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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦26

 ローマ沖を遊弋するK部隊と比較してもナポリを出港して北上するイタリア艦隊主力の戦力は大きかった。

 主力艦たる戦艦だけを見れば戦力差はそれほど大きくないように思えた。
 イタリア艦隊の戦艦4隻に対してK部隊は3隻、その内訳もイタリア艦は新鋭のヴィットリオ・ヴェネト級、旧式艦を改装したコンテ・ディ・カブール級2隻ずつだったから、キング・ジョージ5世級2隻とクィーン・エリザベス級1隻のK部隊とほとんど同等といったところではないのか。
 むしろイタリア艦隊にはこの時期までの戦闘で受けた損傷を完全に復旧し終わっていない艦も含まれているという情報もあったから、数で勝っていてもK部隊の方が実際には優位である可能性もあった。

 だが、重巡洋艦以下の軽快艦艇はイタリア艦隊が圧倒していた。
 地中海艦隊からさらに分派されたK部隊と残存する大型戦闘艦全てを編入した形のイタリア艦隊との間に戦力差が生じるのは当然だったが、K部隊が重巡洋艦2隻、駆逐艦6隻でしか無いのに対して、イタリア艦隊は型式の異なる艦を編入した雑多な編成のために個艦の識別は難しかったが、軽快艦艇は20隻程度が主力の戦艦群に随伴しているようだった。

 正面からこの有力なイタリア艦隊とK部隊が交戦するのは著しく不利だった。
 今回の作戦の主力である日本海軍第1航空艦隊が合流すれば戦力比も逆転するはずだが、軽快艦艇の数にこれだけの差があるとK部隊の軽快艦艇群で構成された貧弱な阻止線など容易に突破されてしまうのではないのか。
 そうなれば戦艦群が互角に抗し得たとしても、イタリア艦隊が数を頼んだ雷撃を行えば、一瞬でK部隊は瓦解してしまうだろう。


 もっとも、イタリア艦隊とK部隊が実際に交戦することになるかどうかは分からなかった。北上する艦隊の意図が不明だったのだ。予定通りであればイタリア海軍の稼働艦のうちタラント駐留のものは現地で、ナポリに集結した艦隊はシチリア島まで移動後に接収されるはずだった。
 北上する艦隊は本来なら上陸部隊を護衛する第1航空艦隊と入れ違いにシチリア島に行くはずだったのだ。

 K部隊司令官のカナンシュ少将は、最悪の事態に備えてローマ沖を遊弋するK部隊を僅かに南下させて、イタリア艦隊からローマを遮る形で艦隊を展開させていた。
 同時に哨戒機を出して発見されたイタリア艦隊を監視させる命令を発していた。


 風向きの為か直援の駆逐艦を引き連れたハーミーズは、旗艦であるアンソンから距離を取るように緩やかに回頭していた。命令を受けて艦載機の発艦を行うためだった。
 小柄な艦体の寸法に似つかわしくないほど堂々として巨大な島型艦橋構造物を持つハーミーズは、一見すると有力な正規空母のようにみえるはずだった。
 だが、実際にはその搭載機数は少なかった。搭載されたソードフィッシュとマートレット、つまり供与された零式艦上戦闘機はどちらも航続距離の長い機体だったが、交代の時期を考えれば全機を同時に発艦させるわけにも行かなかった。

 カナンシュ少将はそのハーミーズに険しい目線を向けていた。もしも搭載機数の多いイラストリアス級などが少将のもとにあるとすれば、もっと積極的な航空戦力の運用をしていたのではないのか。
 勿論、問題はK部隊の戦力そのものよりも相対するイタリア艦隊の意図にあった。カナンシュ少将はハーミーズから視線を戻すと、険しい表情のまま通信長に問いただしていた。
「本艦隊への通信はまだ入っていないのだな……」
 通信長も眉をしかめたまま首を振ってそれに答えていた。

 ローマ周辺にも展開しているはずのドイツ軍に察知されないために、K部隊は戦闘が開始されるまで無線封止が命じられていた。その為に接近するイタリア艦隊に対してK部隊側から通信を行うことはカナンシュ少将は考えていないようだった。
 それにイタリア艦隊がK部隊の存在を事前に知っているのかどうかも不明だった。国際連盟軍上層部との通信手段は予め確認されていたはずだが、末端のK部隊が直接交信する可能性は低かったから相手の使用する無線周波数すらわからなかったのだ。


 それだけではなかった。カナンシュ少将はイタリア王国の単独講和という情報そのものが欺瞞である可能性を懸念していた。その場合はローマ市街地で空挺軍団を巻き込んで行われているという戦闘も、実際には降下した同軍団を包囲した部隊によるものではないのか。
 そしてイタリア艦隊は空挺軍団の撤退を阻止するために出撃したというのだ。

 この可能性に根拠が無いというわけではなかった。特殊な技能を必要とする空挺部隊は将兵の教育や練度維持に特殊な機材や物資を多数必要とする高価な部隊だった。
 しかも作戦が中止となっても原理上、一度降下した部隊を支障なく撤退させるのは難しかった。部隊を輸送した航空機はそう簡単に着陸させることは出来なかったからだ。
 要地を確保させるためなどの目的で主隊に先んじて空挺部隊を投入したとしても敵地に孤立した形となるから、別途地上や海上から進攻した部隊と早期に合流しなければ部隊が前線後方で包囲された空挺部隊が壊滅する可能性は高かった。

 それに輸送機から降下するために重装備に欠けるのも空挺部隊の欠点だった。
 だからローマに降下した空挺部隊を包囲殲滅出来れば、国際連盟軍がこの種の任務に投入できる部隊の多くを無力化出来るから、戦略的な利点は少なくない、そう考えられたのだ。


 しかし、笠原大尉はそのような見方に疑問を抱いていた。確かに空挺軍団の喪失は国際連盟軍にとって打撃となるが、講和の反故という外交関係を無視した手段で行えば今後の戦略的にはむしろイタリア王国が不利となるのではないのか。
 枢軸側の相次ぐ敗勢という戦況が明らかとなりつつある今、イタリア王国がそのような刹那的な手段をとらなければならない理由は無いはずだった。

 それに、国家間の信義という問題を無視して空挺軍団を殲滅し得たとしてもイタリア軍が被る損害も少なくないはずだった。仮にK部隊をも殲滅し得たとしても、その後方には無傷の第1航空艦隊と6個軍団相当の国際連盟軍地上部隊が控えていた。
 K部隊との交戦で消耗したイタリア艦隊が有力な日本艦隊に殲滅されるのは間違いないし、助攻としてカラブリア州に上陸した部隊と本隊との連絡が取れれば地上での戦局も枢軸軍の劣勢は免れないのではないのか。

 勿論その程度のことは疑いは捨てきれなかったとしてもカナンシュ少将も理解しているはずだ。無線封止の命令さえなければ判明している状況を上級司令部に問い合わせれば済む話だった。
 作戦立案段階から懸念が抱かれていた指揮系統の曖昧さがここに来て尾を引いているのではないのか、険しい表情を崩そうとしないカナンシュ少将の横顔を盗み見ながら笠原大尉はそう考えていた。

 現在の状況には不明な点が少なくないが、イタリア艦隊の挙動はローマの市街地で発生した戦闘に対応したものではないのか。笠原大尉はそのように推測していた。
 もしもその戦闘が空挺軍団に対するイタリア軍の反撃であるとすれば、流石に軍団の各隊から艦砲射撃なり撤退の援護なりの要請が来てもおかしくはなかった。
 何れにせよ、状況が明らかとなるまではそれほど時間はかからないはずだった。イタリア艦隊と接触するまであと少しだったのだ。


 そのような理由から、レーダー室につながる高声電話機を伝令が受けたときも、司令部要員を含めた艦橋内の将兵の多くがイタリア艦隊を発見したものと考えてしまっていた。
 だが、その伝令は慌てた様子で言った。
「レーダー室より報告、対空レーダーに感あり、方位は……北方……」
 そのままレーダー室からの報告を伝える伝令の声を遮るようにして、カナンシュ少将が対空戦闘用意を各艦に送るようにいった。

 笠原大尉は反射的に海図盤に目を向けていた。伝令の報告にあった方位を信じるならば、発見された航空機はイタリア半島から飛来したと考えるべきだった。
 また、これまで全く確認されていなかったことや、市街地での戦闘が継続しているらしいということを考慮するとローマ近郊の飛行場から離陸したとも思えなかった。

 その時、笠原大尉の耳に艦橋要員の誰かがつぶやくように言ったのが聞こえた。
「随分と遠距離から発見できたものだな……」
 確かにそうだった。笠原大尉はわずかに眉をしかめていた。気象条件などに起因する電波状況の変化や操作員の習熟によっても探知距離は変化するが、前後の状況を考慮する限りでは、レーダーの探知状況に関して平均的な状態から顕著な差があったとは思えない。
 探知距離が増大したとすれば、原因はアンソン内部ではなく外部に求めたほうが自然ではないのか。つまり、探知された目標のほうがレーダー波を反射しやすい状態だったのではないのか。


 ―――発見されたのは大型機、それも編隊ということか……
 笠原大尉はそう考えながら首を傾げていた。相手の思惑がいまいち掴みきれなかったのだ。仮に枢軸軍による空襲があるとすれば、先のマルタ島沖海戦で猛威を奮った急降下爆撃機によるものではないのか、そう考えていたからだ。

 日本海軍では命中率の高い急降下爆撃を対艦戦闘に使用する場合は、先制攻撃で敵空母の飛行甲板に打撃を与えて敵航空戦力を制圧するものと考えられていた。
 つまりは敵空母に対する航空撃滅戦ということになるのだが、艦上爆撃機に搭載可能な重量の爆弾に敵艦を撃沈する程の威力が無いという側面も強かった。
 日本海軍の戦法では急降下爆撃機によって抵抗力をそいだ敵艦隊は、最終的に威力の大きい航空魚雷を運用できる艦上攻撃機でとどめを刺すのが常識的なやり方だった。
 だが、ドイツ軍の急降下爆撃機の威力は無視できなかった。マルタ島沖海戦では集中した急降下爆撃によって赤城と龍驤の2隻の空母を始めとする艦艇が撃沈されていたからだ。

 そのような狙いすました急降下爆撃や果敢に攻め込んでくる雷撃機と比べれば、大型機による襲撃は自在に機動出来る艦艇から見ればそれほど大きな脅威ではなかった。
 確かに高々度を飛行する重爆撃機から投下される大型爆弾の威力は大きかった。
 自重に加えて落下時には爆弾にかかる重力によって加速されるから、着弾時の爆弾の運動量は大口径艦砲の主砲弾にも匹敵するものがあったのだ。
 随分と昔の話だったが、米国では実際に軍縮条約によって廃艦となった戦艦を標的とした重爆撃機編隊による爆撃実験が行われたことがあった。その時は爆撃によって戦艦の撃沈に成功したと誇らしげに宣伝されていたはずだった。

 ただし、威力は大きくとも重爆撃機による爆撃は命中率が低かった。投下から着弾まで爆弾が自由落下中の時間が長いものだから、気象状況などによる落下軌道への影響が無視できないほど大きいし、投弾を察知した敵艦が回避する余地も大きかった。
 実際には重爆撃機や艦上攻撃機が水平爆撃を実施する際には、多数機で一斉に投弾することで爆弾の散布界に敵艦を包み込む公算爆撃を行うことが多かったが、それでも他の攻撃手段に比べれば命中率は低かった。
 先の米国での実験でも爆弾が命中した原因としては、廃艦予定の戦艦が無人で停止状態であったことも大きかったのではないのか。


 しかし、そのように考えながらも笠原大尉は胸騒ぎを覚えていた。この爆撃でK部隊は大きな損害をこうむるのではないのか、そのような予感がしていたのだ。
 伝令は次々入ってくるレーダー室からの報告を続けていた。やはり接近してきたのは大型機の編隊だった。哨戒中の戦闘機隊による接触を命じるカナンシュ少将の声を何故か笠原大尉は遠くに聞いていた。
零式艦上戦闘機(22型)の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a6.html
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