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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1941長岡ーベルリン1

 ―――今日は降雪はなしか、この様子では今日は時刻表通りに到着するかもしれない。
 長岡駅の真新しいホームに設けられた待合所の窓からは、先月まで続いた大雪による積雪が日に日に薄まっていく様子が見えた。
 田中青年はぼんやりと駅前の様子を見ながらそう考えていた。

 もっとも彼が生まれた頃と比べれば、長岡駅前の雪景色は一変していた。
 十年ほど前から長岡駅前のような市街地の主要部では、機力を動員した大々的な除雪事業が行われるようになっていた。
 盛んに誘致されている工場群の増加を背景とする自治体財政の大幅な黒字化が、行政による除雪事業を可能としていたのだ。

 そして、除雪事業がもたらしたのは単なる利便性だけではなかった。
 季節を問わずに操業を続ける工場などと並んで、除雪作業に関わる労働者達によって冬季における雇用が確保されるようになっていたのだ
 これによる冬季の県外への出稼ぎ労働者の減少は、ここ何年かで急速に進行していた。

 それに長岡駅の変化は駅前だけにとどまらなかった。
 最近になって弾丸列車などと俗称される新たな路線が増設されていた。
 従来の幹線である上越線などと併設された新たな幹線ということで、新幹線などとも呼ばれるその路線は、シベリアーロシア帝国への輸送量の増大をうけて企画されたものだった。

 新幹線の開通によって、上野から新潟への移動時間は大幅に短縮が為されていた。
 ただし、上野から長岡を経由して新潟まで至る新幹線は、弾丸列車構想の中では一部分を占めるに過ぎなかった。

 この当時、日本帝国、特に帝国陸軍は、明確に仮想戦場を友邦シベリアーロシア帝国とソ連邦との紛争地帯と想定していた。
 つまり有事の際は、バイカル湖周辺の紛争地帯に向かってウラジオストック駐留の第20師団のみならず、本土からも増援部隊を送り込むつもりだったのだ。
 そのため、一部の重装備などはウラジオストック郊外の倉庫に事前集積されていた。
 そして、有事の際は本土から軽装備のみを手にした兵員だけを移送し、その重装備を受領して前線に向かうことになっていた。
 勿論断薬の集積も進められてはいるが、いざ有事となれば本土から続々と弾丸列車を経由して輸送されることとなるだろう。

 弾丸列車構想とは、そのように本土からシベリアーロシア帝国へと向かう有事移送計画を想定したものだった。
 だから、シベリア鉄道や、本土の新幹線をを列車で直接接続するために、鉄道網に加えて鉄道連絡船が新潟からウラジオストックに就役していた。


 長岡駅は、長岡市周辺の工場からの物資移送のターミナルを兼ねており、ここ数年で規模が格段に拡大されていた。
 だから長岡市で生まれ育った田中青年でも見慣れない施設も多かった。
 当然だが今いる新幹線のホームもつい最近新造されたものだった。

 有事を想定して計画された弾丸列車だったが、平時における民間の移送も少なくなかった。
 田中青年が待ち受けている人物も特急で今日東京から帰ってくるはずだった。

 トンネルを越えるときに挙げる汽笛の声が聞こえたような気がした。
 田中青年はぼんやりとした顔から次第に緊張したものへと表情を変えていた。
 相手は見た目こそ気さくな初老の男だが、田中青年はその裏に剣呑なものを隠しているのを短いつきあいから感じ取っていた。

 田中青年だけではなく、待合室で待っていた何人かも列車到着の気配を察したのか、そわそわと立ち上がっていた。
 そして、田中青年が待合室から出たのと同時に、はやりの流線型の形状をした大型機関車に連結された特急列車が長岡駅のホームに滑り込んでいた。

 降雪こそ無いが、暖かな客車からまだ寒気の激しい長岡駅のホームに降り立った乗客たちは酷く寒そうに外套の襟を立てたりしながら改札へと向かっていた。
 ホームには乗客や、出迎えの人間は少なくなかったが、田中青年は、すぐに待ち人を見つけることが出来た。
 片腕がないという顕著な目印があったからだ。

 気がついた乗客たちから挨拶されるなか、その男は秘書らしき付き人二人と共ににこやかに笑いながら歩いていた。
 田中青年に気がつくと、その男はさらに笑みを見せた。
「長旅お疲れ様でした山本先生」
 深々と田中青年が頭を下げると、衆議院議員山本五十六は笑いながらいった。
「いやぁ田中クン、長旅どころじゃないぞ。弾丸列車は実に早い。東京から長岡までこんなに早くたどり着けるとは思わなかったなぁ」

 山本はそこで唐突に笑みを消すと素早く振り返った。
 田中青年が訝しげにその目線を追うと、柱の影に慌てて隠れる男が見えた。
 有力な右派衆議院議員である山本は、その政治姿勢から共産主義者などから狙われた過去があった。
 だから田中は気色ばんで山本の前に立とうとしたが、山本の付き人の一人にそっと押し返された。

 田中青年は怪訝そうな顔で、その男の顔をまじまじと見ていた。
 もう一人の付き人は間違いなく山本の秘書の一人だった。
 東京での政務補佐に当たる第一秘書ではなかったが、有能な秘書で第二秘書を務めていた。
 第二秘書は、何度も地元と東京を往復する山本に同道しているから、山本の選挙区である長岡で後援会の事務を手伝う田中青年とも当然顔なじみだった。

 だが、もう一人の男とは初対面だった。
 年の頃は第二秘書と変わらない三十代前半頃に見えるが、線の細い第二秘書と比べると異様な男だった。
 体つきは一見第二秘書と変わらないように見えるのだが、決して体格の細い方ではない田中青年を片腕でそっと押しとどめた動きはやけに洗練されたものだった。
 田中青年は怪訝そうな表情をしたまま、山本に目線を変えた。
 再び笑みを見せた山本は、何事もなかったかのように田中青年に車内で読んでいたのか新聞紙を差し出した。
「どうだ田中クン、その記事を見てどう思う」
 田中青年は首を傾げながら新聞を開いていた。


 山本の手によるものか、赤鉛筆で囲まれた記事は、先日地中海でイギリス海軍とイタリア海軍との間におこったマダパン岬沖海戦のものだった。
 ほとんどが両国海軍の公表を情報源としていたが、内容はよくまとめられたものだった。
 田中青年が一読を終えたことを確認すると、山本はゆっくりと歩きながらいった。
「どうだ、勝ったのはイギリスかイタリアか、どっちだと思う」

 しばらく田中青年は新聞の記事から目を離して宙を睨んでからいった。
「損害だけを見れば引き分けのようにも見えますが…主な損害はイタリアもイギリスも戦艦一隻、巡洋艦が数隻ずつですから」
 当たり障りの無い回答に、山本はつまらなそうな顔になった。
 それに気がついた田中青年は慌てて続けた。
「戦術的には引き分けですが、戦略的にはイギリスが勝利したといえるのではないでしょうか」
 山本は歩みを止めると、面白そうにニヤリとすると田中青年を見つめた。その顔に浮かんでいる笑みは、先ほどホームで有権者たちに見せていた笑みとは質が違うように見えた。
「おそらくイギリスはギリシャ支援に限界を感じていたはずです。イタリアに加えてドイツ軍がギリシャに侵攻したことで戦況はイギリス側に不利となっていました。このままではギリシャは、第二のダンケルクとなって装備や兵員を大量に喪失する事態になっていたはずです」
「第二のダンケルクか、その表現は面白いな…続けてくれ」
「確かに海戦では引き分けのようですが、その間にイギリス海軍は輸送艦を総動員してギリシャからの撤退を成功させているようです。アフリカ北岸ではイギリスとイタリア・ドイツ連合軍が一進一退の攻防を続けているそうですが、ギリシャから撤退した部隊も貴重な予備部隊となるのではないでしょうか…」
 満足そうに頷くと山本は人の悪そうな笑みを浮かべた。
 どうやら山本を満足させられたらしく、田中青年は心中でそっと胸をなでおろした。


 田中青年にとって山本は複雑な関係にある男だった。
 後援会の中でも末席にいるはずの自分を随分と買ってくれてはいるようだが、今のように試すようなことも聞いてくる。
 まるで自分の後継者に据えようかのようだが、田中青年は何となくその理由を察し始めていた。
 山本はおそらく自分と境遇を重ね合わせて田中青年を見ているのではないのか。

 それに、何も知らない多くの人間は、彼の福々しさすら感じられる山本の外見に騙されているのではないのか。そんなことを考えることもあった。
 確かに山本は、海軍を負傷除隊した身ながら政治家として大成した人物だと見られているが、その奥底に屈折した思いを隠し通している。
 田中青年はしばらく前からそれを確信していた。


 山本家は元々越後長岡藩の上席家老の家柄で、徳川家からすれば牧野氏の家来である陪臣ではあったが、将軍職に謁見できる資格を持つ名家中の名家だった。
 幕藩体制が崩壊し、越後長岡藩が廃藩置県後に長岡県を経て統廃合で新潟県になった今でも、長岡市民から敬われる家だった。
 というよりも、水戸家などの説得で早くに新政府に恭順した長岡藩では、旧藩主牧野氏を頂点とする旧体制が保存されていたとも言えるから、かつての領民達にすれば、牧野伯爵はお殿様であったし、山本家は家老様という感覚だったのだろう。
 だから、明治政府樹立当時の山本家当主である義路が、貴族議員となった牧野氏に続いて衆議院議員に立候補した時も圧倒的な優勢で当選することになった。

 その後も山本義路は長く衆議院議員を務めたが、その後継者は中々出て来なかった。
 義路の実子は娘ばかりが三人で、長女は早くに他家へ嫁ぎ、次女も同じく嫁いだが早世し、遅くに生まれた三女に婿をとらせるほかなかった。
 そして、三女の婿となったのが、元々山本家の家来筋ともいえる高野家の末子で、将来を期待される海軍士官であった高野五十六だった。
 高野五十六と義路の三女が婚約したのは第一次欧州大戦直前のことだったが、義路としては、当時海軍軍人で少佐昇進直前であった五十六をそのまま海軍軍人として努めさせ、政界入りさせるとしても、五十六が将官程度にまで出世して人脈を築かせてからと思っていた節があった。


 だが、そのような思惑を裏切るように、高野五十六は早くに海軍を除隊させられることとなった。
 第一次欧州大戦末期に陸戦隊長を務めた五十六は、終戦間際のドイツ軍の春季攻勢によって片腕を失う戦傷をおったためである。
 結局その傷により軍務を全うできないと判断された五十六は、中佐昇進のうえ負傷による除隊となった。

 海軍を除隊となった五十六ではあったが、山本家への婿入りは第一次欧州大戦終結より程なく予定通りに行われた。
 その影には、第一次欧州大戦という激動の時代をを越えた義路が老年の衰えを感じて、早くに後継者を迎えたかったからではないかといわれていた。
 実際、義路の後見のもとで山本五十六は、衆議院選挙の初の立候補で危なげなく当選を果たしている。
 その後も山本は、退役軍人という海軍とのパイプを生かした軍事の専門家としての顔の他に、負傷除隊であることを逆手に取ったのか、負傷兵や障害者の救援活動など地道な行動によって、長岡市民以外からも元軍人層を中核とする幅広い層からの広範な支持を得ていた。


 しかし、公人としてのそのような成功とは裏腹に、表には出なかったが山本の結婚生活は順調とは言い難かった。
 もともと名家の末娘、それも幕末を挟んだ激動期を超えてから生まれた義路の三女は、次女とは随分と歳が離れていたから、二親だけではなく姉たちからも随分と甘やかされて育てられていた。
 それ故か、明治維新後の秩禄処分の影響を諸にかぶった没落士族、それも兄弟ばかり多い貧乏士族出の苦労人であった山本とは反りが合わないようだった。
 そのせいかわからないが、山本には外に女を囲っているという噂があった。
 東京を遠く離れた田中青年にとっては、それは噂に過ぎなかったが、身辺に使える秘書たちにとってはそれは公然の秘密であるようだった。

 山本の周囲ではそのような見方が定着していたが、長岡で山本夫人を近くで見てきた田中青年は、必ずしもそれだけが原因ではないのではないのか、そう考えていた。
 もしも妻の方のわがままな性格が原因で不仲であるとしたら、夫人の方にも男の影でもあってもおかしくない気がするが、そのような気配は見えなかった。
 周囲への態度を見る限りは、少なくとも夫人の性格の方が主因であるとは思えない。
 むしろ問題があるとすれば山本の性格の方にあるのではないのか、そう考えていた。
 もしかすると自分しか気がついていないかもしれないが、山本には海軍、あるいは日本という国家そのものに対する屈折した思いがあるのではないのか。
 山本からすれば、海軍はかつての自分自身とも言える程の愛着を抱いていたはずだ。
 だがその海軍は、自分を軍務に耐えない体にした上で放逐した。
 そのことによる自らの半身をもがれたような屈辱と諦観、それが山本の心の根底にわだかまっているのではないのか。
 そして、そのような心の影を敏感に感じ取って夫人は不信感を抱いているのかもしれない。


 もっともそれを知った所で田中青年は心を動かされることはなかった。
 それで言えば自分もさほど変わるところがないからだ。
 ただ、山本が自分を買ってくれる理由は分かったような気がした。
 山本に比べればずっと些細な理由にもおもえるが、田中青年もまた海軍士官の道を挫折した一人であったからだ。

 山本が30代まで海軍を追われるまでの十年以上を海軍士官として過ごしたのに対して、田中青年は一時足りとも海軍軍人であった期間はなかった。
 上京して、海軍兵学校の予備校ともいわれる海城中学校へと進学した直後に、父の死去によって、祖父がおこした田中土木工業を継がなくてはならなくなったからだ。
 そして長岡の有力企業の若社長として、山本の後援会の一員に加わることになった。

 もっとも田中土木工業社長としての職務は、殆ど父の右腕として、祖父の代から長年勤務している専務にほとんど任せきりで、田中青年自身は山本代議士の後援会活動の方にかかりきりだった。
 元々、大した学歴もない若社長の経営能力などたかが知れている。会社の経営陣にしてみれば、下手に経営に口を出されるよりもは、人脈作りの為に地元代議士の後援会に出入りさせていたのかもしれない。
 だが、田中青年は、大番頭の専務の思惑よりもずっと深く山本の後援会にのめり込んでいた。


 長岡駅の大手口を出た先のロータリーには車を待たせていた。
 今日は、このまま郊外の山本家の屋敷に直行する予定だった。最近の降雪や除雪状況を考えれば、車で直接屋敷まで乗り付けられるだろう。

 だが、車に乗り込もうとしたのは第二秘書だけだった。
 怪訝そうな顔で振り返った田中青年に、山本は笑みを浮かべるといった。
「済まないが予定を変更する。今日は歩いて長興寺まで行くから…車はウチによってからそっちに回しておいてくれ」
 第二秘書が当然のように頷いてから荷物を持って車に乗り込んだところを見ると、予め予定は組まれていたらしい。
 そのまま車に乗り込むわけにもいかず、田中青年は何となくもう歩きはじめた山本ともう一人の男のあとを追いかけ始めた。


 山本の養父である山本義路が葬られた墓のある長興寺まで、雪に注意して歩いても15分程度だが、その間三人は一言も喋らなかった。
 これまでとは違って酷く真面目な表情で先頭を行く山本と、そこから一歩遅れて斜め後ろを歩く無表情の男についていきながら、田中青年は背後に三人をつけてくる男の気配を感じていた。
 雪上での歩行に明らかに慣れていない男の動きは、素人の田中青年の目から見ても稚拙な尾行だった。

 田中青年にはよくわからなかった。
 急に長興寺に行こうとする山本も後の尾行する男も、すぐ前を行く山本の付き人の男のことも。
明治維新が史実とは異なる形で推移したせいで長岡藩の人間は歴史通りになっていません
この物語に登場する人物・組織は架空のものです

なお史実世界で大々的に除雪事業が行われるのはこれより十年後のことです
+注意+
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