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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942マルタ島沖海戦4

 タラント軍港司令部付きの連絡用ランチに乗り込んでいたボンディーノ大佐は、ふと息苦しさを感じて甲板室を抜け出て、甲板へと身を乗り出していた。
 便乗していた下士官や水兵たちが慌てて敬礼してきたが、面倒くさそうにボンディーノ大佐はいい加減な返礼を返した。

 そのまま舷側に腰を下ろすと、胸ポケットから煙草を取り出して、一服つけようとライターを取り出しかけたが、視界にヴィットリオ・ヴェネトが入ってきたのを見つけて、目を細めながら手を止めていた。
 ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦のネームシップであるヴィットリオ・ヴェネトは、タラント軍港に停泊する同級艦の中でも異彩を放っていた。
 艦橋上部のマストには、最新鋭のレーダーが装備されているのに、船体各部には子供の落書きのような曲がりくねったり、斑点の様な濃い青や緑が飛び散った迷彩が施されていたからだ。
 最近では戦艦クラスの大型艦にも、進行方向や速力を惑わさせるための迷彩を施す例が多かったが、他艦とヴィットリオ・ヴェネトでは明らかに迷彩塗装への力の入り具合が違っていた。
 タラント軍港以外から来たのだろう何人かの将兵は、そのようなヴィットリオ・ヴェネトの迷彩を見て首を傾げたり、あざ笑うような表情を浮かべたものもいたが、後者はボンディーノ大佐が鋭い目で睨みつけると、顔を真っ青にして視線を逸らしていた。

 ヴィットリオ・ヴェネトの特異な迷彩は、ボンディーノ大佐が、事業家の父親のコネクションを伝って探してきた光学学者や海洋画家の協力で作り上げたパターンにそって描かれていた。
 イタリア海軍の中でもここまで凝った迷彩を施した艦はないはずだった。
 ただし、水兵たちが技巧を凝らして描き上げた力作ではあったもの、実績があるわけではないから、他艦に広まる可能性は少なかった。

 だが、ボンディーノ大佐は、自艦の見事な迷彩模様の出来栄えに満足すると、煙草に火をつけるのも忘れて、にやにやと笑みを浮かべていた。
 妙な凄みのある笑みを気味悪がってか、下士官たちが遠ざかっていったが、ボンディーノ大佐は気がついていなかった。
 ボンディーノ大佐の自慢は、迷彩だけではなかった。
 ヴィットリオ・ヴェネトには、最新鋭の国産レーダーが試験的に搭載されていた。
 このレーダーは先のマタパン岬沖海戦での損害復旧工事の際にあわせて搭載されたものだった。
 数メートル四方もある巨大な網状の空中線を持つレーダーは、重量が一トン近くもあったが、編隊飛行をする大型機であれば100km、対水上目標でも戦艦クラスであれば2,30キロメートルで探知が可能だった。

 ただし、この空中線の回転を制御するためのサーボ装置は、イタリア技術力の限界のためか、信頼性にかけるものだった。
 一応は定速度回転の他に、空中線の向きを手動で調整して連続した電波照射によって精密な測定を行うことも可能という話だったが、サーボモータと制御装置の調整がうまくいっていないのか、レーダーコンソール上の表示と、実際の空中線の角度は中々一致せずに完全な制御は不可能だった。
 結局、測距のみレーダーで行えたとしても、側角は従来通りの光学観測で行うほかなかった。
 本来、捜索用として開発されたレーダーであるからしょうがないのかもしれないが、射撃管制レーダーとして用いるのは到底不可能だった。


 この巨大なレーダーを搭載するために、前鐘楼直後のポールマストは、その基部から構造を強化されていた。
 構造強化は前鐘楼にも及んでいた。
 もともと被弾した艦橋の復旧工事とともに行われていたものだが、ポールマストは、その上半部分はほとんど新造されていた。
 前鐘楼と一体化したポールマストは、従来のものより一回り以上口径が増大した部材で構成されており、そのかわりマスト高さは抑えられていた。
 ポールマストの最上部にはレーダーの空中線と空中線を回転させるための巨大なモーターが据え付けられていた。

 だがレーダー空中線を据え付けては見たものの、それらを管制する機材を据え付けるスペースの確保には、工廠の技術者たちも難渋したようだった。
 レーダーの空中線から送り出す電波源となる送信機や、安定した電圧の電力を居給するための電源装置など、レーダーの表示面以外にも搭載するべき機材は多かった。
 それに、レーダー自体も、各機材をつなぎ合わせる電源線などの品質も安定していなかったから、レーダーの各管制用装置と空中線はできるだけ近くに置く必要があった。
 結局レーダー関係の機材は司令部用艦橋を潰して設置されることとなった。
 司令部艦橋のあった位置ならば、艦内からの電源線もつながっているし、空中線からの距離も短縮できた。
 それにもともと艦隊司令部が置かれるはずの場所だから、レーダーが捉えた情報を、艦橋や射撃指揮所の送るための通信手段も最初から確保されていた。

 レーダー室の増設と引き換えに、当然のことだが司令部専用に設けられていた艦橋スペースはなくなっていた。
 これにより、司令部要員も本艦用艦橋に移動し、本艦要員と同居することになった。
 艦橋は、勤務する将兵が一挙に増えて恐ろしく手狭になってしまったが、ボンディーノ大佐はさほど問題視していなかった。
 先のマタパン岬沖海戦でも艦隊司令官は、本艦用艦橋にいたし、現在のタラント駐留艦隊司令部も規模に見合った小規模なものになっていたからだ。

 ヴィットリオ・ヴェネトに乗艦する艦隊司令部が指揮する艦は、二年前のタラント空襲以降に再度の空襲を警戒して一部がナポリに移動していたことから激減していた。
 もしかすると、ヴィットリオ・ヴェネトにもイタリア海軍の第一艦隊と第二艦隊を統合したイアチノ大将率いる連合艦隊司令部が座乗した可能性もあったが、ナポリのリットリオが艦隊旗艦に指定された以上は、タラントに停泊しつづけるヴィットリオ・ヴェネトに、艦隊司令長官旗が翻る日は来なさそうだった。
 いまタラントに普段から停泊しているのは、ヴィットリオ・ヴェネトと巡洋艦、駆逐艦が欠員だらけの各一個戦隊という小規模のものでしか無かった。
 だが、それらの艦隊は、地中海の補給線を維持するために連日連夜出撃を続ける最前線部隊でもあった。


 レーダーを搭載するため、同型艦と著しく異なる形状となったメインマストには、タラント駐留艦隊を率いる司令官が座乗していることを示す艦隊司令官旗は掲げられていなかった。
 その短躯に見合わない、駆け上がるような速度で舷梯を上がり切ると、ボンディーノ大佐は当直士官から日誌を受け取った。
 やはりヴィットリオ・ヴェネトに座乗するタラント駐留艦隊司令官のサンソネッティ中将は、まだ帰艦していなかった。
 会議後も、タラント要港部で所用を果たしていたボンディーノ大佐よりも遅れているということは、陸上での事務仕事に追われているのだろう。
 生真面目なサンソネッティ中将の顔を思い浮かべて、ボンディーノ大佐は思わず苦笑すると、不思議そうな表情を浮かべている当直将校の肩を軽く叩いて艦橋へと向かっていた。


 いつものように夏の眩しい太陽の光がタラント港沖合いに降り注いでいた。
 ボンディーノ大佐は、いくつかの雑用を済ませた後にヴィットリオ・ヴェネトの艦橋脇に出て、周囲に浮かぶ出撃待ちの艦隊を見ていた。
 イタリア海軍艦艇の数がめっきり減り、出入港する民間船も絶えがちになっていた最近のタラント港の様子を見慣れた身には、その光景は中々のものに見えていた。

 一番目立つのは、枢軸連合艦隊の旗艦として、重要性の低くなったノルウェー戦線から送られてきたドイツ海軍の戦艦テルピッツだった。
 同型艦であるビスマルクがライン演習作戦で受けた損傷の修理が完了するまでは、テルピッツこそが世界最強の戦艦であるとドイツ海軍は考えていた。
 そのテルピッツの周囲に停泊しているのは、今度の作戦で新たに編成されたドイツ地中海艦隊の艦艇だった。
 ビスマルクと共にライン演習作戦に参加した巡洋戦艦シャルンホルストとグナイゼナウ、重巡洋艦プリンツ・オイゲンに加えて大型駆逐艦五隻のドイツ海軍艦艇がタラント軍港の主であるイタリア海軍のそれよりも黒い塗装で周囲を睥睨していた。

 テルピッツよりもヴィットリオ・ヴェネト側の海域にはリットリオを中核とするイタリア艦隊がいた。
 艦艇数から言えば旧式艦を含むとはいえ戦艦4、巡洋艦7、駆逐艦16からなるイタリア海軍の方が連合艦隊の主力だった。
 しかし今回の作戦において艦隊の指揮をとるのは、ドイツ海軍のリュッチェンス大将だった。
 艦隊の航行序列もテルピッツを先頭にシャルンホルスト級二隻をはさんで、ようやくイタリア海軍艦隊旗艦のリットリオが位置するとされていた。

 ボンディーノ大佐は、つまらなそうな顔で艦隊序列を頭の中で組み立てた。リュッチェンス大将はシャルンホルストを含む戦艦群で単縦陣を組んで、その周囲を巡洋艦戦隊で護衛しようとしていた。
 それはいいのだが、シャルンホルストとグナイゼナウを戦艦群の二番、三番艦の位置にすえるのはどうかと思っていた。
 シャルンホルスト級の28センチ砲では、他艦に合わせた主砲戦距離で敵戦艦の装甲を貫くのは難しいだろう。
 砲門数や発射速度の数値は高いから、単位時間あたりの投射弾重量は少なくないが、高初速で軽量の28センチ砲弾では遠距離では敵戦艦クラスの装甲を貫通するのは難しいだろう。
戦艦に対応するにはかなり接近しなければならないのではないのか。

 しかし戦艦同士の戦闘では安全距離を保って戦うのが基本だった。これでは、より大型で最短安全距離の長い戦艦群に組み込まれたシャルンホルスト級を有効な戦力として運用するのは難しくなるだろう。
 ボンディーノ大佐は、いっそのことシャルンホルスト級は重巡洋艦と共に敵艦隊に向けて突撃させた方が良いのではないのかと考えていた。
 他の戦艦と同じ距離で戦うにはシャルンホルスト級の28センチ砲は特性が違いすぎるのだ。
 ならば他の戦艦よりも距離を縮めることで敵戦艦を叩くか、あるいは敵戦艦の防御スクリーンとなるであろう巡洋艦以下を撃破することで、駆逐艦部隊の雷撃支援に当たらせたほうが良いのではないのか。
 しかし、ヴィットリオ・ヴェネトの艦長に過ぎないボンディーノ大佐には、シャルンホルスト級の配置を変更する権限は与えられていなかった。


 艦橋脇の見張り台にいたボンディーノ大佐の背後から彼を呼ぶ軽やかな声が聞こえてきた。
 イライラとして鋭い目つきで大佐が振り返ると、その目線にたじろいだのか、新任の副長であるルイジ=ラザリ中佐が恐る恐るといった雰囲気で電文をボンディーノ大佐にみせた。
 ボンディーノ大佐は電文用紙をひったくるようにして受け取った。
 マタパン岬沖海戦で戦死した副長の公認として赴任して来たラザリ中佐個人に恨みがあるのではないが、ボンディーノ大佐はこの副長が苦手だった。何故ならあまりにも妻の愛人に似すぎているからだった。

 妻の不倫に気がついたのは何年か前、開戦直前のある日のことだった。
 軍務で家を空けることも多かったボンディーノ大佐は、それまで全くその事実に気がつくことはなかった。
 乗艦の突然の故障とその修繕によって思わぬ休暇を貰って家に帰らなければ、ボンディーノ大佐の留守中に密会していたらしい愛人の男を見ることも無かっただろう。

 不倫に気がついた直後は、怒り心頭に発して、妻を強く問いただすつもりだったのだが、窓ガラス越しにうかがう相手の顔を見た時にそんな強気の気持ちは消え去ってしまった。
 背が高く整った顔立ち、それに赤く上気した妻の顔を見れば、歯の浮くような台詞を男がつぶやいているのだろうと思った。
 しかし、朴念仁な自分には、妻を満足させるような台詞と考えつくとこもできないし、それ以前に軍務で多忙だということを言い訳にして家族に構っていなかった自分のせいで妻は不倫へと走ったのではないのか。
 一度そう考えてしまうと、ボンディーノ大佐は酷く沈み込んでしまっていた。
 結局ボンディーノ大佐は妻の不倫をとがめることなくいっそう軍務に励むことで気を紛らわせていた。
 その熱心さが評価されて新造戦艦の艦長へと推薦されたのだがら人生とは分からないものだった。


 この男のようにスマートな格好だったら別の人生もありえたのだろうか。
 背の低い自分を見下ろすラザリ中佐の目線を感じながらボンディーノ大佐は電文用紙を一読した。
 だが内容を理解する前に見張り員の声がした。
「水平線の向こう、戦艦らしきマストを発見、三時の方角」
 ボンディーノ大佐は、ラザリ中佐に電文を押し付けると首からつるしていた双眼鏡を三時の方向に素早く構えた。

 そこにはヴィシーフランス海軍のダンケルク級戦艦が姿を見せようとしていた。
 やがて特徴的なダンケルク級の主砲配置までが見えてきた。ダンケルク級はイギリス海軍のネルソン級と同じように主砲塔を艦前部に集中しているうえ、四連装砲塔を採用した特徴ある姿をしていた。
 ボンディーノ大佐は待っていたものへの期待に、にやりと笑みを見せた。
 独伊艦隊がタラント港沖合いで遊弋していたのは、ヴィシーフランス海軍からの増援を待っていたからだ。
 ヴィシーフランス海軍がこの作戦に投入した艦艇は戦艦がダンケルク級ダンケルク、ストラスブールに旧式のプロヴァンスを加えた計三隻,巡洋艦が6隻、駆逐艦10隻というイタリア艦隊に匹敵する大規模なものだった。
 ジャンスール中将率いる外洋艦隊主力を差し出すことで、ヴィシーフランス政権は枢軸への連帯を示そうとしているようだった。

 なんにせよ数の上から言えば日本艦隊と対抗しうる戦力だといえた。とりあえずはボンディーノ大佐はそれで満足することにした。
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