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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦17

 イタリア陸軍の軍人でありながらゴルファレッリ伯の称号を持つ貴族でもあるファーゴ大尉にとって、現状は決して望ましいものとは言えなかった。

 ファーゴ大尉は、陸軍士官学校を卒業して今はイタリア陸軍の基幹戦力の1つであるピアーヴェ師団において中隊指揮官を努めてはいたが、生涯を軍務に捧げるつもりはなかった。
 資産家の貴族の家に生まれたファーゴ大尉にとって、軍務とは貴族として生まれた男子が負わなければならない義務、その程度の認識に過ぎなかったのだ。
 しかもファーゴ大尉は長男だったから、あと数年もして佐官に昇進したあたりで軍を退役して、その後は父のあとをついで事業界入する予定だったのだ。

 ファーゴ大尉程ではないにしても、イタリア陸軍には貴族出身の士官が少なくなかった。彼らの多くは軍務に熱心とは言い難かった。
 貴族に生まれたために軍務についただけだったし、単に軍内で有力者の知己を得ることを軍人となった目的としているものも少なくなかった。彼らは概ね同じような貴族出身者で固まっていた上に、平民の部下たちと積極的に交流する事も無かった。
 また。部隊の上官が彼ら貴族出の士官にうるさく言うことはあまりなかった。上級士官も彼らよりも下級や次男以下であるために軍に残った貴族出身者の場合が多かったからだ。中には、退役後の便宜を期待して上級貴族の子弟である部下に媚びるものまであったほどだった。
 単に上級者からの命令を下に伝えるだけの無責任な態度の貴族士官たちを、口の悪い古参兵たちは「蝙蝠男」と侮蔑して呼んでいたが、そんな些細な事を気にするようなものはほとんどいなかった。


 だが、現在のファーゴ大尉の状況は、到底そのような気楽なものではなくなってしまっていた。
 ファーゴ大尉の指揮のもとで戦っている兵士たちの数は多かった。ただし、ピアーヴェ師団隷下の連隊に所属する大尉が指揮していた本来の部下の数は少なかった。
 原隊からはぐれて合流してきた迷子の兵隊がいるのはまだいいほうで、中には休暇で帰郷中のものや除隊した予備役兵、さらには軍務経験のない全くの市民までもがファーゴ大尉のもとで戦っていたのだ。

 このような雑多で奇妙な部隊が出来上がったのは、当初はローマ郊外の南西方に布陣していたファーゴ大尉の部隊がドイツ軍に押し込まれて、次第に市街地区に入り込んでしまったからだった。
 そこに周辺で交戦中の部隊の中でも正規の指揮官がいまだ健在で、指揮系統を保っていたファーゴ大尉のもとに続々と侵攻するドイツ軍と戦おうとするものが集まって来ていたのだ。

 一般市民を含む彼らの戦意は当初は恐ろしいほど高かった。熱狂的と言っても良かった。それだけイタリア国内で我が物顔に振る舞うドイツ軍への反感が強かったのではないのか。
 彼らが友軍であったという感覚は、市民は勿論だが元兵士たちの多くも持ち併せてはいないようだった。
 しかし、ファーゴ大尉は彼らの熱狂を何処か冷ややかな目で見ていた。いずれ自分たちの防衛線は破綻する。正規の士官教育を受けていた大尉にはそのことが深く理解できていたからだ。


 この時期、首都ローマの防衛に当たっていたのはイタリア陸軍第13軍だった。ローマ防衛司令官を兼任するカルボーニ中将指揮の下に複数の師団が配属された第13軍は、師団以上の戦闘序列だけを見れば十分な戦力であるかのように思えるはずだった。
 だが、第13軍の実情は編制上のそれとはかけ離れていた。開戦前までは首都防衛部隊として優遇されていたものの、北アフリカ戦線やロシア戦線に派遣された部隊に戦力を抽出された結果、実戦闘能力は大きく低下していたからだ。
 それに各派遣軍のように戦場での機動力を要求されなかったものだから、支援に当たる兵站部隊や砲兵隊などは貧弱なものであり、第13軍の継戦能力はそれほど高くはなかった。

 ファーゴ大尉の見たところ、要するに現在のイタリアの国力では進攻する外線部隊と本土防衛に当たる内戦部隊の双方を同時に整備する事は出来なかったのだろう。
 それで戦闘を継続中であった外線部隊への補充を優先していたのではないのか。

 北アフリカ戦線が実質上の敗北に終わってからは、本土防衛戦力の拡充が急務となったことで内戦部隊の整備が進められることとなったが、戦力の増強はシチリア島やサルディーニャ島、イタリア半島本土であっても南部といった国際連盟軍の上陸が予想された地域に展開する部隊が優先して行われていたから、ローマ周辺に駐留する陸上部隊の増強は後回しにされていた。
 ローマ周辺でも、海岸地帯の警戒に当たる2個沿岸警備師団が増強されてはいたが、これは予備役や後備役の老年兵を急遽召集した上に、装備も倉庫の奥から引っ張り出されてきたような老朽化したものが配備されたものだったから、警備部隊として使用するしかない二線級の部隊に過ぎなかった。


 概して継戦能力にも火力にも劣っていたローマ駐留のイタリア軍に対して、ローマに進攻するドイツ軍は数こそ少ないものの、練度や火力では遥かに勝っていた。
 ファーゴ大尉達と直接対峙しているのは、ドイツ空軍に所属する第2降下猟兵師団であるようだった。師団編成が開始されてからそれ程たっていない歴史の浅い師団だったが、部隊としての練度はファーゴ大尉の見たところ恐ろしいほど高かった。
 陸軍ではなく、空軍の指揮下にある降下猟兵部隊は選抜された精兵で構成されていた。だから、師団としては新編成であっても。部隊を構成する将兵には相当数の古参兵が含まれていると考えるべきだった。

 それに、第2降下猟兵師団は重火器の保有量でも、正規の歩兵師団であるピアーヴェ師団を上回っているのではないのか、そう考えられていた。
 ピアーヴェ師団の防衛線に対して加えられた攻撃はそれほど激しいものだったのだ。しかも、攻撃には戦車まで加わっていた。歩兵支援用の突撃砲などではなかった。固定式戦闘室ではなく自在な方向への射撃が可能な砲塔を持ち併せた列記とした戦車であることは間違いなかった。
 ファーゴ大尉達の部隊が担当する箇所ではなく、他隊の防衛正面に出現したために該当するドイツ軍戦車部隊の詳細は不明だったが、どうやら投入されたのは四号戦車であるようだった。

 四号戦車は開戦前にドイツ軍で制式採用されていたすでに新型とはいえない車両だったが、後継車両投入の遅れからか戦局の激化に合わせるように続々と改良型が投入されていた。
 戦線に投入されたのがどの型式のものかは分からないが最近になって生産された型であれば、最新の戦車にも対抗できるはずだ。

 四号戦車の各改良型では装甲も強化されているらしいから、最大でも使い勝手を優先した47ミリ砲程度しか装備していないイタリア軍部隊では対抗すら難しいのではないのか。
 本来、ドイツ軍では歩兵部隊の支援には固定式戦闘室に戦車砲級の大口径砲を搭載した突撃砲が多用されているらしいが、錯綜しがちな市街戦では砲塔式のために全周方向への射撃が可能な戦車の方が優位な場合があるのだろう。
 簡易な装備で機動性を高めた落下傘部隊が自重30トン近くにもなるという重量級の四号戦車を投入してきたのは意外だったが、あるいは降下猟兵師団ではなく隣接して駐屯していたはずのヘルマン・ゲーリング装甲師団隷下の部隊かもしれなかった。

 シチリア島で損害を受けたヘルマン・ゲーリング装甲師団はローマ郊外で再編成中だった。
 優先して新鋭装備を回されていた以前とは違って、後ろ盾となるゲーリング国家元帥が実質上失脚してからは再編成作業に必要な補充もままならないという噂もあったが、残存する戦車隊だけでも脆弱なイタリア軍の防衛線を突破するのは十分な戦力となるのではないのか。

 所属師団の異なる歩兵と戦車部隊の連携不足を突いて分離できれば、視界の効かない市街地に誘い込んで戦車を撃破することもできるかもしれなかったが、練度不足はむしろイタリア軍の方が顕著だったし、師団が異なるとはいっても元は同じ空軍所属だから連絡がそう悪いとも思えなかった。
 それに戦車を孤立させることができたとしても、火力不足のイタリア軍部隊では制圧しきれなかっただろう。


 郊外での戦闘であっさりとイタリア軍を撃破したドイツ軍は、引き続いて市街地に侵攻していた。
 増援の戦車隊を含むドイツ軍は、市内に構築された防衛線に遭遇して短時間の戦闘の後に一旦後退していたが、ファーゴ大尉は彼らを撃退できたとは全く考えていなかった。
 単に威力偵察のつもりで攻撃を加えてきただけか、混戦になりがちな市街戦を慎重なドイツ軍の指揮官が避けただけではないのか。ドイツ軍が被った損害はほとんど無視できる程度でしか無かったはずだ。
 それに対してイタリア軍の防衛部隊の被害は大きかった。短時間ながらも連続した戦闘で正規の将兵が次第に無力化されていった上に援軍も期待できなかったからだ。

 周辺には、首都防衛に当たる第13軍以外に有力な友軍は存在しなかった。
 他には第1黒シャツ機甲師団「レオネッサ」が正規軍に編入されて再編成中の状態でローマ郊外に駐屯していたはずだが、元々同隊はファシスト党の指揮下にある黒シャツ部隊で編制されていたものだったから、ドイツ軍との戦闘に関しては当てになるとはファーゴ大尉は考えていなかった。
 正規の士官にとって黒シャツ部隊は王家と国家イタリアにではなくファシスト党に忠誠を誓う軍隊もどきという認識だったからだ。
 それに何年か前から正規軍の兵員不足を解消するために、陸軍の各師団に連隊単位で黒シャツ部隊が配属されるようになっていたが、彼らはファシスト党への忠誠はともかく、士気や練度は陸軍正規の部隊のそれに比べると著しく劣っていた。


 だが、正規軍の増援の代わりにファーゴ大尉達の部隊には市民たちが駆けつけていた。彼等が実際に戦力になるかどうかはともかく、一般市民の軍への協力的な姿勢もまた大尉にとって意外なものだった。
 それまで、むしろここ最近のローマの市民たちはファシスト党が主導するこの戦争に対して反発の姿勢を見せていたからだ。
 あるいは、戦場がローマとなったことで市民の間に強い危機意識が生まれていたのか、それともそれ程市民たちのドイツ軍への反感が高まっていたのかも知れない。
 その理由をファーゴ大尉が武器を手に立ち上がった市民達に確認することはこれまでできなかった。ドイツ軍の動きが早すぎてそのような悠長な会話を指揮官が行う余裕がなかったのだ。


 だが、市街地まで押し込まれて戦線が膠着したところで、ファーゴ大尉に奇妙な余裕が生まれていた。すでに戦局は最悪と言って良い状況だった。合流した市民を含めても、戦闘可能な人員はそれほど残っていなかった。それ以上に、弾薬や使用可能な銃火器が残り少なくなっていたのだ。
 ファーゴ大尉の見たところ、戦闘可能なのはせいぜいあと一回と言ったところだろう。勿論、その回数と言うのは単にこれまでの戦闘から予想される数字に過ぎなかった。
 ファーゴ大尉の予想通りに、これまでのドイツ軍の戦闘が単なる威力偵察程度のものであり、次に本格的な攻勢が計画されているのであれば、一撃でファーゴ大尉達の貧弱な防衛線は致命的な損害を受けて崩壊してしまうことは間違いなかった。

 ―――このあたりが限界だな……
 ファーゴ大尉は傷付いてうめき声をあげる負傷兵達が集められている場所を見つめながらそう考えていた。大尉は視線を変えると数少ない正規の軍人である小隊付きの曹長を呼び寄せていた。

「白旗になりそうなものを探してきてくれ。次に遭遇した部隊に使用する」
 ファーゴ大尉がそう言うと、自らも負傷して肩を釣っていた曹長は一瞬目を見開いていた。
「降伏……ですか……」
 じろりとファーゴ大尉は内心の後ろめたさを隠すかのように曹長を無意識の内に睨みつけていた。
「仕方が無いだろう。兵隊はともかく市民にまで犠牲者が出ているんだぞ。それにもう弾薬もあるまい」
 曹長もファーゴ大尉にそういわれると、悔しそうな表情で頷いていた。
「ここで我々だけが頑張ってみても増援はこない、ということですか……分かりました。何処かの家からシーツでも借りてきますか」

 ファーゴ大尉は苦々しい表情で曹長に頷いてみせたが、唐突に何かを思い出して言った。
「そうだった。投降する前に、そんなものがあるかどうか分からないが市民の代表を連れてきてくれないか。どうしてここまでついてきたのか、それを確認してきておきたい」

 だが、ファーゴ大尉は最後まで言えなかった。それよりも早く銃声が聞こえてきたからだった。ドイツ軍による攻勢開始はファーゴ大尉が予想していたのよりもずっと早かった。
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