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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦11

 挺進集団に配備された四三式滑空機の能力は大きかった。野砲や軽戦車程度の搭載まで可能だったから、その搭載量は四発の貨物輸送機に準ずるほどだった。

 ただし、その多大な搭載量は双発の重爆撃機にも匹敵する滑空機としては極めて大きな機体寸法あってのことだった。エンジンや防御機銃座、防弾装甲等がないために機体寸法の割には自重は軽かったが、それでも双発の重戦闘機程度はあるはずだ。
 しかも、中央の主胴体に設けられた貨物室の容積は大きいから、作戦行動中に搭載されることが予想される貨物の重量も相当なものになった。
 完全武装の兵員から軽戦車までその内容は大きく変わるが、現在のように大規模な空中挺進作戦に投入される場合は、最低でも自重と同程度の重量は搭載されるはずだった。

 だが、その場合の離陸重量は10トンを優に超えるはずだった。軽戦車などの容積の割に重量のあるものを搭載した場合には20トン近くにまで達するのではないのか。
 当然のことながら、そのように大重量の滑空機を牽引して離陸させるのは容易なことではなかった。大型の重爆撃機であっても、双発の九七式重爆撃機ではなく、四発の一式重爆撃機程度のエンジン出力がないと難しいはずだった。

 それに、飛行状態で曳航可能な程の大出力機関を搭載した牽引機が準備できたとしても、大型の四三式滑空機の運用は困難だった。重量がありすぎて牽引機と被曳航機を結束する特別製の曳航索にもかなりの強度が必要だったし、何よりも離陸距離が長くなるから長大な滑走路が必要となるからだ。
 滑空歩兵連隊を投入するには数多くの滑空機が必要だったが、地上での移動が難しい大型滑空機を一挙に離陸させようとすれば、牽引機と共に事前に離陸順に並べないといけないから、その待機場所だけでも相当広がった整地が必要だった。


 実際に、奥山大尉達挺身集団は全島が占領されたシチリア島の各地に点在する航空基地から出撃したのだが、四三式滑空機が出撃した箇所は滑走路などを拡張した所が多かった。
 シチリア島内にはイタリア軍や駐留していたドイツ軍の手によって整備された滑走路がいくつも存在していた。それらの航空基地は、現在は上陸した国際連盟軍による占領下にあった。
 そのような既存の航空基地は決して粗末なものではなかった。シチリア島はイタリア半島と北アフリカを結ぶ補給路の結節点となっていたために、大型の輸送機が連続して離着陸できる能力が要求されていたからだ。

 勿論、それらの航空基地の中には滑走路や付随施設が破壊されたものが少なくなかった。
 撤退する独伊軍によって爆破処理されたと思われるものもあったし、中には爆薬と導火線を用いて不用意に占領部隊の兵士達が触ると爆発する仕掛けが各所に施された基地もあった。
 それ以前に、侵攻する国際連盟軍が実施した航空撃滅戦や付近を進攻する陸上部隊などによる砲撃で破壊されたものも少なくなかった。

 だが、全体的に見れば航空基地の損害はそれほど大きくは無かったはずだった。
 撤退する独伊軍には地形を変えるほど大きな爆破を行うほどの余裕はなかったはずだし、国際連盟軍、特に日本陸軍の重爆撃機が航空撃滅戦で使用する爆弾は効率よく航空機などの脆弱な機材だけを破壊する特殊な焼夷弾が中心だったからだ。
 占領した航空基地を修復するために進出してきた独立編制の飛行場大隊の中には、軍直轄の工兵連隊などから抽出されて配属された最新の三式装甲作業車などの装備を有する機械化された工兵部隊が多数含まれていたから、破壊された機材の撤去や滑走路の補修はそれほど難しい作業ではないはずだった。

 実際に、シチリア島内にある既存の航空基地の多くは、島内での戦闘が続いている頃から国際連盟軍の航空部隊による使用が開始されていた程だった。
 それらの多くは野戦飛行場での運用も厭わない単発の身軽な戦闘機や襲撃機だったが、現在では四発の巨大な一式重爆撃機なども島内に多数機が展開していた。
 だが、それでも四三式滑空機の大規模な運用は難しく、補修作業が終わった後も、幾つかの基地では貴重な装甲作業車を集中投入した速成工事で滑走路の拡張を行わなければならなかったのだ。


 もっとも、このような四三式滑空機の運用上の問題は以前から認識されていた。だが、滑空機を含む陸軍の航空機材を管轄する陸軍航空本部が編み出した解決法はかなり強引なものだった。四三式滑空機をエンジンを搭載した動力滑空機としたのだ。
 四三式滑空機二型と呼称されるこの型式は、主翼から尾翼に向かって伸ばされた双ブームを逆に前方に延長させて、その空間をエンジン架や燃料槽に転用したものだった。
 つまり変則的な配置ではあるが、概ね双発輸送機に準ずる構造となったといってよかった。

 ただし、名称の通りエンジンを搭載したと言っても、牽引機の支援を前提とする滑空機であることに変わりはなかった。むしろ牽引機の出力不足を補うための補助動力といったほうが良かった。
 滑空機を運用する場合、牽引機に最も負荷が掛かるのは離陸時だった。四三式滑空機二型に搭載されたエンジンは、離陸時に牽引機に合わせて最大出力となるが、重量物を搭載した場合は、この時も自力で離陸できるほどの推力とはならなかった。
 四三式滑空機に搭載されたエンジンによる推力は、単に牽引機の負担を軽減するためのものだったのだ。
 搭載されたのが複雑な可変ピッチプロペラでは無いために、プロペラ翼面が抵抗となる事を避けるためにエンジンを完全に停止させる事はできないが、離陸後は牽引機にかかる負荷も減少するから、滑空機側のエンジンも出力を絞って運用することになっていた。


 四三式滑空機二型が搭載したエンジンは、三菱製のハ26だった。このエンジンは海軍の零式艦上戦闘機の試作機や陸軍の一〇〇式司令部偵察機などに搭載された千馬力級の信頼性の高いものだった。
 馬力はそれほど高くはないが、出力の割に小口径であるために高速を狙った機体に相次いで搭載されていたらしい。

 もっとも、陸海軍共に一線級の機種ではこのようなエンジンを搭載することは今では無くなっていた。すでに両軍ともに空冷エンジンの主力は千五百馬力級に移行していたし、次世代機では二千馬力級エンジンを搭載することになるらしい。
 海軍の零式艦戦などは制式化された頃には、すでにより大馬力の栄に換装されていたはずだ。最近では正面投影面積の削減よりも、エンジンの大出力化によって性能向上を図るのが常道になっていたからだ。

 裏を返せば搭載機が限られるようになっていたからハ26には余剰が生じていたらしい。それにハ26は現行のより大口径なハ101やハ112とも一部の部品が共用化されていたから整備も容易なはずだった。
 そのあたりが四三式滑空機二型の搭載エンジンに選定された理由だったのだろう。

 一〇〇式輸送機の原型である九七式爆撃機でも初期型では同程度の出力のエンジンを搭載していたが、同じ双発とは言え貨物室容積を優先させた四三式滑空機は空力的にはお世辞にも洗練されているとは言えないから、機体規模に比べてエンジン出力が低すぎるのは確かだった。
 一応は四三式滑空機二型は自力での離着陸も可能なはずだったが、その場合は搭載重量がかなり制限されていると聞いていた。おそらく実際には滑走機として進出した場所から自力で離脱するような、特殊な場合に限られるのではないのか。


 それでも挺進集団上層部が四三式滑空機二型に懸ける期待は大きかった。
 離陸する際の滑走路の整備が必要という問題は依然として解決しなかったものの、計算上は大型四発機を用いること無く、就役機数の多い九七式重爆撃機級の双発機でも牽引機として使用できたからだ。
 勿論、九七式重爆撃機から派生した一〇〇式輸送機を牽引機とすることも可能なはずだった。

 実際に、奥山大尉の席からは直接は視認できないが、大尉達が乗り込んでいるこの一〇〇式輸送機は、今もエンジンを回し続けている四三式滑空機二型を牽引して飛行中だった。
 態々確認する気も起きないが、中隊の将兵を乗せた他の一〇〇式輸送機も同じように動力滑空機を牽引しているはずだった。


 ただし、奥山大尉達を乗せた輸送機が牽引する滑空機は、他の同型機とは違って現在でもエンジン出力を高いまま維持しているのではないのか。第四中隊と共に投入される予定の部隊が使用する機材の重量が大きかったからだ。
 シチリア島から出発する際も、挺進集団は概ね各隊の番号が若い方から順に離陸していったのだが、奥山大尉たちの中隊だけは大重量の四三式滑空機二型を牽引する為に滑走路の全長を使用できる最後の離陸に回されたほどだった。
 あるいは、単に離陸中の事故を恐れていただけかもしれなかった。もしも滑空機の離陸が失敗して滑走路を塞いでしまうことに慣れば、挺進集団が投入できる戦力が激変してしまうからだ。


 ―――やはり動力滑空機などという姑息な手段でつじつまを合わせるような処置を取るべきではなかったのだ。
 そのように考えながら奥山大尉は内心で嘆息していた。

 確かに、牽引機の推力を補佐するエンジンを備えた四三式滑空機二型は、牽引機の数量不足という問題に関しては解決策を得たと言っても良かった。だが、解決できた問題はそれだけだった。
 長大な滑走路の必要性などの運用上の問題はほとんど変化がなかったのだ。

 間の悪いことに、四三式滑空機二型の配備が開始された今、大出力の牽引機となる四発機の数に余裕が出始めていた。
 日本陸海軍が運用する航空機の中で、無理なく大型の滑空機を牽引できる機体はもともと少なかった。実質上は重爆撃機隊の主力である一式重爆撃機だけと言っても良かった。
 他にも一式重爆撃機を原型とした二式貨物輸送機や、海軍の長距離水上哨戒機である二式飛行艇を陸上機に改設計したという四三式貨物輸送機があったが、どちらも貴重な大型輸送機だったから日本本土と欧州間を結ぶ重要物資や人員の長距離輸送に従事していたし、制式化されたばかりの四三式貨物輸送機は数も少なかった。

 双発の九七式重爆撃機と比べると、一式重爆撃機は爆弾搭載量の増大はそれほど大きくはないが、航続距離や防御兵装は充実しているから、長駆敵陣深く進攻し、強力な枢軸軍航空基地への襲撃を強行するには必要不可欠な機材だった。
 地中海戦線に展開する第3航空軍の指揮下にも一式重爆撃機を運用する重爆分科の飛行団が配属されていたが、配備数でいえば欧州大陸への航空撃滅戦を継続している英国本土配備の第2航空軍の方に優先的に配備されているらしい。

 今次大戦に日本帝国が正式に参戦する前から、義勇兵による防空戦闘への参加という形で実戦経験を積んでいた歴戦の第2航空軍は、英国空軍による夜間爆撃を間接的に援護するために、ドイツ西部から占領下にあるオランダ、ベルギー、フランス北部に至る領域に展開するドイツ空軍の拠点に対して重爆撃機隊による航空撃滅戦を連日実施していた。
 そのために英国本土から出撃して欧州大陸の防空網を突破する必要があるから、装備機種は九七式重爆撃機よりも重装備の一式重爆撃機が優先されていたのだ。


 最新の電子機材や欺瞞方式の開発競争という側面の強い欧州大陸正面での航空戦は消耗も激しかった。特に重爆撃機隊は敵戦闘機の激しい迎撃を受けるのだからそれも当然だった。
 日本陸軍はそのような重爆撃機の損害増大に対応するために、一式重爆撃機の高々度飛行能力を向上させた四型の配備を開始させていた。
 詳細は奥山大尉も知らなかったが、従来の機械式に加えてエンジン排気を動力とした二段式の過給器を搭載しているらしい。それに高々度飛行時に乗員が使用する酸素瓶か与圧装置も増強されているという噂だった。
 ドイツ軍の戦闘機は一般的に高々度性能が劣るらしいから、そのような能力向上を実施して対応しようとしたのだろう。また、そのような高々度からの爆撃に対応した爆撃照準器が新たに開発されたという話もあったが、機密度が高いのか同じ陸軍でも他隊には噂も入ってこなかった。

 性能を一変させた一式重爆撃機だったが、従来型がすべて用廃となったわけではなかった。撃破されたり損害が激しく破棄された機体もあるだろうが、新型と引き換えに返納となった機体も少なくないはずだった。
 そのように旧式化して欧州正面での航空撃滅戦で使用するには難しくなった従来型であっても、再整備を行えば飛行そのものには支障はないはずだった。それこそ牽引機として使用するには十分なのではないのか。


 英国本土駐留部隊への補充が優先されるために地中海戦線に配備される一式重爆撃機四型の数はまだ多くはないが、いずれ四型に押されて従来型が多数重爆撃機隊から返納されるようになれば、牽引機として挺進集団の要請で使用できる様にもなってくるのではないのか。
 そうなれば無理に双発機で運用できるように動力滑空機を開発した意味は殆どなくなってしまうのではないのか。奥山大尉はそう考えていた。

 それに牽引機のことを除いても、四三式滑空機二型の使い勝手は悪かった。追加されたエンジンに関連して本体以外にも運用上の変更点は多かったからだ。
 エンジンが使用する燃料は通常形式の航空機のように離陸前に手間を掛けて一機ずつ補充しなければならないし、従来の操縦者以外にもエンジンを担当する機関士などの空中勤務者が必要となる上に、操縦者も機体制御だけではなく機関の操縦の訓練も必要となった。
 第一、いくら二線級の低出力のものとはいえ、エンジンを搭載した四三式滑空機二型の取得価格は上昇しており、場合によっては使い捨てされることもありうる安価な滑空機本来の特性は失われてしまったといっても良かったのではないのか。

 エンジンの搭載により、目的地で搭載物資や人員を降ろした後の軽荷状態であれば自力での離陸も可能だというのが残る四三式滑空機二型の利点だったが、実際にはそれも怪しいものだった。
 いくら平地を目標に着陸を試みるとはいっても、着陸地点が戦場になっていれば重量級車両の機動や砲撃の着弾で荒れ果てているだろうし、航空偵察だけで最新の地面状態を正確に把握するのも難しかった。
 着陸に成功した機体が何機ほど回収できるのか、逆に言えば着地によって破損したことで破棄される機体がどれだけの割合で出るのかは実戦で確かめるまでわからないのではないのか。奥山大尉はそう考えていたのだ。
四三式滑空機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/43g.html
九七式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/97hb.html
一式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1hbc.html
三式装甲作業車の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03cve.html
一〇〇式輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100c.html
二式貨物輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2c.html
二式飛行艇の設定は下記アドレスで公開中です。
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四三式貨物輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/43c.html
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