
 馬占山将軍が何を思ってそんなことを言っているのかはよくわからないが、鬼気迫る様子に荘口中佐も、将軍の後ろの男も何も言えずに突っ立っているしかなかった。

 三人ともしばらく黙りこくっていたが、唐突に馬占山将軍が荘口中佐に向き直った。すでに表情からは険しさが抜け落ち、かわって笑みを浮かべていた。
「つい話に夢中になって大事なことを忘れる所だった。実は顧問殿に最初にお願いしたい仕事のことなのだ」
 これまでの馬占山将軍からすると妙に下手にでた態度だった。嫌な予感がして荘口中佐は思わず一歩下がっていた。
「この航空機なのだが、とりあえず他に売りに出される前に満州航空に購入させたのだが、決算までに転売して購入費用を補填するという約束になっておるのだ。その決算の期日まで時間があまりないらしくてな。顧問殿には日本陸軍の航空本部との仲介をお願いしたいのだ。
 大株主の日本航空に話を通さずに、馴染みの満州航空役員に無理を言ってしまったものでな。うまくいかないと儂の面子も彼の首も危うくなるでな。ああ、安心してほしい。日本の陸軍省にいる岩畔君とは話が出来ているから、東京の窓口は彼を指名してくれ」
 荘口中佐は、呆気にとられていた。この航空機を転売すると急に言われても何のことかさっぱりわからなかった。どうやら満州航空の裏予算か何かで購入したようだが、それを何故日本陸軍が買い取らなければならないというのか。陸軍省の岩畔という名は聞いたような気がするが、誰だったか思い出せなかった。
 最後に馬占山将軍は、無理なことを言っているという自覚はあるのか、愛想笑いを浮かべながら言った。
「こっちは中島商事満州支店の佐々木だ。陸軍への売却に関しての手続きは彼と諮ってやってくれ。儂はこれから視察しなければならない場所があるので失礼する」
 慌ただしそうに馬占山将軍は、護衛の兵を連れて格納庫から出て行った。荘口中佐はため息をつきながら、馬占山将軍の背後に控えていた男、かつて中島飛行機に在籍していた佐々木に向き直った。

「お久しぶりです。荘口中佐殿」
 佐々木は慇懃な態度だったが、どこか冷ややかさが感じられるような気がした。荘口中佐は思わず身震いしていた。
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