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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1941マダパン岬沖海戦7

 ――航空参謀が飛行教官だとすれば、自分は、皇太子殿下の弟弟子ということになるのだろうか?
 ビスレーリ中尉は、海面に向けて真っ逆さまに落ちてゆくフルマー艦戦を見ながらそんなことを考えていた。

 ヴィットリオ・ヴェネトからの無線は、上空で交戦中のビスレーリ中尉たちにも聞こえていた。
 通信科の兵員が気を聞かせたのか、航空無線で使用する周波数帯でも同時に発信していたからだ。
 もっとも、こちらからの発信のタイミングを狂わさられた観測機の観測員にしてみれば迷惑な話だったかもしれない。

 それでも上空から見ていても、艦隊の将兵たちの士気が高まっていたのは感じられた。
 心なしか激しく英国海軍と撃ち合う艦艇の主砲発射速度が早くなっているような気がしていた。
 特に、混戦から抜けだして後方へと向かっている敵軽快艦艇を迎撃する第三戦隊はその傾向が強いようだった。


 揚弾機構こそ機械化が進められてはいるものの、装填作業には体力を消耗する人力作業は少なくない。
 だから戦闘が長引けば、自然と砲員の消耗で発射速度は低下していくものだった。
 だが、今の第3戦隊の重巡洋艦群の主砲発射速度は、それまでにグロスター級軽巡洋艦との同航砲戦を繰り広げていたにも関わらず、戦前に想定されていたカタログスペック上の発射速度に迫るものがあった。

 敵軽快艦艇をほぼ真後ろから追いかける形になっているから、各艦とも前部の連装砲塔二基しか敵艦隊を射界に納めていなかったが、それでも各砲塔片舷砲のみの交互射撃を忠実に守りながらの発砲で、おなじく後部の砲しか射撃できない敵軽巡洋艦を圧倒し始めていた。
 ザラ級重巡洋艦の速力は、敵艦艇のリアンダー級軽巡洋艦と殆ど変わらないからお互いの関係は殆ど変わらなかったが、ザラ級よりも軽装甲だが、より優速のトレント級重巡洋艦に属するトレントとトリエステの両艦は、ザラ級のポーラを置き去りにするように最大戦速を発揮して、じりじりと敵艦隊に迫りつつあった。
 もしも第3戦隊の砲撃で敵軽快艦艇の足が止まれば、そのまま袋叩きにできるはずだ。

 このまま行けば敵軽快艦艇群が、ビスレーリ中尉たちの母艦である空母ファルコにたどり着くよりも早く陣形を突き崩す事ができるのではないのか。
 ファルコは、対外的な艦種こそ空母とはなっているが、実質上は客船改装の水上機母艦であるに過ぎない。
 正規の水上戦闘艦艇と交戦すればあっという間に撃沈されてしまうであろう脆弱な艦だったが、この分ならば、そのような危険な事態は避けられそうだった。

 そのファルコから緊急発進したアストーレ編隊は、今のところその任務を十分に果たしているようだった。
 観測機を直接援護しているビスレーリ中尉とロンギ准尉の二機を除いた他のアストーレ編隊は、主力艦や駆逐艦同士、あるいは追撃戦を行う重軽巡洋艦群らが戦闘を行う海面よりもずっと南方で戦っていた。
 先程のようにその混戦から英国軍機が抜けだしてくる可能性はあったが、少なくともビスレーリ中尉たち二機でも始末できないほどの数が一気に抜けだしてくることはなかった。

 艦隊上空に滞空している観測機も友軍機のみだった。
 英国海軍でも大型艦には水上機が搭載されているはずだったが、発見されたのは戦闘開始直後に撃墜したシーフォックスだけだった。
 もしかすると偵察任務に多くの機体が駆り出されているのか、あるいは意外なほど英国海軍機の稼働率は低いのかもしれない。
 シーフォックス偵察機だけではなく、対艦攻撃を行う攻撃機の姿も全く見えなかったからだ。
 先ほどの戦闘では何機かのアルバコアも損害を受けているはずだが、全滅したはずではないはずだ。
 それが出てこないということは、制空権がどちらに有利かわからないから攻撃隊を送り込めなかったのかもしれなかった。

 事実、アストーレ隊と敵艦戦はほぼ互角に戦っていた。
 有力な性能を持つゼロファイターは大きな脅威だったが、幸いなことに投入された数はあまり多くはなさそうだった。
 空母という限られた整備空間では、これまでの英国軍機とは構造が異なるのであろうゼロファイターの稼働率を確保するのは難しいのかもしれない。

 だから、アストーレ隊と戦闘を続けているのはフルマー艦戦ばかりだった。
 フロートを取り付けていても、アストーレの性能はフルマー艦戦と大して違わないから、おそらくお互いに稼働機の大半を投入しきっている現状から大きく戦局が動くことがあるとは思えなかった。


 肝心の主力艦同士の戦闘も、いつの間にかヴィットリオ・ヴェネトのほうがが優位に立ちつつあった。
 元々レナウンとグロスター級軽巡洋艦で編成された英国艦隊は、第3戦隊の離脱以前に発生した命中弾で少なくない損害を受けていた。
 すでに射撃修正値の少ない同航砲戦で夾叉を得ているのだから、砲門数が多く、手数に優れたヴィットリオ・ヴェネトが優位に立つのは当然だった。
 敵二番艦をしめるグロスター級軽巡洋艦に対する射撃は相変わらず命中弾は少なかったが、それでも牽制にはなっているようだった。
 長時間の戦闘で疲労も蓄積しているのだろう。
 ビスレーリ中尉の目には、グロスター級軽巡洋艦からの砲撃が緩慢なものになりつつあるような気がしていた。
 それに対して、ビスレーリ中尉たちが護衛する観測機からの正確な観測情報によるものか、ヴィットリオ・ヴェネトは確実な着弾修正を行なっていた。

 そして、ビスレーリ中尉たちの目前で、レナウンに致命的な命中弾が発生した。
 ヴィットリオ・ヴェネトの主砲弾が上げる水柱の影で、レナウンの艦首近くで明らかに着弾による閃光が生じていた。
 水柱と爆煙がゆっくりと晴れていく中から飛び出してきたレナウンの艦容は一変していた。
 第一砲塔直前から前方の艦体が、巨人によって弄ばれたようにねじ切られかけているようだった。
 艦首近くに潜り込んだ砲弾が爆発したのではないのか、ビスレーリ中尉は半ば呆然としながらその光景を見ていた。

 レナウンは、上甲板が木甲板だけではなく鋼鉄製の部分も大きくめくれ上がっていた。
 甲板の変形は、閉鎖された艦体内部で、砲弾の炸裂による急激な膨張があったためだろう。
 それに、変形は上空から見える範囲にのみ起こったわけではなさそうだった。
 水面下の損害も大きいようだった。
 むしろ、爆圧が上空に逃れない分だけ水面下の損害のほうが大きいのかもしれなかった。

 船体の変形によるものか、レナウンの船速は明らかに低下していた。
 やはり水面下の変形は大きく、それが張りだして抵抗の増大を招いているのだろう。


 そのような状況にもかかわらず、英国艦隊の指揮官か、レナウンの艦長の戦意は衰えていないようだった。
 レナウンの主砲が再び火を吹いていた。
 ただし、その戦力が大きく低下しているのは間違いなかった。
 発砲したのは艦橋直前の第二砲塔のみだった。
 艦尾側の第三砲塔はすでに無力化されていたし、上空から見る限りでは損害のなさそうな第一砲塔も動きは見えなかった。
 既に艦体内部の砲塔基部には重大な損害があるのかもしれなかった。

 だが、艦体構造が傷ついたこのような状況で強引に発砲するのは危険だった。
 あれでは、衝撃で艦体がさらに傷ついて、当然起こっているであろう艦内への浸水が増大するのではないのか。
 心なしか、レナウンの船速がさらに低下しているような気がした。

 そして、レナウンとヴィットリオ・ヴェネト双方の弾着は大きくずれることとなった。
 どちらも、レナウンの船速低下を修正しきれなかったからだ。
 ただし、着弾修正は行われているから、次弾の弾着は再び近づいてくるだろう。
 むしろレナウンの船速低下に振り回されているのは二隻の戦艦よりも後続するグロスター級軽巡洋艦の方だった。
 レナウンの水面下の損害は、船速低下だけではなく、保進性にも影響を与えているらしく、針路が不安定になりつつあるようだ。
 それに振り回されているのか、グロスター級軽巡洋艦とレナウンとの間隔は危険なほど狭まりつつあった。

 そして、それがイタリア艦隊と英国艦隊の命運を分けることとなった。
 お互いに次の斉射弾で命中弾を発生させたからだ。

 レナウンが、ヴィットリオ・ヴェネトの第三砲塔に命中させた砲弾は、第三砲塔の旋回を止めさせていた。
 おそらく着弾の衝撃で旋回機構に損害を与えたのだろう。
 ただし、それが戦況に与えた影響は少なかった。

 レナウンの船速低下を織り込んで発射されたヴィットリオ・ヴェネトの主砲弾は、一度の斉射で二発が命中していた。
 命中弾は、艦橋を挟んで前後方向、つまり艦首と艦尾に測ったかのような位置に命中していた。

 艦首に命中した一弾は、第一砲塔直前の、先ほど命中した部位にほど近いところに着弾した。
 その命中と炸裂の衝撃が、レナウンの構造材に破断点を超えた力を加えていたようだった。
 一度、火炎がレナウンの艦内から湧き上がったかのように見えた次の瞬間、第一砲塔基部を巻き添えにするようにして、艦首部は主要構造から抜け落ちるように、右舷側にもがれていた。
 当然、それ以後の艦体に与えた影響も大きかった。
 右舷側に流された艦首に対抗するように、大きく針路を左舷に捻じ曲げられながら、レナウンは、艦首に向かって大きく縦に傾斜させながらよろめかせていた。

 もう一発の命中弾は、長大な艦橋の後部にそびえる第一煙突を破壊しながら、その直下の前部機関部を全損させていたが、もはや機関が完調であろうがなかろうが大した影響はなかったのではないのか。
 そのままでは艦首部の喪失による浮力かバランスの変化に耐え切れずに、艦首を下にして沈み込むだけではないのか。
 もはや乗員たちには何も為す術はないはずだった。

 レナウンに手の施しようがないのは、他艦にとっても同様だった。
 急に船速を低下させて、旋回を始めてしまったグロスター級軽巡洋艦は、思いもよらないレナウンの機動に対応できずに、舷側をこすり合わせるように回避行動を取りながらも接触していた。

 上空からでは分からないが、レナウンとグロスター級軽巡洋艦が接触した場所では、鋼板が大きな圧力を受けて擦れ合いながら歪むときの凄まじい音が響いているはずだ。
 レナウンとグロスター級が接触していた時間はさほど長い間ではなかったはずだが、その間に受けた抵抗でグロスター級の船速も引きづられるように大きく低下していた。
 それに加えて、強制的に左舷側に回頭したことで、グロスター級とヴィットリオ・ヴェネトとの間隔が狭まっていた。

 レナウンの戦力をほぼ削いだことは、上空の観測機からの情報でヴィットリオ・ヴェネトも把握しているようだった。
 だから、レナウンの艦体が分断した後の着弾修正には時間がかかっていた。
 副砲は旺盛な射撃速度でグロスター級軽巡洋艦に向けて次々と放っていた。
 その直撃弾と絶え間なく沸き起こる水柱に邪魔されて、最後までグロスター級軽巡洋艦の乗員たちはヴィットリオ・ヴェネトの主砲が自艦を狙っていることに気が付かなかったのではないのか。


 距離が近く、またレナウンとの接触による影響からか、グロスター級軽巡洋艦の回避行動は鈍かった。
 完全には戦意は失せていないらしく、数度の主砲斉射を行ったが、それが最後の抵抗だった。
 ヴィットリオ・ヴェネトからの第二斉射にてグロスター級軽巡洋艦は、完全に挟叉されていた。
 そして、第三斉射目で命中弾が発生していた。
 その時には、グロスター級軽巡洋艦も撤退するつもりだったのかもしれない。
 右舷に向けて距離を取ろうと回頭しようとしたところに命中弾が発生した。
 格上の巡洋戦艦でさえ対抗できなかったヴィットリオ・ヴェネトの主砲弾を、更に距離が縮まった状態で軽巡洋艦が耐えられるはずもななかった。

 グロスター級軽巡洋艦の艦橋後部にある2本の主煙突の間に命中したヴィットリオ・ヴェネトの主砲弾は、あたり構わず構造物を破壊しながら機関部を突き抜けて反対舷の艦体近くで炸裂した。
 わずか一発の命中弾で、グロスター級軽巡洋艦は無力化されていた。
 左舷側に巨大な破口を生じさせると同時に、機関を全損させたグロスター級は既に浮かぶ廃墟とかしていた。
 沈没は自艦の問題だった。


 ビスレーリ中尉は、二隻の英国艦隊が文字通り海上から消失する様子をなかば呆れながら見ていた。
 これで戦況は確定したようなものだった。
 レナウンとグロスター級軽巡洋艦が無力化された今、いまだ致命的な損害を食らっていないヴィットリオ・ヴェネトに対抗できる戦力はこの海域に存在しない。
 残存する英国海軍も撤退を選択せざるを得ないだろう。

 大きくため息をつきながら、ビスレーリ中尉は、警戒のために半ば習慣となっている動作をおこなった。
 全周に視線を向けて脅威が存在しないことを確認してから、ビスレーリ中尉はわずかに眉をしかめた。
 レナウンが撃沈されたことに気がついていないのか、フルマー艦戦の部隊は未だ戦闘を継続中だった。
 その様子に違和感を感じてビスレーリ中尉は首をかしげた。
 フルマーの動きが逃げにかかっているように感じたのだ。
 そのわりに戦闘空域はほとんど変化していない。
 まるで対抗するアストーレ隊を足止めするかのような仕草だった。

 嫌な予感をビスレーリ中尉が覚えるのと、無線機ががなりたてるのはほとんど同じタイミングだった。
 ビスレーリ中尉は呆然として間抜けそうに口を開けながら、空母ファルコからの緊急電を聞いていた。
 ――後方にいたはずのファルコが…雷撃されているだと

 ふと気がつくと、傍らを飛んでいた観測機が近づいていた。
 前席のパイロットが翼を振りながら、何度もファルコがいるはずの方向を指さしていた。
 パイロットの意思に気がつくと同時に、ビスレーリ中尉はフットレバーを蹴りあげて旋回を開始していた。

 だが、ビスレーリ中尉とロンギ准尉の二機だけで敵を阻止できるとは思えなかった。
 敵部隊はおそらく姿が見えなかったアルバコア攻撃機と、その護衛のゼロファイターだろうからだ。
 艦体を囮として正面からイタリア艦隊に差し向けると同時に、後方から攻撃機を送り込んだのだ。

 敵航空隊は正面を避けて、側面か艦隊の後方から忍びこんできたのだろう。
 おそらくファルコのレーダーは全周回転を停止して艦隊正面に向けて精度を高めていたから。予想外の方向から接近した敵部隊に気が付かなかったのだろう。


 あるいは、どちらも主力で、ファルコを撃沈するために二重三重の攻撃手段を準備しただけのことかもしれない。
 なぜそこまでファルコを、あるいはイタリア艦隊の航空隊を無力化したいのかはビスレーリ中尉にもよくわからなかった。
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