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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦18

 ファーゴ大尉達が陣取る防衛線の正面に出現したドイツ軍部隊の規模は大きかった。大尉達の部隊が中隊残余に合流してきた市民を戦力に数えたとしても1個中隊に足りない程度でしか無かったのに対して、大隊規模はあったのではないのか。
 しかもドイツ軍部隊には歩兵部隊を支援するために戦車まで随伴していた。
 投入された数が予想よりも多かったのは、先程までの戦闘を分析した結果ファーゴ大尉達の部隊が布陣する箇所が防衛線の要か、あるいは逆に弱点となると判断して戦車隊まで配属したのではないのか。

 もっとも投入された戦車は噂通り四号戦車だったが、数は少なかった。ファーゴ大尉が見たところ1個小隊の定数にも達していないようだった。
 大隊規模の歩兵部隊を支援するには数が少なすぎるが、ヘルマン・ゲーリング装甲師団はシチリア島で大損害を受けて再編成中だという話だったから、戦車小隊が定数を割っていてもおかしくはなかった。
 それに、戦車が二両でも三両でも大した違いはなかった。防衛側のイタリア軍部隊に有力な対戦車兵器が存在していなかったからだ。

 ファーゴ大尉達はローマ郊外から市街地に広がる頑丈そうな建物を仮設の陣地としていた。石造りの建物はそれだけで小銃弾や榴弾の破片から身を守る防壁となっていたからだ。
 しかし、現行の四号戦車は長砲身の75ミリ砲を装備していた。
 以前はドイツ軍もより軽量高速の三号戦車を主力として四号戦車を支援用戦車とする計画だったのだが、すでに発展余裕のない三号戦車は今では主力の座から退いていた。
 四号戦車も開戦前後の頃は対戦車砲を撲滅する事を主任務としたために短砲身の榴弾砲を装備していたのだが、エンジンの大出力化が進んで戦車が高速化したことや、戦前の予想以上に戦車装甲の強化が進んだ結果、北アフリカ戦の頃から対戦車戦闘をも考慮した長砲身高初速の75ミリ砲が搭載されるようになっていたのだ。

 この75ミリ砲が使用する徹甲弾は、遠距離でも敵主力戦車の装甲を貫通する能力があったから石造りの建物でも容易に破壊できたし、初速が高いから榴弾でも弾道が低伸することで命中率も増すはずだった。
 狭い市街地では長砲身故に取り回しが難しいかもしれないが、そのような運用上の問題を上回る利点があるはずだった。極端な話、小銃の遥か射程外から榴弾で建物一つ一つを狙い打たれれば為す術もなく撃破されてしまうのではないのか。
 石造りで頑丈とはいえ、コンクリートを大量に使って永久構築されたトーチカなどではないのだから、野砲級の榴弾を発射できる四号戦車であれば陣地の破壊はそれほど難しくないはずだった。


 勿論、四号戦車が支援する歩兵部隊もそれに劣らずに剣呑な存在だった。雑多な市民の流入によって小銃などの小火器すら不足するイタリア軍とは違って、ドイツ軍部隊は空挺部隊らしく軽易な装備だったが、個々の火器の数や性能は優越していた。
 標準的な小銃ではなく短機関銃を使用する兵士も少なくないようだった。小銃は長銃身のせいで狭隘な箇所の多い市街地では取り回しが難しいし、発射速度も低いからフルオート射撃の可能な短機関銃が重宝されているのだろう。
 短機関銃はその高い発射速度故に消費される弾薬の量も多かったが、イタリア軍のそれと比べてドイツ軍の兵站部隊は充実していたからその程度では支障が出ないのではないのか。
 小銃に対して拳銃弾を使用する短機関銃の射程は短く、着弾時の威力も低かったが自然と戦闘距離が短くなる市街戦ではそれほど大きな問題とはならないはずだった。

 甲高いがどこか軽い短機関銃の軽快な銃声に混じって重々しい銃声もあちらこちらから聞こえていた。小隊か分隊を支援するために軽機関銃まで持ち込まれているようだった。
 しかもこちらと同様にドイツ軍も巧みに市街地に点在する遮蔽物を利用しているものだから、機関銃座の位置を特定するのも難しかった。

 銃声はそこかしこから聞こえてくるようだった。機関銃座の数が多い上に銃声が途切れることはなかった。よほど携行した弾薬が多いのか、のべつ幕無しに連続して発砲していたのだ。
 状況は厄介なものだった。連続した銃撃を受けているものだから、ファーゴ大尉達は頭一つ上げることが出来ずに制圧されていたからだ。
 ファーゴ大尉と小隊付曹長の二人も、状況を確認するために前進陣地として兵員を配置していた建屋に来ていたのだが、そこから出られなくなってしまっていた。
 まるで建物の構造そのものを銃撃で破砕しようとしているのではないのか、そう考えてしまうほどの銃撃だった。


 しかし、激しい銃撃にも関わらず二人ともそれほど脅威は感じていなかった。
 確かに銃撃は激しかった。途切れない銃声に、部隊に合流してきた時は勇ましい様子だった市民達の少なからぬ数が、恐慌状態に陥ったのか頭を抱えていたほどだった。
 だが、建物にこもっている限り銃弾はほとんど無効化されていると考えてよかった。このあたりの建物は石造りの頑丈な壁構造を持っていたから、小銃弾では直撃でも相当数を打ち込まれない限りは内部にこもった人間に被害を与えるのは難しいのではないのか。
 連続した射撃で身動きは取れなくなるが、当座の心配は無さそうだった。

 勿論、ドイツ軍もその程度のことはわかっているはずだった。だからこの射撃はこちらの兵員を狙ったというよりも、制圧を意図したものではないのか。要は陣地にこもるこちら側の将兵に対して射撃を行うことで、攻勢をかけるドイツ兵に対して防御射撃を行う事を阻止しようというのだ。
 そうだとすれば、ドイツ軍の思惑は完全に果たされたと言ってよいのではないのか。激しい銃撃にあった市民を含むイタリア兵たちは反撃もままならずに建屋の中に押し込まれていたからだ。
 そうして相手を制圧している間に、陣地近くに設定された小銃の決戦射撃距離や手榴弾の投擲可能距離となる突撃発起線まで友軍を前進させて、最終的に接近した部隊の近接攻撃によって敵部隊を無力化するのが自軍の損耗を最小限に抑える手段だった。

 事情はよくわからないが、ドイツ軍としてもローマ市街地の破壊を最小限で抑えたいのではないのか。直接照準射撃を行う戦車の支援こそあるものの、簡易な迫撃砲や小口径の曲射砲の射撃が確認できないことからファーゴ大尉はそう推察していた。
 勿論、ドイツ軍がイタリア軍の損害を考慮していたわけではないだろう。イタリア一般国民の反感を買いたくないのと、未だに各国が大使を駐留させているバチカンへの流れ弾による被害を警戒しているといったところではないのか。


 ファーゴ大尉と小隊付曹長は思わず顔を見合わせて苦笑いしていた。ドイツ軍の反応は過剰だった。あるいは建物を利用した此方側の陣地の脅威を実際よりも過大に見積もってしまっていたのかもしれない。
 ここまで射撃を連続させて念入りに制圧を行わなくとも、あと一撃でこちら側の防衛線は倒壊してしまっていたからだ。むしろ先程まで自分達はどうやって投降すれば良いのか考えていたほどなのだから、むしろドイツ軍の過剰さには呆れる他無かったのだ。

「こう撃たれっぱなしだと白シーツを探す間もありませんな……」
 曹長がぼやくようにして言うのを聞きながら、ファーゴ大尉もあまり危機感の無さそうな声で言った。
「ドイツ軍の制圧射撃がまだ続いている間は突撃は無いということだ。今のうちにゆっくり探せばいいさ……」

 不意にファーゴ大尉は違和感を感じて口を閉じていた。怪訝な表情で曹長が顔を覗き込んでいるのも気が付かずに周囲を無意味に見渡してから唐突に違和感の正体に気が付いていた。
 ―――銃声の発生源が移動していない、のか……
 銃声は途切れることなく複数の銃座から放たれている気配まではあったのだが、よくよく聞き分けてみると、そのどれもが位置の変化が無いようだった。少なくともこちらに向かって明らかに前進してくる、といった様子はなかった。

 奇妙だった。これがファーゴ大尉が考えていたような制圧射撃であるとすれば、一隊が援護射撃を行っている間に別の部隊が接近しているはずだからだ。射点を確保した前進部隊は、今度は援護射撃を実施し、先程まで援護していた部隊が今度は前進部隊となる。
 そうして交互に援護と前進を繰り返すのが常識的な戦法だった。それが援護射撃部隊の位置が変化していないということは何を意味しているのか。

 そこまで考えてファーゴ大尉は脳裏で銃声源の分離を試みていた。暫くは難しかった。市街地の建屋に銃声が反響するせいで銃声を聞き分けられなかったのだ。だが、暫く注意してみると、段々と銃座の位置を推測できるようになってきていた。
 その結果と周辺の地形図を思い浮かべたファーゴ大尉は思わず罵り声を上げていた。

 やはり、制圧射撃を行う機関銃座は移動していなかった。それどころか、銃撃が途切れるほんの一瞬の間に、危険を犯して可能な限り目視で観測したが、制圧射撃を受けている方向からドイツ兵達が接近してくる様子もなかった。
 この射撃は制圧を行うだけで、積極的な行動を伴うものではなかったのだ。


 しかし、単なる牽制で貴重な戦車まで持ち出してここまで連続した射撃を行うとは思えなかった。補給が潤沢であっても損耗する弾薬が多すぎるはずだ。四号戦車もこれまで目立った動きを見せていないが、重量級の戦車を動かすだけでも少なくない物資を必要とするのではないのか。
 残された可能性は一つしか無かった。陣地正面で盛んに銃撃を行っているドイツ軍は、前進する敵部隊を直接支援するための制圧射撃ではなく、迂回機動を行う友軍から目をそらすための陽動を兼ねた拘束を行う部隊ではないのか。
 慣れない敵地で建屋を繋ぐように構築された陣地をすり抜けて迂回機動を行うのは容易ではないが、考えてみればイタリア国内にドイツ軍が当たり前の様に駐留するようになってから何年も経っているのだから、周辺に土地勘のあるものの一人や二人いてもおかしくはなかった。
 そうなると一体何処をドイツ軍は迂回路として使用しているのか、眉をしかめて周辺の地形を思い出しながら、ファーゴ大尉は周辺の兵たちに向けて背側に警戒するように口を開こうとしていた。

 だが、ファーゴ大尉が言葉を出すよりも前に、悲鳴のように甲高い声が銃声と共に唐突に聞こえていた。唖然とした表情で大尉達が周囲を見渡すと、路地の向こう側から力いっぱい腕を振り回して叫びながら一人の少年が駆け出しているのが見えた。
 兵士になるには若すぎる歳だった。まだ幼さが感じられる少年だった。それにローマっ子と言うには着ているものは地味で、みすぼらしさすら感じさせるものだった。
 単に戦闘に遭遇して擦り切れたという様子ではなかった。もしかすると国際連盟軍の爆撃で被災してローマに流れ込んだ田舎の子供なのかもしれなかった。

 甲高い声は少年のものだった。イタリア兵たちに向かって注意をうながすためか大きく手を振りながら少年は叫んでいた。
「あっちの家の裏にドイツ兵が一杯いるよ。どんどんこっちに向かってくるよ」
 次の瞬間、ファーゴ大尉は慌てて立ち上がりながら、少年に伏せるように叫び返そうとしていた。その後のことはあまり良く思い出せなかった。曹長に押しとどめられたような気もするが、実際には自分で伏せただけかもしれなかった。
 確かだったのは、イタリア兵たちに知らせた少年の背後から何発もの銃弾が浴びせかけられたことだけだった。たった一人の痩せこけた少年を打ち倒すにはあまりにも多くの銃弾が費やされていた。

 ファーゴ大尉は、呻き声のような声で兵士たちに反撃を命じていた。たちまちのうちに少年の亡骸をまるで境界線のようにして、迂回挟撃をかけようとしていたドイツ軍とイタリア軍との間で銃撃戦が起こっていた。
 その激しい銃声の中で、ファーゴ大尉は怒っているのか、泣いているのか、自分でもよくわからない顔になっていた。
「畜生、俺はそんなことは分かっていた、分かっていたんだぞ……」
 それがあの少年に向けたものなのか、自分に対して言っているのか、そんなことすら分からなくなっていた。


 状況は極めて不利だった。迂回挟撃を試みているドイツ軍の指揮官は極めて有能に違いなかった。牽制攻撃に正面を向けて対峙するイタリア軍の陣地を無効化できる位置に密かに部隊を進めていたからだ。
 直前に齟齬が生じなければ、ファーゴ大尉たちから直前まで隠蔽された状態で陣地まで接近していたのではないのか。
 ファーゴ大尉は新手のドイツ軍部隊と対峙する方向に阻止線を構築しようとしたが、その対応は後手に回っていた。というよりも対処を試みた時点で遅すぎたのだ。
 戦力が不足していたものだから主陣地を支援するために側方を警戒する部隊は省かれていた。余剰の戦力すべてを展開させないと陣地正面を維持することすら難しかったからだ。
 急遽構築された脆弱な阻止線が無力化されるのは時間の問題だった。おそらくそうなれば小銃どころか手榴弾の投擲距離まで接近されてしまうから、陣地そのものが無力化されてしまうはずだった。

 ファーゴ大尉は鋭い視線をドイツ兵たちに向けていた。ただ、無力な自分たちが虚しかった。これではあの少年が命を賭した意味すら無くなってしまうのではないのか、それがただ悲しかったのだ。
 だが、次の瞬間大尉は呆気にとられることになった。迂回挟撃を試みていたドイツ軍のさらに側面から新たな部隊が唐突に出現していたからだ。
 その部隊が現れた瞬間はあまりに劇的なものだった。余裕を見せつけるかのようにファーゴ大尉たちから見える位置で陣地に接近しようとしていたドイツ兵の首のあたりで、銀色に輝く何かが走ったと思った次の瞬間に丸いものが胴体から飛ばされていたのだ。

 敵味方の兵士たちが何が起こったのか分からずに首を傾げている目の前で、首を失ったドイツ兵の胴体から凄まじい勢いで鮮血が飛び散っていた。
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