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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942マルタ島沖海戦7

 石井一飛曹は、目の前で頼りなげにフワフワと飛んでいたかと思ったら、無線の合図と同時に猛然と加速して敵艦隊へと突進していった大型機を呆気にとられた目で見ていた。

 一時間ほど前にようやく合流できたただ一機の支援機は、石井一飛曹たちにとって見慣れた機種のように見えた。
 艦隊援護用の特殊機というからよほど奇妙な機体が飛んでくるに違いないと考えていたのだが、二式水戦を誘導しながら近づいてきた機体は、日本帝国陸軍が保有する九七式重爆撃機にしか見えなかった。
 流線型の流麗な外形をした九七式重爆は、海軍の九六式陸上攻撃機などと同世代の大型の双発爆撃機で、一式重爆撃機の制式化によって旧式化しつつはあったが、その信頼性や機動性には定評があった。
 それに、一式重爆は九七式重爆よりも、より大型で高価であり、後継機とはいうもののその生産数は伸び悩んでいた。
 だから、九七式重爆撃機は、制式化から五年が過ぎた今でも一式重爆の補佐として現役にあった。

 むしろ、一式重爆が敵戦線後方の兵站線や飛行場といった重点目標を爆撃する従来通りの重爆撃機の任務に専念しているのに対して、より身軽な九七式重爆は、地上部隊の直協任務や対船艇襲撃などあらゆる任務を前線飛行場から出撃してこなしていた。
 そのような任務は、それまでより軽量な軽爆撃機に与えられていたのだが、単発か小出力の双発機である軽爆撃機では、限られた搭載量や速力から残存性や打撃力に欠けることが開戦以後の戦訓から導き出されていた。
 だから、軽快な襲撃機と並んで、九七式重爆は対地攻撃機の主力として扱われるようになっていた。
 海軍航空隊の石井一飛曹らが九七式重爆を見慣れているのも、最前線で幾度と無く見かけていたからだった。

 九七式重爆は、長い就役期間の間に出現した派生形も少なくなく、機首に多数の機銃を装備し、重装甲が施された重襲撃機型や旋回機銃座を増備した夜間戦闘機型まであった。
 原型となる重爆撃機仕様も逐次改良が施された型が生産されており、現在ではエンジンの換装による離陸重量、速力の増大や胴体延長による縦安定性の向上が図られた三型が主力となっていた。
 石井一飛曹らの前に現れた艦隊援護用の機体も、英国空軍仕様に塗装された九七式重爆撃機三型に見えた。


 だが、しばらく並行して飛びながら月明かりの下で観察しているうちに、その機体には通常の九七式重爆三型とは違ういくつかの特徴があることに気がついていた。
 九七式重爆は、開戦前から少なからぬ数が英国空軍向けに輸出、あるいは供与されていた。
 英国空軍仕様の機体は、ボストンという愛称がつけられていた。
 開戦前後の英国空軍は前線航空機を増強するために、国内外からなりふり構わぬ勢いで機体をかき集めていたが、九七式重爆や日本海軍の九六式陸上攻撃機も、その中の一つとして英国へと送られていた。
 日本本国で九七式重爆が改修を加えられるのに同時に、英国向けのボストンも同様の改修をうけた機体が配備されているらしい。
 ただし、日本陸軍での運用以上に、英国空軍のボストンは、爆撃機よりも機銃砲による対地攻撃機や夜間戦闘機などの任務に就くものが多かった。
 英国空軍の爆撃機は、防御火力や防弾板を装備するよりも、爆弾搭載量や航続距離を重視する傾向があった。
 そのような考えを持った英国空軍爆撃機軍団だったから、九七式重爆、特にその初期型である一型の爆弾搭載量の少なさには辟易させられたらしい。


 九七式重爆の防御火力は、数はともかく、口径は英国空軍機とも規格統一された7.7ミリ機銃だったが、機体各部の防弾板や燃料槽の消火設備といった防御装備は英国の爆撃機よりも充実していた。
 元々、第一次欧州大戦でお互いの本土を爆撃し合った英独などと異なり、日本陸軍の重爆撃機は、敵国の都市や工業設備への攻撃によって戦意や継戦能力奪い去る戦略爆撃を目的とはしていなかった。
 日本陸軍にとって重爆撃機とは、敵飛行場を攻撃し、航空機や滑走路、燃料タンクなどを破壊することで制空権を確立する航空撃滅戦を実施するための兵器であったから、敵地奥深く進出するための速力や防御力が、爆弾搭載量よりも重要視されていたのだ。
 敵飛行場を攻撃する航空撃滅戦では、敵都市などを攻撃する場合とは異なり、敵機の列線や滑走路を広い範囲で破壊しなければならないため、大型爆弾を少数積むよりも小型爆弾を多数搭載する必要があった。
 日本軍の重爆撃機の爆弾搭載量が少ないのには、そのような理由もあった。

 日本海軍の攻撃機部隊でも、従来の海軍の大型攻撃機が防御力があまりにも低く損害が多発していたことから、九七式重爆や一式重爆のような重装備の機体を求める声が高かったが、英国空軍は、逆に航続距離や爆弾搭載量に優れる一式陸攻などを高く評価していた。
 だから、英国空軍ではボストンは爆撃機ではなく、対地攻撃機として使用されることになっていたのだ。
 その傾向は、爆弾搭載量や防御火力を充実させた九七式重爆三型に相当するボストンMk.Ⅲが配備されても変わらなかった。
 ボストンMk.Ⅲは、英国空軍仕様として一部の艤装が変更されているが、機体構造や外形に変化は殆ど無いはずだった。

 石井一飛曹たちの前を飛行する機体は、九七式重爆と大差ないはずのボストンとは異なるようだった。
 原型となっているのはボストンMk.Ⅲ、つまり九七式重爆三型であるようだった。
 大出力の空冷エンジンと頑丈な主脚を収めるために大型化した主翼のエンジンナセルや、縦安定性を図るべく延長された胴体構造は間違えようもなかった。
 ただし、胴体上部に設けられた球状の機銃座は、形状が基礎から変わっているようだった。
 九七式重爆三型は、特にそれまでの型式と比べて防御火力の充実が図られており、原型機が7.7ミリを僅かに四丁だけの威嚇射撃程度にしかならない軽装備だったのに対して、三型では二十ミリ機関砲二門に、12.7ミリ機銃五門という重装備が施されていた。
 しかも、胴体上部の二十ミリ連装機関砲を装備した機銃座は、電動機駆動の動力銃座となっており、大口径機関砲の装備による重量化にもかかわらず、従来以上にスムーズな旋回が可能だった。

 だが、石井一飛曹たちの前の機体には、その動力銃座そのものが存在していなかった。
 九七式重爆を輸送機に改装した型では、防御用の機銃座がなく、その代わりに外板が滑らかに整形されているが、目の前の機体はその輸送機型のように機銃座を元々設けられていないのではなく、逆に機銃座のあるべき場所に別の機材が据え付けられているようだった。
 月明かりの下で、石井一飛曹は首を傾げながら、対空見張りの合間に時たまその骨組みのような奇妙なオブジェを眺めていたが、しばらくしてから気がついた。
 何のことはなかった、それは石井一飛曹が乗り込む二式水戦の片翼からも突き出している物体、つまり電探の空中線に間違いなかった。
 ただし、針金を複雑に重ねあわせたような八木アンテナの形状は、二式水戦に搭載されている射撃管制用のものとは異なるようだった。
 おそらく、より波長の長い電波を使用する捜索用の電探なのだろう。
 しかも、その電探は機銃同様に旋回させることができるようだった。
 石井一飛曹は、合点がいったように狭いコクピットの中で何度も頷いていた。
 おそらくその電探は、機位を保ったまま全周捜索が出来るように動力機銃座の機構をそのまま利用しているのだろう。

 九七式艦攻に搭載された外装式の電探も哨戒用のものだったが、機位に対して固定式のものだったから、広い範囲を捜索しようとすれば、自機が旋回する手間が必要だった。
 だが、電探そのものを旋回させれば、機位がどの向きにあろうと捜索範囲を自由に選択することが可能だった。
 つまり、目の前の機体は、重爆撃機を改造した電探哨戒任務用の機体なのだろう。
 重爆撃機を一機まるごと改造するには、贅沢な使い方という気がしないでもないが、九七式重爆の搭載量の少なさから、自国産の爆撃機とは分けて考えている英国空軍ならではの改造かも知れなかった。

 それ以外にも、いくつかの電波関係の機器らしい張り出しが設けられていたが、最近では各種の電波兵器の制式採用も少なくないから、それが元々九七式重爆三型固有の装備なのか、それともこの改造型になって改めて設けられたものなのかは、石井一飛曹にはわからなかった。
 だが、この機体が何のために艦隊援護用として飛来したのかはおぼろげにわかってきたような気がした。
 おそらく英空軍は、上空高くからの捜索や着弾観測のためにこのような大型の捜索専用機を準備してきたのだろう。
 さすがに生き馬の目を抜くような複雑な欧州の政治闘争を生き抜いてきただけのことはあって、英国人は用意周到なことだ。
 そのように考えると、石井一飛曹は思わず感心してしまっていた。
 だから、もう一つの違いに気がついたのは、その九七式重爆改造の大型機が、突進を始めた瞬間になってしまっていた。


 唐突に電波発振と同時に突進を始めた大型機を、石井一飛曹たちは呆然と見送ることしか出来なかった。
 追いかけようにも、大出力の液冷マーリンエンジンを搭載しているとはいえ、余計なフロートを抱えた二式水戦の速力は、九七式重爆三型よりもむしろ低いぐらいだった。
 それに、護衛すべき大型機がこれから先どのような機動を行うのか不明なのだから、接近すること自体が危険を伴う行為だった。
 石井一飛曹が違和感に気がついたのは、その瞬間だった。
 ―――九七式重爆撃機の乗降扉は、左舷側に配置されていたのではなかったか…
 その違和感を感じなかったのも、ある意味で当然の事だった。当然付いているはずのものがあるだけの事だったからだ。
 ただし、大型機の右舷側を飛行する石井一飛曹が乗降扉を見るのは異様なことであるはずだった。
 本来であれば乗降扉は、石井一飛曹から見て反対側の左舷側に設けられていたからだ。
 だが、その乗降扉の変更の原因は、すぐに判明した。


 猛然と突進していた大型機は、今度は唐突にフラップを押し下げて、急減速を開始した。
 その機動は、傍から見ていてもきわどいものだった。
 今頃機内では、固定されない物体や下手をすれば人員が宙を待っているのではないのか、そんなことを思わず考えてしまうくらいだった。
 だが、すぐにそのような些細な考えなど一気に忘れてしまうほどの衝撃が石井一飛曹を襲っていた。
 急減速の途中で無様にふらついているように見えた大型機の、本来乗降扉があるはずの左舷側の主翼後部から、突然に巨大な光芒が発生していたからだった。
 石井一飛曹は、最初は大型機が何かの原因で空中爆発してしまったのかと考えてしまっていた。
 それほど、その光芒の発生は唐突で、激しいものだったからだ。

 しかし、石井一飛曹たちが見守るまえで、その大型機は安定した飛行を続けていた。
 空中爆発どころか、異変が起こった気配さえ見せなかった。
 その代わり、僅かに左舷側に傾いた大型機から放たれた光芒は、海上を航行する識別表で覚えさせられたドイツ海軍のビスマルク級らしき戦艦の姿を捉えていた。
 ―――あれは、探照灯の光だったのか。
 突然の光芒の発生に度肝を抜かれたまま、石井一飛曹は探照灯のまばゆい光で夜の闇から引き釣り出されたビスマルク級らしき戦艦を見つめていた。
 すでに定速度飛行に移った大型機は、ゆっくりと機体を旋回させながら、常にビスマルク級らしき敵艦を照射範囲に収めていた。

「あれは…タービンライトのようですね」
 いきなり無線機から入ってきた声に、石井一飛曹はびくりとした。
 すでに大型機の無線の合図と同時に、無線封止は解かれていたのを思い出すと、慌てて送信スイッチを入れた。
「たあびんライト、ですか分隊士。聞いたことがあるような、無いような…」
 石井一飛曹は聞き慣れない言葉に首を傾げながらいった。
 どこかで聞いたこともあったような気がしたが、自分に関係のない話だとでも思っていたのか、全く内容が思い出せなかった。
 大沢少尉の返答は、苦笑したような声になっていた。
「知らないのも無理はありません。タービンライトという機種があるわけでもありませんし、英国空軍以外にあんな機体を持っているところはありませんから。
 タービンライトとは、要するに九七式重爆…英国空軍仕様だからボストンですか。その機体に電探と探照灯を搭載して、編隊を組む戦闘機の為に敵機の捜索と照空を担当する機体だそうです。
 現在のところ、単発の軽快な戦闘機に搭載できるほど小型の捜索用電探は存在しませんから、タービンライトは敵機を捜索し、その機体を探照灯で照らしだしてやる間に戦闘機が銃撃を行うそうです。
 タービンライトは機首に前方に向けられた探照灯を装備しているそうですから、真横に探照灯を向けているあの機体はその改良型なのでしょう。
 それよりもタービンライト機は電探を敵艦隊の追尾に使用しているようですから、我々は対空監視を担当します。電探を連続使用、二機でタービンライトを挟み込みます。探照灯に幻惑されて間隔を崩さないように」
 石井一飛曹は、呆れたような顔になりながらタービンライトという名前らしい大型機をちらりと見ながら、指で自然と探り当てた電探の起動スイッチをひねっていた。

 確かに、そのような機体の話は聞いていた。
 ただし、寄港地の酒場かどこかで、他隊の下士官からうわさ話としてだった気がする。
 艦隊勤務となった自分とは関わりない話だと思ったし、その機体は英国本土の防空部隊に配備されているらしいから、自分がその機体を見ることも無さそうだった。
 それ以上に、俊敏さに欠ける双発の大型機にそんな固定式の探照灯をくくりつけた所で敵機を捉え続けるのは困難なのではないのか。
 実際には編隊を組む戦闘機に与えられる射撃機会は極僅かなものにしかならないはずだ。
 その割には、探照灯を向けられた敵機やその僚機には確実にこちらの存在を暴露してしまうことになる。
 それくらいならば、二式水戦のように搭載電探は近距離の探知と射撃管制用と割りきって、エンジン排気炎などを目標に目視で捜索したほうがましな気がしていた。
 だから、すぐにタービンライトの話など忘れてしまっていたのだろう。

 電探による哨戒を続けながら、石井一飛曹は呆れた声でいった。
「しかし分隊士、無理をして大型機に探照灯をつける意味があるのでしょうか。それくらいならば、最初から二式水戦で照明弾でも落としても効果は変わらないのではないですかね」
 しばらく考え込んだのか、大沢少尉は言葉を選ぶように慎重に言った。
「どうでしょうね。照明弾は落下すればそこで終わりですから自然と照空時間も限られます。それに敵艦の間近に接近しなければなりませんから、大型探照灯ならば間合いもとれるし、連続照射も可能でしょう。
 それよりも…始まりますよ」
 月明かりと海面に向けられた探照灯の照り返しで、妙に眩しい中で首を左右に振り回しながら周辺を警戒していた石井一飛曹は、最初何のことかわからずに首を傾げていたが、探照灯の照射範囲に急に湧き上がった巨大な水柱を見てようやく合点がいった。
 それは、味方の戦艦の砲撃による着弾が発生させたものに間違いなかった。
 水柱は一本や二本ではなかった。少なくとも四本の水柱が見えていた。
 それに、標的となっているのは敵艦隊の一番艦ばかりではなかった。照射範囲外の敵艦の動きは、探照灯のまばゆい光で逆に幻惑されてよくわからないが、ほとんど戦艦が射撃対象担っているのではないのか。

 二式水戦の機種転換訓練を受ける前は、石井一飛曹は基地航空隊の所属だったが、過去に水上艦乗組の経験もあったから、着弾観測に関する訓練も受けていた。
 その時のことを思い出しながら、石井一飛曹は水柱と敵艦位置との関係を素早く読み取っていた。
 やはり水柱の数は四本だった。
 それに、水柱のバラつき具合を見る限り、単一の艦から放たれたものに間違いなかった。
 おそらくは連装砲塔の片舷砲が発砲する交互打方を行なったものだろう。
 つまりこの射弾は、水柱が4つということから判断すると主砲塔を四基装備する金剛型から放たれたものと考えて良さそうだった。

 この海戦に参加している味方戦艦部隊には、金剛型の他に磐城型と英国海軍のプリンス・オブ・ウェールズ、レパルスが含まれていた。
 だが、磐城型とレパルスは連装砲塔を三基しか装備していないから、水柱の数からすると不自然だった。
 残るキング・ジョージ5世級戦艦の二番艦であるプリンス・オブ・ウェールズは、四連装砲塔二基と連装砲塔一基という変則的な配置だった。
 四連装砲塔のどちらかからだけ二発を発射したと考えられなくもなかったが、石井一飛曹は、水柱の並び方からすぐにその考えを否定していた。
 水柱のバラ付き、つまり散布界がこのような遠距離から放たれたにしては狭い範囲に収まっていたからだ。
 通常、散布界は就役後のすり合わせや砲術科員らの細かな調整によって同じ艦でも狭まっていくから、この射弾は就役間もないプリンス・オブ・ウェールズよりも、艦齢が長く、ベテランの砲術科員の多い金剛型のどれかと考えたほうがよさそうだった。

 その水柱が見せた着弾点は、散布界は狭いのものの、敵艦の航行位置からはずれていた。
 レーダーを射撃用の観測装置として見た場合、測距は高精度ではあるものの、測角精度は低いと石井一飛曹は聞いていたが、どうやらその話は本当のようだった。
 着弾点は、敵一番艦の航跡を吹き飛ばすかのように、やや右舷側の後方に集中していた。
 通常の夜戦であれば、ここからの着弾修正にはかなり手間取るのではないのか。
 射撃指揮用のレーダーで着弾点を観測することは今でもできるらしいが、精度が変わらない限り着弾点の観測誤差も同様であるからだ。

 しかし、今夜は事情が異なるのではないのか。
 敵艦が先頭の数隻だけとはいえ明るく照らしだされているし、上空の大型機は着弾観測も担当するだろうからだ。
 少なくとも敵一番艦の着弾修正は昼間とほぼ同様に行えるのではないのか。

 次の着弾があったのは、最初の着弾が水柱をあげてから2分近くも経ってからだった。
 発砲炎、つまり実際の発砲を観測したのはもちろんずっと前だが、一斉射目の着弾観測結果を織り込んだ修正作業を行うために射撃までに時間がかかったのだろう。
 その着弾修正の結果は如実に現れているように石井一飛曹には見えていた。
 今度の着弾点は敵艦の前方に集中していた。しかもそのうちの一発が上げた水柱に向かって敵艦が突入していくのも見えていた。
 つまり、測距に関しては完全に正しい数値が得られており、測角も水柱が消えないうちに敵艦の針路と交差したということは、ほとんど正確な値となっているようだった。
 何事もなければ次の着弾修正で着弾点が敵艦を包み込む挟叉が得られるのではないのか。
 石井一飛曹は思わずにやりと笑みを見せていた。

 敵艦から最初の発砲があったのは、その瞬間だった。
 セオリー通りに、最初に発砲したのは敵の一番艦だった。
 金剛型の射撃目標ともなっているそのビスマルク級が敵艦隊の旗艦を務めているようだった。
 敵一番艦の発砲に遅れて次々と後続する敵二番艦以降も発砲を始めていたからだ。
 ただし、その発砲炎はまばらだった。敵三番艦くらいまでは一番艦にやや遅れる程度で発砲を開始していたが、その後方四番艦から後ろの発砲タイミングは不揃いだった。
 石井一飛曹は不思議そうな目でその様子を眺めたが、その理由はすぐに分かった。

 どうやら敵二番艦と三番艦は、ビスマルク級戦艦と同じくドイツ海軍に所属するシャルンホルスト級のようだった。
 主砲塔は三基しか装備していないし、ビスマルク級によく似た重厚な艦橋構造物を持っていたからだ。
 だが、更にその後方の敵四番艦は、ドイツ海軍の戦艦とは異なる細長い艦橋構造物をもっていた。
 そのシルエットからするとおそらくイタリア海軍の戦艦のようだった。
 つまり、敵艦隊は一番から三番艦までがドイツ海軍、それから後ろがイタリア海軍とヴィシーフランス海軍の戦艦で編成されているのだろう。
 だから、各艦所属も異なるし、開戦までの状況を考えれば、日英露のように共同訓練の実績がさほどあるとも思えない。
 それが発砲タイミングの違いとなって現れたのだろう。
 特に四番艦以降のイタリア海軍とフランス海軍の混成らしい戦艦群の動きはばらばらだった。
 四番艦がわずかに遅れて発砲炎を見せたのに対して、敵五番艦の位置から全く発砲炎が見えなかった。
 反射光や周囲の艦の発砲炎でぼんやりとその位置に艦があるのはわかるのだが、その艦が撃ちだす気配はまるでなかった。
 石井一飛曹は、苦笑しながらしばらくその艦のことを頭の片隅へと追いやっていた。
 このまま支援機が敵一番艦を照射しながら旋回を続ければ、その五番艦の周囲を航過するはずだが、この様子ではその艦が脅威となることは無さそうだった。

 その五番艦の不審な様子に影響されたのか、それ以降の艦も発砲タイミングはちぐはぐだった。
 それ以降になると遠すぎて詳細はよくわからないが、発砲炎が観測された箇所を見ると、同じように発砲していない艦もあるようだった。
 この様子では照準が不確かとなる夜戦であることを除いても、命中弾には程遠い結果に終わるのではないのか。
 石井一飛曹は、どうやら味方が有利であるらしい戦況にほっと胸をなでおろしていた。
 それから、慌てて周囲を見渡していた。戦闘はまだ始まったばかりだった。安心するには程遠いタイミングだった。
 だから、その違和感に気がついたのかも知れなかった。

 それは何気なく今に至るも発砲する様子を見せない敵五番艦に視線が向いた時だった。
 最初は、違和感に気が付かずに視線を動かし続けたが、ふと奇妙なものを見たような気がして慌てて敵五番艦へと再び視線を向けていた。
 ―――敵艦が…我が方の艦隊に砲塔を向けてもいないだと…
 唖然としながら石井一飛曹はその敵艦の様子を見ていた。
 そして視線をその敵艦の主砲塔が向いている方向へと向けていた。
 だが、視線を動かすまでもなかった。
 その方向はひとつしかありえなかった。
「いかん、回避しろ」
 石井一飛曹が慌てて、英国空軍に通じるはずもない日本語で無線機に怒鳴りたてるよりも早く、敵五番艦、おそらくはヴィットリオ・ヴェネト級が発砲を開始していた。
 発砲したのは主砲塔だけではなかった。いつの間に射高に入り込んでいたのか、副砲や高角砲まで一斉に射撃を開始していた。まるで敵艦が活火山にでもなったかのような印象さえ与える状況だった。
 しかも、敵艦の射弾は通常の徹甲弾ではないようだった。
 そうであれば巨大な主砲弾であっても、直撃弾の僥倖を得るか、余程の至近弾でもないかぎり航空機に対して影響をあたえることは出来ないはずだった。
 だが、その射弾は発射された後も光り輝きながら支援機の間近を通過していった。
 どうやら放たれたのは照明弾のようだった。

 その敵艦からの射弾が通過した直後、支援機の飛行に異変が生じ始めていた。
 唐突に探照灯の照射が停止すると、これまでの光芒の眩さが無くなったせいで急に暗く感じ始めた夜闇の中で、ぐらりと主翼を傾けながらずるずると降下を始めていた。
 ―――機体に何か致命的な損害を被ったのか、それとも搭乗員が負傷したのか。
 石井一飛曹はそう考えていた。
 敵艦の指揮官も同じようなことを考えたのか、降下しつつある支援機を撃墜しようとより一層激しい対空砲火が放たれていた。

 だが、支援機に生じていた不具合は致命的なものでは無さそうだった。
 不自然だった飛行姿勢が段々と通常のものに戻ると、激しい対空砲火をものともせずにゆっくりとだが、確実に高度を上げていったからだ。
 いつの間にか、あれほど激しかった敵艦からの対空砲火は止んでいた。
 すでに支援機と随伴する二式水戦二機は敵艦隊から遠く離れた距離と高度を飛行していた。
 その頃には英語を流暢に話す大沢少尉と支援機の乗員が早口でやり取りを行なっていた。
 遣欧前の促成教育で幾つかの英単語は叩きこまれたが、精々が日常会話レベルの石井一飛曹には何を喋っているのかもさっぱりわからなかった。
 しばらくしてから、支援機との通話を終えた大沢少尉が日本語に切り替えていった。

「どうやら今の敵艦からの射撃で電気系統に不具合が発生したようです。それも機内からは修理できない箇所だとか…電探は使えるようですが」
 石井一飛曹はげんなりしながら、再び回りだした支援機の胴体上部に装備された電探を眺めていた。
 電探は使えるということは、探照灯はすでに使えないということなのだろう。
 どうやらこの戦闘で支援機や二式水戦が関与できるのはここまでのようだった。
「一体我々は何をしにこんな所まで飛んできたのでしょうね」
 大沢少尉からの返答は少しばかり遅れていた。少尉も疲労を感じているのかも知れなかった。
「金剛と榛名への第二斉射までの着弾修正値は無事に送れたようです。あとは戦艦部隊は無事にそのデータを生かして上手く戦ってくれることを祈りましょう。…我々の今日の戦いはこれまでです。我が母艦への連絡は支援機が行なってくれるそうですから、あとはあの機と一緒にマルタ島まで行くだけですよ」
 石井一飛曹は、その言葉に半ば安堵してため息をついていた。
 戦闘の半ばで艦隊を見捨てたような形で離れるのは心苦しいが、確かにこれで今日の戦闘は終わりのはずだった。
 マルタ島に到着さえすれば、少なくとも今夜の間はゆっくり休めるのではないのか。

 だが、彼らは間違っていた。
 戦闘は朝まで続くことになった。
タービンライトの設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/97tr.html
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