挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
38/274

1942マルタ島沖海戦8

 どうやら奇襲は成功したようだった。
 左舷側を航行する敵艦に向けて滑らかに旋回しつつある1、2番主砲塔を見つめながら、ボンディーノ大佐は心のなかでそっとため息をついていた。
 照明弾による主砲射撃まで用いた対空砲火が、どれほどの損傷を敵機に与えたのかはよくわからなかった。
 随分と激しい対空砲撃であったような気がしたが、夜間で距離もあったことを考えれば命中弾が一発もなくても不思議ではなかった。
 実際、レーダー観測では、観測機や照明機らしい敵機が砲撃後も飛行を続けていることが確認されていた。

 ただし、飛行自体は可能でも、何らかの損傷を与えられたのは確実だった。
 ヴィットリオ・ヴェネトが死んだふりをしてまで放った対空砲撃の後に探照灯の照射が停止していたからだ。
 レーダー観測でも遠ざかっていく編隊が確認されているから、探照灯かそれとも燃料タンクか何かを破壊したのかもしれなかった。
 少なくともこの戦闘でこれ以上の照射は免れたと考えても良いはずだった。
 物量に優れる国際連盟軍と言えども、あれほど奇妙な機体がそう多く配備されているとは思えない。
 もし予備機がいたとしても間髪入れずに投入しているか、それとも照射範囲を広げるために同時に複数機を展開しているはずだった。
 だから、もうヴィットリオ・ヴェネトも敵機を気にすることなく敵艦に主砲を向けられるはずだった。

 ボンディーノ大佐は、こちらを砲撃する敵艦への反撃を中止してでも、敵観測機を撃墜するほうが優先だと判断していた。
 夜戦の中で一方的に照射されていては、片っ端から正確な着弾観測で撃破されてしまうかもしれない、そう考えたからだった。
 同時に、どことなく安堵感を得ていたのも事実だった。
 少なくとも日英海軍でもレーダー射撃は完全な実用段階にはないことがわかったからだった。
 レーダー観測のみで夜間でも完全な射撃データが得られるのであれば、危険を犯して照射専用の機体などを投入することはなかったはずだ。
 ヴィットリオ・ヴェネトに向けられた敵艦による射撃の結果もそれを物語っていた。
 すでにヴィットリオ・ヴェネトからの反撃はない状況で、三斉射目を数えるのにもかかわらず、敵艦の射撃による水柱がヴィットリオ・ヴェネトに近づいてくる気配はなかった。
 水柱のレーダー観測が行われているのか測距値は徐々に正しくなりかけている様子はあった。
 ヴィットリオ・ヴェネトの航路をなぞるように発生した水柱が増えていたからだ。

 だが、その水柱とヴィットリオ・ヴェネトとの距離はまだ大分あるように感じられた。
 枢軸連合艦隊の戦艦群単従陣の中で五番艦の位置を占めていたヴィットリオ・ヴェネトの周辺までには、機載出来る程度の探照灯では十分な光量は得られなかったのか、敵艦も光学観測はろくに行えていないのだろう。
 ただし、敵艦の射撃修正がうまくできていない理由は他にもあるかも知れなかった。

 これまでの敵艦の発砲による照り返しによって、ヴィットリオ・ヴェネトに砲撃を行なっている艦は、日本海軍の磐城型戦艦であることが判明していた。
 もちろん最新鋭の磐城型は16インチ連装砲塔を三基搭載する攻防速のすべてを高い次元で兼ね備えた有力な艦ではあったが、射撃データの蓄積という点では四半世紀近く艦齢の長い金剛型に劣るはずだった。
 それがこのような困難な状況下での射撃修正に影響しているのではないのか。

 それに加えて、他艦とは違ってヴィットリオ・ヴェネトはこれまで一回も発砲していなかった。
 だから、ヴィットリオ・ヴェネトを狙う磐城型がそうであるように、自艦の砲撃の照り返しで敵艦に観測されることはなかったはずだ。
 夜戦に置いては、照り返しによる光を目標にされることは決して少なくなかった。

 しかし、先ほどの対空砲撃でヴィットリオ・ヴェネトの正確な位置は、相対する磐城型でも観測されているはずだった。
 夜闇に紛れていたヴィットリオ・ヴェネトのアドバンテージもすでに消え失せていた。
 一刻もはやく敵艦に反撃する必要があった。

 ボンディーノ大佐は、焦る気持ちを抑えながら旋回を続ける砲塔を見つめていた。
 先ほどの対空射撃の間も、こちらに射撃を続ける敵艦の位置は観測し続けていたから、射撃に必要な程度の数値はすぐに得られるはずだった。
 艦橋の左舷側から落ち着いた声がボンディーの大佐に向けられたのは、主砲塔の旋回が終わりかけた時だった。
「今度の射撃も照明弾を混ぜるのだな」
 ボンディーノ大佐が艦橋左舷側に据え付けられた艦隊司令席に振り返ると、サンソネッティ中将が敵艦に向けていた双眼鏡を下ろしたところだった。
 サンソネッティ中将に力強く頷きながらボンディーノ大佐はいった。
「そうなります。本艦のレーダーの観測精度では着弾点の測定はほとんど不可能ですから、何らかの光源は必ず必要です」
 ボンディーノ大佐が言い終わる前に、主砲発射を告げるブザーとそれにやや遅れて凄まじい轟音と閃光が艦橋を襲った。
 主砲発射による閃光はすぐに掻き消えたが、鈍い光が消えることはなかった。それは、先程と同じく照明弾による発光だった。
 各一門だけを発射した三基の三連装砲塔のうち、照明弾を放ったのは一基だけだった。
 一条の照明弾が作り上げた、妙に黄味がかった光によって照らしだされたサンソネッティ中将の顔は、不自然な陰影がついているように見えた。ボンディーノ大佐はその顔を見つめながら言った。
「本艦はすでに数度の実戦をくぐり抜けております。砲術科の練度も十分です…やれますよ」
 一瞬だけ目を閉じてから、サンソネッティ中将はまっすぐにボンディーノ大佐に顔を向けていった。
「艦長とヴィットリオ・ヴェネトの技量に疑問は抱いていない。どのみちリュッチェンス大将とイアチノ大将に何かない限り私に指揮権が回ってくることはない。ここは艦長に任せる」
 そういうとサンソネッティ中将はニヤリと笑みを見せた。
 つられてボンディーノ大佐も笑みを返した。大佐が思っていたよりもサンソネッティ中将は肝が座っているのかも知れなかった。


 主砲射撃指揮所に陣取る砲術長からの報告が入ってきたのは着弾時間と同時だった。
「只今の射撃は…一番遠、二番は…遠」
 どうやら同時に発射した照明弾の光量でも着弾観測は実際に出来たようだった。
 ただし、いつもよりも砲術長の報告には迷いがあるような気がしていた。昼間と同様というわけにはいかないようだった。
 ボンディーノ大佐は押し黙ったまま砲術長が着弾観測による修正を加えているのを聞いていた。
 すでに弾種や目標の指示は砲術長に与えているし、単従陣を組んでの砲撃戦を行う以上はヴィットリオ・ヴェネトに行動の自由はないから、何か突発的な自体が発生しない限りボンディーノ大佐が命令を下す必要はなかった。

 第二斉射は、砲術長による修正から間を置かずに発射された。
 それとほぼ同時に敵艦からの砲撃による着弾が発生していた。
 ボンディーノ大佐は、発生した水柱を忌々しそうな顔で見つめた。先程よりも水柱の発生位置がヴィットリオ・ヴェネトに近づいていたような気がしたからだ。
 どうやら予想通りに敵艦もヴィットリオ・ヴェネトの発砲炎を観測しているようだった。

 だが、ボンディーノ大佐の不機嫌そうな表情は長続きしなかった。
 砲術長の喜色に満ちた報告が聞こえたからだ。
「現在の射撃、一番遠、二番近」
 ボンディーノ大佐とサンソネッティ中将は思わず顔を見合わせていた。
 お互いに獰猛な笑みを浮かべているのを確認すると、ボンディーノ大佐は射撃指揮所につながる電話を掴んだ。
 砲術長に手短に命令を伝えるとほぼ同時に、艦橋前の一番、二番砲塔の主砲の砲身が三本ともゆっくりと上がっていくのが見えた。
 第二斉射にして早くも挟叉弾を得たヴィットリオ・ヴェネトは、交互打方から一斉射撃へと移行していた。

 状況が変化したのは、ヴィットリオ・ヴェネトが挟叉弾を得てから三斉射目の発砲終了の直後だった。
 すでに敵艦からも挟叉弾が出ていたが、命中弾はお互いに発生していなかった。
 だが、夜間で約二万メートルという遠距離にもかかわらず、すでに命中弾が発生している艦も双方にあるようだった。
 照明弾や発砲炎とは明らかに異なる、被弾により発生した火災によって赤々とその位置を知らしめている艦が隊列に含まれていた。
 お互いの前衛に当たる軽快艦艇群も、お互いの戦艦の単従陣に挟まれた海域ですでに接触を開始しているようだった。
 時たま砲火が観測されていた。
 ただし、予想していたよりも敵軽快艦艇の数は少ないようだった。
 今のところ枢軸連合艦隊は隊列の関係から軽快艦艇群の半数程度しか投入されていなかったが、国際連盟艦隊側の軽快艦艇もその防御スクリーンを越えられないようだった。
 だが、整然と砲撃を行う戦艦群とは異なり、軽快艦艇同士の戦いは夜戦らしく混戦になっているようだった。
 いつその混戦を抜け出た敵艦が飛び出してくるのかはわからなかった。

 そんな中、ボンディーノ大佐とサンソネッティ中将は押し黙ったまま敵艦の様子を見つめていた。
 そろそろ命中弾があってもおかしくないのではないのか、ボンディーノ大佐はそのような期待を抱いていたが、サンソネッティ中将は首を傾げながら言った。
「敵の…巡洋艦群の動きが消極的すぎるのではないのか…」
 ボンディーノ大佐は、怪訝そうな顔でサンソネッティ中将を見てから、彼我の巡洋艦や駆逐艦が交戦している海域へと目線を向けた。

 たしかに妙だった。昼間の航空戦では、敵艦隊には巡洋艦、駆逐艦の軽快艦艇もかなりの数が確認されていた。おそらく地中海に投入された日本海軍部隊のほぼ全力に加えて英国海軍からも幾らかが編入されているはずだった。
 後退する損傷艦や空母部隊の護衛に抽出された分を除いても、まだ枢軸連合艦隊に匹敵する程度の軽快艦艇はあるはずだった。
 しかし、現状では枢軸連合艦隊の軽快艦艇部隊は敵艦隊とほぼ互角の戦闘を繰り広げているようだった。
 相次いで入ってくる取り留めのない報告では、迎撃にあたっている敵軽快艦艇群は、巡洋艦クラスが十隻程度であるらしい。
 これは明らかに予想していた数よりも少ない数だった。
 それでも味方艦艇が敵主力艦への雷撃を出来ないのは、何隻か含まれる敵大型巡洋艦の優力な火力と数群に分かれた敵艦隊の巧みな機動と連携によって接近を阻止し続けられているからのようだった。

 それに対して、枢軸連合艦隊側の方では、艦艇の数は多いものの、統率がとれているとは言いがたかった。
 仏伊の二カ国隻の艦艇には、それらをまとめる指揮官も存在せず、各隊が場当たり的な機動を繰り返しているばかりだったからだ。
 各国艦隊の旗艦を含む戦艦群の方には、二人の大将に加えて三人の中将が乗り込んでいるのに、軽快艦艇をまとめる指揮官がかけているのも間抜けな話だった。
 最も、ただ戦隊司令をまとめる指揮官が居るだけでは現在の状況は変わらなかっただろう。
 各国合同訓練の実施どころか、使用言語も異なる三カ国の艦隊をスムーズに運用できるとはとても思えなかった。

 これに対して敵艦隊の主力となっているのは日本海軍であるし、詳しくは知らないが、日本海軍でも士官クラスであれば大半が流暢な英語を使えるらしいから、少数の英国艦が編入されていたとしても指揮系統に支障は生じないのではないのか。
 そこまで考えてから、ふとボンディーノ大佐は思いついて反対舷へと顔を向けた。
 角度が悪くて直接視認はできないが、その方向にはプリンツ・オイゲンと駆逐艦5隻からなるドイツ艦隊が控えているはずだった。
 予備兵力として待機させているのかもしれないが、もしかすると仏伊に加えてドイツ海軍部隊まで投入して指揮系統の混乱を増大させないための意味合いも含まれているのかもしれなかった。

 ボンディーノ大佐は真剣な顔でサンソネッティ中将に向きなおっていった。
「確かに敵軽快艦艇の数が予想よりも少なすぎます。もしかするとどこかに未確認の水雷戦隊が潜んでいるのかもしれません。艦隊司令部に…リュッチェンス大将にその旨意見具申しますか?…」
 サンソネッティ中将は、ほんの一瞬驚いたような顔になってからすぐに表情を消した。そのまましばらく押し黙っていたが、窓の外に目を向けてから言った。
「いや、こちらが言うまでもないだろう。艦隊司令部もそれくらいのことは予想しているはずだ。敵巡洋艦群に対して独重巡や3戦隊を一気にぶつけないのも予備兵力とするつもりだろう。残っているのは大型巡洋艦ばかりだし、独海軍の駆逐艦は砲力が大きい。余程の大部隊でない限り阻止できるはずだ…」
 サンソネッティ中将が言い終わるよりも早く、伝令が報告を始めた。
「艦隊司令部より命令…プリンツ・オイゲンは駆逐隊を率いて艦隊右舷方向の敵艦隊突入を阻止せよ。イタリア海軍第1、3、7戦隊及び残存の駆逐隊はこれを援護せよ…以上です」
 ボンディーノ大佐は怪訝そうな顔になってサンソネッティ中将と顔を見合わせた。テルピッツには、艦隊司令部にはすでに所在不明の敵艦隊の位置が把握できているのだろうか。

 事情がわかったのは、プリンツ・オイゲンを始めとする艦隊が、戦艦群との並進を止めて大きく転舵を始めてからだった。プリンツ・オイゲンや後続するイタリア海軍の重巡洋艦の何隻かは搭載したレーダーを発信し続けていたから、もしかすると電波源の動きを察知したのかもしれなかった。
 電測室からの報告が入ったのはその時だった。急に逆探が複数の電波源を捉えたらしい。その電波源の方向はいまプリンツ・オイゲンらが向かおうとする右舷側だった。
 サンソネッティ中将はつまらなそうな声で言った。
「テルピッツはこちらよりも遠距離で敵艦をレーダー探知しているようだな…やはり電波兵器ではドイツに一日の長があるということか」
 ボンディーノ大佐もつまらなそうな顔で頷いていた。
「ですが、日本かイギリスかは分かりませんが、奴らのほうが一枚上手でしょう。おそらく奴らは逆にここまでレーダーを全く使用せずに、こっちが馬鹿みたいに全艦使用しているレーダー波を辿って向かってきたんですな。しかもこっちがそれに気がついて艦隊運動を開始した直後に、それに気がついて堂々とレーダーを使い始めた。
 自慢じゃありませんがね、本艦の逆探知機では、おそらく」
 ボンディーノ大佐が言い終わる前に電測室から更に報告が入った。
 ヴィットリオ・ヴェネトのレーダーも敵艦を捉えたらしい。だが、巡洋艦程度の艦艇が高速で移動しつつあるのはわかるものの、レーダーの分解能が低く、詳細はわからないようだった。
 ボンディーノ大佐はそれを聞き終わると、忌々しそうな声で言った。
「レーダーでも逆探でも分解能が低くて個艦の識別はできませんね。やはり遠距離で射撃指揮が出来るほど精度の高いレーダーはまだできませんか」
 サンソネッティ中将は達観した顔でいった。
「国産のレーダーでも、とにかく魚雷の射程外から水雷戦隊を探知することは出来ているんだ。いざとなれば戦艦主砲を用いてでも水雷戦隊を迎撃することは出来るのではないのか」
「それは…たしかに可能ですがね。しかし友軍が雷撃可能圏外で阻止出来ればそれに越したことはありませんが」
 ボンディーノ大佐はそこで言葉を切ると視線を敵戦艦へと戻した。
 とりあえずは味方艦が敵水雷戦隊を阻止するか、あるいは突破されるまではこちらの判断は必要ないはずだった。


 最先任である第1戦隊司令官からの報告が入ってきたのはそれからしばらくしてからだった。

 ヴィットリオ・ヴェネトと敵艦はすでに数発づつの命中弾をお互いにあたえていたが、致命傷となる箇所ではなかった。
 応急指揮所に詰めるラザリ中佐は、副長と兼務で応急指揮官を務めていたから、破損箇所の確認や消火班の手当などで大わらわになっているようだったが、今のところ主砲射撃に関わる箇所への被害は出ていなかった。
 これに対して、ヴィットリオ・ヴェネトと相対する磐城型戦艦に与えた損害はそれよりも大きいようだった。
 主砲発砲時の砲口炎を観測する限りでは主砲塔への損害は無いか、あっても軽微であるらしく、斉射のたびに三基の主砲塔からこちらに主砲弾を打ち込んできていた。
 ただし、その精度は高くなかった。挟叉は得られているものの、散布界が異様なほど広がっていた。
 建造時期や磐城型のこれまでの戦闘における観測結果からすれば、個艦差によるばらつきでは説明できないような気がしていた。
 もしかすると射撃指揮に係る何かに損害を与えているのかもしれなかった。
 それに、甲板上で起こった火災が収まる気配も見えなかった。消火活動が行われていないはずはないのだが、上手くいっていないようだった。

 日本海軍の将兵の質がそれほど悪いとは思えないが、ボンディーノ大佐には心あたりがないわけでもなかった。
 数年前の軍縮条約改定で日本海軍は各種艦艇の保有数を増大させていた。
 これにより開戦前に磐城型などの戦艦や巡洋艦数隻が建造されて新たに艦隊に編入されていた。
 しかし、艦艇は容易に建造出来たとしても、そこに乗り組む高度に訓練された将兵の数は急に増やすことは出来なかったのではないのか。

 艦艇は、工廠や造船所の建造能力に余裕さえあれば増大は容易だった。日本帝国は民間の大型商船を建造する民間造船所も少なくないから、建造スケジュールさえ調整出来れば大型艦艇を建造できるドックもかなり確保することは出来るはずだ。
 だが、その艦艇を使いこなす高度な技量を持つ将兵は、一朝一夕で用意できるものではなかった。
 艦隊要員の増大には教育機関の改正など長期的な視野にたった制度改正が必要だったからだ。
 もちろん将兵の教育機関だけを作っても意味は無いから教官の増員も必要となってくるだろう。
 だから、新造戦艦である磐城型のダメージコントロールが上手くいっていないのには将兵の質が低下しているのも一因となっているのかも知れなかった。

 ヴィットリオ・ヴェネトが放つ何度目かの斉射弾を見て、ボンディーノ大佐は轟音の中で笑みを浮かべていた。
 斉射された砲弾には照明弾は含まれていなかった。
 数回前の斉射時に命令してあったのだが、砲弾の装填作業の関連から照明弾を打ち続けていたのがようやく通常の徹甲弾に切り替えることが出来たのだ。
 すでに照明弾は必要ではなくなっていた。挟叉は得られているし、照明弾による明かりがなくとも、敵艦の火災によって照準に十分な光量が得られていたからだ。
 何十秒かしてからボンディーノ大佐は双眼鏡を敵艦へと向けた。
 伝令が弾着を告げた瞬間に敵艦に衝撃が走っていた。
 水柱の数は一瞥してわかるほど少なかった。一度に複数発が敵艦に着弾したらしい。
 着弾点は船体中心部であるようだった。敵艦中央部に爆発によるものか火柱が見えていた。
 おそらくは機関部に直撃を与えたのだろう。

 このまま行けばあの艦は戦列から脱落するのではないのか。ボンディーノ大佐は安堵感の入り混じったため息を付いた。
 今のところヴィットリオ・ヴェネトは致命的な損害を受けていないから、上手くすれば前後の味方艦と共同で更に別の敵艦を攻撃することも出来そうだった。
 ボンディーノ大佐が艦橋に入ってくる伝令に気がついたのはその時だった。

 伝令は艦長を見失ったのかサンソネッティ中将に直接電文を渡していた。
 受け取ったサンソネッティ中将は、電文を見て首を傾げながらボンディーノ大佐にそのまま渡した。
「敵の…水雷戦隊が反転しているだと?…」

 プリンツ・オイゲンからの電文によれば、交戦中であった日本海軍の水雷戦隊は、その援護の巡洋艦群と思われる艦隊を残して、テルピッツを戦闘とした友軍の艦隊主力から約二万の距離で反転していた。
 阻止行動にでていたプリンツ・オイゲンを始めとする枢軸連合艦隊の巡洋艦群と、日本海軍の艦隊との間には、光学観測や時たま飛び込んでくる通信から、激しい戦闘が繰り広げられているのがわかっていたが、戦意旺盛な日英海軍が多少の損害で撤退するとは思えなかった。
 伝令のタイミングやプリンツ・オイゲンの報告遅延を考慮すればこの艦隊の反転は数分前の出来事だった。
 この行動は何を意味するのか。不気味なものを感じたボンディーノ大佐とサンソネッティ中将はお互いの顔を見合わせた。

 だが、二人が怪訝そうな顔を続けていられたのは短い間だった。
 見張り員が艦隊旗艦テルピッツへの命中弾を報告するのと、ヴィットリオ・ヴェネトが衝撃に襲われたのは、ほぼ同じタイミングだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ