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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦13

 陸軍参謀本部勤務などの各級司令部付参謀を勤めることの多い辻井中佐は、現統合参謀部総長の永田大将や陸軍大臣の東條大将といった高級将官までもが属する統制派の有力な若手将校として知られていたが、同時に中佐を嫌うものも少なくなかった。


 単に派閥争いから辻井中佐が嫌悪されていたわけではなかった。司令部勤務には縁がなく、実施部隊の隊付が長い奥山大尉には事情はよく分からなかったが、参謀本部などの陸軍中枢では官僚化した参謀達の激しい出世争いが行われていた。
 だからその出世競争を勝ち抜いてきた辻井中佐も蹴落とされてきたものからの反感を買っているはずだが、どうやら中佐を嫌うものが多い理由はそれだけではないらしい。

 奥山大尉が幼年学校に入学する前のことだったが、辻井中佐を特に嫌うものが出てきたのは、十年ほど前の機甲科の新設時の頃の出来事からであったらしい。
 騎兵科と歩兵科の一部を統合して誕生した機甲科だったが、当初は内部争いが激しかったようだった。共に戦車部隊を運用していたとはいえ、その任務や内実は大きく異なっていたからだ。

 騎兵科が従来の軍馬による偵察時の移動手段を代替するものとして豆戦車である高速の装甲車を運用していたのに対して、歩兵科の戦車とは鈍足でも大口径榴弾による狙撃で敵特火点などを射撃して歩兵部隊を支援する歩兵戦車だった。
 これだけ任務の異なる戦車を単一の車種で統一するのは無理があった。
 だから機甲科新設後に初めて制式化された九五式軽戦車は軽量な高速戦車となったし、それに続く九五式重戦車は軽戦車と同じ長砲身37ミリ砲に加えて短砲身75ミリ砲を装備する多砲塔戦車となったのだ。
 おそらくこの重軽二種の戦車がほぼ同時に制式化されたのも派閥争いと無縁ではなかったはずだった。

 だが、問題は高価で生産数の少ない重戦車や、逆に安価ながら配備先の限られる軽戦車ではなかった。旧式化した八九式中戦車の後継開発においてさらに激しい論争が起こることとなったのだ。

 日本軍初の国産戦車となった八九式中戦車の生産数は当時としては多く、当然その後継となる次期中戦車も最低でも同程度の生産数が見込まれていた。
 むしろ極右政党のナチスによるドイツの政権掌握などによって欧州で戦乱の兆しがあり、極東の日本帝国でも軍備の拡張もありうる時期だったから、八九式よりも格段に配備部隊が増加することも考えられていた。
 大正期の軍縮により平時の将兵定数を減少させていた日本陸軍は機械化によって部隊兵員の頭数を補う傾向があったからだ。

 後に九七式中戦車として制式化されたこの当時の中戦車開発は激しい競合試作となった。単に大阪砲兵工廠と三菱重工がそれぞれ開発した試作戦車の性能が甲乙つけがたかったというのではない。
 むしろ機甲科の内部にある旧騎兵科と旧歩兵科の派閥対立、というよりも任務の異なる2者を強引に統一したことによる矛盾がここで一挙に顕在化したというべきかもしれなかった。
 それほど2つの製造者が試作した戦車は、それぞれの派閥の意向に従った性質の異なるものだった。
 事は戦車の性能にとどまらなかった。この両車両の性格の違いは、そのままその後の機甲科主力部隊がとるべき基本戦術に直結するものだったからだ


 厄介なことにこの争いに介入したのは機甲科将兵だけではなかった。歩兵科からの転科者には当然旧所属からの援護があったし、旧騎兵科には新技術の導入を図る陸軍技術本部が支援を行っていた。
 最終的に採用されたのは、旧歩兵科閥が押していた大阪砲兵工廠製のチニ車だった。チニ車は八九式中戦車と同口径の短砲身砲の他基本的な性能は同車と殆ど変わらなかったが、軽量安価という利点があった。
 そのために師団戦車隊の増強を図っていた当時の参謀本部や陸軍省がチニ車の採用を支持したのが競合試作の結果に繋がったのだが、その際に辻井中佐もこの活動に加わっていたらしいというのだ。

 そもそも、辻井中佐が歩兵科から機甲科に転科した経緯からして不審な点が少なくないものであったようだ。
 それまで歩兵戦車を運用していた部隊に所属していた歩兵科将兵が機甲科への転科対象者だったのだが、辻井中佐はそれまでほとんど戦車と関わり合いがなかったのに、機甲科創設の直前に戦車隊に配属されていたからだ。
 まことしやかに辻井中佐は統合後の機甲科の主導権を握るために歩兵科の高級将校が送り込んだ間諜であるとの噂が流れたのも無理はないし、その後の九七式中戦車採用時の辻井中佐の動きを見ればその噂が真実である可能性はかなり高かった。


 ただし、辻井中佐が歩兵科閥の尖兵となって暗躍していたのはそこまでだった。九七式中戦車の採用直後にソ連軍の次期主力戦車の詳細が判明していたからだ。
 その予想されうる性能は極めて高く、しかも明らかに対戦車戦闘を前提とした傾向があったのだ。その予想性能のまま実戦に投入された場合、八九式中戦車の純然たる後継として制式化されていた九七式中戦車が一夜にして旧式化するのは確実だった。
 同時期に海軍陸戦隊向けに対戦車戦闘能力を重視して開発された九八式装甲車などの影響もあって、陸軍でも貫通能力の高い長砲身高初速砲と機動力を兼ね備えた次期主力戦車の開発が進められることとなった。

 しかし、一式中戦車や一式砲戦車、更には現行の三式中戦車へと至るこの高速戦車への指向に関しては、必ずしも部内の意志が当初から統一されていたわけではなかった。むしろ旧歩兵科閥からは相当な反発があったはずだ。
 結果的に見れば彼らの考えは誤っていたといえた。今次大戦で対峙することとなったドイツ軍の戦車もまた対戦車戦闘能力を重視していたからだ。
 それに対戦車能力に特化した巡航戦車と逆に鈍足で重装甲の歩兵戦車という柔軟さを欠いた組み合わせで戦闘に挑んで大損害を被った英国陸軍戦車部隊という例もあった。

 だが、九七式中戦車から一式中戦車の開発に至る時期には、まだそれほどこのような傾向は明らかになっていなかったはずだ。むしろソ連軍のT-34のような3インチ級の長砲身大口径砲を搭載した重量級の中戦車のほうが当時は異端だったのではないのか。
 だから、主兵である歩兵部隊の支援という重要な任務を放置するとするのはいかがなものか、という旧歩兵科閥の言い分にも一定の妥当性があったはずだ。

 しかし、その論争が行われていた段階においては、辻井中佐は旧歩兵科閥を見限っていた。それどころか以前の同志とも言える歩兵支援用の鈍足な歩兵戦車を推す旧歩兵科閥の将校に対して、中佐は積極的に政治的な排斥を図るように動いていたらしい。
 統制派の高級将官と気脈を通じていた辻井中佐の政治力は極めて高く、同時期に閑職に追いやられたり、予備役編入となった旧歩兵科閥の将校は少なくなかったようだった。

 やはり結果的に見れば対戦車能力の高い中戦車の開発に注力するという辻井中佐の考えそのものは誤ってはいなかった。
 最新の三式中戦車などは高射砲や野砲級の長砲身大口径砲と大出力のミーティアエンジンを搭載していたから、対戦車戦闘にも歩兵支援にも多用途に使えるものになっていたからだ。
 だが、同じ歩兵科からの転科者でありながら、今も機甲科の顔かのように振る舞う辻井中佐に対して、閑職に回された将校が抱く反発には強いものがあったのではないのか。


 そのように辻井中佐を嫌う将校がいる一方で、好意を抱く将兵もまた少なくなかった。古参の下士官兵の多い挺進集団にいるとよくわからなかったが、特に徴兵された一般兵などからの支持は強いようだった。

 おそらく、他の司令部勤務の参謀たちと違って、辻井中佐が積極的に危険な前線へと視察に赴いて行くことが多かったからだろう。
 しかも軍規に厳しい態度を見せる辻井中佐は、新兵達を威圧する古参下士官の中にいる不良軍人を、強引な要請で呼び寄せた憲兵隊を使って取締までさせていたらしい。
 統制派の重鎮であり、憲兵隊とも深いつながりを持つ東條陸軍大臣などとも辻井中佐は懇意にしていたから、出先の憲兵隊を意のままに動かすことができるのだろう。

 一般社会から切り離されて下士官や古参兵達から不条理な扱いを受けていると感じている徴兵者達にとっては、正義感が強く、平等性を重んじる辻井中佐は心強い味方に思えるのではないのか。
 前線に赴いた時の辻井中佐は、人懐っこい笑顔で兵たちの間に入り込んでいき、時には野戦炊具で作られた粗末な食事を下士官兵と共にすることもあった。
 兵たちにしてみれば、そのように親しげな態度をとる高級将校に親近感を覚えるのはあたり前のことだっただろう。

 しかし、そのような辻井中佐の行動は彼を嫌う将校からのさらなる反発を招く原因にもなっていた。将校ばかりではなく、軍歴の長い古参下士官の中にも娑婆っ気の抜けない兵たちにおもねる単なる人気取りだと中佐を謗るものも少なくないらしい。
 徴兵者よりもそのような古参の下士官兵の多い挺進集団内ではそのような声は大きかったのではないのか。


 毀誉褒貶の大きな辻井中佐だったが、さらにいえばそれは日本陸軍内に限った話ではなかった。
 軍司令部や方面軍司令部と言った高級司令部に勤務する辻井中佐は、当然のことながら地中海戦線で共に戦う国際連盟軍に参加する各国軍の将校らと接触する機会は少なくなかった。
 他の日本軍参謀将校の典型とは異なる行動や言動の多い辻井中佐に対して、それら他国軍の将校が示す態度はやはり綺麗に二分されたものだった。その中でも、日本軍以上に保守的な傾向の強い貴族層が多数を占める英国軍の高級士官からの評価は極めて低いようだった。
 だが、彼らにしてみれば厄介なことに、現在の英国軍随一の宿将といっても過言ではないモントゴメリー中将は辻井中佐を高く評価していた。

 モントゴメリー中将は昨年から引き続き英第8軍を率いて、今回のローマ進攻作戦においては支作戦となるシチリア島からイタリア南部への上陸を担当していた。
 だが、アレクサンドリア郊外のエル・アラメインをめぐる攻防戦で有力なドイツアフリカ軍団を打ち破ったモントゴメリー中将の発言権は、単なる一軍の司令官としては大きいものだった。
 モントゴメリー中将も、英国軍の高級将官らしく無理攻めを避けて守勢からの攻勢転移を図るという保守的で堅実な作戦指揮を好んでいたが、不思議と大胆な機動戦を唱えることの多い辻井中佐と馬が合うようだった。
 自分にはない積極果敢な性格を好んだのか、あるいは貴族出身ではなく聖職者の息子として生まれた中将が、庶民の出で苦学の末に士官学校に進んだという辻井中佐に共感を覚えたのかもしれなかった。
 それに共通項の無さそうな二人だったが、高級士官ばかりの軍司令部を積極的に飛び出して前線を視察して兵士たちと触れ合うことは多かった。そのあたりが二人の馬があった原因だったのかもしれない。


 実は、このイタリア王国の首都であるローマへ直接降下を行うという投機的な作戦を実質的に立案したのは、主にこの二人であったらしいのだ。
 原型となったのは、元々単独講和を求めて接触していたイタリア軍将官の提案であったらしい。王室や政府が存在する首都ローマを防衛するとともに、イタリア半島のローマ以南に展開するドイツ軍の退路を断つ包囲網にも転じるというのだ。

 だが、国際連盟軍上層部は、当初はその作戦内容に不安を覚えていたらしい。ドイツを見限ろうとしているイタリア王国中枢を防衛するために、自軍の少なくない戦力を危険に晒すことになるからだ。
 占領下のシチリア島からローマまでの距離は遠く、また島内の飛行場や港湾から一度に出撃できる航空機、船舶の数も限られていたから、ローマに降下した部隊はある程度の間自力で耐久しなければならないことが予想されていた。
 また、そのイタリア軍将官は大規模降下作戦に必要不可欠なローマ郊外の飛行場を、新たに友軍となるはずのイタリア軍が確保し続けられると確約していたが、ローマ郊外には多数のドイツ軍が駐留しているという情報もあったから、実際には不確定な要素が強いのではないのか。

 しかし、そのような慎重論が強かった上層部をモントゴメリー中将と辻井中佐を中核とする勢力が説き伏せていったらしい。彼らには北アフリカ戦線ではドイツアフリカ軍団を決定的な敗走に追いやったという実績があったから、強引に事をすすめることが出来たのではないのか。
 政治力に長けた老獪な辻井中佐の弁にかかれば、これまで本土にくすぶっており、存続理由となる明確な戦果を熱望していた挺進集団司令部を意のままに操ることなど造作もなかったのだろう。
 最終的にはシチリア島に続いて占領されたサルディーニャ島も有力な出撃拠点として使用できることもあってローマへの直接進攻作戦が決定されていた。


 もっとも、一中隊長に過ぎない奥山大尉には挺進集団司令部の思惑など実際にはよくわからなかった。それよりも今輸送機の乗る部下たちの士気を保つほうが重要だった。
 たとえ辻井中佐が自分にとって立場の上でも階級でも遥かに上級者であっても言うべきことは言わなければならなかった。第一、視察中の参謀である中佐には奥山大尉たちに対する指揮権すら無いのだ。

 だが、奥山大尉が実際に苦言を呈しようとするよりも早く、一〇〇式輸送機の操縦席のあたりが騒がしくなっていた。
 動きがあったのは通信士席だった。どうやら無線機に入電があったらしい。通信士から報告を受けた機長がこちらを伺うような視線を向けていた。

 奥山大尉が反応を返すよりも早く、辻井中佐が笑みを浮かべながら立ち上がって、揺れる機内の様子も構わずに操縦席近くまで近寄っていた。ため息を付きながらそれに続く奥山大尉の耳に、辻井中佐の喜色が感じられる声が聞こえた。
「イタリア政府の……国王の停戦受け入れが放送されたのではないのかね」
 辻井中佐は全く疑っていない様子だったが、通信士の反応は鈍かった。怪訝そうな顔で通信士は言った。
「確かに中佐殿からお聞きしていた周波数帯でイタリア軍からの停戦受け入れの放送がありましたが、国王がどうという話はなかったようです」

 今度は、辻井中佐が怪訝そうな顔になっていた。不機嫌そうな表情で中佐は通信士に内容を確認させようとしていた。おそらく、通信士がイタリア語の放送内容を誤認したと考えていたのだろう。
 だが、通信士は機先を制するように続けた。
「内容はともかく、通信の発振地はローマではありません。正確な測定には発振地からの角度を求める必要があるので時間がかかりますが、ローマより少なくとも百キロほどは南方にあるのは間違いありません」
 珍しく呆気に取られたような顔で辻井中佐は押し黙っていた。それが何を意味するのか、それが分からずに奥山大尉も、自信有り気な通信士と困惑した様子の辻井中佐の顔を交互に見るしか無かった。
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