挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

247/281

1943ローマ降下戦9

 各国軍で進められている空中挺進部隊の拡充が中々進捗していない理由に、特殊な機材の保有に加えて、落下傘降下に必要な高い技量を有する下士官兵の確保が困難という事情があった。

 落下傘降下に習熟した将兵を育成するには、運用に多額の予算と資材を投入して輸送機からの降下演習が不可欠だった。地上に設置された落下傘塔を用いた模擬降下訓練も行われていたが、やはり最後は実機を用いる必要があったのだ。
 原理上、落下傘を用いた降下では気象条件や落下傘本体の個体差、降下する兵員の重量などの些細な条件の差異から降下地点に広範囲に広がってしまう可能性が高かったが、その際の集合や安定した降下の手法などは実際に降下して感覚として覚える他無いのではないのか、そう考えられていたからだ。

 それ以前に、空中挺進部隊の研究を実施する挺進練習部が陸軍内部に設置されてからまだ三年しか経っていないのだから、先行するドイツ空軍降下猟兵部隊などの研究から得られた戦訓なども反映はしていたものの、未だ落下傘降下に関する教育過程は確立されたものとは言えなかったのだ。


 ただし、挺進練習部時代を含めると空中挺進部隊の創設から拡充まで携わってきた経験を持つ奥山大尉は、落下傘降下の教育だけが下士官兵の補充が進まない理由ではないことに気がついていた。
 挺進集団の兵員は、その特異な降下手段などから原則的に志願制が取られていた。元々日本陸軍は徴兵制度とはいいつつも、平時編制が小規模であったことから召集される現役兵の数は、成人男性の総数に対する割り合いで言えばそれほど大きくはなかった。
 その中から志願したのだから、選りすぐられた精鋭集団と言っても過言ではなかった。

 挺進集団は研究部隊として誕生してからも日が浅いことから、元々空中挺進部隊に新兵として配属されたものはこれまで殆どおらず、隊員の多くが他兵科からの転出者で占められていた。
 奥山大尉自身も、陸軍士官学校卒業後に短期間ではあるが善通寺の工兵第11連隊に配属になった後に、挺進練習部に転属していた。
 挺進集団の中核を占めるそうした転出者は下士官や、現役兵であっても選抜された上等兵が多かったから、士気や練度は高く維持されていた。


 だが、最近では他隊からの転出者が少なくなっていた。特に古参の下士官が転属してくることは滅多に無かった。
 厄介なことに挺進集団の規模拡張と同時期に日本帝国が今次大戦への本格的な参戦を決意していたからだ。
 地中海戦線への派兵は昨年度に開始されたものだったが、国際連盟難民問題機関からの要請によるドイツ占領下となった地域で発生したユダヤ人難民の移送護衛などに早くから海軍部隊は派遣されていたし、内地では陸海軍部隊の動員や出師準備計画が相次いで進められていた。
 そんな状況だから、どの部隊でも熟練した下士官を手放すことを嫌がるようになっていたのだ。

 動員によって補充された経験の少ない兵員をまとめ上げるには、古参兵や下士官が必要不可欠だったし、仮に部隊丸ごとの戦地への出動が無かったとしても、最近では現役部隊を集成して独立混成旅団を臨時編成することも少なくなかったからだ。
 それに、部隊が出動した後にも一定の下士官層は必要だった。留守部隊では新規に徴兵されてきた新兵に対する初年兵教育が必要だったからだ。それらの新兵は戦地で消耗した部隊に対する補充兵となるから、実戦を想定した速成教育とせざるを得なかったから、熟練した下士官が教官として必要だったのだ。


 下士官兵の転出を渋るくらいならまだ良かったが、最近では挺進集団の存在意義そのものを問う声が少なくなかった。挺進練習部から挺進集団へと部隊規模の拡張期であったせいもあって、これまでの所日本軍の空中挺進部隊は特殊戦部隊である機動連隊を除いて実戦に投入された実績がなかったからだ。
 それに、今次大戦のドイツ空軍降下猟兵などの戦闘経緯をみても、自滅的な決死の防衛戦闘でもなければ空中挺進部隊は攻勢作戦にしか投入することができなかった。
 挺進集団にも短時間で戦域への緊急投入が可能な能力が備わっていたが、現在の日本陸軍、というよりも日本帝国全体の戦略とは必ずしも合致したものとは言えなかった。

 先の欧州大戦後にロマノフ朝最後の遺児であるマリア、アナスタシア両皇女を旗印にシベリア―ロシア帝国が成立した後、陸軍の基本戦略は予想されうるソ連赤軍の侵攻に対して、遣露軍団、関東都総督府付師団及び内地にありながらも平時より充足率が高い一部師団などを戦地に急派して遅滞防御を実施するものとされていた。
 米国の支援を受けて急速に発達した工業力を背景とした膨大な戦力を有するソ連赤軍は、有事においては独立した行動能力を持つ複数の梯団で一挙に攻勢に出ると思われていた。
 しかし、駐留する日本陸軍遣露軍団をあわせてもシベリア―ロシア帝国側が戦力比では劣勢であるため、幾重にも構築された陣地群を使用した遅滞防御を取らざるをえないと考えられていたのだ。


 航空作戦においても、早期に敵野戦飛行場への連続した航空撃滅戦を実施してソ連赤軍航空部隊の戦力を低減させることが求められていた。
 ソ連赤軍では、地上部隊と連動して各級航空部隊も同時に攻撃を開始することとされていた。ソ連では、地上部隊よりも遠方に進出できる航空部隊と衝撃力の高い梯団攻撃を同時に実施することで、最前線の陣地前面から後方兵站線に至る広大な全縦深に同時に打撃を加えようとしていたのだ。

 そのような攻撃に対抗する為にも早期に敵航空戦力を無効化する必要があった。しかも、航空撃滅戦は緒戦の一度で終結するようなものでは無かった。
 ソ連赤軍は、航空部隊の戦時における消耗率をかなり高く見積もっているという情報があったからだ。
 そのためにソ連国内では青少年を対象とした飛行倶楽部などが多数誕生していたが、そうした国家を上げた航空行政は有事に消耗する航空関係者の補充源としての意味合いも強いようだった。

 ラヴォアチキンやヤコブレフといった多くの優秀な設計局を抱えるソ連は、航空機の生産能力も高いから人員、機材双方の補充は容易と考えるべきだった。
 だから日本陸軍の航空撃滅戦は、地上部隊の遅滞防御を成功させるためにも全力かつ継続して行わなければならなかったのだ。


 勿論、そのような状況では空中挺進部隊の出番は無かった。軽歩兵部隊に過ぎない挺進集団を投入したところで重装備のソ連赤軍に短時間でもみ潰されてしまうだろうし、防御態勢がいつまで続くのわからない状況で敵前線後方に落下傘降下しても回収のめども立たずに包囲殲滅されるだけだった。
 空中挺進部隊は陸上を進攻する友軍部隊と合流するまで単独での戦闘を余儀なくされるからだ。

 特殊戦部隊である機動連隊であれば、そのような問題は生じないはずだった。部隊呼称は連隊とはいっても実際に配属された将兵の数で言えば、機動連隊は大隊規模でしか無いらしいからだ。
 しかも機動連隊には特有の秘匿性の高い降下法を手中にしているという噂もあった。それに大隊程度の人数であれば、ざっと百機もの輸送機を投入しなければならない挺進集団とは違って密かにソ連赤軍の戦線後方に侵入することができるのではないのか。

 敵戦線後方に潜入した機動連隊は当然地上を経由した補給は不可能となるが、彼らは敵地内での浸透戦術や森林地帯での雪上戦にも熟知しているし、人数も少ないから綿密な計画さえあれば輸送機を投入した空中補給も難しくなかった。
 挺進集団を投入するには多数の輸送機が必要となるが、前線部隊の遅滞防御の間にシベリア―ロシア帝国領内には日本国内から一部は満州を経由した増援部隊が送り込まれるから、その方面でも輸送機の需要は膨大なものになるはずだった。
 だから前線後方の機動連隊に対する空中補給程度であれば輸送部隊から少数機を割く事は可能だろうが、挺進集団を早期に投入するのは輸送能力の面からも不可能だったのだ。


 おそらく、挺進集団が投入されるとすれば、遅滞防御に成功して大規模な増援を得たシベリア―ロシア帝国が攻勢転移した後になるのではないのか。その場合の目標は実質上の国境線であるバイカル湖畔のソ連側にあるイルクーツクあたりになるはずだった。

 だが、実際にはそのあたりになるとシベリア―ロシア帝国や英国、満州共和国などの同盟国と共同の基本戦略と言っても不明な点が大きかった。
 日本国内から進発する増援部隊の派遣までは緻密な動員計画もあったが、場合によっては増援部隊をソ連の影響下にあるモンゴル人民共和国と国境を接する満州共和国領内に派遣する可能性もあったし、逆に満州共和国や英国の香港駐留部隊が増援に来るかもしれなかった。

 状況に応じて臨機応変に対応するしか無いから、攻勢転移の時期など事前に確定させることは出来なかったし、そのような状態でしか運用できない挺進集団の価値を問う声が大きくなるのも当然だった。

 逆に挺進集団を解散するか、部隊規模を縮小できれば相当数の熟練した下士官を他隊に回せるのだから、これまで戦地に派遣されていない挺進集団に対する風当たりは強まっていたのだ。


 そのような逆境に対して、挺進集団は強引な手段で解決を試みようとしていた。輸送用滑空機を使用する滑空歩兵第1連隊の創設がそれだった。

 無動力で他機に牽引される形で飛行する滑空機は、高価で大重量のエンジンを搭載しないことから、安価で容易に取得できる上に軽量で構造も簡易なことから大量生産も容易であり、以前より練習機としての軍用滑空機なども存在していた。
 民間でも練習機型の滑空機は運用されていたし、それらの機体と軍用滑空機には大きな差はなかった。初級訓練用の機体である限り両者への要求は類似していたからだ。

 しかし、挺進集団で使用する滑空機はそのような練習用の小型機ではなかった。双発重爆撃機を原型とした一〇〇式輸送機にも匹敵する輸送用の大型滑空機だったのだ。


 日本陸軍における本格的な滑空機の開発自体は、今次大戦勃発直後から活発に行われていた。ドイツ空軍降下猟兵がベルギー王国への侵攻時に滑空機を有効に活用した事例があったからだ。
 何機かの実験機、試作機や小型の実用機が製造されていたが、挺進集団司令部に直属する滑空歩兵第1連隊で運用されるために採用されたのは、大型の四三式滑空機だった。

 四三式滑空機は、短い主胴体に取り付けられた高翼式の主翼半ばから後方に伸ばされた双胴の尾部に尾翼を取り付けるという特異な機体構造をとっていた。これは貨物室である主胴体の容積をエンジンや翼面を支える構造材などに取られずに効率よく使用すると同時に、貨物室につながる大型扉を主胴体後方に設けるためだった。
 この特異な設計もあってか、四三式滑空機は兵員であれば約一個小隊分という大人数の乗機が可能だったし、大容積の貨物室には軽量級の野砲程度、具体的には山砲や57ミリ級の速射砲、装甲兵車や軽戦車までの搭載が可能だった。


 輸送用滑空機の利点は、搭載量の大きさだけではなかった。高空を飛行する輸送機から落下傘降下する挺進部隊は、降下中に風に流されたりするために広い範囲に分散してしまう傾向があった。
 一機の輸送機から飛び出したとしても、降下を開始するタイミングの違いなどから同じ箇所に着地するとは限らなかったのだ。

 大規模な降下の場合には編隊を組む輸送機から一挙に多数の部隊が降下を開始するから、特に着地点での混乱は大きかった。降下地点で嵩張るとともに、風に流されることさえある落下傘や、将兵とは別に降下された装備を回収して行軍体制をとるまでに時間が必要だったのだ。
 これまで挺進集団全体で降下訓練を行った事があったのだが、その際には所属中隊どころか連隊を飛び越えてしまった迷子の兵もいたほどだった。

 それらの特性故に挺進集団の将兵は場合によっては独断行動を取らざるをえないから、判断力に優れる熟練した下士官兵が必要だったのだが、滑空機であれば機体に乗ったまま着地できるから乗機した将兵が即座に纏まって行動することが可能だった。

 多数の滑空機がまとまって着地するには平地が必要だったが、落下傘降下であっても、大規模な降下には平地が必要だったのだから、その点で特に不利ということはなかった。
 最低限でも同数の牽引機が必要となる滑空機を投入するのは自然と大規模な降下作戦となるからだった。

 それに、滑空機による降下であれば訓練を受けた操縦士は必要なものの、それ以外の将兵に特別な訓練は必要なかった。彼らの多くは単なる荷物として着地するまで大人しくしていればいいのだから、費用の掛かる落下傘降下の訓練は省くことができるはずだった。
 実際に、他隊からの転出者の先細りなどの理由から、遅々として編制作業が進んでいなかった5番目の挺進連隊を急遽改変して編制された滑空歩兵第1連隊は、編制開始から短時間で実戦投入可能な状態までになっていた。
 挺進集団が今回の作戦に投入されたのも、重火器を運用できる滑空歩兵第1連隊の参加によって部隊全体の火力向上が見られたからではないのかと言われているほどだった。


 ただし、奥山大尉はそのような滑空歩兵連隊の存在に僅かな危惧を抱いていた。というよりも滑空機の導入は長期的な視野に立った場合に本当に挺進集団に利することになるのか、疑問をいだいていたのだ。
一〇〇式輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100c.html
四三式滑空機の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/43g.html
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ