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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦32

 第100爆撃航空団隷下の飛行隊に所属する双発重爆撃機Do217と共に出撃した、デム軍曹達第27戦闘航空団のBf109隊の少なくない数が、敵空母から出撃したと思われる零式艦上戦闘機、マートレットとの交戦を開始していた。


 状況は極めてドイツ空軍側が優位だった。Do217に随伴していたこちら側が、低高度を飛行していたマートレット隊よりも上空を占めていた上に、敵部隊が分散していたからだ。
 おそらく発艦したばかりの機体と当初から艦隊の上空援護にあたっていた機体が集結出来ずに三々五々にこちら側に襲撃をかけていたのではないのか。
 それに全体的な数でもマートレット隊は劣っていたからドイツ軍側の優位は揺らぎ無いものと言っても良かった。

 在空する敵機の数からすると、海上を航行している空母は予想していたのよりも小型のものかもしれなかった。当初は重装甲の艦隊型空母が高速部隊に随伴しているものと考えられたのだが、それにしては上昇してくる敵機の数は少なかったのだ。
 それだけではなかった。詳細は敵機と交戦したBf109のガンカメラで撮影されたフィルムの分析などが必要だったが、デム軍曹にはマートレットの動きがどこか精彩を欠いているような気がしていた。
 高度を速度に変換できるBf109隊に対して、重力に逆らってマートレットが上昇をかけてきている、それだけが原因とは思えなかった。機体に搭載されたエンジン出力そのものが大きく劣っている。そのような印象があったのだ。

 もしかするとマートレットは最新の型式ではないのかもしれなかった。昨年度の北アフリカ戦線での戦闘辺りから零式艦上戦闘機は大出力のエンジンへの換装や機体構造の改良を行った新型機が確認されていた。
 零式艦上戦闘機の英国海軍仕様であるマートレットも、無線機などの細かな艤装を除いて同一仕様であるようだったから、英国海軍の空母に搭載されている現行の艦上戦闘機もそれに準じたものではないかと思われていたのだが、実際には旧式化した機体が継続して搭載されているようだった。

 あるいは、数だけではなく、敵空母が小さすぎて新型のマートレットが運用できない可能性もあった。
 昨年度から確認されている零式艦上戦闘機の新型は、エンジン出力だけではなく主翼形状にも変更が加えられていた。より翼面荷重が小さい高速戦闘機よりの機体になっているらしく、防弾装備も充実していたようだから機体重量の増加も無視できないはずだった。
 重量の増加や翼面積の減少による揚力の低下によって離着艦時の速度も上昇していたはずだから、運用可能な空母にも制限があったはずだ。


 しかし、相手がそのような補助的な空母であったとしても第100爆撃航空団所属のDo217の行動は不可解なものだった。数が頼みの公算爆撃にも関わらず投弾したのは僅か3機に過ぎなかったのだ。
 航行する敵艦群を確認していたのか、デム軍曹達が見守る前で他のDo217はゆっくりと翼を翻して旋回を開始していた。

 デム軍曹はその様子を見ながら首を傾げていた。爆撃機隊の行動理由がよくわからなかったのだ。
 もしかすると爆撃機部隊は、敵空母が主力ではないことを見切って、戦力の一部を割いて牽制を行ったのだろうか、そう考えていた。

 よく見れば、敵空母の他にも海上を航行する艦隊が見えていた。水平面の距離だけではなく高度もあるために個艦はおろか艦種の識別も難しいが、航行する艦艇の寸法には差があるように見えていた。
 少なくとも駆逐艦を従える巡洋艦程度の寸法差はあるようだし、もしかすると戦艦を含む有力な水上砲戦部隊であるかもしれなかった。

 ―――だとすると、いま真下にいる敵空母はあの艦隊主力の航空援護を担当している、ということか……
 デム軍曹はそう考えて眉をしかめていた。
 混乱のためか交戦理由からしてわからないのだが、ローマではドイツ軍とイタリア軍が交戦していた。この方面の統合指揮を執るケッセルリンク元帥によればイタリア王国が裏切ったらしいが、デム軍曹のような一下士官には詳しい事情は分からなかった。
 それでも、現在ローマでは有力なドイツ軍と土地勘のあるイタリア軍が一進一退の攻防を繰り返している上に、空挺降下したらしい国際連盟軍まで参戦しているのは判明していた。

 現在、地中海方面に展開可能な枢軸側の有力な艦隊は存在しなかった。先のシチリア島での戦闘においては大規模なヴィシー・フランス艦隊が出撃していたが、国際連盟軍との交戦で被った損害が大きく、大型戦闘艦の多くは修理を行っている状況だった。
 それにイタリア王国が裏切ったのであれば、枢軸側海軍の中で地中海で最大の戦力を有していたイタリア艦隊もまた当然のことながら敵に回ったと考えるべきだった。
 そのような状態で国際連盟軍の有力な水上砲戦部隊がローマ沖に援軍として出現することの意味は大きかった。
 反乱を起こしたローマ市民やイタリア軍将兵が、艦隊の姿を目の当たりにすれば士気を向上させるだろうし、戦艦や巡洋艦が装備する大口径主砲による艦砲射撃の絶大な威力は、北アフリカ戦線からこれまでの戦闘でも証明されていたからだ。


 だが、そのような有力な艦隊にこの重爆撃機編隊だけで対処できるとは思えなかった。戦闘機乗りのデム軍曹は一般知識程度のことしか知らないが、重爆撃機による高々度からの水平爆撃は威力は大きいものの精度は低いと聞いていた。
 艦隊は見える限りでも10隻かそれ以上の艦艇で構成されているようだから、1隻か2隻を沈めた所で作戦行動自体を断念させるのは難しいのではないか。

 そのようなことを考えているデム軍曹の目の前でDo217が投弾を開始していた。だが、すぐに軍曹は怪訝な表情になっていた。3機しか投弾しなかった上にその機体も無視できないほど投弾に大きな時間差があったからだ。
 とてもではないが、命中は期し難いのではないか。それどころか下方の空母群のどれか1隻に対して至近弾となることすらないだろう。投弾のタイミングを読み切っていたのか、勢い良く回避行動のために転針を開始した敵空母を見下ろしながらデム軍曹はそう考えていた。

 だが、デム軍曹には違和感があった。航空艦隊司令部が発行した護衛部隊の派遣を命じる書類と共に飛行隊が駐留していた飛行場に現れた第100爆撃航空団の将校はやけに自信有り気な態度だった。
 それに航空艦隊、つまりはケッセルリンク元帥による特命というのも気にかかっていた。よほど重要な部隊でない限り航空団の頭ごなしに護衛出撃を命じることも無いだろうからだ。


 デム軍曹は首を傾げていた。次第に重力によって加速されていく爆弾が僅かに光っている。そのような気がしていたのだ。
 最初は太陽光による反射かと思って、視力を保護するために反射的に目を背けようとしたのだが、それにしては太陽と落下していく爆弾の位置関係がおかしかった。
 もう一度視線を向けてみると、確かに爆弾の尾部に光が見えていた。しかも明滅がなく一定に輝く光は明らかに人工のものだった。よくわからないが、あの爆弾には照明弾用の燃焼剤か電球のようなものが備えられているらしい。
 着弾地点の確認を行うためか。一瞬デム軍曹はそう考えたのだが、すぐに自ら否定していた。そんなことをしなくとも、命中弾であれば敵艦に爆発が起るし、重爆撃機が投下するような大重量の爆弾であれば海面への落着でも巨大な水柱が発生するから、着弾点は上空からでも容易に確認できるはずだった。
 落下中の爆弾の位置は確認しやすくなるが、そんなことをしても意味があるとは思えなかったのだ。

 そう考えてみると奇妙なことは他にもあった。先程投下された直後に見た爆弾の形状は、一般的なそれでは無かったような気がしていた。落下中の弾道を安定させるためだけにしては翼の面積は大きすぎたのではないか。
 ―――あれは、まるで航空機の動翼のようじゃなかったか……

 それに爆弾の装備位置も妙だった。Do217は乗員室後部に爆弾倉を備えていたはずだが、先程投下された爆弾は主胴体とエンジンナセルに囲まれた内翼部から投下されたようだった。
 航続距離がさほど要求されない短距離での爆撃であれば、爆弾倉以外に主翼などにラックを設けて爆弾を増載する場合もあるが、今回の作戦では洋上での長距離進出が想定されていたから状況は異なっていた。
 実際には単に搭載された爆弾の寸法が規格外であったために爆弾倉内に収容できなかったのではないか。裏を返せば、今回の作戦で使用されるのは少なくともDo217の設計時には想定されていなかったであろう新兵器ということになる。


 デム軍曹は妙に気になって爆弾の光を追い続けていた。
 奇妙なことに気が付いたのはそれからしばらくしてからだった。投下された爆弾の軌道が変化しているように見えてきたのだ。
 最初は単なる勘違いかと考えていた。当然のことながら、爆撃機から投下された爆弾は、爆弾架から離れた直後は慣性があるから母機と同じ速度で飛翔していた。
 そこから重力に引かれて落下していくことになるのだが、爆撃時の高度や速度にもよるが、爆弾は投下時の母機の進行方向に向かって1,2キロ程度は着弾までに移動していた。

 そのせいで投下したときの母機の位置に視点を合わせない限りは、爆弾が単純に離れていくようには見えずに、投射軌道を斜め方向から見た形になはずだった。
 それに重力加速度で急速に爆弾は落下速度を上昇させていくから、見かけ上の軌道が変化したのではないかとデム軍曹は考えていた。

 しかし、しばらくしてからそれにしては爆弾の動きが妙なことに気が付いていた。明らかに爆弾の落下軌道が重爆撃機の進行方向から左右舷方向に向かって捻じ曲げられていたのだ。
 しかも、新たな軌道は敵空母が転舵した方向に一致しているように見えた。


 デム軍曹が冷静に爆弾の軌道を追いかけられていたのはあまり長い時間では無かった。重力によって加速された爆弾の速度がすぐに肉眼で追いつけないほど上がってしまっていたからだ。
 それに何故か直進を続ける投弾した3機のDo217を追いかけるように、敵空母群が高角砲による砲撃を開始していた。そのとばっちりを避けるように直援のBf109隊も旋回を開始していた。

 だが、着弾の瞬間だけは目撃していた。やはり爆弾の軌道は捻じ曲げられていた。明らかに敵空母の至近に爆弾の着水と炸裂によって生じたのであろう巨大な水柱が発生していたからだ。
 そしてやはり時間差を生じて二発目が落着した。今度は直撃弾だった。敵空母の殆ど真ん中に赤黒い炎と煙が上がっているのがこの高度からも確認できていた。
 最後に三発目がやはり至近距離に着弾していたが、すでに敵空母は二発目の爆弾の命中で無力化されていたと考えるべきだった。


 ―――そういうことか……
 デム軍曹はようやく第100爆撃航空団の将校が自信有りげだった理由にたどり着いていた。軍曹の予想通り投下された爆弾は何らかの方法で投下後に操作されていたのだろう。
 つまり投下されたのは誘導爆弾というわけだった。先程見えたとおりに、爆弾尾部に取り付けられていたのは、誘導時に操作を行う動翼なのではないか。
 航空機同様にその動翼を作動させることで、回避行動のために敵空母が転舵した方向に爆弾の軌道を捻じ曲げていたのだろう。

 ただし、爆弾の動作は自動というわけではなさそうだった。今では爆弾の尾部が発光していたこと、Do217が高角砲の射程内に踏み込んでいた理由も理解できていた。
 あれは機銃弾に含まれる曳光弾のようなものではないか。機関銃などで連続射撃を行う場合、射手が弾道を確認する為に自ら発光する曳光弾を一定の割合で装填するのが常識的なやり方だった。
 あの爆弾も発光することで、急速に速度を増す落下時に誘導手が爆弾を見失わないように、自位置を明らかにさせているのではないか。

 そして、そう考えれば誘導手が母機であるDo217に乗機していたのも明らかだった。爆弾の尾部を一番確認出来るのは爆弾を投下した母機の位置だったからだ。やはり常識的には爆撃手が誘導手を兼ねているのだろう。
 爆撃手は自らが投下した爆弾を、発光部を手がかりに位置を把握しながら何らかの方法で爆弾の尾部に装備された動翼を操作して、敵艦の未来位置に爆弾の軌道を変更させていたのではないか。

 だが、その方法であれば、爆撃手に敵艦と爆弾の相対位置を正確に把握させる必要があった。だから危険を犯して爆弾を投下した後のDo217が高角砲の射程内に踏み込んでまで正確な観測の為に直進を続けていたのだろう。
 それに爆撃手が手だれだったとしても、一斉に投下された爆弾を見間違う可能性があるのではないのか、それで投弾に時間差を作って自らの誘導対象となる爆弾を明確化させていたのではないか。
 着弾前後の爆弾の速度はかなりあるから、単純に命中箇所や敵艦の被害状況を見てから、未だ空中にある次弾の誘導を行えるとは思えなかった。単に誤認を避けるために時間差を設けていたと考えるべきだろう。


 デム軍曹は一人狭いBf109の機内で頷いていた。たしかにこれは戦闘航空団による護衛が必要なほどの画期的な新兵器だった。問題点が無いわけではないだろうが、従来の水平爆撃とは命中精度が桁違いになるはずだった。
 それにすでに敵空母1隻は少なくとも撃沈出来たはずだが、まだDo217の大半が投弾していないはずだから戦果はさらに拡大されるのではないか。

 しかし、そんなデム軍曹の楽観的な考えは次の瞬間に吹き飛んでいた。僚機からの無線とDo217の防護機銃座の発砲は殆ど同一だった。
 太陽から敵機、雑音まじりの無線機から聞こえたそのような声が、デム軍曹の戦闘機乗りとしての本能を呼び覚まそうとしていた。
零式艦上戦闘機(22型)の設定は下記アドレスで公開中です。
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