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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦31

 ドイツ空軍の戦闘機部隊が、行動を阻害されがちな多隊の護衛に消極的なのは明らかだった。

 戦闘機隊は航空団や更にその下部の飛行隊単位で独立した作戦行動をとることが多い上に、ドイツ空軍では航空団ごとに戦闘機や爆撃機などを分けているものだから、その上位の航空軍団などが作戦計画を特に立案しない限り爆撃隊の護衛を行うことはなかった。
 実際、戦闘航空団から常時の護衛を受けられないために、東部戦線に投入された地上攻撃飛行隊の中には特例として隊内に戦闘機隊を置いて戦闘機、地上攻撃機の混成編制とするものも少なくなかった。
 最近では旧式化が進んだJu87から戦闘爆撃機としてのFw190に機種転換を行うとともに、急降下爆撃隊から地上攻撃飛行隊に再編成される例が増えていたが、そのような部隊でも戦闘爆撃機であれば護衛戦闘機の必要性は低いと判断されて攻撃機のみでの出撃が多いようだった。


 これに対してドイツ空軍と交戦する国際連盟軍やソ連軍では、攻撃隊に護衛戦闘機が随伴するのは常識的になっていた。特にソ連空軍ではその傾向は顕著なものになっていた。
 ドイツ軍がポーランドを縦断する分割占領線を越えて東部戦線が開設された当初は、初戦での混乱もあってかソ連空軍の行動は支離滅裂なものがあった。
 この当時であればIl-2襲撃機などが護衛機を伴わずに単機種からなる編隊で出撃することも珍しくなかった。しかも、この頃のIl-2はまだ後部機銃手席が設けられていなかったから、ドイツ戦闘機が無防備な後方から襲撃を掛けるのは容易な状況が多かった。

 だが、現在では状況は一変していた。ドイツ空軍の戦闘機がソ連空軍攻撃隊の行動を阻止するのは難しくなっていたのだ。
 主要な襲撃機であるIl-2自身に後部機銃座が設けられたのも無視できなかったが、それ以上に組織的な護衛戦闘機隊の随伴が常態化したのが大きな理由となっていた。
 ドイツ空軍の戦闘機がIl-2の弱点を狙おうにも、近くを飛行している護衛戦闘機の邪魔が入るようになっていたからだ。


 Il-2の護衛に投入されるのはヤコヴレフ設計局のYak-1が多いようだった。ソ連空軍には他にもLaGG-3、La-5といった戦闘機の存在が確認されていたが、それらの機種と比べるとYak-1が護衛部隊で確認される例は多かった。
 これまでに鹵獲された機体の調査などによって、主要なソ連軍機の性能はドイツ空軍でも概ね把握していたが、そのように調査された内容を元に作成された性能表を見る限りでは他のソ連軍戦闘機と比べてもYak-1には突出した能力はなかった。

 火力面では時期によってはBf109を凌駕していたが、ソ連軍機としては標準の域を出るものではなかった。
 その一方で旋回性能には優れているらしく、また機体構造は金属と積層木材を併用した混合構造となっており、ドイツ軍によって工業地帯を占拠されたり、疎開を余儀なくされた現在の貧弱な体制のソ連軍需産業で生産するには全金属製の機体構造よりも向いているのではないかと考えられていた。

 要するにYak-1は、ドイツ機と比べて低性能なソ連軍機の中でも平凡な機体でしかなく、その量産性の高さから主力機の一翼を担っているだけなのではないかとドイツ空軍では分析していたのだ。
 各部隊に配布されるソ連軍兵器に関する識別表の記載もそのような解釈を伺わせるものだった。実際に、これまで確認されていたドイツ空軍機を撃墜した機体の内訳を見てもYak-1はLaGG-3などと比べると著しく少なかった。
 あるいはYak-1が量産性に優れるために逆に機体の生産数が多すぎて搭乗員の数が釣り合わなくなっており、練成途上で技量未熟な搭乗員まで前線に出しているのではないか、そのような与太話をしだすものまで現れる程だった。


 だが、東部戦線で実際にYak-1と交戦した経験のあるデム軍曹は、同機は決して凡庸な機体ではないと判断していた。
 確かに識別表で見る限りではYak-1の性能はそれほど高くないように見えた。だが、それは紙面に限りのある識別表に記載できる数値が限定されているからではないか。
 実際にYak-1が優れているのは、そのような簡素な性能表に記載できる程度の情報では表せない部分に隠されている。デム軍曹はそう考えていた。

 識別表のYak-1の速度性能はそれほど高くはなかった。その数値そのものは実際に交戦したデム軍曹から見ても大きく誤っているとは思えなかった。
 もちろん航空機の飛行速度はエンジンが全開で運転できる高度にも左右されるが、概してソ連軍の戦闘機はYak-1と同じく中低高度での性能に優れる傾向があったから、戦闘時の高度も他のソ連軍機と大差はないようだった。

 しかし、実際の戦闘で優劣をつける速度性能は、識別表に記載されるような最高速度だけではなかった。
 勿論、その機体が発揮出来る最高速度が意味のない数値というわけではなかった。
 例えば先んじて発見した敵機に対して上空から奇襲先制攻撃をかけるような際には、より高速で突っ込んで行ったほうが敵機の対処は難しくなるはずだった。

 だが、実戦は常にそのような奇襲攻撃が可能というわけではなかった。実際には逆に相手に奇襲された際は連続した回避機動を行うような場合も多かった。
 そして、そのような敵機の搭乗員の不意を突き続けるような複雑な機動をとった場合、戦闘機が蓄えている運動量はたちまちの上に低下していった。
 そのような戦闘時の速度においてはYak-1は他のソ連軍機よりも優れている。それが実際に交戦したデム軍曹の結論だった。

 理論的なことはよくわからないが、Yak-1の軽量な機体構造とその割には大きなエンジン出力が最高速度よりも加速性の良さとなって現れているのではないのか。
 その点ではBf109の設計思想も同様であるはずだったが、あるいは翼面積や他の機体形状なども密接に関わっているのか、横方向の旋回性能に優れるYak-1の方が複雑な機動を行っている時の速度低下は抑えられている、そうデム軍曹は感じていた。

 この点でYak-1と対象的なのはソ連軍で言えばMiG-1だった。実際に前線に投入されている機体の多くは改良型のMiG-3ではないのかという推測もあったが、機体の傾向自体には変わりがないようだった。
 MiG-1の特徴は極めて高い速度にあった。前線で何度か確認された速度性能からドイツ空軍でも警戒すべき相手として記録されていたほどだった。最近では空戦で確認されることも少なくなっているようだが、現在でも最高速度だけみれば最新鋭の機体にも匹敵するのではないのか。
 ただし、そのようなMiG戦闘機は空戦を開始するとたちまちの内に馬脚を現す事になっていた。機体重量に対してエンジン出力が見合っていないのか、それとも翼面荷重の問題なのか、機動を開始すると速度低下が著しく、また加速性能も低かったのだ。


 おそらくYak-1が爆撃隊の護衛に投入される例が多いのは、そのような加速性能の高さをソ連軍の上層部から評価されているからではないか。鈍重な爆撃機に随伴していたとしても、横方向の機動性に優れる上に加速性に優れるYak-1であれば即座に空戦が開始できるからだ。
 Yak-1に撃墜されるドイツ軍機が少ないのも、同機の性能が低いからではなく、単に爆撃隊の護衛についているために敵戦闘機との交戦例が少ない、あるいは爆撃隊の襲撃を諦めた敵機への追撃を執拗には行わないからではないか、デム軍曹はそう考えていた。

 つまり護衛戦闘機隊ではドイツ空軍の戦闘機乗りが求める敵機の撃墜よりも、爆撃隊に損害を出さないことを何よりも優先しているということだった。
 それに、最近ではソ連軍機は性能も数も著しく向上していたから、ドイツ空軍機が爆撃隊直援のYak-1と交戦する前に、より前方に配置されて自由な戦闘を行う傾向の強いLa-5やLaGG-3を装備した部隊との戦闘で手一杯になってしまうことも少なくないようだった。


 東部戦線のソ連軍が機種ごとに役割分担を定めつつも直掩機を重視しているのに対して、地中海戦線や英仏海峡方面で交戦する国際連盟軍も爆撃隊に護衛部隊を随伴させる例が増えていた。
 もっとも、東部戦線と英仏海峡方面ではやや傾向が異なっていた。敵国本土から出撃するのが、ソ連軍のIl-2やドイツ空軍のJu87のような襲撃機ではなく、こちらの策源地を長距離攻撃する重爆撃機が多かったのだ。
 当初はこのような大型の重爆撃機に単発単座の軽快な戦闘機が随伴するのは難しかった。単純な航続距離はもちろん、重爆撃機と同行するために最適な巡航速度を取ることが出来ずに燃料消費率が上昇してしまうからだ。

 英国空軍では戦闘機の護衛が付けられない昼間爆撃において発生する膨大な損害を受けて、開戦からしばらくして早々と重爆撃機隊の作戦を夜間爆撃に切り替えていた。
 単発機では夜間飛行そのものが難しくなるから、専用の夜間戦闘機でもない限り効果的な迎撃は難しく、爆撃精度は低下するものの爆撃隊の被害を抑えることが出来るからだ。
 現在ではレーダーの支援などを受けて暗闇が広がる夜間戦闘でも会敵率は上がっていたが、機上レーダーの操作などに専用の操作員が必要だったから単座機が夜間戦闘に投入される例は少なかった。

 これに対して日本陸軍では命中精度の高い昼間爆撃を継続していた。
 英国空軍が夜間爆撃に使用する機種が、膨大な爆弾搭載量と引き換えに防護機銃座などが貧弱なランカスターなどであったのに対して、日本陸軍は重装甲かつ重火力の一式重爆撃機を投入していたから、それも日本陸軍が昼間爆撃に拘る理由だったのではないのか。

 もっとも重装甲重火力の一式重爆撃機といえども決して撃墜不可能な機体ではなかった。現に日本軍の参戦当初はドイツ空軍は同機に対して一定の戦果を上げていた。
 その頃の日本陸軍戦闘機隊が装備する機材の主力は軽戦闘機寄りの一式戦闘機であったから、航続距離が足りないのか爆撃行程の全域に渡って一式重爆撃機の護衛を行うのは難しかったし、航続距離の長い二式双発戦闘機はやはりBf110のように単発戦闘機よりも鈍重な機体だったからだ。

 だが、最近では一式重爆撃機の編隊に対する襲撃は難易度が上がっていた。理由はいくつかあった。一式重爆撃機自体が防御火力の増強された改良型に改変されているのもその一つだった。
 この型式では尾部機銃座が4連装の大口径機関砲座に換装されており、優速の戦闘機が重爆撃機を襲撃する際によく行う戦法の一つである後方からの襲撃を困難なものにさせていた。
 それにエンジンも換装したのか巡航時の高度も上昇していたから、高々度飛行能力に劣る傾向のあるドイツ空軍機が迎撃高度まで上昇するのも難しくなっていた。

 しかし、一式重爆撃機編隊の迎撃を困難なものにさせている最大の理由は、大容量の増槽の搭載で航続距離を延長させた三式戦闘機の随伴が常態化したためではないか。
 三式戦闘機は軽戦闘機よりだった一式戦闘機とは異なり、縦方向の機動戦も可能な重戦闘機だった。火力や速力もスピットファイアに匹敵するものがあったから、これが全行程とまでは行かなくとも欧州本土上空まで進出することの意味は大きかった。
 場合によっては一式重爆撃機編隊の露払いとして戦闘機隊が先行することもあったから、迎撃戦闘機がこれとの空戦に拘束されてしまうことが多かったのだ。
 それに従来の迎撃戦闘ではBf110のような双発機が投入されることもあったが、単発単座の三式戦闘機が投入されるようになると返り討ちにあう場合も増えていた。

 さらにいえば、一式重爆撃機編隊による攻撃そのものが英国空軍の夜間爆撃に対する間接的な護衛戦闘といえなくもなかった。昼間爆撃で彼らが狙う目標の多くが夜間戦闘機が待機する飛行場だったからだ。
 日本陸軍の重爆撃機は爆弾搭載量が少ない代わりに、広範囲に被害を与える集束爆弾や滑走路破壊用の特殊な徹甲爆弾などを使用することが多かった。そのような航空撃滅戦によって夜間防空能力の低下した地域に英国空軍が夜間爆撃を実施することで全体的な損害を極限するような戦法が取られていたのだ。
 更に最近では一式重爆撃機に随伴する護衛戦闘機によって単発単座の戦闘機にまで被害が出ていたのだから、国際連盟軍全体ではドイツ軍の戦力を徐々に減衰させる三段構えの作戦だったと言っても良かったのではないのか。


 敵対する空軍と異なり護衛戦闘機の直援が期待できないドイツ空軍の攻撃隊は、戦闘機隊が上げる戦果と引き換えにするかのように、次第に戦力をすり減らせていった。
 そのような状態にあるドイツ空軍において、今回第27戦闘航空団が爆撃隊の直援についたのは、上位司令部であり、この方面の航空戦を一括して指揮する航空艦隊からの特命が下っていたからだった。
 だが、そのことの意味を出撃した戦闘機乗りたちの全員が理解していたのかどうか、それはデム軍曹には疑問だった。
一式重爆撃機二型の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1hbb.html
一式戦闘機一型の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1lf1.html
二式複座戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2tf.html
一式重爆撃機四型の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1hbc.html
三式戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3hf1.html
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