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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1943ローマ降下戦10

 挺進集団指揮下に置かれる五番目の連隊として創設された滑空歩兵第1連隊は、他隊から転出してきた古参兵や下士官を中心に編成されてきたこれまでの挺進連隊と比べると、その構成員の質に大きな差があった。
 滑空機を利用できるために特異な落下傘降下の技能が必要ない上に、兵員のみであれば1個小隊をも一挙に搭載できる大型の四三式滑空機を使用することが前提となっていたため、小隊指揮官の下で降下直後から纏まって行動できることから、滑空歩兵連隊の下士官兵はそれほど高い質を求められなかったからだ。


 本来は挺進第5連隊とするために編制作業が開始されていた部隊を改編した滑空歩兵第1連隊は、不足していた熟練下士官層の代わりに、これまで挺進集団には配属されていなかった徴兵されたばかりの初年兵が充足されていた。
 指揮官である将校は挺進集団指揮下にある他の挺進連隊などから転属したものも少なくなかったが、下士官のなかには兵から累進したばかりの若年者も少なく無かった。
 つまり滑空歩兵第1連隊は他の挺進集団指揮下の連隊とは異なり、軍隊経験の少ない新兵を多数含んでいることから精鋭部隊とはとてもではないが言えない部隊だったのだ。

 ただし、そのことをもって滑空歩兵第1連隊の戦闘力が他の挺進連隊と比較して弱体であるとは言い切れなかった。滑空歩兵連隊では、四発の大型貨物輸送機にも匹敵する四三式滑空機の搭載能力を生かして挺進集団の他の部隊には無い重装備を運用できたからだ。
 基幹要員の数が限られていたために、滑空歩兵第1連隊の規模は挺進連隊に準ずる大隊結節を持たない小規模なものだったが、山砲及び重機関銃小隊を集約した重火器中隊が配属されていたから、火力の点では挺進連隊を凌駕しているはずだった。


 もっとも奥山大尉は、その事実は挺進集団全体の戦力向上に本当に寄与しているのか、それを疑問に思っていた。
 以前から挺進集団に所属する挺進連隊の古参下士官兵達は、第5挺進連隊として編制中だった所を、急遽落下傘降下を行わない滑空歩兵連隊に改編されたために、経験の少ない初年兵ばかりで創設されることとなった滑空歩兵第1連隊を侮るような発言を繰り返していた。
 だがその発言の背景には、危険な落下傘降下を行わない癖に、自分たちより火力面で遥かに凌駕する滑空歩兵に対する苛立たしさのようなものがあったのではないのか。


 事情は滑空歩兵連隊の兵たちも同様だった。連隊の兵たちの多くは軍隊経験の短い初年兵だったし、下士官も兵から累進した他隊からの転入者ばかりだったから勝手がまだよく分かっていなかったはずだが、それでも同じ挺進集団内の下士官兵達からの隔意は感じ取れたはずだ。
 しかも、彼らの場合は挺進連隊の古参兵達に対して、もっと俗な不公平感を感じていたのではないのか。挺進連隊の隊員と滑空歩兵連隊の兵たちに支給される給与が異なっていたからだ。

 挺進連隊は古参の下士官兵が多く、それに対する滑空歩兵連隊は一年兵の二等兵が多かったから給金の支給額が異なるのは当然のことだった。
 最近では徴兵された兵卒の給料も多少は上がっているから基本給そのものには大きな不満はないはずだ。不満があったとしても、永久服役の下士官はともかく、古参であっても兵であれば給料の大小など大した違いはなかった。

 だが、危険な落下傘降下を行う挺進連隊には、降下の際に基本給とは別の特別手当や、飛行戦隊の空中勤務者に準じた熱量の高い増加食などが支給されていた。
 これはあくまでも輸送機からの落下傘降下に伴う処置だったから、滑空歩兵連隊はその対象外だった。
 当初は滑空機を使用する場合にもこれに準ずる手当が支給されるはずだったらしいが、実際には空中で自らの身を晒すわけではないのだから、輸送機で空輸されるのと変わらないのではないのかという意見があって断念されたらしい。

 もしも落下傘降下するものと滑空機を使用するものが四六時中顔を付き合わせる同じ連隊に所属するのであれば反論も大きかったかもしれないが、実際には挺進集団内とは言え別の連隊となったし、滑空歩兵連隊の方が後から編制されたことになるから、彼らの発言権はそれほど大きくなかったのだ。
 だが、同じ戦場に送られるにも関わらず最終的に支給される給与に大きな差が出てくることに滑空歩兵連隊の兵たちは不満をいだいているようだった。演習では個人単位での戦闘能力に劣るとは言え、火力の面では自分たちのほうが優越していることが実証されているのだから、それも無理はなかった。


 これは挺進集団司令部の要員が考えているよりも危険な状態だった。軍隊内の親父とも言える中隊長の立場で部下の兵たちと日々接触している奥山大尉はそう考えていた。

 確かに挺進連隊と滑空歩兵連隊の兵たちの対立は表面化はしていなかった。兵舎などは駐屯地でも連隊ごとに管理されるのが常識的なものだったからだ。
 挺進連隊は増強大隊程度しかない小規模連隊だったからその一つ上の挺進団単位となっていたが、集団内に2つある挺進団の団長はいずれも連隊長を拝命するのが相応しい大佐だったから違和感はそれほどなかった。

 しかし、降下時のみ輸送機に乗機する挺進連隊とは違って、今のところは滑空機は連隊に配属された兵器という扱いだったから、それ管理しなければならない滑空歩兵連隊は滑走路近くに他の挺進団とは分かれて駐屯していた。
 そのように普段の居住地域が分かれているのだから不満をぶつけ合うことも普段は無かったのだ。第一、挺進連隊の古参兵達に向かって滑空歩兵連隊の新兵たちが真正面から意見をいうことも難しいのだろう。

 しかし、それはあくまでの今現在の状況でしかなかった。滑空歩兵連隊の兵たちもいずれは古参兵となって平然と挺進連隊の兵たちと渡り合うようになるのではないのか。下士官や兵たちが勤続年度といった意味での立場が同等のものとなったときに初めてこの問題は表面化する可能性が高かったのだ。
 だが、この時に対応をあやまれば挺進集団内部は精神的に二分されて戦闘集団としての体を失ってしまうのではないのか、奥山大尉はそう危惧していた。


 奥山大尉は、挺進集団は規模の拡大を急ぎすぎたのではないのか、そうも考えていた。今次大戦におけるこれまでの戦闘を分析する限りでは空中挺進部隊の規模はそれほど大きなものとする必要はないはずだった。
 大規模な進攻作戦の際に、事前に要所を占領して友軍到着まで確保し続ける。部隊が投入される作戦がそのような任務である限り、異なる戦線で同時に空中挺進作戦を実施でもしない限り、大規模部隊を投入しようとしても地上部隊と同時期に行動する攻勢作戦時に兵站全体にかかる負担が限界に達するからだ。
 その程度であれば、滑空機で輸送するのは落下傘による降下が難しい大重量の重火器やそれを運用する重火器中隊の将兵程度で抑えても良いのではないのか。

 それに、滑空歩兵連隊で強引に挺進集団の頭数を揃えたとしても、空中挺進部隊特有の作戦地域に展開後における撤収の困難さが解消されたわけではなかった。
 むしろ兵員以上にかさばり重量もある重火器や滑空機の回収が必要となるから、その点では悪化してしまったと言ってもよいのではないのか。


 工兵出身だけに新技術に興味のある奥山大尉は、密かに挺進集団では滑空機の拙速な配備よりも、将来を見据えて回転翼機の導入を行うべきなのではないのか、そう考えていた。

 現在、日本陸軍では二式観測直協機と三式連絡直協機という2機種の回転翼機が制式化されていた。
 日本陸軍の航空部隊における直協機とは、近距離の偵察や砲兵隊支援の弾着観測、連絡任務の他に固定機関銃や若干の爆装も可能だから簡易な襲撃機としても運用できるという簡易だが使い勝手の良い一種の万能機だった。
 その任務上大規模な飛行団などにまとまって配属されることは少なく、通常の師団に配属される独立飛行隊などで運用される事が多かった。だから後方支援部隊の限られる師団でも運用できるように、野戦飛行場からの展開が可能な頑丈な機体構造と簡便さを併せ持った機体が要求されていたのだ。


 現行の直協機は九八式直協機だったが、2機種の回転翼機はその後継、あるいは代替機として捉えられていた。

 そのうち二式観測直協機は、シベリアーロシア帝国のシコルスキー航空工業製の機体を、技術提携関係にある三菱において改設計の後に認可生産したものだった。
 固定翼機の九八式直協機と比べると最高速度や航続距離では劣るものの、回転翼機ならではの被視認性を低減する地形追随飛行能力や滑走路を使用しない離着陸性能の高さを評価されていた。
 視野の広い二人乗りの操縦席を持つ二式観測直協機は観測能力も高く、その名の通り近距離偵察を行う直協機としてだけではなく、オートジャイロであるカ号の代替となる観測機として砲兵情報連隊でも使用実績があった。

 また、一方の今年度初頭に制式化された三式連絡直協機の方も、名称のとおりに直協機の機能の内連絡機としてのものを重要視しており、二名の乗員の他にエンジン後方に客室を設けて三名の便乗者や重傷者の緊急搬送などを実施することが出来た。


 もっとも現状の回転翼機の能力は、とてもではないが挺進集団全体の本格的な輸送に使用できるものではなかった。
 それどころか場合によっては師団司令部と密接な連絡を取って地上攻撃まで実施する九八式直協機の完全な後継とすら言えなかった。
 連絡機や観測機としての機能を維持したまま、簡易なものとはいえ九八式直協機と同程度の兵装を備えられるほどには2機種の搭載量は多くはないからだ。

 それに、三式連絡直協機ですら便乗者の数は三名でしかなく、当然ながら完全武装の兵員であればそれ以下となるはずだった。仮に小隊の移送を行った場合、必要な航空機の数は四三式滑空機では1機、一〇〇式輸送機でも2機となるところだが、回転翼機では20機程度は必要となるのではないのか。
 もちろんこれは現実的な数字では無かった。独立飛行中隊全力で1個歩兵小隊を輸送しきれないなどあまりにも効率が悪すぎた。かといって遊撃戦を行う特殊戦部隊でもない限り戦力となる将兵の頭数は必要だったからだ。

 ただし、現在は貧弱な能力しか持たない回転翼機でも将来はどうなるかは分からなかった。
 先の欧州大戦で本格的に航空機が運用されるようになってから、今のように小隊規模の部隊を一機で移送できるほどの大型輸送機が出現するようになるまで、30年程しか経っていないのだ。
 そう考えればエンジンの大出力化や多発化、あるいは何か革新的な技術の実用化などの要因で回転翼機の輸送力が飛躍的に拡大してもおかしくはないのではないのか。


 空中挺進作戦において、回転翼機を使用することの利点は少なく無かった。
 落下傘降下の必要はなくなるから、滑空機同様に機内に収容した将兵は降下直後から纏まって動けるし、その一方で滑空機と違って着陸時に長大な滑走が必要ないから編隊が纏まって着陸することも可能らしく、他の機体に乗り込んだ部隊と合流するのも容易だった。

 それに回転翼機は構造は複雑だが、エンジンの大出力化などによって機体が大型化したとしても離着陸に必要な平地面積はそれほど変わらないはずだった。原理上その場で離着陸が可能だから、接触の危険性などを無視すれば回転翼の直径分ほどしか空間を必要としないからだ。
 これに対して固定翼機の場合は、機体が重量化した場合は翼面形状やフラップなどの高揚力装置などで工夫しない限りは離着陸速度が上昇するから、より長大な滑走路が必要となってしまっていた。

 重火器の搭載までとなると難しいかもしれないが、回転翼機自体を重武装させる可能性もあった。三年前のフランス戦における急進撃で重装備の砲兵部隊の進出が遅れたドイツ軍が多用したように、航空攻撃を空飛ぶ砲兵として活用すれば良いのだ。
 回転翼機は垂直離着陸が可能だったから、航続距離の短ささえ目を瞑れば地上部隊と共同での作戦は容易なはずだった。
 それに滑走路を必要としないことから投入した将兵をその場で回収することすら可能だったから、これまでの空中挺進作戦が片道であったのと違って部隊単独での往復が可能となる画期的な部隊輸送手段となるはずだった。


 奥山大尉がそのように未だに性能の低い回転翼機に多大な期待を寄せるのには理由があった。
 挺進集団にとってその部隊規模拡張の切り札となるはずだった四三式滑空機が、本来は安価で簡便なはずの滑空機であるにも関わらず要求仕様が高すぎたせいか運用に支障をきたすほどの使い勝手の悪い大型機となってしまっていたからだった。
四三式滑空機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/43g.html
二式観測直協機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2o.html
三式連絡直協機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3o.html
一〇〇式輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100c.html
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