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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦33

 やはりあの塗装はやり過ぎなのではないか。独立戦闘飛行群に所属するビスレーリ中尉は、編隊の先頭を行く群司令機を眺めながらそう考えていた。


 航空行政に関する権限を空軍に移管されていたイタリア海軍が、その一部を取り戻して初めて編制した本格的な戦闘部隊が独立戦闘飛行群だった。
 元々は海軍基地の防空任務を建前として、現役海軍将官でもあるウンベルト皇太子の後見で誕生した部隊だったのだが、実際には飛行群はもっと攻勢的な運用を行う部隊だった。
 主力艦隊に随伴して洋上で艦隊航空戦力を提供する。それこそが独立戦闘飛行群が編制された目的だったからだ。

 イタリア海軍が洋上航空戦力の育成にそれまで無関心であったというわけではなかった。むしろ艦隊防空用として他国ではあまり例を見ない艦載型の戦闘飛行艇を実用化したり、高い合成風力を得るために主砲前部に射出機を固定配置するなど航空機や航空艤装の開発には熱心だった。
 現代戦においては純粋な水上砲戦部隊であっても防空能力の獲得、すなわち制空権を確保することは重要性を増している。そのような認識がイタリア海軍でも浸透していたからだ。
 敵航空機の攻撃から艦隊を防備することだけではなく、砲戦時に艦上からの観測を補佐する観測機の有無が命中精度に与える影響が長距離砲戦の実用化とともに大きなものになっていた事実は、純粋な砲術士官であっても無視できなかったのだ。

 先の欧州大戦後に急速に発展した航空機の洋上での運用に関しては、英米日の三大海軍が他と隔絶したものを有していた。
 正規空母多数を集中配備された日本海軍の航空母艦部隊は、今次大戦に於いて陸上攻撃から艦隊防空まで柔軟な航空戦力の運用を行っていたし、日本と太平洋を挟んで対峙する米海軍は戦艦や巡洋艦などの水上砲戦部隊が優勢とはいえ、一定数の空母部隊を太平洋と大西洋の両洋に展開する戦力を有していた。
 日米に比べれば航空戦力の集中という点では一歩劣るものの、英国海軍も船団護衛任務における護衛空母運用を確立させるなど技術力は高いと言えた。

 それと比べるとイタリア海軍の洋上航空戦力の整備は1930年代後半になると大きく見劣りするものになっていた。艦載型の水上飛行艇はこれ以上の性能向上が望めずに、同時期にはすでに艦載機の主力は水上偵察機に移っていたからだ。
 それに一時期のイタリア海軍巡洋艦の特徴的な艤装となっていた前甲板固定式射出機などの航空艤装方式も、30年代前半には早くも実用性の低さが艦隊側から挙げられるようになってしまっていた。


 元々この艤装方式は貧弱な射出機の性能を補う為でもあった。
 重量のある戦闘型の飛行艇を安全に発艦させるためには、射出機によって与えられる速度と向かい風となる風力の合計が失速限界を十分に上回っている必要があった。
 その点において、母艦の進行方向に正対して射出機を配置できれば、艦中央部から艦橋構造物を避けて斜め方向に射出するよりも、母艦の前進速度を最大限に利用できるはずだった。

 しかし、射出機の高性能化が進んで合成風力に頼らずに済むようになってくると、この方式の欠点が目立つようになってきていた。
 射出機が前甲板固定式の場合、艦首方向からの海水打ち込みによる破損や塩害を避けるために、搭載機は射出機後端と前部主砲塔の間に格納庫を設けて収納されていた。
 また、この格納庫から射出機間の搭載機の出し入れや海面からの収容には折りたたみ式のデリックを使用していたが、これらの航空艤装を使用している間は主砲塔の旋回に制限が課せられていたし、大威力化による主砲塔の大型化にも邪魔になっていた。


 この前甲板固定式によって制限を加えられていたのは主砲塔だけではなかった。本来利便性のためにこの箇所に配置されていた航空艤装自体も、射出機の前甲板固定配置によって無理が生じるようになっていた。
 例を上げれば格納庫の寸法があった。主砲塔よりも前側に格納庫を配置したものだから、多数機を搭載しようとすれば格納庫は上下に重ねる他無かったが、そのように多段式となった格納庫の寸法には制限が大きかった。
 格納庫の配置は、丁度艦首にむかって船体が絞り込まれる位置にあった。そのせいで特に下部に設けられた格納庫は、前後の交通性に生じる問題を無視して船体構造いっぱいにまで広げたとしても、左右舷方向への拡大は難しかった。
 いくら主翼の折りたたみ機構などで工夫したとしても、今度は限られた空間に収めるために機体性能にも支障が出てくるようになっていた。

 肝心の射出機の性能向上も難しかった。主砲塔と錨甲板との間に射出機を埋め込まなければならないために、射出容量の増大に伴って長大化する一方の射出機を収めることが難しくなっていたのだ。
 仮に射出機の寸法を従来型同様に抑えたままで射出容量の増大を図った場合、今度は加速度が大きくなり過ぎて機体や乗員にかかる負担が限界を超えてしまうはずだった。

 結局、30年代なかばに建造されたボルツァーノからは、イタリア海軍の巡洋艦も前後部煙突に挟まれた艦体中央部に位置する空間に射出機などの航空艤装を集中した常識的な配置になっていた。
 あまり考えづらい事態だったが、このような配置の場合は前後の煙突によって主砲発砲による爆風が遮られる上に、後部マストを頑丈なデリック支柱として兼用できるから、各種航空艤装を作動させながら主砲の砲撃を行うのも不可能ではなかった。


 ただし、航空関係者にとって最大の問題はこうした各艦の航空艤装にあるのではなかった。防空戦闘能力を行う飛行艇が艦隊に配備されていたとしても、総数ではともかく搭載機は各艦あたり2機か3機でしかないから、運用上の制限が大きかったのだ。
 巡洋艦の航空艤装や定員には制限があったから艦上での整備能力も限られるし、銃弾や爆弾など兵装類の搭載量を確保するのも難しかった。予め計画された偵察飛行や少数機による対潜哨戒程度ならばともかく、組織的な防空戦闘などを効率よく実施するのは難しかったのではないか。
 それに航空機を搭載した巡洋艦は母港も分散されていたから、艦隊の航空関係者を一堂に集めるのも難しく、人事面や編隊飛行の訓練にも支障が生じていた。

 実は、イタリア海軍でも10年ほど前に正規空母の建造が計画されていた時期があったらしい。陸上機形態の艦載機を運用できる空母であれば航空作戦の柔軟性は格段に向上するし、部隊の集約による効率化も大きかった。
 当然ビスレーリ中尉が海軍に入隊する以前のことだから概要程度しか知らないが、当時の海軍上層部では日米などの空母機動部隊の実用化を手本として空軍との協同作戦に頼ることなく、陸上機の行動半径外となる外洋で行動可能な本格的な空母機動部隊の設立を計画していたらしい。
 当時の資料などは一航空士官に過ぎないビスレーリ中尉が閲覧できるものではなかったが、計画されていた空母は基準排水量二万トン程度のものであったらしい。

 その数値そのものには根拠があった。空母と同時にそれに随伴しうる高速の戦艦も計画されていたのだが、軍縮条約の保有量制限や建造数からしてその新戦艦は二万トンから二万五千トン程度で計画されていたようだった。
 また計画されていた空母は、建造費用の抑制や設計工数削減の観点から艦体設計の一部を新戦艦と共通化させることも狙っていたらしい。

 そのような事情と、空母の場合は戦艦が装備する主砲塔や分厚い装甲板のような重量物を搭載する必要性がないことなどを考慮すると、戦艦よりも数千トン軽い二万トン級と言うのは妥当な線ではないか。
 この当時の艦隊整備案が計画通り進められていれば、おそらく二万トン級の戦艦、空母がそれぞれ3隻ずつ程度の高速機動部隊が誕生していたはずだった。この建造数であれば長期修理中などで戦列を離れている艦艇を考慮しても合計4隻程度の艦隊を常に稼動状態に保つことが出来たのではないか。


 もっとも航空士官でありながら、ビスレーリ中尉は実際にそのような艦隊整備計画が進められていたとしても今次大戦においてイタリア海軍が現在よりも優位にあったとは思えない、そう考えていた。

 二万トン級の空母というと、英国海軍のグロリアス級やイーグル、日本海軍の蒼龍型などが比較対象となるはずだった。
 鈍足の戦艦から改装された上に備砲の強化など黎明期の空母らしさが残るイーグルなどはともかく、大型巡洋艦改装のグロリアス級や新造の蒼龍型であれば最大で60機程度の搭載機数と30ノット前後の高速性能を有していた。
 イタリアの造船技術が両国に対して極端に劣っているとは思えないから、同程度かやや劣る程度の性能を有する空母を建造することは不可能ではなかったのではないか。

 勿論、隙あらば航空行政の権限を海軍から取り上げようとする空軍の横槍や、これまでイタリア海軍に存在していなかった新艦種の経験取得など問題は少なくなかった。
 空母部隊を実戦力として運用可能となるまでにはそれなりの時間がかかるはずで、下手をすれば今次大戦の開戦までに戦力化するのは難しかったかもしれないが、時間さえかければ稼働数が2隻だったとしても艦隊合計で100機程度の艦載機を運用するそれなりに有力な部隊が出来たはずだった。


 しかし、最大の問題は空母ではなくそれに随伴するために建造される新戦艦に生じていたはずだった。
 今次大戦において幾度か戦艦同士の砲撃戦が生じていたが、熾烈を極めたそのような戦闘において二万トン級の戦艦が十分な戦力となっていたとはビスレーリ中尉には思えなかったのだ。
 今次大戦に投入された中でこのクラスの戦艦に該当するのはフランス海軍のダンケルク級の他になかった。
 それよりも小さなドイツ海軍のドイッチュラント級装甲艦は一万トンの重巡洋艦級の艦体に28センチ砲を搭載した無理のある艦種だったし、備砲こそ同級と同等だったもののシャルンホルスト級は戦艦に類別されたように三万トンを越えていた。

 戦艦に使用される技術にはさほど心得はないが、ビスレーリ中尉は実際には三万トンを下回る排水量で近代戦において通用する攻速防を満足させる戦艦を得ることは難しいのではないか、そう考えていた。
 当時のイタリア海軍の計画では最大でも二万五千トンの排水量で16インチか15インチ程度の砲6門を有し、高速の空母に随伴できる戦艦を要求していたらしい。

 だが、伝えられている要求性能を満たした場合、速力や砲に大半の重量を持っていかれて、自艦の主砲に対応するのに十分な装甲のない恐ろしくアンバランスな戦艦が出来上がってしまっていたのではないか。
 同程度の主砲を搭載した戦艦であれば、日本海軍の磐城型があった。開戦以後に就役した艦である為に詳細な性能は不明だったが、16インチ砲級の主砲を連装3基計6門搭載しているから、主砲だけ見れば計画されていた幻のイタリア戦艦に近しいものがあった。
 それにこれまでに確認された速力は30ノット前後というからその点でも同等だったが、その一方で排水量は条約型限界の三万五千トンに達しているはずだった。

 逆に言えば、主砲を6門に抑えたとしても、それに耐えうる装甲と十分な速力を与えようとすると、どうしてもその程度の排水量になってしまうのではないか。
 主砲の重量で言えば連装16インチ砲と三連装12インチ砲はそれほど変わらなくなるらしいが、同クラスの28センチ三連装砲塔を3基備えるシャルンホルスト級でもやはり排水量は三万トンを越えていた。

 ドイツ海軍の装甲艦ドイッチュラント級を凌駕するために建造されたと言われるダンケルク級にしても、フランス海軍の類別は純粋な戦艦ではないらしいから、やはり2万トン級では戦艦として運用するのは難しいようだった。
 主砲も長砲身の上に4連装砲塔で装甲重量などを削減していたとは言え、33センチというプロヴァンス級戦艦に劣るものでしかなかった。この33センチ砲自体は射程や威力のバランスの取れた有力な砲らしいが、16インチ級の砲を搭載した戦艦に対抗するのは難しくなるだろう。

 結局、イタリア海軍の建造計画はそのダンケルク級戦艦に対抗するために大幅に排水量を増して三万五千トン級まで拡大されたヴィットリオ・ヴェネト級戦艦の建造と空母建造の中止というものに変更されていたが、今次大戦で同級戦艦が果たした役割を考えれば妥当な判断だったのではないか。
 ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦の代わりに中型戦艦と中型空母が建造されていたとしても、編制開始から間もない空母部隊が今次大戦における実戦で同級戦艦並の戦力を発揮できたとはビスレーリ中尉には考えられなかったのだ。


 ただし、本格的な空母の取得は断念されたものの、外洋で航空機を運用する手段を海軍航空関係者が完全に諦めたわけではなかった。複雑な経緯で半ば海軍に押し付けられる形で購入された高速客船を水上機母艦として改装することとなったのである。
 それが以前独立戦闘飛行群が母艦としていたファルコだった。当時の独立戦闘飛行群が使用していた機材は特異な水上戦闘機であるRe.2000Pアストーレだったが、面倒なことにその原型となったレッジアーネ社の輸出用戦闘機であるRe.2000もファルコという愛称だった。

 だが、それも過去の出来事となってしまっていた。他国に例を見ない水上戦闘機を外洋で運用する高速水上機母艦として補助防空任務に期待されていたファルコだったが、初陣となったマタパン岬沖海戦で奮闘むなしく撃沈されていたからだ。
 母艦を失った独立戦闘飛行群だったが、熟練の搭乗員を遊ばせておくような余裕はイタリア海軍には全く無かった。ビスレーリ中尉達は基地防空を新たな任務として陸上機に機種改変された上で北アフリカ戦線に送られていた。

 その間に水上機部隊としての独立戦闘飛行群も航空巡洋艦に改装されたボルツァーノを新たな母艦として再建されていたのだが、わずか2年ほどの間にアストーレの性能は陳腐化してかつてのように活躍することはできなかったようだ。
 あるいはビスレーリ中尉達熟練搭乗員を抽出されていた中での部隊再建に無理があったのかもしれなかった。基幹要員を喪失した実質上の新編成部隊だったからだ。

 結局一時期第1、第2と分けられていた形の独立戦闘飛行群は、北アフリカ戦線終結後の戦線整理の一環として行われた航空部隊の再編成によって統合されていた。ボルツァーノには対潜任務に使用される新編制部隊が搭載されることになったらしい。
 だが、合流した旧ボルツァーノ乗組の搭乗員達が新たな乗機であるRe.2005サジタリオに熟練する時間が取れたかどうかはビスレーリ中尉にはよく分からなかった。
蒼龍型空母の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsouryuu.html
磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbiwaki.html
空母ファルコの設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvfalco.html
レッジアーネRe.2000Pの設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/re2000.html
ボルツァーノ級航空重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cabolzano.html
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