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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942マルタ島沖海戦6

 東地中海海域で哨戒活動中だったイタリア海軍潜水艦アラジからの緊急連絡が入ったのは、8月10日に日付が変わる頃であったらしい。
 大規模な日本艦隊と遭遇したアラジは、可能な限り接触を続けた上で、その動向を知らせてきたのだった。
 だがアラジからの情報が、陸上の潜水艦隊司令部から各級司令部を通してから、テルピッツに座乗するリュッチェンス大将の艦隊司令部へと転送されて、最終的に艦隊各艦にまで送られてきた時にはもう夜が明けていた。

 眠気を濃い目のコーヒーで覚ましながら、艦橋に入ったボンディーノ大佐が、情報伝達の遅れにいらいらとしていることは誰の目にも明らかだった。
 しかし、情報の内容は満足してしかるべき内容だった。
 アラジが接触したのは複数の空母を含む大艦隊だった。それが日本艦隊であることに間違いはなかった。

 この時期に地中海で複数の空母を艦隊としてまとめて運用できるのは、大型空母を5隻も集中して運用する日本海軍以外にありえなかったからだ。
 噂では日本海軍は翔鶴とかいう大型空母を就役させたそうだが、今のところ日本近海で行動しているらしかった。
 それに英国の正規空母の大半は、本国艦隊に所属してカナダとの通商路での護衛作戦に拘束されているのが確認されていた。
 だから、この艦隊は日本海軍が開戦直後から地中海で運用している赤城、天城、蒼龍、飛龍、龍驤の五隻の空母を中核とした第二艦隊と見て間違いなかった

 ただし、アラジが敵艦隊と接触したのはごく短時間でしかなかった。
 マルタ島東方で哨戒中の潜水艦には、敵主力艦隊後方を航行しているはずの輸送船団を目標とするように命令されていたからだ。
 港内で停泊中ならばともかく、警戒態勢で航行中の敵主力艦隊を、哨戒任務で単独で航行する潜水艦が攻撃しても戦果は望み薄であると判断されていた。
 それくらいならば、鈍足の輸送船団を直接攻撃したほうが潜水艦を有効に使うことが出来るはずだ。
 そのような判断によって、潜水艦隊は、敵主力艦隊が輸送船団の直衛に付いているのでもない限り、外洋での敵主力艦への攻撃を禁じられていた。
 だから、アラジは敵主力艦隊をそのまま見逃すと、後方で航行中であるはずの輸送船団捜索任務に戻っていた。
 敵主力艦隊への攻撃は、航空艦隊に属する攻撃機と戦艦部隊に委ねられていた。


 アラジが接触した短時間での敵艦隊の針路と速度から判断すれば、敵艦隊は、11日の夜には早くもマルタ島に接近するはずだった。
 これに対して、ケッセルリンク元帥指揮下のドイツ空軍第二航空艦隊は、マルタ島に先遣隊として降下した空挺部隊への支援を、一時的に取りやめてでも全力で日本艦隊を迎撃することを決定していた。
 ここで日本艦隊を迎撃しなければ、彼らは間違いようもなくマルタ島に降下した空挺部隊を吹き飛ばすだろうからだ。

 ドイツ空軍がこの戦闘に投入可能な戦力は、膨大なものだった。
 現在もシチリア島から発進してマルタ島へ爆撃を実施している部隊だけではなく、クレタ島に展開する爆撃機部隊も、敵艦隊がマルタ島に接近するまでは、爆装状態での行動半径内に十分収まっていたからだ。
 北アフリカに展開する部隊は、陸軍部隊を支援するための近接航空支援任務から外せなかったが、敵艦隊をシチリア島とクレタ島に展開する部隊とで挟撃できる態勢だった。

 しかし、ドイツ空軍の空襲が続いている間は、枢軸連合艦隊も敵艦隊に接近することは出来なかった。
 というよりも、この方面に展開する陸海空軍を統一指揮する南方総軍司令官、ケッセルリンク元帥自身が、海軍部隊の前進配置を認めていなかった。
 ケッセルリンク元帥らが枢軸連合艦隊の戦力を軽視しているとは思えないが、自身が率いる航空部隊で敵艦隊を阻止出来ると考えているのかもしれない。
 だが、それ以上にあまり敵艦隊と近接していると、敵味方識別の怪しいところのある独伊空軍部隊から空襲を受ける可能性のほうが高かったかも知れなかった。
 実際、独伊海軍の主力艦が、前甲板にかなりの大きさでハーケンクロイツや紅白ストライプの対空識別を塗装しているにもかかわらず、これまで誤爆や、未遂事件は絶えなかった。

 結局、マルタ島近海で敵艦隊を迎え撃つ形になった枢軸連合艦隊は、敵艦隊よりも半日だけ早くマルタ島に到着するように調整していた。
 圧倒的に日本海軍が優勢な、空母艦載機部隊が運用できない夜間に、戦闘を行うためだった。
 それどころか、やはり有力な日本海軍水雷戦隊の行動も大幅に制限することが出来るのではないのかと考えられていた。
 何故ならば、この時期においても、夜間でも索敵が可能となるレーダーは、大型艦にしか搭載されていなかったからだ。
 水雷戦隊のような軽快艦艇群では、レーダー装備の大型艦とでは夜間捜索能力に違いが出るのではないかと考えられていた。

 これで、大型艦の投入数においては拮抗する枢軸連合艦隊がかなり優位に立てるはずだった。
 あとは第二航空艦隊がどれだけ昼間の間に敵戦力を削り取ることが出来るかどうかだった。
 いつの間にか艦隊上空をドイツ空軍機が航過していった。
 ボンディーノ大佐は彼らが上げる戦果を神に祈っていた。


 そのドイツ空軍による戦闘の詳細情報が入ったのは、それから半日が過ぎた頃だった。
 すでに伊独仏、日英の両艦隊はお互いにマルタ島まで数時間の距離にまで接近していた。

 敵艦隊に与えた戦果は大きなものだった。日が落ちるまでにまで行われた、大きく分けて三回にわたる空襲によって、日本海軍が誇る大型空母と軽空母をそれぞれ一隻ずつを撃沈し、他の何隻かの艦艇にも少なからぬ損害を与えていた。
 いままでアフリカ沿岸を荒らしまわっていた日本海軍の主力空母を撃沈できたのは大戦果といってよかった。
 しかし、その代償としてドイツ空軍の損害もかなりのものになっていた。

 まず四発哨戒爆撃などの一部の長距離爆撃機による散発的な攻撃を除いた、組織的な空襲の第一波として出撃したのは、双発爆撃機Ju88、He111と双発戦闘機Bf110、それにイタリア空軍の三発爆撃機サヴォイア・マルケッティSM84からなる多国籍戦爆連合部隊だった。
 第一波が双発機ばかりで編成されたのは、日本艦隊までの距離がまだかなりあり、航続距離の短い単発機では攻撃圏内に入っていなかったからだ。
 だが爆撃機に随伴する長距離戦闘機としてはBf110はバトルオブブリテンの頃から能力不足が指摘されていた。

 それに対して日本海軍の艦上戦闘機、零式艦戦は、最高速度こそ華奢な機体構造のせいかあまり褒められたものではなかったが、軽量な機体構成と高出力エンジンの組み合わせによって高い機動性を誇っていた。
 さらに、この頃から日本海軍は英国から導入された新技術を実際の戦場に持ち込んでいた。
 高性能な電探や対潜兵器といった新兵器ばかりではなく、これらの兵器群を用いた新たな戦術も同時に出現していた。

 バトルオブブリテンでの戦訓を学んでいた日本海軍は、哨戒機や艦艇に搭載された電探で捕捉された敵編隊に対して、直衛の艦上戦闘機部隊を艦隊前方に進出させて迎撃を行った。
 その結果、大半のBf110は、艦隊を見ることなく機動性にまさる零式艦戦によって次々と駆逐されていった。
 それに、詳細はまだよくわかっていなかったが、今回の戦闘で目撃された零式艦戦は従来型よりも性能の向上した改良型であるらしかった。
 機体構造も強化されているらしく、これまでのようにダイブによる増速で引き離すことが出来なかったBf110の損耗は大きかったようだ。

 それでも何機かのJu88やHe111、SM84は、Bf110が零式艦戦と交戦している間に、果敢に艦隊に接近して攻撃を行った。
 だが艦隊にたどり着いた攻撃機は、見慣れない巡洋艦と遭遇することになった。

 空母を挟み込むようにして布陣していた二隻の軽巡洋艦は、Ju88、He111が攻撃姿勢に入る前に多数の高角砲で射撃を開始していた。
 後に石狩型という名前が判明した防空軽巡洋艦だけで投弾前のJu88が八機も撃墜されていた。
 高角砲の射撃を受けづらい低空を接近していったSM84の方は雷撃に成功した機も少なくなかったようだったが、巧みな回避運動のせいか命中弾はあっても撃沈はなかったようだった。

 結局第一波は護衛の巡洋艦、駆逐艦数隻に損害を与えただけで帰還していた。
 そしてその一回の攻撃だけでBf110を装備した部隊は全滅に近い損害を受けてしまっていた。
 雷爆撃をおこなったJu88とSM84も、投弾後の帰還時に直掩機によって撃墜された機も少なくないようだった。
 攻撃機部隊だけならば再度の出撃も可能かもしれなかったが、日本艦隊に対して直衛戦闘機の援護無しで艦隊攻撃を行うのは自殺にも等しい行為だと判断された。

 それに、クレタ島に展開する部隊は、結果的に出撃自体が空振りに終わっていた。
 もちろん敵艦隊の位置が把握できなかったわけではなかった。
 ケッセルリンク元帥やその司令部の思惑はよくは分からないが、どうやらクレタ島に展開する部隊は、潜水艦隊同様に、敵艦隊後方に存在するはずの輸送船団を捜索し、撃滅するよう命令されていたらしい。
 しかし、シチリア島に展開する部隊同様に主にJu88やHe111などからなる爆撃隊は、輸送船団を発見することが出来ずに、敵主力艦隊や、その後方を航行していた旧式巡洋艦などから編成されていると思われる護衛艦隊を散発的に襲撃した他は、殆どの機体が戦果なしで海に爆弾を投げ捨てて帰還してしまったらしい。
 敵艦隊の現在位置と、決して長大とは言えないドイツ空軍爆撃機の航続距離を考えれば、クレタ島の部隊は既に無力化されたと考えてよかった。


 第二航空艦隊が保有していた長距離攻撃機が攻撃不能となった為に、二回目の攻撃は正午の頃と遅い時間になってしまった。
 第二次攻撃で出撃した戦闘機は、今度は鈍重な双発機は出撃せずに、単発機のBf109のみで編成されていた。
 攻撃機もJu88やHe111などの双発機に混じって単発の急降下爆撃機Ju87などが加わっていた。
 また、同時に出撃する援護のイタリア空軍機も戦闘機MC202フォルゴーレなどの軽快な単発機が中心となっていた。

 第一次攻撃時と同様に、艦隊前方で零式艦戦の迎撃を受けたものの、Bf109は改良型の零式艦戦と互角の空戦を繰り広げた。
 一時的に北アフリカ戦線から引きぬいてまで数を揃えた戦闘機部隊による成果は少なくなかった。
 迎撃部隊の零式艦戦以上に数を揃えたBf109の援護によって、第二次攻撃に参加した攻撃機は、大半の機体が投弾に成功していた。
 その結果、軽空母龍驤を急降下爆撃で撃沈することに成功していた。
 他の艦艇にもかなりの損害を与えながら第二次攻撃隊は帰還した。

 第三回目の空襲は日没直前に行われたが、第二次攻撃隊で帰還した後、再出撃可能と判断された機体に予備機を加えた編成された第三次攻撃隊は、もう一隻、今度は大型空母である天城級一隻を撃沈して攻撃は終了した。

 第四回目の空襲は行われなかった。
 それは帰還予定時間が日没を過ぎてしまうからというものあったが、それ以上に二回の艦隊攻撃時の損害で、軽快な単発機からなる部隊であっても、これ以上の戦闘継続が困難なほど消耗していたからだった。
 ケッセルリンク元帥は、日本海軍の戦闘機搭乗員の技量と、電探を駆使した艦隊防空力が独空軍の想定以上であることを認めざるを得なかった。
 第二航空艦隊に所属する部隊のうち、完全戦力発揮が可能なのはすでに防空部隊しか残されていなかった。

 敵艦隊の動向を日没直前まで探っていた接触機によれば、日本海軍は艦隊を三分したとのことだった。
 損傷艦や空母、さらに護衛艦と思われる艦隊が東方へと変針したのに対して、戦艦を中心とした水上砲戦用の艦隊と、後方を航行していた旧式艦ばかりの艦隊はマルタ島への接近針路を維持していた。
 おそらく日本海軍は、航空機の妨害が無い夜間砲撃で、マルタ島に降下したドイツ軍を攻撃するつもりなのだろう。
 これを迎撃するため、ようやく独伊空軍による同士討ちの心配の無くなった枢軸連合艦隊は交戦予想海域へと進出を始めていた。



 日本艦隊との交戦予想海域に到着したのは日付も変わるころだった。
 艦橋の海図台に広げられた周辺海域の海図を確認しながら、ボンディーノ大佐は、窓の外に広がる光景を見ていた。
 すでに右舷側に見えていた陸地は後方へと流れ去っていた。
 今ヴィットリオ・ヴェネトの周囲に広がっているのは僚艦と月に照らされた海面だけだった。

 月に照らし出されているのは都合が悪いのかどうか判断に迷うところがあった。
 そのおかげで寄せ集めの部隊であるにもかかわらず、ここまでは艦隊を維持し続けることが出来た。
 艦隊司令長官であるリュッチェンス大将には、いままでこれだけ大規模の艦隊を指揮した経験がなかったから、これは幸運であるといえた。

 しかし僚艦の識別が容易であるということは、日本海軍が優位にある巡洋艦以下の軽快艦艇の運用も容易であるということを意味していた。
 特に夜間戦闘では、日本海軍自慢の水雷戦隊には細心の注意を払う必要があった。
 すでにマルタ島をめぐる戦闘で、幾度か日本海軍水雷戦隊は交戦が確認されていたが、そのたびにイタリア海軍は夜戦能力にまさる日本海軍水雷戦隊に敗北を喫していた。

 そこで枢軸連合艦隊は、マルタ島周辺海域を通過したところから、大型艦に装備されたレーダーを最大出力で使用していた。
 遠距離で発見さえしてしまえば、水雷戦隊はこちらの主砲で蹴散らしてしまえるからだ。
 この方針に従って艦隊の大型艦はそれぞれレーダーを使用していた。

 だが、ボンディーノ大佐は、独伊両国製のレーダーを、あまり信用してはいなかった。
 これまでの戦闘で、イタリア国産のものよりも優れると言われているドイツ製レーダーであっても、英国製と比べると信頼性や性能に劣ることがわかっていたからだ。
 むしろ、レーダーよりも新兵器である敵レーダー波を検知する逆探装置の方に期待をかけていた。
 これまでの地中海での戦闘で、日本海軍が使用するレーダーの使用波長はある程度は判明しているから、発信機から発せられ、目標にあたって帰ってくる反射波を観測するというレーダーの特性からいって、逆探のほうがレーダーよりも遠距離で敵艦の存在を察知することが出来るはずだった。

 海図を見ながら航路や予想敵艦隊進路を確認していたボンディーノ大佐は、肩の痛みを感じて背をそらせた。すると、あちらこちらの間接がぼきぼきと音を上げた。
 意外なほど長時間海図盤をにらんで同じ姿勢を取ってたようだった。

 ボンディーノ大佐が何度も海図を確認していたのは、日本海軍の意図がよくわからなかっからだ。
 敵艦隊には、これまで航空戦を行なっていた空母や、その護衛任務を離れて水上砲戦を挑む戦艦部隊とは別動の艦隊が存在していた。
 長距離巡航が可能な接触機の数が限られていたため、敵主力艦隊と比べてその針路には不明な点が少なくなかったが、今のところ後退してシチリア島から間を取ろうとしている空母艦隊やこちらに接近中の戦艦艦隊と合流する気配は無さそうだった。
 偵察機からの報告では、その艦隊は旧式の巡洋艦を主力として、一個から二個隊程度の駆逐隊が随伴しているらしい。
 水上機の迎撃をうけたというから、日本海軍が有する高速の水上機母艦が含まれている可能性もあった。
 今のところこの艦隊と接触する可能性は薄かった。それよりも前面に敵主力艦隊が存在していたからだ。
 しかし、ボンディーノ大佐にはこの艦隊の意図が読めないことが何故か酷く気にかかっていた。
 そのせいか、ボンディーノ大佐は、段々と不機嫌そうな表情になっていた。

 気を取り直して壁に固定されている時計を見ると、マルタ島周辺を通過してから2時間以上が経過していた。
 枢軸連合艦隊は20ノットで南下していたから、すでに百キロ近くマルタ島から離れたことになる。
 ボンディーノ大佐は眉をしかめながら電測室につながる電話を掴みながらいった。
「こちら艦長。不振な電波か、あるいはレーダー波の反応は無いのか」
「こちら電測。逆探にもレーダーにも反応ありません。接触機のものらしい無線電波は微弱ながら確認されますが、先ほどの報告と同じく距離は遠い模様」
 素早く帰ってきた電測室からの回答を聞きながら、ボンディーノ大佐は首をかしげた。
 接触機からの報告を信じるならば日本海軍の三分された艦隊うち、主力と思われる戦艦部隊は、ほとんどまっすぐにマルタ島に向かっているはずだった。
 日本海軍の金剛型と磐城型の速力ならば、もうマルタ島に到着していても不思議では無い時間だった。

 もしかすると、こちらの動きを見越して、日本海軍の戦艦部隊は我々を迂回してすでにマルタ島に到着しているのかもしれない。
 そう考えてすぐに首をふると、ボンディーノ大佐はその可能性を否定した。
 そんなことをしてもマルタ島に降下した部隊からの通信で、すぐに日本艦隊の場所は察知されてしまうだろう。
 そこからマルタ島に取って返したとしても十分に戦闘は可能だった。
 さらに、ここで枢軸連合艦隊が分離すれば、日本艦隊の戦艦部隊を足止めしている間に、高速部隊で敵空母や損傷艦を攻撃することも出来るはずだった。

 日本海軍がそんな失策をするとは思えなかった。
 やはり敵艦隊はこちらの存在に気がついていないか、あるいは積極的に迎撃部隊である枢軸連合艦隊を捜索しているのかもしれない。

 ボンディーノ大佐は相手の見えないいらだたしさを感じて、いらいらと艦橋内部を行き来した。
 持ち場についている艦橋要員は、熊のようにうろうろと艦橋を行き来するボンディーノ大佐を迷惑そうに見ていた。
 その視線に気がついたボンディーノ大佐は、わざとらしく咳をすると、艦橋脇の見張り所に出ようとした。
 だが、扉をくぐろうとしたところで、大佐の前にコーヒーカップが差し出された。
 カップの中には黒々としたコーヒーが湛えられており、香ばしいにおいがたちこめていた。
 思わずボンディーノ大佐が顔を見上げるとラザリ中佐が控えめな笑みを浮かべていた。

「お早めにどうぞ、今淹れたばかりですので」
 もごもごと口の中で感謝の言葉を唱えると、ボンディーノ大佐は、カップを受け取ってコーヒーを口にした。
 食堂で出される、軍事支給の印の付いた量だけはあるコーヒーとは明らかに違う味に、ボンディーノ大佐はおもわず目を見張っていた。
 その様子が面白かったのか、ラザリ中佐は笑みを大きくしていった。
「申し訳ありません、海軍支給のものとは違います。私物の豆とコーヒーメーカーで淹れたものです」
 ボンディーノ大佐は、曖昧な表情で頷きながら、さらに一口飲み込んでラザリ中佐に向き直った。
「私物といったな。貴様、軍人をやめてからコーヒー屋にでもなるつもりか」
 今度は、ラザリ中佐が目を見張る番だった。
「はい、そうです。軍を退役した後はコーヒショップをやってみようと思っていたのですが…よくお分かりになりましたね」
「ふん、不名誉除隊にでもならない限り、退役軍人は年金で生活できることになっているんだぞ」
「まぁ、それはそうなんですがね…まぁ、色々と事情がありまして」
 意外そうな目で、苦笑しながら口をにごらせるラザリ中佐を、ボンディーノ大佐は見た。
 この男にも複雑な人生があったのだろうか、当たり前のことだがそんなことを考えていた。

 そこまで考えてようやく、艦橋内をむやみにうろつきまわる艦長を見かねて、ラザリ中佐がこんな行動にでたことに気がついた。
 確かに艦長がいらいらとした顔でうろつきまわるのは艦内の士気を低下させてしまうだろう。
 そんなことにも気が付かなかった自分に、思わず赤面してしまうと、ボンディーノ大佐は、気恥ずかしくなってわざとぶっきら棒にラザリ中佐にいった。
「それは確かに私物なのだろうな」
 ラザリ中佐は、不思議そうな顔になった。
「はい。豆もメーカーも寄港地で私が買え揃えたものです」
「ならばよろしい。それが私費購入というのであれば小官は本件はこれ以上追求しないことにする」
 無理やりに作ったすまし顔でいうと、ラザリ中佐は困ったような嬉しいような顔で、はいどうもとつぶやいた。
 低いが良く通るボンディーノ大佐の声は、艦橋要員にも伝わったらしく、杓子定規に見せかけた大佐の台詞に、くすくす笑いがあちらこちらから聞こえてきていた。
 それでようやくラザリ中佐の顔にも笑顔が戻ってきていた。
 おもしろくもなさそうな顔でラザリ中佐をみるとボンディーノ大佐は海図台の方へ戻ろうとした。

 そのままボンディーノ大佐を追い掛けるように海図台に近寄ると、ラザリ中佐が遠慮したような声でいった。
「何か気にかなることでもあったのですか」
 ラザリ中佐は、本当はそれが聞きたかっただけもしれなかった。
 ボンディーノ大佐は、しばらく考え込んでいたが、つまらなそうな口調でいった。
「いや、日英の輸送船団はどこにいるのかとな」
 ラザリ中佐は、思案顔で海図台に広げられた海図の上を指先で丸く円を描きながらいった。
「この旧式巡洋艦らしき第三の艦隊、この近く、おそらくは北アフリカ沿岸寄りの南方海域ではないですか。この第三の艦隊には水上機母艦がふくまれているようですから、こちらの戦力を吸収するために船団前方に展開している哨戒を兼ねた護衛艦隊と考えるのが自然ではありませんか」
 ボンディーノ大佐は、つまらなそうな顔で頷いた。
「常識的に考えればそうなるな。編制から言っても、この第三の艦隊が護衛艦隊と考えるのが自然だ。しかし、これまでの航空索敵や潜水艦隊の哨戒では第三の艦隊周辺海域に航行中の船団は見当たらなかったようだ…それに実際の所、我々が直接この艦隊の編成を確認したわけでもないしな」
 ラザリ中佐も首を傾げながらいった。
「航空索敵の範囲が狭かったとは考えられませんか。あるいはこの第三の艦隊自体が我々の索敵範囲を誤らせるための囮で、全く見当違いの方向に船団はいるのかもしれません」
 ボンディーノ大佐は、低い唸り声を上げながら首を横に振った。
「少しばかり考えづらいな…囮とするにはこの艦隊の位置は妙だ。それにいくら日本海軍が大所帯でもこれだけの規模の艦艇をまるごと囮とするとは思えん。それでは肝心の船団に随伴する直接護衛部隊が少なくなってしまうのではないかな」
「だとすると…エジプトに入港していたという船団はどこにいるのでしょう」
 思案顔のラザリ中佐を横目で見ながら、考え込んでいたボンディーノ大佐だったが、しばらくしてからボソリとつぶやいた。
「もしかすると…輸送船団など最初から存在していないのかもしれないな」
 表情を消した顔でまっすぐに海図上の一点、マルタ島を見つめるボンディーノ大佐の横顔を、ラザリ中佐は、呆気にとられた顔で見ながらいった。
「まさか…ではアレキサンドリアに入港したという輸送船は一体…」

 ラザリ中佐が言い終わる前に、電測室からの報告が聞こえてきた。
「こちら電測室、無線通信のものらしき電波を探知、連続している。推測距離…極めて近い。いや、近づいてくる。レーダーの反応あり、無線通信電波源と同一、おそらく上空の大型機、単機」
 さらに、電測室からの報告が終わる前に、艦橋外の見張り員からの報告が続いた。
「旗艦が…照らされています」
 意味がわからなくてボンディーノ大佐とラザリ中佐は、顔を見合わせていた。
 次の瞬間、ボンディーノ大佐は見張り所へと駆け出していた。
 確かに見張り員のいったとおりだった。テルピッツが位置している周辺が上空から淡く照らしだされていた。

 艦橋に据え付けられたスピーカーから、悲鳴のような報告が入ったのはその時だった。
「電測、レーダーの反応あり、目標は水上。方位本艦から見て八時、距離は…約30000!」
 その報告が終わる前に、薄暗かった艦橋にいきなり強烈な光が入ってきた。
 おもわずボンディーノ大佐は電測室から報告のあった左舷の方を見た。
 そこには自らが放った主砲の閃光でその姿を浮かび上がらせた金剛型戦艦が見えていた。

石狩型防空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/clisikari.html
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