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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦28

 その瞬間は唐突にやってきていた。
 高々度から落下したことで、高度を莫大な運動量に変換した大重量の爆弾が、勢い良く海面に落着していたのだ。偶然かも知れないが、丁度敵重爆撃機がハーミーズの直上を航過しようとしていた頃だった。


 もっとも、笠原大尉がそのことに気が付いたのは暫くしてからだった。それほど着弾点は異様で注目せざるを得ない場所だった。
 当初大尉が予想していた通りに投弾直前のハーミーズの針路、速力に合わせて高々度からの水平爆撃を実施したとすれば、大角度の変針を行ったハーミーズや直援駆逐艦群から遠く離れた、以前の針路を延長した場所に着弾するはずだった。

 しかし、爆弾が着水した場所は、実際にはハーミーズのごく付近だった。感覚的には落着とほぼ同時に信管が作動したのか、巨大な水柱が発生していた。
 その水柱とハーミーズの位置からして、至近弾による海面下の爆発によって生じた圧力によって、喫水線下の艦体には無視できない影響が表れているはずだった。

 あるいは至近弾の影響を受けたのはハーミーズよりも直援の駆逐艦の方かもしれなかった。緻密な陣形を保っていたものだから、ハーミーズの至近距離を3隻の駆逐艦が航行していた。
 空母としては小型とは言え、ハーミーズは条約型巡洋艦に匹敵する1万トン級の排水量を有していたが、直援についている駆逐艦の排水量は2千トンにも満たないし、速度を重視した駆逐艦は機関や兵装に重量配分が偏っていたから、構造材の強度もそれほど高くはなかったはずだ。
 勿論十分な装甲など軽快艦艇に望むべくもなかった。

 笠原大尉の見る限り、駆逐艦の何隻かは針路を強引に捻じ曲げられたかのようにふらつかせていた。もしかすると水面下で発生した爆圧によって喫水線下の構造材が変形してしまったのかもしれなかった。それで余計な抵抗が発生しているのではないのか。
 一見したところハーミーズは直進を継続していたが、影響が皆無とは思えなかった。やはり艦体には何らかの損害が生じていても不思議ではないのではないのか。

 直撃ではなかったとは言え、高々度からの重爆撃機による水平爆撃としては恐ろしいほど正確な照準だった。投弾後にハーミーズが回避行動をとったにも関わらず、回避する先を正確に予知して照準していたということになるのではないのか。
 ありえないとまでは言えないが、敵重爆撃機の爆撃手は予知能力でも持ち併せているのではないのか。


 一瞬のうちにそのように考えてしまっていたのだが、笠原大尉はすぐに異常に気が付いていた。水柱は一本だけだった。勿論ハーミーズや駆逐艦の艦上に直撃を示す爆煙が上がる様子もなかった。
 通常は公算爆撃では、手練の爆撃手が乗り込んだ嚮導機に従って編隊の全機が一斉に投弾するのが基本的な手法だった。投弾した機体数が少なかったとは言え、この着弾時間のずれは何を意味するのか、笠原大尉には答えが見つからなかった。
 それに、笠原大尉には考え込むような余裕は無くなっていた。次の爆弾の落着が発生していたのだ。

 今度は直撃弾だった。笠原大尉は、ハーミーズの飛行甲板に上空から突き刺すように飛来した何かを見たような気がしていた。単なる見間違いか錯覚だったかもしれなかった。
 ドイツ空軍の重爆撃機隊の飛行高度からして、投弾された爆弾が海面に落着する頃には音速程度の速度には達していたはずだ。そのような高速度で命中した物体を肉眼で容易に捉えられるとは思えなかったのだ。

 だが、笠原大尉が着弾を感じ取った次の瞬間に真っ黒な煙と、その向こうに赤黒い炎の柱が確かに見えていた。
 命中したのはハーミーズ艦体の中央部のようだった。飛行甲板に直撃した爆弾は、その莫大な運動量によってまず破孔を形成させたはずだ。そして、次に破孔から艦内に突入してそこで信管を作動させた。それによって開けられた破孔から炸裂した爆弾によって発生した黒煙が上がったのではないのか。

 ただし、黒煙が吹き出したのは飛行甲板からだけではなかった。英国海軍の正規空母は艦体側面に多くの開口があった。搭載艇格納庫や平射砲の装備位置として用いられているものだったが、今のハーミーズはその開口部からも勢い良く水平に黒煙が吹き出されていたのだ。
 おそらく爆風の通り道となった艦内は相当に破壊されてしまったのではないのか。


 今回ハーミーズに投弾したDo217あるいはDo17は大型の双発爆撃機だった。日本軍で言えば、海軍の九六式陸上攻撃機や陸軍の九七式重爆撃機に匹敵する機体であるらしい。
 型式が判別できないために詳細は分からないが、搭載量は1トンから2トン程度ではないのか。それに投弾したと思われる機数からすると、各機に搭載されたのは大型の爆弾1発のようだ。
 そうなると今回投弾された爆弾も1トンを下回るということはないはずだった。長門型戦艦などが装備する16インチ砲級の戦艦主砲弾で弾体の重量は約1トンだから、徹甲弾と爆弾では構造などに違いがあるから一概には言えないが、大型爆撃機が搭載する爆弾は戦艦主砲弾並だともいえた。

 着弾時の存速は、高初速で発射される戦艦主砲弾の方が遥かに高いために存速で言えば比較にならないが、重量があるから運動量だけ見ても重巡洋艦主砲弾の直撃程度はあるはずだった。
 相手が重装甲の戦艦ならともかく、それ以外の艦艇では防御帯であっても装甲を貫通される可能性は高かった。戦艦であっても水平防御がおろそかであれば貫通されるかもしれなかった。
 むしろ、分厚く硬い敵艦の装甲に接触した爆弾が、自らの莫大な運動量によって炸裂前に装甲に打ち負けて炸薬を含む弾帯を破壊されないように、日本海軍では対艦攻撃を目的とした通常爆弾は、炸薬量を犠牲にしたとしても高価な鋼材を多用して、同重量の陸用爆弾と比べて構造的な強度を高めていたほどだった。
 ドイツ空軍の兵器開発に関する思想はよくわからないが、原理からして日本軍と爆弾の構造に大差があるとも思えなかった。

 このような高々度から落下して重力加速度によって十分な速度を得た大重量の爆弾が、一万トン級で碌な装甲を持たないハーミーズの飛行甲板に叩きつけられたのだから一瞬の内に艦内に弾体が踊りこんで炸裂していたはずだった。
 この場合、仮に命中したのがハーミーズではなく、K部隊の再編成時にカナンシュ少将が配属を切望していたイラストリアス級であっても結果は大して変わらなかったのではないのか。
 イラストリアス級は装甲化された頑丈な空母だったが、その装甲は重巡洋艦に準ずる程度のものでしかなかった。対応しているのが巡洋艦級の艦艇主砲や急降下爆撃機で多用される500キロ爆弾だったからそれも当然のことだった。

 日本海軍でも最新鋭の翔鶴型では装甲の強化が図られていたが、搭載機を収容する格納庫の周囲を装甲で覆ったイラストリアス級とは異なり、格納庫面積の確保などの面から装甲分の重量は飛行甲板に集中していた。
 最もこの相違点は水上砲戦も考慮した英国海軍と、空母同士の戦闘において多用される敵艦爆による先制攻撃への対処に目的を絞った日本海軍の違いに過ぎなかった。少なくとも水平面の防護力では大差がなかったのではないのか。
 空母に搭載可能な艦載機や陸上機でも軽快な単発襲撃機程度であれば搭載できる兵装重量は限られていた。だから最大でも命中精度の高い急降下爆撃で放たれた500キロ爆弾に対応が可能な程度の装甲とされていたのだ。


 装甲化された空母であっても1トンを超えるような大重量爆弾による水平爆撃は対応能力を超えていた。あるいは、ハーミーズのような軽装甲の艦の方が損害を極限出来る可能性すらあった。
 十分な存速で弾着した爆弾が、殆ど抵抗にならないような薄い艦体構造物をやすやすと突き抜けてから反対側で起爆するかもしれなかったからだ。

 もっとも、今回はそのような偶然は期待できそうもなかった。黒煙が上がった箇所からすると、飛行甲板を突き抜けた爆弾は艦体中央部の機関部付近で起爆したのではないのか。
 戦艦主砲弾よりも大型で、炸薬量も多い重爆撃機用の爆弾の炸裂による衝撃は、一万トン級の小型空母でしか無いハーミーズが耐えられる限界を有に超えていたはずだ。
 おそらく機関室は爆弾が炸裂した際の爆圧と破片によって一瞬で大損害を受けたのではないのか。

 笠原大尉もハーミーズの詳細な構造などは知らなかったが、排水量からして缶室と機械室間の隔壁などにもそれほど余裕はなかったはずだ。そもそも旧式化したハーミズの構造では、隔壁の強度も爆圧や高速で飛散する破片に耐久できるかどうか分からなかった。
 もしかすると主缶全てが何らかの損害を受けて推進力を喪失してしまうのではないのか。そのような事態となれば、このように陸地側から攻撃機がいつ飛来するかわからないような状況下ではハーミーズを自ら処分せざるを得ないのではないのか。


 だが、笠原大尉の予想はまだ甘かった。ハーミーズは黒煙をあちらこちらから吹き出しながらも、のたうち回るように航行していたが、唐突に雷鳴のような轟音が鳴り響いていた。
 同時に立ち上がる炎を垣間見たような気がしていた。黒煙の噴出量も一挙に増大していたような気がしていた。最初に見えた炎が爆弾の炸裂によるものだとすれば、今度は何かに引火したのではないのか。

 笠原大尉はハーミーズを見つめていたが、その視線を遮るように新たな水柱が発生していた。どうやら最後の着弾があったようだった。今度はハーミーズからはやや距離があったが、投弾時間にばらつきのある水平爆撃だとすると照準そのものは正しかったように思えた。
 あるいは、狙われたのは直援の駆逐艦だったのかもしれなかった。死に体のハーミーズに対して貴重な爆弾を振り分けるのを避けて新たな目標を狙ったのだ。

 投弾時間からして理屈の上からはありえないと思えるが、とっさにそう考えてしまったほど駆逐艦の1隻に程近いところに水柱が発生していたのだ。
 直撃は避けられたとは言え、排水量の小さな駆逐艦にとって至近弾による爆圧が艦体に与えた影響は少なくなかったはずだ。個艦の識別はできなかったが、その駆逐艦は最初の至近弾に引き続いてまるで台風の中に放り込まれたように、危なっかしいほど大きく艦体を傾けさせていた。
 あれでは艦体構造材にまで致命的な損害が生じていてもおかしくはなかった。

 それ以上に、未だ屹立する水柱の影からよろめいて這うように現れたハーミーズの姿のほうが笠原大尉には衝撃的だった。ほんの僅か直接視認できなかっただけなのにハーミーズの甲板上の様子は一変していた。
 おそらく飛行甲板には爆弾の直撃と艦内での起爆によって破孔が生じていたはずだが、距離があったせいかこれまで顕著な外観の変化は確認できなかったのだが、笠原大尉の目には大きく飛行甲板をめくり上げられたハーミーズの姿が映っていた。
 大きく変形しているのは飛行甲板だけではなかった。高所に射撃指揮所を設けたことなどから、小柄な艦体には似つかわしくないほど巨大になってしまった艦橋上部のマストが大きく破損しているのが見て取れた。

 状況からすると、艦体内部で発生した2次爆発が飛行甲板の破孔を突き上げるようして爆圧を空中に逃がそうとしたのではないのか。艦橋マストもその通り道に当って破損してしまったのだろう。
 勿論爆圧が全て空中に逃げ去ったとは思えなかった。その証拠に喫水線下の目に見えない箇所にも損害が発生したのか、すでにハーミーズの艦体は先程の駆逐艦のように傾げ始めていた。


 「弾庫に引火したな……」
 掠れるように悲痛なその声が、脇で同じようにハーミーズを見つめていたカナンシュ少将の口から出ていたことにも気が付かずに、笠原大尉は無意識の内にうなずきながら考えていた。
 ―――このままハーミーズは沈むな……
 そう判断してから笠原大尉はぎょっとして慌てて腕時計を確認していた。見事な操艦でハーミーズが水平爆撃を回避したと確信してからほんの僅かな時間しか過ぎていなかった。
 ここまで状況が一挙に変化したとは笠原大尉には信じられなかったのだ。


 嫌な予感がして笠原大尉は顔を見上げていた。直進を続けていた重爆撃機だけが投弾を終えていたのではないのか、先程そう判断したのは間違いではないような気がしていた。
 ハーミーズと直掩駆逐艦群を襲った爆弾は、形成された水柱と直撃弾の数からすると僅かに3発だった。それだけの投弾数で空母1隻と随伴する駆逐艦が一瞬と言ってもよいほど極短時間で無力化されたのだ。
 しかも最初に確認された重爆撃機隊の機数からすると、敵編隊には旗艦アンソンを含むK部隊本隊を襲撃するだけの余力が残されているはずだった。


 ―――後何隻やられるのか……
 陰鬱な気分でそう考えながら、笠原大尉は敵重爆撃機編隊を見上げていた。

 だが、ハーミーズを襲撃した機が合流しようとしていたのか、隊列の崩れていた敵重爆撃機隊から瞬くようにまばらな光が見えていた。どうやらこれまで沈黙していた防御機銃が発砲を開始していたようだった。
 笠原大尉は意外な思いで上空を見上げていた。Bf109の防衛線を突破して敵編隊に取り付いたマートレットがあったのだろうか、そう考えたからだ。

 しかし、笠原大尉は防御機銃座から放たれる曳光弾よりも眩く、まるで閃光のように輝く紅の翼を見たような気がしていた。そのように軽薄な塗装の機体はハーミーズに搭載された特設飛行隊にはいないはずだった。
九七式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/97hb.html
翔鶴型空母の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsyoukaku.html
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