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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦19

 日本帝国陸軍から友邦である満州共和国陸軍に派遣されている厨川大尉は、現状に強い不満をいだいていた。
 厨川大尉は成立間もなく未だ弱体な満州共和国軍に指導を行う軍事顧問団の一員として派遣されていたにも関わらず、実際には同軍の一部隊である特務遊撃隊の指揮官の一人として扱われていたからだった。


 中国東北部の満州地方に成立した満州共和国は、中国国内に乱立する軍閥の中でも有力な勢力であった奉天閥が、日英、それにシベリア-ロシア帝国などの支援を受けて、共産主義勢力との内戦に明け暮れる中華民国本土から実質上の独立を勝ち取ったものだった。
 その出自から未だ国家としての成立から日も浅く、その国軍も軍閥の寄り合い所帯、正確に言えば恭順を示した軍閥や匪賊と言った雑多な武装集団を奉天閥が吸収することで誕生したものに過ぎなかった。

 そのような特殊な事情から、国軍樹立から一段落した現在でも大規模な再編成や装備の刷新を図っている満州共和国軍において、特務遊撃隊は文字通り特異な性格を持つ部隊だった。
 特務遊撃隊は、日本陸軍で言えば陸軍省と参謀本部の機能を兼ね備えたような軍政部の直轄部隊だったからだ。

 実のところ、満州共和国の各省に置かれた軍管区という中間結節点を通さずに、軍政部の直接指揮下にある部隊は決して少なくは無かった。
 しかも各軍管区に配属された部隊がかつての軍閥や匪賊集団といった雑多な勢力を再編成した部隊であったのに対して、軍政部直轄部隊は奉天閥出身者や、それに近い部隊が多かった。
 つまり、軍政部直轄部隊とは各地の反乱や共産主義勢力などによる本格的な満州共和国への進攻があった際に、中央政府の予備兵力とするために用意された部隊であり、政治的な信頼性を重視して選抜されたと言っても良かった。

 勿論、軍政部直轄部隊が張り子の虎というわけではなかった。最新の装備を優先して支給されていたし、将兵の練度や士気も高かった。
 そのような軍直轄部隊の中においても、特務遊撃隊は他とは違う位置づけにあった。他の多くの部隊が大規模な正規戦闘を重視した師団級の戦闘部隊や有事に軍管区に配属されるための砲兵や兵站と言った支援用途の独立部隊などであったのに対して、特務遊撃隊は1個中隊にも満たない小規模な部隊だったうえに、主に敵戦線後方での撹乱を実施する遊撃戦部隊だったからだ。


 正規の将校からは邪道として忌み嫌われることも多い遊撃戦だったが、陸軍士官学校を卒業した列記とした日本陸軍士官であるにも関わらず、厨川大尉には遊撃戦部隊そのものに対する反感はまったくなかった。
 厨川大尉が満州共和国陸軍顧問団に配属される以前の原隊である機動連隊もそのような遊撃戦を実施する特殊戦部隊だったからだ。

 日本陸軍機動連隊は、上級司令部である師団を持たずに参謀本部に直属する部隊だった。ただし、実際には現地の最上級司令部などに配属されることが多かった。
 機動連隊も今次大戦において欧州に派遣されていたが、当初は遣欧軍に直属し、その上級司令部である遣欧方面軍が創設されてからは方面軍直轄とされていた。また、同様に遊撃戦を主任務とする各国軍の特殊戦部隊を集約した機動旅団に配属されていたからその指揮系統は流動的なものだった。
 今次大戦においては、撹乱のための欧州本土への奇襲上陸や、北アフリカにおける破壊工作などを英国軍のコマンド部隊などが実施していたことで、特殊戦への理解も進みつつはあったが、未だ高級将官らの間に特殊戦部隊の価値が高く評価されているとはいえなかった。

 列強の一翼を占める日本帝国でさえそのような状況なのだから、成立間もない満州共和国陸軍において特殊戦部隊が編制されたのは十分に先進的といっても良かったのではないのか。
 軍事顧問団に配属が決まったばかりの厨川大尉はそのように感心していたほどだったのだが、実際に派遣された特務遊撃隊は事前の予想を裏切る存在だった。
 特務遊撃隊は、元々の出自である前時代的な馬賊組織の性格を色濃く残していた部隊だったからだ。


 特務遊撃隊は、満州共和国軍の頂点である軍政部長を勤める馬占山将軍に親しい馬賊が形を変えたものだった。現在の隊員達もその殆どが馬賊時代からの構成員やその親族だった。
 満州共和国に赴任するまで厨川大尉も詳しくは知らなかったのだが、馬賊とは治安の悪化した清朝末期に村や街など各自治体が組織した自衛部隊であったらしい。

 ただし、出自が自治体の自衛組織であっても、離散集合を繰り返す内に自治体の枠組みを超えて一地方を制する軍閥にまで成長した組織もあった。満州共和国を建国した大規模軍閥である奉天閥の指揮官も、元を辿れば清朝に帰順して官位を得た大物馬賊の頭目であったのだ。
 馬占山将軍も奉天閥の幹部に抜擢されるまでは地方の一馬賊の頭目であったから、彼らの内情には詳しかった。そこで各軍閥を吸収合併して国軍を再編成する際に、旧知の連中を丸ごと信頼のできる子飼いの部隊として馬賊時代の組織体系を維持したまま再編成したのではないのか。

 特務遊撃隊を率いる尚少佐も、後から隊員たちに聞いた話では満州では名の知れた馬賊の一人であったらしい。本人は特務遊撃隊の母体となった馬賊の構成員というわけではなかったが、動乱時に戦死したという元々の頭目のさらに兄貴分のような存在だったらしい。
 血筋から言えば馬賊を率いる次代の頭目は別にいるのだが、まだ年少であると叔父貴分の馬占山将軍が判断したために、幾つかの馬賊を取りまとめる大親分の地位にいた尚少佐を当座の頭目に据えたのだ。

 以前に厨川大尉は小隊長の一人である金少尉からそう聞いて頭を抱えそうになっていた。
 頭目だの兄貴分だの、挙げ句の果てには軍政部長の馬占山将軍を叔父貴扱いまでしていたからだ。これでは部隊の名称や階級をそれらしく整えただけで、実際には満州共和国軍は近代的な軍隊ではなく馬賊そのままではないのか。
 しかも、部隊では最古参で比較的常識人である金少尉自身も、自分を小隊長の一人というよりも馬賊時代のように若頭か何かのように考えているのだから始末に負えなかった。


 厄介なことにそのように前時代的で、正規の将校である厨川大尉から見れば、まるで任侠ものから抜け出してきたかのような特務遊撃隊の隊員達だったが、各個人の兵士としての練度や士気は極めて高かった。
 それに愚連隊のような部隊ではあっても、出自故か部隊内での仲間意識は強かった。あるいは、以前の馬賊組織時代の何とか一家とでも言うべき前時代的な意識を引きずっていただけかもしれない。

 意外なことに前時代的な組織にも関わらず、特務遊撃隊の隊員たちは軍政部直属故に優先的に支給される最新の兵装や戦術を取り入れることには躊躇がなかった。
 元が馬賊であっても馬ではなく現在では車両も使うし、高々度から直接降下する特殊な落下傘降下法も早々と取得していた。そうでなければいくら叔父貴分だとはいえ、馬占山将軍の直属部隊などに選ばれることはなかったのではないのか。
 もっとも、近代的な戦法を駆使していたとしても、隊員たちの本質までが変わるわけではなかった。最新鋭の噴進砲や無線機を駆使する隊員達が厨川大尉を「先生」呼ばわりするのだ。


 特務遊撃隊付の顧問を招聘するにあたって、その経歴や能力を事前に確認して厨川大尉を指定するように馬占山将軍に依頼したのは隊指揮官である尚少佐本人だった。
 日本陸軍でも正規の士官であればその多くが遊撃戦に関する理解が進んでいるとはいえないから、不慣れな人間が遊撃隊に派遣されないようにするのは当然のことのように思えるが、実際には厨川大尉を指定した理由は、大尉が特殊戦部隊である機動連隊の隊付き士官だったからというものではなかった。
 勿論、そのことを尚少佐が考慮の内に入れていなかったということはないと思うのだが、実のところ厨川大尉を選出したのはその経歴だけではなかった。

 一体どんな伝手があったのかどうかは分からないが、貴族院議員の坂西予備役中将を動かしてまで尚少佐が探していたのは個人的な武芸に秀でた士官という条件の人間だった。
 近代的な軍に再編成されたとは言え、特務遊撃隊の面々は未だに前時代的な気質を色濃く残していた。そのような隊員たちに言うことを聞かせようとすれば、本人に武芸の心得でもない限り不可能だと言うのだ。


 確かに、厨川大尉は尚少佐の条件を満たす人材だった。故郷の道場で幼少の頃から剣術に励んでいたからだ。旧士族の家に生まれた厨川大尉にとって道場で剣を学ぶのは当然のことだった。
 道場の師匠が言うには無外流の傍流だというその道場において、厨川大尉は免許皆伝の折り紙を得ていた。少なくとも剣の腕であれば、腕に覚えのある特務遊撃隊の隊員達であってもかなうものはいなかった。

 そのことはすでに証明されていた。酒席において英雄譚に出てくる無頼漢達のように早撃ちというかたちで腕自慢を始めてしまった隊員達が厨川大尉を煽ってきたのだ。
 その場で見せたのは居合の要領で落ちてくる硬貨を一瞬で十字に切り分けるなどというほとんど曲芸の域ではあったが、厨川大尉は赴任したその日の内に隊員達の前で剣の冴えを披露していた。
 その日から特務遊撃隊の隊員達は厨川大尉を「先生」呼ばわりするようになったのだ。

 皮肉なことに、厨川大尉自身は士官学校の教育や部隊勤務を経て、将校が個人的な武芸を誇ることなど無意味だと考えていた。戦争は個人個人で行うものではないから、指揮官たるものは部隊の火力を最大限発揮できるように務めなければならない。
 だから剣術は護身術や精神修養のために行うのであって、近代戦においては実戦的な意味を喪失している、そう考えていたのだ。


 出征するにあたって、厨川大尉は一振りを佩刀していた。それは制式化された軍刀拵えに類似したものだった。
 現在においても、日本陸軍では儀礼用ではなく、実戦で使用することを前提とした軍刀を制式化していた。日本刀の伝統的な拵えとは違って、外見は金属を多用した上に目立たない色の無骨なものだったが、頑丈で野戦で使用しても多少のことでは刀身を傷めることとの無いように作られたものだった。
 その拵えは、芸術品と言っても過言ではない伝統的な日本刀の姿を見た後だと酷く粗野で地味なものに見えるだろうが、実際には実用性を最優先として洗練されたものだった。

 もっとも、制式化されたとはいっても実際に軍刀の存在自体に実用性があるかどうかは別の問題だった。礼装に必要な儀礼刀ならばともかく、重く嵩張る軍刀を実用的ではないとして佩刀しない将校も最近では少なくなかった。
 軍刀は制式化されたといってもその扱いは軍服と同じように官給品ではなく、将校が自前で購入しなければならないものだった。下士官に対しては簡素化されたものが官給されてはいたものの、その対象となる兵科や階級は最近では著しく減少していた。
 護身用として使用するのであれば、近接格闘戦にしか役に立たない上に扱いに技量が必要な軍刀よりも、短機関銃や拳銃の方が優位と思われていたからだ。単に近接格闘戦を行うだけであれば小銃に着剣する銃剣の方が余計な荷物にもならなかった。


 ただし、実際に厨川大尉が佩刀しているのは制式化された軍刀ではなかった。拵えこそ軍刀に似せてはいるものの、実際にその中に収まっているのは古い刀だった。
 その刀は、元々厨川大尉の一族伝来とされるものだった。それが士官学校を卒業した大尉に軍刀拵えとして佩刀できるようにした上で渡されたのだ。
 刀身には何も彫られていない所謂無銘のものだったが、一族のなかでは陸奥守吉行が土佐に移住する前、まさに陸奥国に居住していた頃に作刀したものだと伝えられていた。

 また、その一振りは歴代の当主か、一族の中で出征したものに手渡されてきたらしい。
 最近では先の欧州大戦時に出征した伯父が佩刀していたというから、今次大戦まで満州共和国とシベリア-ロシア帝国以外の外国を訪れたことのなかった厨川大尉と違ってこの刀はすでに欧州の地を踏んでいるということになる。


 もっとも、厨川大尉は当初はその何やらいわくのありげな刀を実戦で振るうつもりはまったくなかった。
 将校の護身用というのであれば、機動連隊に所属していた頃から減音器を取り付けられる九五式拳銃を愛用していたから、軍刀は単に軍事顧問として日本軍の将校らしく見えるだろうという箔付け程度にしか考えていなかったのだ。
 その頃は軍事顧問の職務は特殊戦部隊特有の遊撃戦に関する技術、つまりは局地での生存術や戦術、最新の爆破技術の教育ではないのかと考えていたのだからそれも無理はなかった。

 しかし、厨川大尉の意に反してすでにシチリア島での戦闘でその刀はドイツ軍人の血を吸い込んでいた。
 その時は大尉としては拳銃を脅しに使って投降を迫ろうとしていたのだが、実際には九五式拳銃の洗練された姿よりも、研ぎ澄まされた殺意さえ感じ取れるような軍刀の雰囲気の方が有効だったのだ。
 それ以来厨川大尉の心境には微妙な変化があった。もしかするとごく狭い市街地での戦闘であれば軍刀にもまだ価値があるのかもしれない。そう考えていたのだ。
 馬賊上がりの特務遊撃隊の隊員たちは連射が可能な銃床付のモーゼル拳銃を愛用しているから、部隊としての近接火力は自分ひとりが拳銃を持たなくても十分埋め合わせできるのではないのか。
 それが、空挺軍団本隊に先行した特殊戦部隊群のローマ降下作戦において、厨川大尉が拳銃嚢に九五式拳銃を収めたままで軍刀を抜刀して特務遊撃隊を二分した隊の先頭を進んでいた理由だった。

 いつの間にか本来軍事顧問であったはずの厨川大尉が、何故隊指揮官の尚少佐と並んで部隊を率いているのかはあまり考えないようにしていた。
九五式拳銃の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/95p.html
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