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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦14

 ナポリ沖合に集結しているイタリア王国海軍艦艇の数は多かった。それほど広いとは言えないナポリ湾を埋め尽くす勢いといっても過言ではなかった。
 市内の高台などからでも艦隊の姿は確認できるはずだから、敗色濃いように思える昨今の戦況に不安を感じるナポリ市民たちは、頼もしい艦隊の姿に安堵の念を抱いているのではないのか。


 サルディーニャ王国による統一という形で誕生したイタリア王国の軍隊は、当然のことながら統一前の各軍を統合するようにして発足していた。
 海軍もその例にもれず旧国家が保有していた海軍の連合体として誕生していたが、海軍の場合は特に旧サルディーニャ王国海軍と旧ナポリ王国海軍が二大勢力となっていた。
 イタリア海軍の統合後もしばらくはナポリにも海軍士官学校が併設され続けていたこともあって、ナポリ市民にとっても海軍は身近な存在だったはずだ。

 穏やかなナポリ湾に囲まれていることや、首都ローマに程近い事もあってナポリに駐留する海軍部隊は少なくなかった。時期によって配置換えもあったが、今次大戦開戦時には戦艦リットリオと軽巡2個戦隊を基幹とする有力な部隊が配置されていた。
 この時点においては大規模な修繕施設を有するラ・スペツィアや、イタリア半島最南端にあるために最前線となるタラントなどと比べても、重要度で言えばナポリは同程度と考えられていたといってもよかった。


 しかし、最近ではナポリ周辺海域でこのように大規模な艦隊が見られることは少なくなっていた。開戦以後相次いだ戦闘の損害を受けて、イタリア海軍首脳部が戦闘艦、特に戦艦や巡洋艦のような大型艦の温存を図ったからだ。
 一時期はタラントに前進配置されていた艦艇がナポリに再配置されたことで駐留艦艇が増大したこともあったが、短時間で多くの艦艇の根拠地はさらに北方のラ・スペツィアに移動していた。

 今のところ、ナポリ市街地そのものが国際連盟軍の爆撃の標的となったことは確認されていなかった。ローマ以南にあるナポリは商業港としては発展していたものの、工業化は遅れていた。
 だから、敵国の生産地を狙った戦略爆撃の対象としてはあまり魅力がなかったのだ。迎撃網を突破してイタリア国内の都市を狙うのであれば、南部の工業都市を標的としたほうが成果が上がったからだ。

 ただし、隣接する海軍施設を逸れたと思われる爆弾が市街地に落下した例は少なくなかった。シチリア島陥落前からナポリは敵爆撃機の行動圏内に収まっていたからだ。
 そのような海軍施設を狙った爆撃が頻繁に行われていたものだから、大型艦の損傷を恐れるイタリア海軍はより安全と思われるラ・スペツィアに本拠地を移動させていたのだ。

 現在、ナポリに固定配備されていたのは近海護衛、哨戒艦艇でしかない水雷艇や魚雷艇からなる艇隊と数隻の支援艦だけだった。
 そこへ急に開戦時にナポリに配置されていた部隊を遥かに超える大艦隊が集結したのだから、湾内を見渡せる位置に市民が押し寄せるのも無理はなかっただろう。


 だが、戦艦ヴィットリオ・ヴェネトの司令官公室のさして大きくもない窓からぼんやりと湾内の様子を眺めていたボンディーノ大佐は、むしろ艦隊の様子に漠然とした不安感を抱いていた。
 先日まで航空重巡洋艦ボルツァーノの艦長兼戦隊司令官代行を務めていたボンディーノ大佐は、旧職であるヴィットリオ・ヴェネト艦長に復帰していた。
 昨年度のマルタ島沖海戦による損害復旧工事をラ・スペツィアで行っていたヴィットリオ・ヴェネトの工事が完了したのと、北アフリカとイタリア半島を往復する船団を護衛していた際にボルツァーノが損傷を被っていたのがその理由だった。

 乗艦が損害復旧工事に入るたびに転属を繰り返す形になっていたが、別にボンディーノ大佐に不満があるわけではなかった。
 最近ではフランスとの国境にもほど近く、イタリア半島の付け根と言っても良い場所のラ・スペツィアでも敵爆撃機による空襲を受けることが増えていると聞いていた。
 幸いなことに修理中のヴィットリオ・ヴェネトが被害を受けることはなかったようだが、回避運動も取れない乗艦の中でやきもきしたり、修理状況に関する書類仕事に追われるぐらいならば、こき使われたとしても海上に出ていたほうがよっぽどましだった。

 もっとも、ボンディーノ大佐がヴィットリオ・ヴェネト艦長に復職したのは乗艦の修理の都合だけとは思えなかった。熟練した高級士官を修理工事の監督などという職務に縛り付けておけるほど現在のイタリア海軍に余裕がなくなっていると考えるべきだった。
 それに、ボルツァーノの損害復旧工事が終了したとしても、以前のようにボンディーノ大佐が戦隊司令官を代行することは難しかった。

 ボンディーノ大佐が、北アフリカとイタリア半島を往復する輸送船団の護衛を行うボルツァーノを旗艦とする戦隊の指揮官を代行したのは、イタリア海軍の高級指揮官不足もあったが、戦艦艦長職から転任した大佐が先任艦長だったからだ。
 護衛戦隊とも言うべき臨時編成の戦隊を構成する艦は雑多なものだった。水上戦闘機を搭載した航空重巡洋艦であるボルツァーノを除けば、有力な戦闘艦は最新鋭の艦隊型駆逐艦ソルダディ級に属するアルティリエーレだけだった。

 他は旧式駆逐艦を転用した水雷艇や護衛駆逐艦が数隻所属していた。これらの艦艇は排水量が千トンにも満たないから航洋力は低く、おそらく穏やかな地中海の外では運用するのも難しかったはずだ。
 戦隊にはボルツァーノに次ぐ大型艦である軽巡洋艦バリも配属されていたが、同艦は一応は軽巡洋艦に類別されているとは言え、元は先の大戦でドイツから戦利艦として取得したものだから、現在では旧式化して警備艦として運用されていた。
 排水量で言っても三千トン級でしかないから、最新鋭の大型駆逐艦と正面から戦えば敗北するのはバリの方だっただろう。

 しかし、現在タラントで待機しているはずのボルツァーノが率いる艦艇はそれだけではなくなっていた。戦隊に残存している護衛駆逐艦などが外洋航行能力や航行速度が低いために外れた代わりに、艦隊型駆逐艦で構成された駆逐隊が同行していたのだ。
 合計で巡洋艦二隻と駆逐艦六隻となるが、これだけの規模、しかも雑多な艦艇群を参謀将校の配属があったとしても先任艦長である大佐が指揮を執るのは難しかった。まず艦長として自艦の指揮にも集中しなければならないからだ。
 それに軍大学校を出ていないボンディーノ大佐の経験や軍歴からいって、大佐を昇進させて艦隊指揮官とするのも無理があった。結局タラントから出撃する艦隊には将官級の指揮官が充てられることになり、ボンディーノ大佐は旧職に復帰することとなったのだ。


 今回の作戦で出撃する艦艇は多かった。ボルツァーノ以下のタラントに集結している別動隊を除いても、戦艦4隻、巡洋艦8隻に駆逐艦も30隻近くがあり、別行動をとって艦隊を支援するはずの潜水艦も10隻以上がすでに展開していた。
 つまり水上艦艇だけでも40隻を超える大艦隊が狭いナポリ湾に所狭しと並べられているのだから、ナポリ市民でなくとも感嘆の念を抱くのではないのか。
 ただし、ボンディーノ大佐は艦艇の数が多くとも、艦隊の姿は何処か精彩を欠いていると考えていた。タラントに集結しているはずの別働隊程ではないにしても、異型艦ばかりで各隊が編成されていたものだから、雑多な様子をしていたからだ。

 艦隊司令長官が直卒する戦艦部隊を除いて、艦隊は巡洋艦で編成される各戦隊と駆逐艦を集合させた駆逐隊に分かれていた。
 これまで、戦隊や駆逐隊は同型艦か準同型艦で編成されるのが基本的な考え方だった。同一の艦種であっても寸法や艤装方式が異なれば保針性や旋回性能などの運動特性が異なるし、搭載機関の性能によって速力も変化するからだ。
 もちろん改装実施状況の有無等によって同級であっても個艦性能に無視できない差異が生じる可能性はあるが、基本的に同型艦で部隊を編成すれば艦隊運動を行う際や訓練、運用の面で利点が多かったのだ。


 地中海で対峙する伊仏海軍の巡洋艦は級ごとの差異が大きかった。というよりも地中海の覇権を巡って対峙する両国海軍の装備は、お互いに対応するように特定の性能に特化して建造されたという傾向が強かったのだ。

 軍縮条約は主力艦である戦艦の保有数を制限していたが、各国はそれを補うために制限一杯で建造された大型の条約型巡洋艦の建造を開始しており、伊仏両海軍もその例にもれなかった。
 しかも、当初軽快艦艇不足を背景に高速艦を目指していた重巡洋艦などは、高価で戦闘への投入を躊躇せざるを得ない主力艦を補うようにして次第に低速ながら重装甲の準戦艦とでも言うべきものに変質していった。

 このように重巡洋艦の性質が変化していった背景には、両国が補助艦の規制を主目的としたロンドン海軍軍縮条約の内容に不満があり、部分的な参加に留まっていたことに原因があった。
 他国列強がこの軍縮条約の規定に制限されている間に、両国は争うように以前の軽巡洋艦に匹敵する程の大型駆逐艦の建造に乗り出していたからだ。
 これに対抗する為に軽巡洋艦の一部も、軍縮条約規定の上限よりもずっと小型ながら速力や保有数を重視したものとなっていたから、伊仏両海軍では駆逐艦と巡洋艦の境目は曖昧なものになっていたと言っても良かった。


 しかし、ナポリ湾内に集結した艦隊を構成する戦隊は、同型艦以外をかき集めて編成されたものが少なくなかった。開戦以後の戦闘で撃沈されたり、大破して修理中の艦艇が多かったものだから、同型艦ばかりを揃えて戦隊を編成できるほどの余裕が無くなっていたのだ。
 それどころか戦列に加わっている艦艇の中には、修理工事の完了を待たずに出動した艦艇も少なくないようだった。

 昨年度のマルタ島沖海戦では主力である戦艦群による同航戦と共に巡洋艦、駆逐隊などの軽快艦艇群も激戦を繰り広げていた。同海戦では夜戦となったために自然と交戦距離が短くなってしまったから、至近距離からの被弾によって大損害を被った艦も少なくなかったようだ。
 それらの艦艇はラ・スペツィアなどの工廠に送られて修理工事が行われていたが、最近まで大型艦の工事は後回しにされていた。深刻化する燃料不足などを受けて大型艦の行動が制限される一方で、船団護衛のために北アフリカとイタリア半島を往復する護衛艦艇の支援が優先されていたからだ。

 当時は北アフリカに出動するたびにどこかしら損害を受けて帰還する護衛艦艇の修理で工廠の能力は飽和していたらしい。ボンディーノ大佐が転任した後のヴィットリオ・ヴェネトの修理工事も、その影響でかなり遅れていたと艦長代理を務めていた副長から報告を受けていた。


 北アフリカ戦線が崩壊して護衛艦艇の必要性が薄れた後は、大型艦の修理工事の進捗も進んでいたが、その頃には国際連盟軍の爆撃等によって工廠の造修能力も低下していたから、今回の作戦にあたって突貫工事で修理を終えたものの、その内容は最低限のものでしかなかった。
 最低でも艦隊に追随できる程度の機関性能は発揮できるはずだが、各艦が戦闘能力をどこまで維持できるかどうかは分からなかった。

 それ以前に、出撃可能な大型戦闘艦をかき集めてきたものだから、中には大して戦力にならなさそうな旧式艦まで混じっていた。特にそれは駆逐隊にあっては顕著だった。
 戦時建造型の艦隊型駆逐艦とも言えるソルダディ級や大型駆逐艦のナヴィガトリ級、マエストラーレ級などで編成された駆逐隊はともかく、今回の作戦前に旧式駆逐艦を臨時集成して再編成された駆逐隊などは、数こそ駆逐隊の定数を満たしていたが、その中で同型艦が有るのは僅かな数だけで、残りは建造時期や性能もかなりばらけていた。
 作戦に参加する駆逐艦の中で最も旧式のミラベロ級駆逐艦に至っては先の欧州大戦時に就役した古参艦だったから、実際には数合わせの為に投入されたようなものだったのではないのか。


 そのような寄せ集め一歩手前の状態であっても、タラントから出撃する予定の別働隊を含めたこの艦隊は、イタリア海軍に残された最後の戦力と言っても過言ではなかった。
 おそらく、作戦が実行されることになれば、勝つにせよ負けるにせよ戦闘艦の殆どが行動不能になるはずだった。
 戦闘の勝敗によるものではなく、海軍に割り当てられた燃料の残存量などから、どのみちこれ以上の大型艦の運用は難しかったのだ。

 ―――だが、実際にはこの艦隊が出撃することはないだろう。
 何処か冷ややかな目でナポリ湾を見渡しながらボンディーノ大佐はそう考えていた。この艦隊の中で、そのように確信しているのは大佐を含めてもまだ数人のはずだった。
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